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第十六話 直阜の戦い その三
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「てっ、敵騎兵が来たぞ!」
「迎撃準備!」
張石軍右側面の兵は、襲いくる敵騎兵に対して迎撃の構えを取った。立ち並んだ戟兵は盾を構えて戟を斜めに突き出し、弓兵と弩兵が射撃体勢に入って敵を待ち構えている。
「今だ! 放て!」
射程内に入った敵騎兵隊に、長弓部隊が曲射で矢弾の驟雨を降らせる。続いて、弩兵が水平射撃で迫りくる敵騎兵を打ち払おうとした。だが、敵は素早く馬首を右へ回して矢弾を回避し、飛来した矢は虚しく地面に突き刺さった。右へ旋回した敵騎兵は、そのまま側面に回って攻撃する構えをとった。
側面に回り込んだ敵騎兵が最初に狙いをつけたのが、前列を守る戟兵であった。横合いから矢を射かけられた戟兵は、身を守る術もなく倒れていく。中には盾で矢を弾く兵もいたが、多くはその前に体を矢に貫かれた。
回り込んだ敵騎兵の方を向いた弓兵と弩兵であったが、矢を放つ前に敵の肉薄を許してしまった。騎兵の機動力というのは、恐ろしいものである。弓兵と弩兵は、次々と騎射の餌食となって倒れた。
戦闘がひと段落すると、騎兵隊は矢を拾って矢筒に収めた。この戦い方は矢の消費が激しすぎる。故にこうして、頃合いを見計らって戦場から矢を失敬するのだ。
矢を拾った騎兵隊は、さらに張石の中央軍の奥深くに切り込んでいった。
魏遼を先頭に、騎兵隊は猛然と張石軍に突っ込んでは。矢の雨を降らせた。
だが、これを迎え撃つ張石軍も、ただやられるばかりではない。混乱する外側の兵はともかく、内側の方では迎撃の体勢が整いつつあった。輜重車を外円に並べて盾代わりとし、戟兵が盾を並べて前列に立ち、その後方から弓弩の兵が並んで円陣を組んだのである。かつて楊龍軍が田管を迎え撃った時に組んだのと類似した陣形である。これなら、側面を襲われる心配もない。
楊龍がこの陣形で失敗したのは、彼らが速攻を仕掛ける軍であったからだ。本来であれば細長い隊列を作った張石軍の側面を攻撃し、体勢が整う前に一気に攻め潰すはずが、田管隊に襲われたことで慌てて守りに入ってしまったのである。故に彼らは田管隊に翻弄され、歩兵と騎兵が切り離された挙句、張石軍の本隊が到着するまでの時間を稼がれて負けたのである。本来、円陣は追い詰められた側による防御の陣であり、そういった意味では、今組んだこの円陣は適切な選択であったと言えよう。
事実、魏遼の騎兵隊はこれに対して攻めあぐね始めた。戟兵の盾と輜重車によって矢は敵兵の命を奪えなくなっていったのである。
だが、それも、長くは続かなかった。円陣に向かって、遠くから矢弾が降り注いだのである。
騎兵の後方から、敵の歩兵が姿を現した。矢弾の雨に引き続いて、戟兵が円陣に突撃していく。円陣は側面攻撃に強い利点がある一方で、一点への集中攻撃にはあまり強くない。戟兵に殺到された円陣の一端が、忽ちに破られた。
さらに悪いことに、押し返した敵中央軍が、好機とばかりに再び攻め込んできた。張石軍は、二方向からの攻撃を受けることになってしまった。
張石軍は、じりじりと南西に後退していたが、敵の追撃は激しかった。張石の首を、今ここで取ろうと意気込んでいるかのようである。
張石、張舜父子は、指揮官用の馬車を走らせて、随伴の兵と共に戦場を離脱しようとしていた。だが、その右方に、敵の影が見えた。
「覚悟せよ!」
張舜は、矢を番える敵騎兵の姿を見た。見てしまった。
「仮面……!」
敵騎兵の目元は、黒い仮面で覆われていた。噂の、あの仮面の騎兵である。張舜はその時、自らの死を確信した。
だが、その矢は、放たれなかった。
「大将をお守りするのだ!」
仮面の騎兵は素早く回避行動を取り、その場を離れた。代わりに姿を現したのは、田管率いる自軍の騎兵隊であった。
