梁国復興記——美貌の男子たちが亡き国を復興するまで

武州人也

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第十七話 離間計

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 馬鄧ばとうという都市に構えた本営では、魯に使者を遣わして、宋商に援軍を要請したらどうか、という提案がなされた。張石は首を縦に振り、馬鄧から発した使者が東へ走り、宋商の所へ参じた。
 だが、使者が持ち帰って来たのは、援軍の約束ではなかった。使者のもたらした報を聞いた本営の幕僚たち一同は、俄かに騒然とした。
「宋商殿下が、謀反に遭われました」
 事の経緯はこうである。魯の領内に逃げ込み、宋商の元へ走った呉子明であったが、勝手に梁王を名乗った呉子明のことを恨みに思っていた宋商は、彼から軍権を剥奪し、彼に与えた屋敷に監視を置いて軟禁状態にしたのだ。これに対して、呉子明の部下たちは、今まで戦ってきた呉子明に対する仕打ちとしてはあんまりだと思い、主人の意を斟酌しんしゃくして、宋商を騙し討ちにして殺害してしまったのである。今現在、宋商の代わりに、呉子明が王座に就いている。自称しているのは相変わらず「梁王」であったが、梁の旧領の全てを失い、代わりに魯国に号する立場となった呉子明は、実質的には魯王の後継である。
 使者は王が変わっていたことに驚愕しつつも、呉子明に跪拝きはいして援軍を要請した。しかし、王敖によってさんざんに打ちのめされた彼らは梁の旧領に介入する意志を失っており、救援要請は一蹴されてしまったのだという。
 
 その頃、普の国都である武陽の城内では、とある噂が広まっていた。
「王敖将軍、何でも王になろうとしているらしいぞ」
「ええ……どうしたって王敖将軍がそんな」
「何でも、反乱軍の城をすぐに落とさないのは、梁の民を味方につけて梁王になろうとしてるからって話だ」
「本当!?」
「公孫業将軍もいなくなったし、そうなりゃ王敖将軍が勝手なことしたって止められる者なんかいやしないよ」
 普の主力軍を率いている王敖が、独立して王になろうとしているという話が、人々の口にのぼっていた。
 このような噂は、すぐに宮廷にも流れ込み、李建の耳にも入る所となった。
「まさか。しかしありうる話だ……」
 李建は大いに懊悩おうのうした。王敖なくしては、反乱軍をここまで追い落とせなかったであろう。中継ぎとして奮戦していた公孫業が兵を失い捕虜となってしまっている今、頼れるのは王敖の軍のみである。だが同時に、反乱軍を討つことのできる軍は、その向きを変えれば普の帝室を滅ぼすことのできる軍でもある。
 李建は内心、王敖を恐れていた。政界での派閥において、王敖は李建になびいていたとは言い難い。彼が「君側くんそくの奸を除かん」と一言号令すれば、彼の軍が李建の首を取るために宮廷に踏み込んでくるであろう。そうでなくても、彼が独立して王となれば、その瞬間に普は主力軍を失うこととなる。
「陛下、お耳に入れたいことがあります」
 李建は、二世皇帝の御前で跪拝きはいした。
「どうした、李丞相」
「恐れながら、王敖将軍に関することでございます。かの将軍は謀反を企み、我らに矛を向ける準備をしているとの報告がありました」
「何だと……王敖が」
 二世皇帝は、目を白黒させている。動揺しているのは誰が見ても明らかであった。後もう一押しだ、と、李建は続けて舌を動かした。
「つきましては、即刻将軍を逮捕し、孟錯もうさく殿を後任に据えるべきかと存じます」
 孟錯という男は、公孫業と同じく後方任務で実戦経験のない武官であった。しかし、この男は李建の息がかかった者である。故に李建は名を挙げたのだ。
「だ、大丈夫なのか、その孟錯という男は」
「この男については心配いらないでしょう。ご決断くださいませ」
「で、では、逆賊王敖を至急捕らえよ。後任には……その……孟錯を送れ!」
 李建は拝礼しながら、その下でほくそ笑んでいた。
 そうと決まった後の、宮廷側の行動は素早かった。李建の手配により、王敖の元へ使者の一団が走った。

