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第二話 普帝国
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大秦大陸の東の果て、中原と呼ばれるその土地は、数百年の長きに渡って小国乱立の時代が続いていた。それらの国は時代を経て、普、梁、荊、魯、薛の五か国に淘汰された。その内で最も西方に位置していた普の国が、武力による統一という形で戦乱の世に終止符を打ったのである。
普の王は、王に代わる新たな称号として皇帝という号を編み出し、自らこれを称した。そして、かつて中原に存在した王国を全て解体し、全国を郡とそれに属する県という二段階の行政区画に分け、中央から送り込んだ役人によって統治させる中央集権的な政権を作り上げた。
しかし、その統治は、厳しい法と刑罰による苛烈極まるものであり、それが庶民の間に徐々に怨毒を蓄積させていった。それでも、統一という偉業を成し遂げた普王、いや、皇帝は英邁な君主であり、その在位中に民は憤懣を爆発させることはなかったのであるが、皇帝とて所詮は人であり、人の命には、当然ながら限りがある。
皇帝曄が崩御し、二世皇帝が即位すると、この二世皇帝は民に重税をかけては奢侈に耽り、政治を省みることなく奸臣に政務を一任するようになった。権力を握った君側の奸によって、先代を支えた能臣たちは、皆悉く粛清の嵐に巻き込まれて命を落としてしまった。
二世皇帝の治世となって一年が過ぎた頃、とある漁村で事件が起こった。税の取り立てに来た役人を、漁民が殺害してしまったのである。後に引けなくなった漁民たちは、そのまま仲間を集めて役所を襲った。これが、今起こっている大反乱のきっかけであった。
反乱は、燎原の火のように、瞬く間に広がっていった。東方の郡県は、あっという間に反乱軍の手に落ちてしまった。反乱軍の首魁は、宋商という漁民であった。仲間想いで気の良いこの漁師は、東方の三郡の占領を終えると、王として即位する旨を宣言し、「魯王」と名乗った。魯というのは、普の統一前に存在した、東方の大国の名であり、普の国とは距離があった故に、列国では最後に滅亡した国でもある。宋商が居を構える二郡も、かつては魯の領土であった。
これを皮切りに、普の圧政の下に虐げられていた人々が、その怒りの矛先を体制に向けた始めた。怒れる民によって、各地で県令が殺され、郡守が斃れる。中には恐れをなして逃亡し、そのまま行方不明になる地方官もあった。田管の上司である郡守も、そうして逃げた官の一人である。
今しがた田管が戦ったのは、魯王に命じられて西方へ進軍し、普の国都である武陽を目指す呉子明という男の軍である。彼の率いる軍は進軍の度に民が合流し、当初十五万だった軍は五十万にまで膨れ上がった。それに対して、官軍はろくな抵抗もできないでいる。唯一、彼らに泡を吹かせたのが、田管率いる四万であった。
田管は、西へ向かい、隴江という土地で野営していた。
「まだか……王敖将軍の軍さえ来てくれれば……」
田管は、一人歯噛みしていた。この頃の普軍の主力は、王敖という将軍が率いる三十五万の軍であった。この軍は北方の騎馬民を討伐して長城を築き、その北地の守備に当たっている軍である。地方軍が当てにならない今、王敖軍を呼び戻して反乱軍の鎮討に当たらせることを朝廷側に判断してもらうしか望みはない。
田管は、反乱軍と戦いながら、じりじりと西方に後退していった。なるべく開けた土地を避け、守るのに易い険阻や山間の細い道や泥濘のある土地などを選んで迎え撃ち、全面対決を徹底的に避けつつ時間稼ぎを行った。道中には鉄蒺藜を撒いて敵の進軍を遅らせるようにもしていた。とにかく、敵の歩みを遅らせるより、他に取りうる道はない。それが現状である。
そうして遅滞戦術を続けていた田管であったが、一向に援軍が来る気配はない。王敖の三十五万の軍も、北から一歩も動かない。というのも、この時、反乱の情報は、宮廷に全く届いていなかったのだ。いや、正確には宮廷の内部にも反乱を知り対処の準備を行う者もいたのだが、肝心の二世皇帝の耳に入る前に、情報が握り潰されてしまっていたのである。
この時の普の丞相は李建という男であったが、この男こそ君側の奸であり、奸佞邪知の悪臣であった。二世皇帝の寵愛厚いこの男は、二世皇帝に取り入って前の丞相を誅殺させ、自ら丞相の地位に座ったのである。二世皇帝を意のままに操縦するこの男に、逆らえる者は誰もなかった。
李建は内部の権力固めに腐心する余り現状維持を望み、反乱の情報を握りつぶし続けた。現状を憂慮し、皇帝に注進する者もいたが、それらは例外なく、この悪臣の毒牙にかかり刑死した。また、有力な将軍たちも、北方にいる王敖は別としても、その多くが粛清に巻き込まれてしまっており、仮に討伐軍を起こそうとしても、すぐにとはいかない状況でもある。王敖のいる北地は反乱こそ起こっていないが、他地域の反乱の情報もまた、すぐには北地に入ってこなかった。尤も、情報が入ったとて、中央が指示を出さなければ動けないのであるが。
