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第二十九話 紅曄山の戦い
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補給を終えた張石軍は、すぐさま陶城の城門を開いて出撃した。まさに電光石火の速度で進軍して李沈軍に肉薄したのである。
「敵の動きが速すぎる」
李沈がそう感じたのも無理はない・まず、六万の軍が、李沈軍と正面からぶつかった。この中央軍は、兵を集中させた中央部分が張り出していて三角形を作っている。所謂魚鱗陣と呼ばれる陣形である。その、魚鱗陣の切っ先が、李沈軍の前列中央に突き刺さった。
「怯むな! 押し包め!」
突然の出陣に驚いた李沈軍であったが、すぐさまこれに応戦し、干戈を交え始めた。罪人たちは、首級を挙げれば罪が許され、さらに働きに応じて爵位も与えられる。練度はともかくとしても、その士気は高かった。太鼓の音を合図に、大軍同士が鎧の揺れる音を鳴らしながら敵に向かって突っ走り、矛先をぶつけ合い火花を散らせる。
しかし、この中央軍は囮であった。張石軍は周辺の占領地からも兵を召集しており、この時は総勢二十万を動員していたのである。南北から四万ずつの軍が挟み込むように李沈軍の側面に迫り、さらに後方に回り込むようにして騎兵が先行した。
「な、何だと!?」
泡を食ったのは李沈である。急に飛び出してきた敵軍が、疾風迅雷の如くに李沈軍の周囲から矛先を向けてきたのである。
——こんなに素早く包囲を敷きに来るか。
「おのれ……勝負を決めに来たか……我に続け!」
李沈は、軍をまとめてすぐ背後の紅曄山という山に登り、その山頂に陣を敷いた。それを見た張石軍は、そのままぐるりと円を描くように包囲陣を形成してしまった。
敵である李沈軍の弱点は、機動力に欠けることであった。練度の低い兵が多数を占めており、加えて騎馬も少ない。指揮官も慎重に過ぎて、素早く動くことを良しとしていない。亀のような歩みの李沈軍は、その鈍さ故に張石軍に隙を与えてしまったのである。張舜はそういった弱点を見抜き、電撃戦に打って出たのである。
李沈が山頂から麓を眺めると、そこには蟻の這い出る隙間もない鉄壁の包囲陣が完成していた。当初は勇敢に戦っていた李沈軍の兵士たちの中にも、怯えた顔をしている者が多く見受けられるようになった。
包囲を敷いた張石軍は、包囲したままじっと沈黙していた。まるで、李沈軍が干上がるのを、じっと待っているのかのようである。李沈軍の士気は目に見えて落ちていた。食糧の補給もままならず、野草を採ったり動物を狩るより他はなくなったが、それも限度がある。程なくして兵たちは飢えに苦しみ始めた。
いっそ、張石軍が攻め上ってきて、一戦交えることになった方が李沈にとっては余程良かった。そうなれば、兵たちも敵を前にして剽悍さを取り戻すはずである。だが張石軍は木人形のようにその場を動かず、ただじっと山頂にその目を向けていた。
「かくなる上は、突撃するしかあるまい」
このままでは、戦わずして全滅するだけだ。そう思った李沈は、すぐに動ける兵を召集した。そして、自らその兵を率いて、包囲の袋を破るべく、高さを活かして突撃を敢行した。
「者共! 続け! 包囲を抜けるぞ!」
李沈は、馬上で剣を振りながら、野太い声で咆哮した。将自らが勇ましい姿を見せるのは、兵の奮起させるためには必要な事である。
将帥の勇猛さに感化されて俄かに勢いづいた李沈軍が、山の斜面を駆け下りていく。だが、麓に降りた彼らの、その目の前には、まず土塁が立ち塞がった。勿論、これだけで突進する李沈軍を食い止められるはずもない。土塁を踏み越えたその奥側には拒馬柵が互い違いに置かれ、その間には鉄蒺藜も撒かれていた。土塁などよりも、こちらの方が余程李沈軍には応えた。これらの障害物は、攻め上る際には邪魔にしかならない。張石軍は最初から、包囲を抜けようとする突撃をじっと待ち構えていたのである。そして、その奥側には、弓弩を構えた射手がずらりと立ち並んでいた。待ってましたとばかりに、それらの矢先が李沈軍に向けられる。
「今だ! 発射!」
雲の一つもない快晴の空の下に、黒い雨が、李沈軍の頭上に振った。勿論それらの正体は、張石軍が放った矢弾に他ならない。障害物に足を鈍らされていた李沈軍には、この矢の斉射は効果抜群である。
結局、李沈軍はこれ以上戦闘を継続できなくなり、突破を諦めて山頂へ引き返していった。この突撃は、犠牲を出すだけで終わったのである。
突撃が失敗して二日後のことである。とうとう、不安と焦燥、そして飢餓の中で、脱走を試みて捕縛された兵士が現れた。
「脱走は重罪である。それを分かっての愚行か」
李沈は怒色を浮かべて一喝した。その表情は、虎でさえも縮み上がろう程の、凄まじい形相である。李沈は抜剣すると、その剛腕で剣を振るい、自らその兵を斬首した。
その後も、同じように脱走しようとして捕まり、斬首される兵士が次々と現れ出した。運よく脱走に成功した兵はそのまま張石軍に捕まって捕虜となったが、捕虜たちは食糧を与えられて厚くもてなされた。
「敵に投降すれば、食わせてもらえるらしい」
そういった噂話が、李沈軍の中で囁かれるようになるまでに、そう時間はかからなかった。李沈はそのような話をする者は即斬刑に処すと全軍に通達したものの、それだけで止まるはずもない。少しずつ、部隊から兵が消えていく。時には、少しの間に中隊規模の歩兵が丸々消息を絶っているようなことさえも起こった。
