もし、僕が、私が、あの日、あの時、あの場所で

伊能こし餡

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????の場合

運命を変えるまで

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「ビックリしちゃった。鷹斗くん、いつもはすぐに出るのに今日に限ってなかなか出ないんだもん。起きなかったらどうしようって思った」
「ごめんごめん、昨日飲みすぎちゃって」

  彼の車に乗り込みながらいつも私が振る舞っていたように振る舞う。自分で言うのもなんだが、私は外面そとづらはかなり良い方だった。それは彼の前でも変わらない。

  車が発進し、体が後ろへとる。スピードが上がっていくごとに、昔のオートマらしくガタン! と音を立ててギアが変わるが、不思議と不快感は感じなかった。それはきっと彼と同じ空間にいたからで、もし私が一人で運転していたらイライラして貧乏ゆすりをしていたところだろう。

  彼のこなれたハンドルさばきと、同乗者に気を使っていることが分かるアクセルとブレーキの操作に少し嬉しさを感じながら、確かこの後は高校の時によく行ってたお店にランチしに行くんだったな、と整理してきた記憶の中からひとかけらを引き出す。

「ねえお昼はいつものお店に行こうよ」
「いいよ、今日はまりさんの結婚祝いだからね、なんでも好きなやつ頼んで」

  あー、そうそう、そんな名目だったなぁ。彼から誘われたことの方が嬉しくてそのことを忘れてたよ。
  そういえば彼はこの当時から役職持ちだったからお金は同年代に比べてもそこそこ持っていただろう。まあその点に関しては私の旦那も似たようなものだ。旦那のおかげで生きてるうちはそこそこ裕福な暮らしを送ることができた。私が病気をするまでは。

「おおー、太っ腹だね! 流石! 若くして出世コースの男は違う!」

  ・・・・・・彼は一生独り身だったと聞く。旦那が私や子供たちを養うっても余るほどのお金を彼は一人でどのように使っていたのだろう。彼のことだからあまり豪遊もせず、無駄な出費もせず、一人淡々と慎ましく生きていただろうことが容易に想像つく。私が旦那にプロポーズされた時も、子育てにいそしんでいた時も、闘病していた時も、彼は一人で使うアテもないお金をただなんとなく生きるために稼いでいたと思うと、背筋がゾッとした。

  私は知っていた。彼がなぜ最期まで一人で生きていたのかを。彼がなぜ私から離れてしまったのかを。

  私はもう、君を一人にしないよ。

「ん? 何か言った?」
「んーん、何も言ってないよ」

  運転する彼を横目に見るのにばかり集中して心の声が漏れ出てしまったらしい。急いで訂正する。彼の車は当時はまだ珍しくなかった普通車で、慣れてしまえば乗り心地もそこまで悪くはない。しかし私が生きていた時代のものに比べるとやはり数ランクは落ちる。旦那は車なんて乗れればいいって人だったから自家用車は常に軽だったし、それも新車じゃなくて中古車ばかりだったけれど、この頃の彼の車よりは十分乗り心地は良かった。

  寝起きでまだボサボサの髪やほどよく日に焼けた腕に注視していると、いつしかこの車が私と彼が通った高校の方へと向かっていることに気が付いた。事前に思い出した記憶が間違っていなかったことにも安堵あんどしたがそれ以上に数十年振りに見る景色の懐かしさで胸がいっぱいになった。

「懐かし~。こっち方面来るのって高校生の時以来かも」

  やっぱり、私と彼と言えばあの場所だものね。流石は分かる男だね。感心しながらため息を吐く。

  運命を変えるまで、あと数時間か。
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