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第三十九話 奸臣の末路
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「な、何故だ! どうしてだ!」
張石軍の陣営に走った李建は、そのまま縄打たれて本営へと連行された。李建自身、何がなんだか分からない内に、このようなことになったのである。
「久しぶりであるな、李丞相。いや、元丞相、と言うべきか」
「お、お前は公孫業……よくもおめおめと生き永らえておったな……」
李建は、目の前に現れた男、公孫業に向かって怒りの眼差しを向けた。
「天下を乱した責を逃れられると、本気で思っていたのか? めでたい男よ」
「ば、馬鹿な……張石殿は私を助けてくれると……」
「残念だが、張将軍もそこまで甘くはない。李丞相は獰悪に過ぎる。このまま生かしておけば、天下の災いとなろう」
公孫業は、冷ややかな目で、この奸臣を見つめている。
実は、張舜が李建の受け入れを主張した際に、公孫業がそれに対して忠告していた。
「李建は欺慢の悪臣であり、その存在は鴆毒そのもの。彼を迎え入れるのは毒を呷るのと同じことです。小臣は有難くも張石将軍に温情を賜りましたが、同じ処遇を李建になさらぬように。できれば城門を開かせた後、すぐに殺してしまうべきです」
すでに李建なる人物が暴政の原因であるということを知っていた張石張舜父子は、この言を容れたのであった。そうして今、こういった状況になっている。因みに、鴆毒というのは南方に住む鴆という鳥の羽根に蓄えられている毒のことである。古来より中原では暗殺や自害などに使われてきた。
「張石殿……これでは約束が違うではないか」
李建は、その視線を公孫業から張石へと向けた。張石は、その表情を少しも変えていない。傍らにいる張舜は、まるで「これがあの奸物佞臣の姿か」と言わんばかりの興味ありな眼差して、しげしげと李建を眺め回している。
「民は怒っている。その怒りを鎮めるには皇帝だけではない、お前の首も必要なのだ」
張石は、静かに言い放った。李建の顔からは、みるみるうちに血の気が引いていった。
武陽の西市で、李建の斬刑は決行された。集まった見物人たちは、皆一様に李建に向けて罵声を浴びせている。武陽の城内でも、この奸臣への怒りは相当に蓄積されていたのであった。
空は、これ以上ないぐらいに澄み渡っていた。その青空の下、天下を蝕み続けてきた讒諂面諛の悪漢は斬首されるのだ。
張石軍の兵士が、縄打たれた李建に向かってその剣を振り上げた。
「待ってくれ! 銭ならやる! それとも女か! お、お前を侯に封じてやる! いや、待った! お前を王にしてやろうぞ!」
兵士に向かって、李建は狂乱しながら喚き散らした。だが、兵士は眉根一つ動かさず、首に向けて白刃を振り下ろした。李建の首はころころと転げて、見物人の一人である男の足元に転がってきた。
「お前のせいで!」
男は、憎悪を込めてその顔面を踏んづけた。それを合図に、複数人が寄って集って李建の首を足蹴にし始めた。それだけではない。死体に向かって唾を吐きかけ、石を投げつけるなど、見物人たちは死体に向かって辱めの限りを尽くしたのである。
ここに、張石軍による武陽攻略戦は、決着を見たのであった。
さて、この時、田管隊はどうしていたか。
「やはり、見つからぬか……」
彼らは近隣の都市に逗留しながら徐々に南に移動し、尚も魏遼隊を捜索していた。だが、その尻尾を掴むことは、ついぞできず仕舞いであった。
田管は、部下たちの顔色が優れないことに気がついた。連日の捜索で、彼らはすっかり疲労しきっているようだ。もう、これ以上、探し回っても無駄なのではないか……田管はそう感じ始めた。
その矢先に、張石軍が武陽を陥落させたという報が舞い込んだ。田管隊が滞在していた城内は、歓喜の声で包まれた。老若男女が外に出ては、皆で喜びを分かち合った。
「そうか……全て終わったのだな……」
武陽陥落の報を聞いた田管は、そう呟いた。
思えば、色々なことがあった。元々、田管は普軍の将として呉子明軍と戦った。夷門関を守り切れずに降伏し、送られた寿延という都市で呉同なる男に凌辱された。そこから逃げ出し、張石軍に合流し、張舜と出会った。そうして各地を転戦し、何度かあの仮面の騎馬隊長、魏遼と戦った。寿延脱走の恩人である孟桃が、その魏遼の手にかかって死んだ。本当に、本当に、色々なことがあった――
「……本隊に合流しよう」
その田管の一言は、捜索の打ち切りを意味していた。ようやく、田管隊は引き上げを決めたのである。
勿論、田管にとっては断腸の思いであった。魏遼を生かしておけば、必ず後顧の憂いとなろう、と、少なくとも田管自身は思っている。できれば、彼が手負いの内に、討ち取ってしまいたかった。だが、もうそれは叶いそうにない。負わせた傷が元で死んでいればよいが、そのようなことに期待するものではない。
北へ向かいながら、田管は首を後ろに向けた。背後には、山の連なりがよく見える。田管は、南の方角を一睨みすると、その視線を前方に戻したのであった。