「き……来てくれたんだね!」
田管隊は、敵の中をくぐり抜け、うち倒し、そしてこの場に参じたのである。
「この場は我々が防ぎますので、どうかお逃げを」
田管は一度だけ張舜の方を向いて言うと、すぐまた馬を駆けさせた。
「おのれ、邪魔をするな!」
田管に向かって、仮面の騎兵、もとい魏遼が矢を放つ。田管はそれを回避し、そしてお返しとばかりに矢を射かけた。二人は、円を描くように馬を疾駆させながら、矢を射かけ合っている。
銀の髪、碧眼、そして類稀なる騎射の名人、類似した特徴を持つ二人が、敵同士となり、一対一で戦いを繰り広げている。双方とも、矢の残りに余裕はない。故に、一矢必殺を心がけて、狙いをつけた。だがお互いに名手であるため、次の相手の狙いが読めてしまうのだ。であるから、放った矢のどれもが、決定打とはならずに虚しく空を切って地面に落ちた。
「我らも後れを取るな!」
田管と魏遼、その二人が異次元の戦いを繰り広げている間に、田管の部下たちも迫りくる敵を牽制し、大将を逃がすために遠ざけようと奮戦した。
結局、その戦いを終わらせたのは、日没であった。王敖軍が、陣地へと引き上げていく。張石軍はそのまま戦場を離脱して、南西の方角へ逃れていった。
この敗戦によって、張石軍は積極的に打って出ることをしなくなった。防塁に依り、城壁に籠り、直接的な戦闘を徹底的に避けたのである。
一方、守りに入った張石軍に対して、王敖軍は以外にも苦戦していた。彼らは実戦経験の豊富な軍であるが、長年戦った相手は騎馬民である。騎馬民は城壁で囲まれた都市を持たず、土地を守るための大規模な防塁を築いたりもしない。北方での戦いは平原における機動戦が全てであり、城壁を攻めたり、防御陣地を攻略したりした経験が、王敖軍には欠けているのだ。勿論、大型の攻城兵器などは用意されているが、その運用には不慣れな所があり、攻城兵器への対策を徹底させていた張石軍によって無力化されるなどして、あまり役には立てられなかった。
「迎撃準備!」
張石軍右側面の兵は、襲いくる敵騎兵に対して迎撃の構えを取った。立ち並んだ戟兵は盾を構えて戟を斜めに突き出し、弓兵と弩兵が射撃体勢に入って敵を待ち構えている。
「今だ! 放て!」
射程内に入った敵騎兵隊に、長弓部隊が曲射で矢弾の驟雨を降らせる。続いて、弩兵が水平射撃で迫りくる敵騎兵を打ち払おうとした。だが、敵は素早く馬首を右へ回して矢弾を回避し、飛来した矢は虚しく地面に突き刺さった。右へ旋回した敵騎兵は、そのまま側面に回って攻撃する構えをとった。
側面に回り込んだ敵騎兵が最初に狙いをつけたのが、前列を守る戟兵であった。横合いから矢を射かけられた戟兵は、身を守る術もなく倒れていく。中には盾で矢を弾く兵もいたが、多くはその前に体を矢に貫かれた。
回り込んだ敵騎兵の方を向いた弓兵と弩兵であったが、矢を放つ前に敵の肉薄を許してしまった。騎兵の機動力というのは、恐ろしいものである。弓兵と弩兵は、次々と騎射の餌食となって倒れた。
戦闘がひと段落すると、騎兵隊は矢を拾って矢筒に収めた。この戦い方は矢の消費が激しすぎる。故にこうして、頃合いを見計らって戦場から矢を失敬するのだ。
矢を拾った騎兵隊は、さらに張石の中央軍の奥深くに切り込んでいった。
魏遼を先頭に、騎兵隊は猛然と張石軍に突っ込んでは。矢の雨を降らせた。
だが、これを迎え撃つ張石軍も、ただやられるばかりではない。混乱する外側の兵はともかく、内側の方では迎撃の体勢が整いつつあった。輜重車を外円に並べて盾代わりとし、戟兵が盾を並べて前列に立ち、その後方から弓弩の兵が並んで円陣を組んだのである。かつて楊龍軍が田管を迎え撃った時に組んだのと類似した陣形である。これなら、側面を襲われる心配もない。