 その頃、王敖は西皋せいこうという都市に本営を置いて駐屯していた。その王敖の屋敷に、皇帝の印璽いんじを携えた使者の一団が訪ねてきた。
「王敖将軍、閣下を本国に送れとのめいでございます」
「何だと! どういうことだ!」
 使者たち何も答えないまま、有無を言わさず王敖の身柄を連行し、馬車に乗せて武陽へ送還した。それと入れ替わるように、孟錯が本営にやってきた。
「王敖将軍は不遜にも、謀反を企み天下を乱そうとした。これより逆臣王敖に代わってこの私、孟錯が総軍の指揮を執るよう陛下に仰せつかった」
 掘りの浅い、のっぺり顔のこの男は、自分が新しく赴任した総大将であるとの触れを全軍に出した。だが、その反応は決して芳しいものではない。今まで、この軍の将から卒に至るまで、皆王敖に心を寄せて戦ってきたのだ。それがいきなり国都に連行され、中央の若い武官を寄越されたのだ。不満を抱くのも尤もであろう。
 武陽に連行された王敖は、すぐさま牢獄に投げ込まれた。
「何故だ! 私は元服してより四十余年、国家に忠を尽くし、帝室に仇なす者共を鎮討ちんとうしてきた……それがどうしてこのようなことを!」
 牢獄の中で、王敖は吠えた。この老体の何処からそのような声を、と思わされるばかりの咆哮であった。
「王敖将軍、いや、元将軍、でしたか」
 そこに、色白で、顎の細い男がやってきた。李建である。しかし、長い間北方にいた老将は、李建の顔を知らない。
「誰だ」
 王敖は凄みのある声で問うた。一瞬、それを聞いた李建がたじろいだ。これが、北方の過酷な環境で長年揉まれてきた将軍の威厳かと思うと、李建は恐ろしさのあまり身震いした。
「丞相の李建です。帝の使いとしてやって参りました」
「ならば釈明の機会を頂けるよう、陛下に進言しては貰えぬか」
「それはなりません。貴方の斬刑は決定致しました。しかし、長年の功に免じて、陛下は剣を下賜かしされたのです。それを持参して参りました」
 抑揚のない声で言うと、李慶は鞘に納められた剣を牢屋の格子越しに手渡した。処罰の決まった者に剣を下賜するというのは、「これで自刃せよ」という意味合いを持っている。刑に処されて命を落とすという不名誉を被らないようにという、せめてもの慈悲なのである。王敖は震える手で、それを受け取った。
「それでは、私はこれで」
 剣を手渡し終えた李建は、廊下を歩いて足早に去っていった。
「わしはいかなる罪にて、このような最期となったのか」
 王敖は天井を仰ぎ見ながら、今までの自分の戦歴を回顧した。
 若い頃、彼は統一のために戦い、普の統一が成し遂げられた後は、大軍を与えられて北の大地へ赴き騎馬民との戦いに明け暮れた。そうして、直近では、この国に弓引く反乱軍を討ち、その勢力を大いに削り取った。今までの自分の行いに、天の咎《とが》める所がなかったか……老将は思考を巡らせた。
「わしの死は当然のことだ。かつてわしは夷狄の領域に踏み込んで戦った折に、捕虜となった兵三千の兵糧が賄えなかった。その解決として彼らに穴を掘らせて一人残らずそこへ突き落して埋めてしまったのだ。このような行いを、天がどうして見逃そうか。天網恢恢てんもうかいかいにして漏らさず、と、いにしえの人も言ったではないか」
 王敖は静かに剣を抜き、それを首に押し当てて自裁し果てた。
 その後、報復を防ぐために、彼の一族についても、族誅ぞくちゅうが決定された。彼の妻子や兄弟姉妹、甥姪に至るまで、その皆がことごとくひっ捕らえられ、市中引き回しの末に腰斬ようざん刑に処された。刑が執行された市場の者たちは、皆唖然とした表情でそれを眺めていた。その中で何人かの者は、
「ああ、これで我が国は終わりだ」
などと漏らしたが、後にそういった発言をした者は捕吏ほりによって捕らえられ、残らず市場で斬首されたのであった。
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