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第四話 公孫業の目覚め
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その頃、ようやく、国都の方でも事の重大さが理解されつつあった。田管軍の奮闘ぶりは、情報が届けられない皇帝はともかく、廷臣たちの多くの知る所であった。その田管が降伏したとあっては、もうどうしようもない。
保身のために情報を握りつぶし続けていた李建自身でさえ、この状況がのっぴきならないことには気づいていた。とはいえ、統一前の激戦を戦い抜いた名だたる将軍たちは李建自らがあらかた粛清した後で、軍を率いるに足る人材は払底してしまっている。王敖の軍を呼び戻すには、時間が足りない。そこで、時間稼ぎのために、李建は離宮の造営などに当たっている罪人十五万を召集し、これを率いて反乱軍に当たる者を名乗り出させた。罪人を率いて勢いづいた反乱軍と戦うなど貧乏くじもいい所であるが、これに名乗り出た男がいた。それが、公孫業という武官である。
この公孫業という男、武官ではあるのだが、専ら後方任務に従事しており、大軍を率いての実戦経験はない。そも、三十を越えたばかりの年齢であるから、普の統一前の激戦に参戦したことがないのは明らかである。けれども、他に適任者がいるわけでもなく、李建は公孫業に十五万を与えこれを率いさせることに決めた。
難題を受け持った形の公孫業であるが、その顔は清々しいものであった。武官たるもの、一度は万の軍を指揮して戦ってみたいものだ、という思いが、この男の中にはあったのである。統一によって平和のもたらされた中原は、再び戦乱渦巻く時代を迎えようとしている。それは恐ろしいことであると同時に、彼のような雌伏の狼の血を滾らせるものでもあった。
公孫業は、まず、敵の首を取れば罪を許す旨の通達を全軍に発した。とにもかくにも、この罪人ばかりの低質な軍隊を何とか使えるものにするしかない。そうして公孫業は、この十五万の軍を率いて武陽を出発し、赤門と呼ばれる地に布陣した。
一方の呉子明軍は、街道を直進し、武陽を目指している。殆ど何の抵抗も受けないまま、軍は公孫業軍の陣営の目前に至った。
この時、呉子明は焦っていた。
「もたついていると、王敖の軍が来る」
今は北方にいる王敖の軍がこちらを向けば、西へ進んでいる自軍は側面からの攻撃を受けることになる。であるから、その前に武陽へ入城してしまいたかった。
「小賢しいわ。一揉みに潰してくれる」
呉子明は攻撃指令を通達した。大軍である故に、特に策らしい策もなく、ただがむしゃらに突進させた。だが、その行く手には、またしても拒馬柵と鉄蒺藜が設置されていた。そして、その向こう側から、公孫業軍の弩兵が斉射を加えてくる。これによって、呉子明軍の前列は削り取られた。そして、次第に両軍の間で白兵戦が起こり始める。呉子明軍は猛然と襲い掛かったが、対する公孫業軍も、一歩も引かない。首級を挙げれば罪が許されるとあって、公孫業軍の兵は必死になって戦っているのだ。それもあるが、対する呉子明軍は田管軍との戦いや強行軍によって、疲労が溜まっていた。それ故に公孫業軍を押し切れなかったのである。
こうして、連日の抗戦により、とうとう、呉子明軍は撤退を始めた。呉子明は軍を一旦夷門関まで後退させ、そこで体勢を立て直そうとしたのである。
公孫業軍は、これを見逃さなかった。すぐさま追撃を始め、退却する呉子明軍の背後を襲ったのである。この熾烈な追撃によって数多くの兵を失いながら、呉子明は辛くも夷門関に戻ったのである。
呉子明は魯王宋商の元へ使いを送り、援軍を要請した。だが、宋商はこれを拒否した。というのも、この時、魯王の反乱軍は中部地域や南部地域へも送り込まれており、現地の反乱勢力と合流してそれらの地を同時攻略していたのである。呉子明軍は中原の北部を横断するように軍を進めており、中部や南部地域は未だ未平定であった。
呉子明はこれを受けて、魯王に憤慨した。
「そちらがそういう態度に出るなら、こちらも勝手にさせてもらう」
そうして、呉子明は宋商に断りを入れることなく軍隊を停止させ、勝手に「梁王」を名乗った。呉子明軍が横断して掌中に収めた地域は、往時、中原の大国であった梁の北部地域であり、その地を支配するという意を込めて、これを名乗ったのである。
当然、勝手に王として即位するなど、宋商にとっては認められることではない。しかし、ここで呉子明軍を敵に回すのは得策ではない。勝手な行いは承服しかねるけれども、今は共に普の圧政に立ち向かう同志でなければならない。宋商自身には、天下に号令しようなどという野望はなかったし、魯一国の王となれればそれで充分であった。それより何より、反乱軍が潰され、普の統治に再び戻ることの方が、余程許せないことである。
この時、田管とその部下は、武装を解かれて寿延という都市に移送されていた。そこで、普の情報を引き出すための尋問を受けていたのである。
田管には、もうすでに、普への忠義などなかった。今までの戦いは、全く何の意義も持たないものであったと、今となっては思わざるを得ない。再三の支援要請に対して返事が梨の礫であったことは、そのまま自分が朝廷から見捨てられたことを意味している。そのような仕打ちを受けて、どうしてこれ以上の忠義立てなどできようか。
夜、屋敷の中で眠りに就こうとしていた田管は、中に入ってくる足音で目を覚ました。
「何奴」