「敵の動きが速すぎる」
李沈がそう感じたのも無理はない・まず、六万の軍が、李沈軍と正面からぶつかった。この中央軍は、兵を集中させた中央部分が張り出していて三角形を作っている。所謂魚鱗陣と呼ばれる陣形である。その、魚鱗陣の切っ先が、李沈軍の前列中央に突き刺さった。
「怯むな! 押し包め!」
突然の出陣に驚いた李沈軍であったが、すぐさまこれに応戦し、干戈を交え始めた。罪人たちは、首級を挙げれば罪が許され、さらに働きに応じて爵位も与えられる。練度はともかくとしても、その士気は高かった。太鼓の音を合図に、大軍同士が鎧の揺れる音を鳴らしながら敵に向かって突っ走り、矛先をぶつけ合い火花を散らせる。
しかし、この中央軍は囮であった。張石軍は周辺の占領地からも兵を召集しており、この時は総勢二十万を動員していたのである。南北から四万ずつの軍が挟み込むように李沈軍の側面に迫り、さらに後方に回り込むようにして騎兵が先行した。
「な、何だと!?」
泡を食ったのは李沈である。急に飛び出してきた敵軍が、疾風迅雷の如くに李沈軍の周囲から矛先を向けてきたのである。
——こんなに素早く包囲を敷きに来るか。
「おのれ……勝負を決めに来たか……我に続け!」
李沈は、軍をまとめてすぐ背後の紅曄山という山に登り、その山頂に陣を敷いた。それを見た張石軍は、そのままぐるりと円を描くように包囲陣を形成してしまった。
敵である李沈軍の弱点は、機動力に欠けることであった。練度の低い兵が多数を占めており、加えて騎馬も少ない。指揮官も慎重に過ぎて、素早く動くことを良しとしていない。亀のような歩みの李沈軍は、その鈍さ故に張石軍に隙を与えてしまったのである。張舜はそういった弱点を見抜き、電撃戦に打って出たのである。
李沈が山頂から麓を眺めると、そこには蟻の這い出る隙間もない鉄壁の包囲陣が完成していた。当初は勇敢に戦っていた李沈軍の兵士たちの中にも、怯えた顔をしている者が多く見受けられるようになった。
包囲を敷いた張石軍は、包囲したままじっと沈黙していた。まるで、李沈軍が干上がるのを、じっと待っているのかのようである。李沈軍の士気は目に見えて落ちていた。食糧の補給もままならず、野草を採ったり動物を狩るより他はなくなったが、それも限度がある。程なくして兵たちは飢えに苦しみ始めた。
いっそ、張石軍が攻め上ってきて、一戦交えることになった方が李沈にとっては余程良かった。そうなれば、兵たちも敵を前にして剽悍さを取り戻すはずである。だが張石軍は木人形のようにその場を動かず、ただじっと山頂にその目を向けていた。
「かくなる上は、突撃するしかあるまい」
このままでは、戦わずして全滅するだけだ。そう思った李沈は、すぐに動ける兵を召集した。そして、自らその兵を率いて、包囲の袋を破るべく、高さを活かして突撃を敢行した。
「者共! 続け! 包囲を抜けるぞ!」
李沈は、馬上で剣を振りながら、野太い声で咆哮した。将自らが勇ましい姿を見せるのは、兵の奮起させるためには必要な事である。
将帥の勇猛さに感化されて俄かに勢いづいた李沈軍が、山の斜面を駆け下りていく。だが、麓に降りた彼らの、その目の前には、まず土塁が立ち塞がった。勿論、これだけで突進する李沈軍を食い止められるはずもない。土塁を踏み越えたその奥側には拒馬柵が互い違いに置かれ、その間には鉄蒺藜も撒かれていた。土塁などよりも、こちらの方が余程李沈軍には応えた。これらの障害物は、攻め上る際には邪魔にしかならない。張石軍は最初から、包囲を抜けようとする突撃をじっと待ち構えていたのである。そして、その奥側には、弓弩を構えた射手がずらりと立ち並んでいた。待ってましたとばかりに、それらの矢先が李沈軍に向けられる。
「今だ! 発射!」
雲の一つもない快晴の空の下に、黒い雨が、李沈軍の頭上に振った。勿論それらの正体は、張石軍が放った矢弾に他ならない。障害物に足を鈍らされていた李沈軍には、この矢の斉射は効果抜群である。
結局、李沈軍はこれ以上戦闘を継続できなくなり、突破を諦めて山頂へ引き返していった。この突撃は、犠牲を出すだけで終わったのである。
突撃が失敗して二日後のことである。とうとう、不安と焦燥、そして飢餓の中で、脱走を試みて捕縛された兵士が現れた。
「脱走は重罪である。それを分かっての愚行か」
李沈は怒色を浮かべて一喝した。その表情は、虎でさえも縮み上がろう程の、凄まじい形相である。李沈は抜剣すると、その剛腕で剣を振るい、自らその兵を斬首した。
その後も、同じように脱走しようとして捕まり、斬首される兵士が次々と現れ出した。運よく脱走に成功した兵はそのまま張石軍に捕まって捕虜となったが、捕虜たちは食糧を与えられて厚くもてなされた。
「敵に投降すれば、食わせてもらえるらしい」
そういった噂話が、李沈軍の中で囁かれるようになるまでに、そう時間はかからなかった。李沈はそのような話をする者は即斬刑に処すと全軍に通達したものの、それだけで止まるはずもない。少しずつ、部隊から兵が消えていく。時には、少しの間に中隊規模の歩兵が丸々消息を絶っているようなことさえも起こった。
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