もし、僕が、私が、あの日、あの時、あの場所で

伊能こし餡

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この日のために夜を越えてきた

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「鷹斗くんも、早く彼女作りなよ」

  テトラポッドの上に立って夕陽を背に彼に冗談めかして問いかける。当時の私をなぞるのはやめようと思っても、さっきまでやってきたことがこの数時間で染み付いてきたのか、それとも私に自分をさらけ出す勇気がないのか、さっきと変わらぬ態度を取ってしまう。彼から見れば私の顔は夕陽と被ってあまり見えないはずだ。その証拠に彼はさっきから眩しそうにしかめっ面で私の方を見つめている。

「簡単に作れるかよ。仕事ばっかりでそういう相手もいないしさ」

  違う。そんなの言い訳だ。君は私に縛られて、生涯を棒に振った。だけどそれは私も同じなんだ。君の悲しそうな笑顔が、最後まで私を困らせた。

  テトラポッドの先端に立ち、「疲れた」 と言ってその場に座り込んだ。色々考えてしまって本当に疲れたのか、それともロマンチストのさがか、彼も同じように応えてくれるのを期待して。彼は期待通り、地べたに座るのはいい歳してみっともないと糾弾きゅうだんしながらも私に応えてくれた。

  ・・・・・・さっきから、心なしか彼の雰囲気が変わったような気がする。ついさっきまでの若さを感じられる彼はどこかへ消えてしまった。今の彼は大人の落ち着いた雰囲気に身を包んでいる。そう、まるで、何十年も生きてきた人間のソレだ。

「鷹斗くんの前じゃまだ子供でいれるの」

  その雰囲気に違和感を感じながら・・・・・・いや、大人の雰囲気に引っ張られて、私も私自身を少しだけ出すことが出来た。何気ないこの一言は私にとって、私への変化をうながす一言だ。この調子で、もっと今の私の想いを言葉にしよう。
  そう思った矢先、苦虫を噛み潰したような表情をした彼から思いもよらない一言が発せられた。

「もう会えないのに、そんなんじゃダメだよ」

  ・・・・・・。もう、会えない? なぜ? やはり彼はこの時からそう決めていた? だとしたらあの表情にはどういう意図がある?
  彼は会えなくなるのを知っている?さっき彼が見せた表情は自分へのいましめとか、そんな言葉じゃ言い表せない悲壮感が漂っていた。

  あの顔はどこかで見たことがある。それも、とても近しい誰かの似たような表情を私は知っている気がする。寂しいとか苦しいとか、そんな生ぬるい言葉より更に禍々まがまがしい感情が宿ったあの顔。

  あの顔は・・・・・・。あの、かお、は・・・・・・。

  そうだ、あれは、あの表情は、私が毎日鏡を覗き込む度に私の視線に呼び込んできたではないか。

  そうだ、あれは『後悔』 の顔じゃないか。私が何年も、何十年も向き合ってきたあの顔じゃないか。
  だとすると彼はこの後一生会えないことを知っている? 一体なぜ?

  色んな憶測が頭の中を飛び交っては消えていく。どうしても、どうしても、答えを出すにはまだ早い気しかしない。

「もう会えないって、どういうこと?」

  どういうこと?

  本当にそうだ。ただの自分への決意という意味では説明がつかない雰囲気。それは何十年も生きた今なら分かる。人間が過ぎ去りし日々を振り返る時だけに見せるあの顔の意味を。

「鷹斗くん?」

  君はもしかして・・・・・・。

「ねえ鷹斗くん、最後って?」

  ここにいる君はもしかして・・・・・・。

「まりさん、俺は」

  私が聞きたいことを遮るためか、最後という言葉が意味する時が近づいているのか、それとも全く別の理由か。私の問いかけには微塵みじんも応じず、何かを決心したように彼は私の名前を強く呼んだ。そのあまりの剣幕に思わず気圧される。

「好きだった。ずっとずっと、まりさんだけを愛した。どれだけ孤独に震えても、どれだけ自分を憎んでも、まりさんだけが俺の支えだった」

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・。
  ・・・・・・・・・・・。
  ・・・・・・。

  それは、ズルいよ。私はずっとその言葉を待ってたのに何十年も待たせるんだもの。君がなかなか言ってくれないから私はもう別の人と結婚して、一回死んでるんだよ?  君がいない人生を私は一体どんな思いで消化したと思ってるの? そりゃ旦那も子供もいたし幸せだったよ? でもね・・・・・・・。