楊龍がこの陣形で失敗したのは、彼らが速攻を仕掛ける軍であったからだ。本来であれば細長い隊列を作った張石軍の側面を攻撃し、体勢が整う前に一気に攻め潰すはずが、田管隊に襲われたことで慌てて守りに入ってしまったのである。故に彼らは田管隊に翻弄され、歩兵と騎兵が切り離された挙句、張石軍の本隊が到着するまでの時間を稼がれて負けたのである。本来、円陣は追い詰められた側による防御の陣であり、そういった意味では、今組んだこの円陣は適切な選択であったと言えよう。
事実、魏遼の騎兵隊はこれに対して攻めあぐね始めた。戟兵の盾と輜重車によって矢は敵兵の命を奪えなくなっていったのである。
だが、それも、長くは続かなかった。円陣に向かって、遠くから矢弾が降り注いだのである。
騎兵の後方から、敵の歩兵が姿を現した。矢弾の雨に引き続いて、戟兵が円陣に突撃していく。円陣は側面攻撃に強い利点がある一方で、一点への集中攻撃にはあまり強くない。戟兵に殺到された円陣の一端が、忽ちに破られた。
さらに悪いことに、押し返した敵中央軍が、好機とばかりに再び攻め込んできた。張石軍は、二方向からの攻撃を受けることになってしまった。
張石軍は、じりじりと南西に後退していたが、敵の追撃は激しかった。張石の首を、今ここで取ろうと意気込んでいるかのようである。
張石、張舜父子は、指揮官用の馬車を走らせて、随伴の兵と共に戦場を離脱しようとしていた。だが、その右方に、敵の影が見えた。
「覚悟せよ!」
張舜は、矢を番える敵騎兵の姿を見た。見てしまった。
「仮面……!」
敵騎兵の目元は、黒い仮面で覆われていた。噂の、あの仮面の騎兵である。張舜はその時、自らの死を確信した。
だが、その矢は、放たれなかった。
「大将をお守りするのだ!」
仮面の騎兵は素早く回避行動を取り、その場を離れた。代わりに姿を現したのは、田管率いる自軍の騎兵隊であった。
「き……来てくれたんだね!」
田管隊は、敵の中をくぐり抜け、うち倒し、そしてこの場に参じたのである。
「この場は我々が防ぎますので、どうかお逃げを」
田管は一度だけ張舜の方を向いて言うと、すぐまた馬を駆けさせた。
「おのれ、邪魔をするな!」
田管に向かって、仮面の騎兵、もとい魏遼が矢を放つ。田管はそれを回避し、そしてお返しとばかりに矢を射かけた。二人は、円を描くように馬を疾駆させながら、矢を射かけ合っている。
銀の髪、碧眼、そして類稀なる騎射の名人、類似した特徴を持つ二人が、敵同士となり、一対一で戦いを繰り広げている。双方とも、矢の残りに余裕はない。故に、一矢必殺を心がけて、狙いをつけた。だがお互いに名手であるため、次の相手の狙いが読めてしまうのだ。であるから、放った矢のどれもが、決定打とはならずに虚しく空を切って地面に落ちた。
「我らも後れを取るな!」
田管と魏遼、その二人が異次元の戦いを繰り広げている間に、田管の部下たちも迫りくる敵を牽制し、大将を逃がすために遠ざけようと奮戦した。
結局、その戦いを終わらせたのは、日没であった。王敖軍が、陣地へと引き上げていく。張石軍はそのまま戦場を離脱して、南西の方角へ逃れていった。
この敗戦によって、張石軍は積極的に打って出ることをしなくなった。防塁に依り、城壁に籠り、直接的な戦闘を徹底的に避けたのである。
一方、守りに入った張石軍に対して、王敖軍は以外にも苦戦していた。彼らは実戦経験の豊富な軍であるが、長年戦った相手は騎馬民である。騎馬民は城壁で囲まれた都市を持たず、土地を守るための大規模な防塁を築いたりもしない。北方での戦いは平原における機動戦が全てであり、城壁を攻めたり、防御陣地を攻略したりした経験が、王敖軍には欠けているのだ。勿論、大型の攻城兵器などは用意されているが、その運用には不慣れな所があり、攻城兵器への対策を徹底させていた張石軍によって無力化されるなどして、あまり役には立てられなかった。
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