跳ね起きた田管は、戸口に立っている人影に向かって、一言、言い放った。背後に浮かぶ月の光以外に、何も明かりとなるようなものはないが、田管はそれが一人ではなく三人であると感じ取った。
逃げなければ。直感的に、田管はそう思ったが、時すでに遅しであった。三人に強引に押さえつけられ、縄で縛られて担ぎ出された。
保身のために情報を握りつぶし続けていた李建自身でさえ、この状況がのっぴきならないことには気づいていた。とはいえ、統一前の激戦を戦い抜いた名だたる将軍たちは李建自らがあらかた粛清した後で、軍を率いるに足る人材は払底してしまっている。王敖の軍を呼び戻すには、時間が足りない。そこで、時間稼ぎのために、李建は離宮の造営などに当たっている罪人十五万を召集し、これを率いて反乱軍に当たる者を名乗り出させた。罪人を率いて勢いづいた反乱軍と戦うなど貧乏くじもいい所であるが、これに名乗り出た男がいた。それが、公孫業という武官である。
この公孫業という男、武官ではあるのだが、専ら後方任務に従事しており、大軍を率いての実戦経験はない。そも、三十を越えたばかりの年齢であるから、普の統一前の激戦に参戦したことがないのは明らかである。けれども、他に適任者がいるわけでもなく、李建は公孫業に十五万を与えこれを率いさせることに決めた。
難題を受け持った形の公孫業であるが、その顔は清々しいものであった。武官たるもの、一度は万の軍を指揮して戦ってみたいものだ、という思いが、この男の中にはあったのである。統一によって平和のもたらされた中原は、再び戦乱渦巻く時代を迎えようとしている。それは恐ろしいことであると同時に、彼のような雌伏の狼の血を滾らせるものでもあった。
公孫業は、まず、敵の首を取れば罪を許す旨の通達を全軍に発した。とにもかくにも、この罪人ばかりの低質な軍隊を何とか使えるものにするしかない。そうして公孫業は、この十五万の軍を率いて武陽を出発し、赤門と呼ばれる地に布陣した。
一方の呉子明軍は、街道を直進し、武陽を目指している。殆ど何の抵抗も受けないまま、軍は公孫業軍の陣営の目前に至った。
この時、呉子明は焦っていた。
「もたついていると、王敖の軍が来る」
今は北方にいる王敖の軍がこちらを向けば、西へ進んでいる自軍は側面からの攻撃を受けることになる。であるから、その前に武陽へ入城してしまいたかった。
「小賢しいわ。一揉みに潰してくれる」
呉子明は攻撃指令を通達した。大軍である故に、特に策らしい策もなく、ただがむしゃらに突進させた。だが、その行く手には、またしても拒馬柵と鉄蒺藜が設置されていた。そして、その向こう側から、公孫業軍の弩兵が斉射を加えてくる。これによって、呉子明軍の前列は削り取られた。そして、次第に両軍の間で白兵戦が起こり始める。呉子明軍は猛然と襲い掛かったが、対する公孫業軍も、一歩も引かない。首級を挙げれば罪が許されるとあって、公孫業軍の兵は必死になって戦っているのだ。それもあるが、対する呉子明軍は田管軍との戦いや強行軍によって、疲労が溜まっていた。それ故に公孫業軍を押し切れなかったのである。
こうして、連日の抗戦により、とうとう、呉子明軍は撤退を始めた。呉子明は軍を一旦夷門関まで後退させ、そこで体勢を立て直そうとしたのである。
公孫業軍は、これを見逃さなかった。すぐさま追撃を始め、退却する呉子明軍の背後を襲ったのである。この熾烈な追撃によって数多くの兵を失いながら、呉子明は辛くも夷門関に戻ったのである。
呉子明は魯王宋商の元へ使いを送り、援軍を要請した。だが、宋商はこれを拒否した。というのも、この時、魯王の反乱軍は中部地域や南部地域へも送り込まれており、現地の反乱勢力と合流してそれらの地を同時攻略していたのである。呉子明軍は中原の北部を横断するように軍を進めており、中部や南部地域は未だ未平定であった。
呉子明はこれを受けて、魯王に憤慨した。
「そちらがそういう態度に出るなら、こちらも勝手にさせてもらう」
そうして、呉子明は宋商に断りを入れることなく軍隊を停止させ、勝手に「梁王」を名乗った。呉子明軍が横断して掌中に収めた地域は、往時、中原の大国であった梁の北部地域であり、その地を支配するという意を込めて、これを名乗ったのである。
当然、勝手に王として即位するなど、宋商にとっては認められることではない。しかし、ここで呉子明軍を敵に回すのは得策ではない。勝手な行いは承服しかねるけれども、今は共に普の圧政に立ち向かう同志でなければならない。宋商自身には、天下に号令しようなどという野望はなかったし、魯一国の王となれればそれで充分であった。それより何より、反乱軍が潰され、普の統治に再び戻ることの方が、余程許せないことである。
この時、田管とその部下は、武装を解かれて寿延という都市に移送されていた。そこで、普の情報を引き出すための尋問を受けていたのである。
田管には、もうすでに、普への忠義などなかった。今までの戦いは、全く何の意義も持たないものであったと、今となっては思わざるを得ない。再三の支援要請に対して返事が梨の礫であったことは、そのまま自分が朝廷から見捨てられたことを意味している。そのような仕打ちを受けて、どうしてこれ以上の忠義立てなどできようか。
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「何奴」
跳ね起きた田管は、戸口に立っている人影に向かって、一言、言い放った。背後に浮かぶ月の光以外に、何も明かりとなるようなものはないが、田管はそれが一人ではなく三人であると感じ取った。
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