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第一章

模擬戦

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 次の日。

 シルヴァが食堂で朝食を食べている時のことであった。

「シルヴァは朝はパン派?」
「パン派って訳では無いが……朝食は早く済ませたいな」
「そっか」

 シルヴァとゼラが会話している時に、食堂の扉が大きく開いた。

「あ、なんでそいつがまだ居るのよ!」

 ノラとサラだった。

「兄さん、なんで追い出さないの!」
「ノラ!」
「お兄ちゃんがそんな意気地無しだとは思いませんでした」
「サラも!お前ら……」

 ノラがシルヴァの元に大股で歩いてくる。

「出ていって貰えます?」
「お断りだ」

 シルヴァの首根っこ掴んで凄むノラだが、シルヴァは意に介さない。ノラの頭から、プチッという音が聞こえた。

「なら私と戦いなさい。ここのクランに弱者は要らないわ」
「ノラ!さすがにそれは……」
「何よ兄さん。遠征で足を引っ張るようなやつはクランには要らないでしょ」
「だが彼には巨灰毒ポイズンスネーク・アッシュの討伐実績が……」
「あんな毒蛇くらい簡単でしょ。それに実績なんて、どこかで素材購入でもしてればなんの意味もないわ。私が勝ったらあなたは二度とここに立ち入らない。いいわね?」
「じゃ俺が勝ったら許可貰えるか?」
「さぁね。せいぜい逃げ回る策でも考えるのね。時間は9時に地下闘技場で。怖いなら逃げてもいいのよ」

 そう言い残し、ノラとサラは去っていった。ゼラのため息が漏れる。

「はぁー。ノラも勝手なんだよな……。だがノラは強い。身内贔屓なしにだ。俺がどうにかして説得して……」
「いや、いいよ」

 シルヴァが立ち上がり、手を鳴らす。

「殺さない程度でいいよな?」

 ゼラを見下ろす。ゼラは、最初呆気に取られていたが、軽く目を閉じた。

「何が起きても知らないよ」

 とだけ、ゼラの口から言葉が漏れた。

 ◆◇◆

 シルヴァが地下闘技場に入る。そこには、もう戦う準備をしたノラがいた。

「あら、逃げないで来たのね。そこは褒めてあげるわ」
「そりゃどーも」
「それじゃ、9時に鐘が鳴るようにしたから。その音がしたら開始で」
「はいよ」

 シルヴァは、ノラを装備を観察した。その中で、シルヴァの目に止まった物があった。

(……ん、やっぱり眼系のアイテム所持か。妹の方も持ってたな。それと……)

 シルヴァは、ノラの腰にある黒い棒に目がいった。

(あの棒……)

 シルヴァが少し考えていた、その時だった。

 空気を震わせ、鐘が鳴った。

「羽ばたけ、鬼蜻蜓!」

 ノラの腰にあった黒い棒が、瞬時に漆黒の薙刀に変貌した。

「覚悟しなさい、男」
「せめて名前で呼んで欲しいものだぁね」

 シルヴァが叡黎書アルトワールからアイテムを取り出す。

 紅く光る片手剣と、それと対になる盾であった。

 金属音が鳴り響く。シルヴァの首元を狙った薙刀が、盾によって防がれた。

 次いで、二撃、三撃目がシルヴァを襲う。だが、全ての攻撃はシルヴァに触れることすら出来なかった。

 シルヴァが薙刀を跳ね除ける。ノラは、シルヴァから少し距離をとった。

 シルヴァとノラが睨み合う。動いたのはシルヴァだ。だが、シルヴァの振るった剣を軽く避け、ノラはシルヴァと距離をとった。

「ふうん。ただの雑魚ではないってことね」
「はいはいどうも。それじゃそろそろ」

 シルヴァが首を鳴らす。次の瞬間、シルヴァの剣がノラ目掛けて貫かれた。

(ッ、疾い!)

