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第二十八話 悪戯な少年
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その晩も、張舜と田管は一緒の寝台で眠っていた。久しぶりのことであった。ここの所はずっと陣中にいたためである。
この日の張舜は、いつも以上に甘えてきた。張舜の両腕が田管の胴に回され、抱きかかえるような形で寝転がっている。
「あ、あの……これは……」
「こうしていると落ち着くんだ」
「右腕が私の下敷きになってしまっています。痺れてしまいますよ」
「ああ……まぁそうだね……やめておくか」
そう言うと、張舜は右腕を引っ込めた。左腕は、相変わらず田管の体に回されている。
張舜は、田管の胸に顔を埋めた。そうして、すうっと、まるで臭いを嗅ぐかのように、鼻で息を深く吸い込んだ。
「はぁ……田管さまの臭い……」
「あ、汗臭いでしょうか……」
「いや、何だか……とっても落ち着くんだ」
田管はその意味が分からなかった。田管は、張舜の母ではないし、まして妻や妾でもない。ただ弓を取るより他に能の無い男である。そのような者が、どうして他人を落ち着かせようか。
張舜は田管の胸の内で深く呼吸しながら、突然、左手で胸板を弄るように触り始めた。
「あうっ……」
その小さい手が胸の突起に触れると、慣れない刺激に、田管は思わず変な声を上げてしまった。虫に這われるのと似たような、こそばゆい感覚が、田管を襲ったのである。
「へえ、田管さま、ここが弱いんだ」
張舜の悪戯っぽい、そして蠱惑的なものを感じさせる声が、田管の耳元に囁かれる。胸への刺激と耳にかかる吐息で、田管の肩はびくりと震えた。
「あっ……やめっ……」
面白くなったのか、張舜はますます調子づいて胸を弄り回した。さらに、胸を弄りながら、身を乗り出して田管の耳を啄み、舌で舐めるようなこともし始めたのである。
「ちょ……張舜さま……お止めください……」
「……分かった」
もうこれ以上は堪え切れぬ、という所で、ようやく張舜は手を止めてくれた。その後、張舜は仰向けになると、程なくして寝息を立て始めた。田管も先程の責め苦に疲労したのか、すぐさま眠りに沈んでいったのであった。
翌日、張舜は軍議に顔を出していた。そこには勿論、田管もいる。
田管は横目でちらと張舜の方を見た。そこには、至極真面目な顔をして軍議に臨んでいる少年の姿がある。とても、昨晩のあの悪戯な様子などは、見ることはできなかった。なるほど、ここまで切り替えられるのかと感心するばかりである。
張石軍にとっては、ここが正念場であった。今の敵将が李沈なる者であることは掴んでいたが、この男は、確かに手強い相手なのであろう。公孫業や王敖、司馬偃らも皆それぞれ強敵であったが、彼らを打ち破って尚李沈のような人材が現れるのが、普という国の恐ろしさである。
偵騎の伝令によれば、李沈軍は相当慎重に行軍しているらしい。張石軍の退却が急すぎて、伏兵を警戒しているのだろう。常に斥候を放ちながら、決して先を急ぐことなくじわりじわりと東に進んで陶城に接近してきているらしい。
中翟山では積極論を叫んだ董籍とその一派は、石像のように押し黙っていた。どうやら彼らには、良い方策が思いつかないようである。
「僕に、考えがある」
張舜が口を開いた。父である張石が、待ち望んでいたことである。張舜は、何にも臆することなく、背筋を伸ばし、はっきりと自らの考えを述べた。異を唱える者は、この場には誰もなかった。
——やはり、逞しい少年なのだ。
田管は、彼の強さを再確認した。姿形こそ優男然とした美少年であるが、彼の心の芯はきっとどんな偉丈夫よりも頑強なのだ。彼の怯える姿さえ見てきた田管であるが、それを以て張舜を心の弱い少年だと断ずることはできない。寧ろ、そういった怯懦を抱えて尚前を向けるのは、強さと呼ぶべきものではないのか。
これ以上、話し合うべきこともなくなり、軍議は解散という運びになった。
その日の昼のことであった。暖かな春の陽気が、羽毛のように田管を包んでいた。青々とした空を見上げると、小鳥が飛んでいるのが見えた。
田管は輜重部隊を出迎え、本国から送られた物資を検分し分配する作業の監督をしていた。
ふと、本国から来た者の中に、見慣れた顔があった。
「孟桃殿……?」
そこにいたのは、孟桃その人であった。兵馬倥偬の世にあって男手の不足は深刻であり、そういった事情から後方任務には女も加わっていることは田管も把握している。実際に孟桃以外にもこの場に女人の姿は散見されるが、このような所でまた会うとは想像していなかった。
「田管さま、無事で何よりです」
孟桃は田管の姿を見るなり、畏まった様子で頭を下げた。
「ご苦労であった。皆の働きに感謝する」
田管は、続々と荷車が到着し、兵士たちが中身を点検していく。食糧や武器、その他の物資などが並べられて運び込まれていき、記録管が木簡に向かって筆を走らせている。