そうして、反乱軍による、帝室打倒の戦いは終わった。だが、田管たちの戦いは、まだ続いてゆく――
張石軍の陣営に走った李建は、そのまま縄打たれて本営へと連行された。李建自身、何がなんだか分からない内に、このようなことになったのである。
「久しぶりであるな、李丞相。いや、元丞相、と言うべきか」
「お、お前は公孫業……よくもおめおめと生き永らえておったな……」
李建は、目の前に現れた男、公孫業に向かって怒りの眼差しを向けた。
「天下を乱した責を逃れられると、本気で思っていたのか? めでたい男よ」
「ば、馬鹿な……張石殿は私を助けてくれると……」
「残念だが、張将軍もそこまで甘くはない。李丞相は獰悪に過ぎる。このまま生かしておけば、天下の災いとなろう」
公孫業は、冷ややかな目で、この奸臣を見つめている。
実は、張舜が李建の受け入れを主張した際に、公孫業がそれに対して忠告していた。
「李建は欺慢の悪臣であり、その存在は鴆毒そのもの。彼を迎え入れるのは毒を呷るのと同じことです。小臣は有難くも張石将軍に温情を賜りましたが、同じ処遇を李建になさらぬように。できれば城門を開かせた後、すぐに殺してしまうべきです」
すでに李建なる人物が暴政の原因であるということを知っていた張石張舜父子は、この言を容れたのであった。そうして今、こういった状況になっている。因みに、鴆毒というのは南方に住む鴆という鳥の羽根に蓄えられている毒のことである。古来より中原では暗殺や自害などに使われてきた。
「張石殿……これでは約束が違うではないか」
李建は、その視線を公孫業から張石へと向けた。張石は、その表情を少しも変えていない。傍らにいる張舜は、まるで「これがあの奸物佞臣の姿か」と言わんばかりの興味ありな眼差して、しげしげと李建を眺め回している。
「民は怒っている。その怒りを鎮めるには皇帝だけではない、お前の首も必要なのだ」
張石は、静かに言い放った。李建の顔からは、みるみるうちに血の気が引いていった。
武陽の西市で、李建の斬刑は決行された。集まった見物人たちは、皆一様に李建に向けて罵声を浴びせている。武陽の城内でも、この奸臣への怒りは相当に蓄積されていたのであった。
空は、これ以上ないぐらいに澄み渡っていた。その青空の下、天下を蝕み続けてきた讒諂面諛の悪漢は斬首されるのだ。
張石軍の兵士が、縄打たれた李建に向かってその剣を振り上げた。
「待ってくれ! 銭ならやる! それとも女か! お、お前を侯に封じてやる! いや、待った! お前を王にしてやろうぞ!」
兵士に向かって、李建は狂乱しながら喚き散らした。だが、兵士は眉根一つ動かさず、首に向けて白刃を振り下ろした。李建の首はころころと転げて、見物人の一人である男の足元に転がってきた。
「お前のせいで!」
男は、憎悪を込めてその顔面を踏んづけた。それを合図に、複数人が寄って集って李建の首を足蹴にし始めた。それだけではない。死体に向かって唾を吐きかけ、石を投げつけるなど、見物人たちは死体に向かって辱めの限りを尽くしたのである。
ここに、張石軍による武陽攻略戦は、決着を見たのであった。
さて、この時、田管隊はどうしていたか。
「やはり、見つからぬか……」
彼らは近隣の都市に逗留しながら徐々に南に移動し、尚も魏遼隊を捜索していた。だが、その尻尾を掴むことは、ついぞできず仕舞いであった。
田管は、部下たちの顔色が優れないことに気がついた。連日の捜索で、彼らはすっかり疲労しきっているようだ。もう、これ以上、探し回っても無駄なのではないか……田管はそう感じ始めた。
その矢先に、張石軍が武陽を陥落させたという報が舞い込んだ。田管隊が滞在していた城内は、歓喜の声で包まれた。老若男女が外に出ては、皆で喜びを分かち合った。
「そうか……全て終わったのだな……」
武陽陥落の報を聞いた田管は、そう呟いた。
思えば、色々なことがあった。元々、田管は普軍の将として呉子明軍と戦った。夷門関を守り切れずに降伏し、送られた寿延という都市で呉同なる男に凌辱された。そこから逃げ出し、張石軍に合流し、張舜と出会った。そうして各地を転戦し、何度かあの仮面の騎馬隊長、魏遼と戦った。寿延脱走の恩人である孟桃が、その魏遼の手にかかって死んだ。本当に、本当に、色々なことがあった――
「……本隊に合流しよう」
その田管の一言は、捜索の打ち切りを意味していた。ようやく、田管隊は引き上げを決めたのである。
勿論、田管にとっては断腸の思いであった。魏遼を生かしておけば、必ず後顧の憂いとなろう、と、少なくとも田管自身は思っている。できれば、彼が手負いの内に、討ち取ってしまいたかった。だが、もうそれは叶いそうにない。負わせた傷が元で死んでいればよいが、そのようなことに期待するものではない。
北へ向かいながら、田管は首を後ろに向けた。背後には、山の連なりがよく見える。田管は、南の方角を一睨みすると、その視線を前方に戻したのであった。
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