  でも、君が居てくれればもっと幸せだったと思うんだ。

  私が聞きたかった言葉はすぐそこにあったのに、君はなんでこんなに待たせるの? まったく、君らしいよ。

  嬉しい。今、私の心のどの部分を切り取ったとしても、それはきっと嬉しさと喜びに満ち溢れているに違いない。でもこの拭いきれない違和感はなんだろう。彼から一生かけても聞けなかった言葉を聞いたというのに、素直に喜びつつも、様々な可能性を勘ぐっている自分がいる。

  当時の彼ならこんなことを言っただろうか? 他の人と結婚することが決まってる相手に向かって、自分の感情を優先するような選択を彼が取るだろうか? それも、迷惑をかけまいと離れようとした相手に対して、だ。そんな自分を曲げるようなことを当時の彼がするだろうか? それに加えて、ついさっき彼の表情から感じ取ったあの違和感。

  ・・・・・・? 好き『だった』 ?

  あぁ。

  そうか。そういうことだったのか。答えはすぐそこにあったんだ。

  考えをまとめて口を開いた時、ここに座る頃に沈みかけていた夕陽はすっかり姿を消してしまった。この世界に、本当の意味で私と彼だけを残して。

「・・・・・・知ってたよ。うん、知ってた。なんとなくね、それに気付かないほど鈍感じゃないよ。私だって年頃の女の子だったし? 恋する乙女だったわけだし? にしても失礼だなあ。『だった』 ばっかりで過去形じゃん」

  君も、何十年も一人で生きてきたんでしょ?  だからこそ『孤独に震えた』 んでしょ? 『自分を憎んだ』 んでしょ?

「私も『だった』 になっちゃうんだけどね」

  もう孤独じゃないよ。私たちは、もう孤独じゃない。もう君は自分を憎まなくていいよ。だって私たちは、お互いが死んでからも、愛し合っているのだから。

「好きだったよ、鷹斗くんのこと」

  そう言ったは良いものの、彼の顔を見るのが怖くてわざと戯れるようにして彼の肩にもたれかかった。流石は男の人は、私が不意にもたれかかったくらいではビクともしない。

  彼の右手が私の肩に回る。嬉しい。嬉しい嬉しい。私はもう自分に負い目を感じることもない。無理に大人になろうとすることもない。ただの一人の女になるんだ。私の子供の部分も、大人の部分も、女の部分もそうでない部分もすべて彼が受け入れてくれるんだ。

  嬉しい、嬉しい。

「遅いよ鷹斗くん。何年待ったと思ってるの?」
「ええと、十年くらい?」
「そんなもんじゃないよ、バカ」

  本当に、そんなもんじゃない。人類が誕生してから滅亡するまでよりも長い時間を待ったような気もする。流石にそれは言い過ぎたかもしれないけど、でもそれぐらい長い間私は待ってたんだ。彼の口からその言葉を聞くことを。

  私が彼の背中に手を回すと、彼も同じように応えてくれた。この何気ない動作の一つ一つが私の宝物になる。生きてるうちに、彼との別れを含めて辛いことや悲しいことが数えきれないくらいあった。でも、それも今この瞬間のためだと言うなら私は甘んじてそれを受け入れよう。この瞬間がくることが分かっていたなら、私は罪人ともキスをしよう、時代の追放者とも肩を並べて歩こう、孤独の世界で愛を渇望かつぼうしながら生きよう。

「鷹斗くん」
「なに?」
「離れないでね。これから先、たまにでいいからこうやって子供に戻らせて。だから、最後なんて言わないで」
「分かった・・・・・・! 何があっても、まりさんを離さない。最後なんて言わない。俺の前ではいくらでも子供で居て良い。どれだけ馬鹿やっても良い。もうきっと、俺がまりさんを離すことはない」

   私はこの日のために孤独な夜を越えてきた。

「鷹斗くん、ありがとう」

  この声は彼に届いたのか、それとも私の意識の中だけで言葉にはならなかったのか。それはきっと、彼にしか分からない。





  ~完~
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