そうして、とうとう田管軍は、夷門関と呼ばれる関所にまで後退した。この夷門関は、往時、普の国が、東方の大国である梁を防ぐために作った関所である。古くからの要衝であるこの土地は、一度抜かれてしまえば武陽まで一直線である。故に、絶対に守らなければならない場所であった。
普の王は、王に代わる新たな称号として皇帝という号を編み出し、自らこれを称した。そして、かつて中原に存在した王国を全て解体し、全国を郡とそれに属する県という二段階の行政区画に分け、中央から送り込んだ役人によって統治させる中央集権的な政権を作り上げた。
しかし、その統治は、厳しい法と刑罰による苛烈極まるものであり、それが庶民の間に徐々に怨毒を蓄積させていった。それでも、統一という偉業を成し遂げた普王、いや、皇帝は英邁な君主であり、その在位中に民は憤懣を爆発させることはなかったのであるが、皇帝とて所詮は人であり、人の命には、当然ながら限りがある。
皇帝曄が崩御し、二世皇帝が即位すると、この二世皇帝は民に重税をかけては奢侈に耽り、政治を省みることなく奸臣に政務を一任するようになった。権力を握った君側の奸によって、先代を支えた能臣たちは、皆悉く粛清の嵐に巻き込まれて命を落としてしまった。
二世皇帝の治世となって一年が過ぎた頃、とある漁村で事件が起こった。税の取り立てに来た役人を、漁民が殺害してしまったのである。後に引けなくなった漁民たちは、そのまま仲間を集めて役所を襲った。これが、今起こっている大反乱のきっかけであった。
反乱は、燎原の火のように、瞬く間に広がっていった。東方の郡県は、あっという間に反乱軍の手に落ちてしまった。反乱軍の首魁は、宋商という漁民であった。仲間想いで気の良いこの漁師は、東方の三郡の占領を終えると、王として即位する旨を宣言し、「魯王」と名乗った。魯というのは、普の統一前に存在した、東方の大国の名であり、普の国とは距離があった故に、列国では最後に滅亡した国でもある。宋商が居を構える二郡も、かつては魯の領土であった。
これを皮切りに、普の圧政の下に虐げられていた人々が、その怒りの矛先を体制に向けた始めた。怒れる民によって、各地で県令が殺され、郡守が斃れる。中には恐れをなして逃亡し、そのまま行方不明になる地方官もあった。田管の上司である郡守も、そうして逃げた官の一人である。
今しがた田管が戦ったのは、魯王に命じられて西方へ進軍し、普の国都である武陽を目指す呉子明という男の軍である。彼の率いる軍は進軍の度に民が合流し、当初十五万だった軍は五十万にまで膨れ上がった。それに対して、官軍はろくな抵抗もできないでいる。唯一、彼らに泡を吹かせたのが、田管率いる四万であった。
田管は、西へ向かい、隴江という土地で野営していた。
「まだか……王敖将軍の軍さえ来てくれれば……」
田管は、一人歯噛みしていた。この頃の普軍の主力は、王敖という将軍が率いる三十五万の軍であった。この軍は北方の騎馬民を討伐して長城を築き、その北地の守備に当たっている軍である。地方軍が当てにならない今、王敖軍を呼び戻して反乱軍の鎮討に当たらせることを朝廷側に判断してもらうしか望みはない。
田管は、反乱軍と戦いながら、じりじりと西方に後退していった。なるべく開けた土地を避け、守るのに易い険阻や山間の細い道や泥濘のある土地などを選んで迎え撃ち、全面対決を徹底的に避けつつ時間稼ぎを行った。道中には鉄蒺藜を撒いて敵の進軍を遅らせるようにもしていた。とにかく、敵の歩みを遅らせるより、他に取りうる道はない。それが現状である。
そうして遅滞戦術を続けていた田管であったが、一向に援軍が来る気配はない。王敖の三十五万の軍も、北から一歩も動かない。というのも、この時、反乱の情報は、宮廷に全く届いていなかったのだ。いや、正確には宮廷の内部にも反乱を知り対処の準備を行う者もいたのだが、肝心の二世皇帝の耳に入る前に、情報が握り潰されてしまっていたのである。
この時の普の丞相は李建という男であったが、この男こそ君側の奸であり、奸佞邪知の悪臣であった。二世皇帝の寵愛厚いこの男は、二世皇帝に取り入って前の丞相を誅殺させ、自ら丞相の地位に座ったのである。二世皇帝を意のままに操縦するこの男に、逆らえる者は誰もなかった。
李建は内部の権力固めに腐心する余り現状維持を望み、反乱の情報を握りつぶし続けた。現状を憂慮し、皇帝に注進する者もいたが、それらは例外なく、この悪臣の毒牙にかかり刑死した。また、有力な将軍たちも、北方にいる王敖は別としても、その多くが粛清に巻き込まれてしまっており、仮に討伐軍を起こそうとしても、すぐにとはいかない状況でもある。王敖のいる北地は反乱こそ起こっていないが、他地域の反乱の情報もまた、すぐには北地に入ってこなかった。尤も、情報が入ったとて、中央が指示を出さなければ動けないのであるが。
そうして、とうとう田管軍は、夷門関と呼ばれる関所にまで後退した。この夷門関は、往時、普の国が、東方の大国である梁を防ぐために作った関所である。古くからの要衝であるこの土地は、一度抜かれてしまえば武陽まで一直線である。故に、絶対に守らなければならない場所であった。
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