 ノラが全力に近い速度で剣を避ける。剣圧で埃が舞い上がった。

「少しくらい痛い目みせようと思ったんだが」
「残念ね。届いてないわ」

 言い終えるのと同時に、ノラが切り返す。薙ぎ、突き、払うその動作は、まるで流れる水のよう滑らかであったが、シルヴァには届かない。

「そっちも届いてないじゃないか」
「嫌味ならまず当ててからいいなさいよ」
「言ったな?」

 片手剣と盾を叡黎書アルトワールに戻した。自分の武器を下げたシルヴァの行動に、ノラは一瞬戸惑ったが、好機とばかりに切り込んだ。

「武器を棄てるなんて、攻撃してくださいと言わんばかりの行動ね」
「そうか?」

 シルヴァの首に薙刀が迫る。だが、あと少しのところで薙刀が止まる。

「な……っ!」

 千段巻の部分を、シルヴァが掴む。

「えっ!?嘘!」

 ノラが薙刀を操ろうとするが、薙刀は全く動かない。

「ノラ……だったか。君の敗因は、俺を侮ったのと、自分の力を過信した事。二回も同じ場所に薙刀なんて振るったら見切られるのは当然のことだろうに」

 もはや憐れむかのような音の響きを乗せ、シルヴァは語る。

「おてんば娘にはお灸を据える必要があるか。さて……」

 シルヴァが乱雑に鬼蜻蜓を投げ捨てる。その勢いに負け、ノラの手から鬼蜻蜓が落ちてしまった。

 シルヴァがゆっくりとノラに歩み寄る。初めのうちは恐怖で動けなかったノラだったが、次第に呼吸を整えていく。そして、シルヴァがノラの間合いに入った、その時だった。

「はぁっ!」 

 ノラが短剣で斬りかかった。だが、シルヴァはその短剣を左手で掴む。

「は、離しなさいよ!」
「毒か。まぁ判断としては悪くは無いが、これはあくまで模擬戦なんじゃないのか?」
「ひっ……嘘よ……こんなの……」
「嘘も何も、事実なんだがね。……さて」

 シルヴァの目が爛々と輝く。そして、その目を大きく見開いた。

「俺を殺すつもりで短剣を使ったんだ。俺に殺される覚悟も出来ているんだよな?」

 シルヴァの人間離れした殺気と、覇気。それを至近距離からまともに浴びて、ノラは気絶してしまった。

「そこまで」

 シルヴァのすぐ近くで、ゼラの声が上がる。

「なんだよ。俺は気絶で終わらせる気だったんだぞ?」

 シルヴァが呆れたように笑う。

 シルヴァの首に、ゼラの剣がかかっており、サラが銃口を向けていた。

「いやすまないね。ノラは気絶が治るまで寝かしておこうか」

 ゼラがノラを持ち上げる。去っていく三人の背中に、シルヴァは声をかけた。

「ノラが殺しにかかった時は止める気もなかった癖に」
「あれは君が避けることがわかり切っていたからさ」
「詭弁だな」
「……さあね」

 軽く言葉を交わし、三人は去っていった。一人残されたシルヴァは闘技場に大の字で横になる。先程短剣を止めた左手を広げた。

「あらま、こりゃ解毒する必要があるか」 

 シルヴァの手が縦五センチほど裂けており、そこから血が流れ出ていた。

 だが、シルヴァがその手を見た途端に、超速で手が崩れ落ち、再生する。

 先程の傷なぞとうに忘れたかのような顔で、シルヴァは空を見上げた。

「やっぱり俺の勘は当たっていたな。ここのクランは面白すぎる……」

 傷のなくなった左手を握り、シルヴァは立ち上がった。

「やれやれ、一気に行くのは厳しいか。ゆっくりと親交を深めていくしかないんかねぇ」

 ため息混じりにそう漏らし、シルヴァは闘技場を後にした。棄てられたノラの鬼蜻蜓が、静かに棒の形に戻った。
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