その間、田管は二度、三度程、孟桃の方に視線を向けた。かつて田管に情熱的な言葉を囁いた彼女であるが、真面目な顔をして作業に取り組む今の孟桃からは、そういった恋情の熱は感じられなかった。
この日の張舜は、いつも以上に甘えてきた。張舜の両腕が田管の胴に回され、抱きかかえるような形で寝転がっている。
「あ、あの……これは……」
「こうしていると落ち着くんだ」
「右腕が私の下敷きになってしまっています。痺れてしまいますよ」
「ああ……まぁそうだね……やめておくか」
そう言うと、張舜は右腕を引っ込めた。左腕は、相変わらず田管の体に回されている。
張舜は、田管の胸に顔を埋めた。そうして、すうっと、まるで臭いを嗅ぐかのように、鼻で息を深く吸い込んだ。
「はぁ……田管さまの臭い……」
「あ、汗臭いでしょうか……」
「いや、何だか……とっても落ち着くんだ」
田管はその意味が分からなかった。田管は、張舜の母ではないし、まして妻や妾でもない。ただ弓を取るより他に能の無い男である。そのような者が、どうして他人を落ち着かせようか。
張舜は田管の胸の内で深く呼吸しながら、突然、左手で胸板を弄るように触り始めた。
「あうっ……」
その小さい手が胸の突起に触れると、慣れない刺激に、田管は思わず変な声を上げてしまった。虫に這われるのと似たような、こそばゆい感覚が、田管を襲ったのである。
「へえ、田管さま、ここが弱いんだ」
張舜の悪戯っぽい、そして蠱惑的なものを感じさせる声が、田管の耳元に囁かれる。胸への刺激と耳にかかる吐息で、田管の肩はびくりと震えた。
「あっ……やめっ……」
面白くなったのか、張舜はますます調子づいて胸を弄り回した。さらに、胸を弄りながら、身を乗り出して田管の耳を啄み、舌で舐めるようなこともし始めたのである。
「ちょ……張舜さま……お止めください……」
「……分かった」
もうこれ以上は堪え切れぬ、という所で、ようやく張舜は手を止めてくれた。その後、張舜は仰向けになると、程なくして寝息を立て始めた。田管も先程の責め苦に疲労したのか、すぐさま眠りに沈んでいったのであった。
翌日、張舜は軍議に顔を出していた。そこには勿論、田管もいる。
田管は横目でちらと張舜の方を見た。そこには、至極真面目な顔をして軍議に臨んでいる少年の姿がある。とても、昨晩のあの悪戯な様子などは、見ることはできなかった。なるほど、ここまで切り替えられるのかと感心するばかりである。
張石軍にとっては、ここが正念場であった。今の敵将が李沈なる者であることは掴んでいたが、この男は、確かに手強い相手なのであろう。公孫業や王敖、司馬偃らも皆それぞれ強敵であったが、彼らを打ち破って尚李沈のような人材が現れるのが、普という国の恐ろしさである。
偵騎の伝令によれば、李沈軍は相当慎重に行軍しているらしい。張石軍の退却が急すぎて、伏兵を警戒しているのだろう。常に斥候を放ちながら、決して先を急ぐことなくじわりじわりと東に進んで陶城に接近してきているらしい。
中翟山では積極論を叫んだ董籍とその一派は、石像のように押し黙っていた。どうやら彼らには、良い方策が思いつかないようである。
「僕に、考えがある」
張舜が口を開いた。父である張石が、待ち望んでいたことである。張舜は、何にも臆することなく、背筋を伸ばし、はっきりと自らの考えを述べた。異を唱える者は、この場には誰もなかった。
——やはり、逞しい少年なのだ。
田管は、彼の強さを再確認した。姿形こそ優男然とした美少年であるが、彼の心の芯はきっとどんな偉丈夫よりも頑強なのだ。彼の怯える姿さえ見てきた田管であるが、それを以て張舜を心の弱い少年だと断ずることはできない。寧ろ、そういった怯懦を抱えて尚前を向けるのは、強さと呼ぶべきものではないのか。
これ以上、話し合うべきこともなくなり、軍議は解散という運びになった。
その日の昼のことであった。暖かな春の陽気が、羽毛のように田管を包んでいた。青々とした空を見上げると、小鳥が飛んでいるのが見えた。
田管は輜重部隊を出迎え、本国から送られた物資を検分し分配する作業の監督をしていた。
ふと、本国から来た者の中に、見慣れた顔があった。
「孟桃殿……?」
そこにいたのは、孟桃その人であった。兵馬倥偬の世にあって男手の不足は深刻であり、そういった事情から後方任務には女も加わっていることは田管も把握している。実際に孟桃以外にもこの場に女人の姿は散見されるが、このような所でまた会うとは想像していなかった。
「田管さま、無事で何よりです」
孟桃は田管の姿を見るなり、畏まった様子で頭を下げた。
「ご苦労であった。皆の働きに感謝する」
田管は、続々と荷車が到着し、兵士たちが中身を点検していく。食糧や武器、その他の物資などが並べられて運び込まれていき、記録管が木簡に向かって筆を走らせている。
その間、田管は二度、三度程、孟桃の方に視線を向けた。かつて田管に情熱的な言葉を囁いた彼女であるが、真面目な顔をして作業に取り組む今の孟桃からは、そういった恋情の熱は感じられなかった。
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