もし、僕が、私が、あの日、あの時、あの場所で

伊能こし餡

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????の場合

あの声

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  prrrrrrrr・・・・・・

  一コール

  prrrrrrrr・・・・・・

  ニコール

  prrrrrrrr・・・・・・

  三コール

  これは私の予想通り、お酒に呑まれて寝てるな。このお酒の弱さは最期を迎える頃には多少はマシになったのだろうか? お酒に弱いくせに生真面目な性格があだとなって付き合いで飲みすぎる癖があるから、もしかすると数年経つ頃には酒豪しゅごうになってたかもしれない。

  プツンと呼び出し音が途切れた。電話の向こうでモゾモゾと彼が動く音が聞こえる。どうしよう、そういえば電話をすることばかり考えていて何を話すかを全然考えていなかった。

  どういうことを話せばいい? 一言目はなんと発せればいい?

  声の出し方なんて忘れるほど私の頭はフル回転した。この一瞬で知恵熱が出そうなくらい回転が加速する。
  彼は、彼の声はどういう声だった? 私はあの日この電話で彼になんと言った?

  そんなことを考えながら、耳が痛くなるほど携帯を押しつけた。久々に聞く彼の声をひとかけらも聞き逃さないように。彼がもう二度と、一人にならないように。

  そして数瞬後、電話口から聞こえてきたのは忘れかけていた彼の声だった。

『もしもし?』

  ・・・・・・!

  久々に聞く、彼の声だ。少し低くて、聞き取りやすくて、誰よりも私をおもんばかってくれる、大好きな大好きな彼の声。

  彼の声を聞けた喜びと同時に、彼を一人にしてしまった苦しみが絶え間なくこの胸で入れ替わり、感情がどんどん高まっていく。

  目頭めがしらがカッと熱くなり、また涙が流れてきそうになる。私を押し流していきそうな感情の流れを必死に抑える。彼に悟られてはいけない。今日は楽しい日になる・・・・・・いや、楽しい日にするんだ。

  そのためには、なるべくあの日と同じように接する。若い頃の私を、若い体の私が演じる。

「あ、やっと出た。鷹斗くん、今日のこと忘れてないよね?」

  最初はわざとおどけた声で応じる。あの頃の私ならきっとこうするはずだ。間違っても泣きそうな声で約束の電話なんかするはずがない。

『今日?』
「・・・・・・もう、寝起きなんでしょ? 今日二人で遊ぶ約束してたじゃないの。九時半に鷹斗くん家の近くの公園に待ち合わせてたでしょ?」
『あ、ああ。そうだったような・・・・・・』

  ああ、懐かしい。懐かしい。懐かしい。
  いとおしい。愛おしい。

  今、私は彼と会話をしている。何十年ぶりかの会話を・・・・・・。
  また声が詰まりそうになるのをグッと堪える。

  若い頃の私と彼の関係性からして、彼にとっては数日ぶりの会話のはずなのだ。いきなり相手が泣いていたらビックリするに決まっている。

「そうだったような、じゃなくて、そうなの! 前の日飲み会で起きれないかもしれないから三〇分前に電話してくれって言ってたじゃない、そっちから誘っといて無責任なんだから」
『ご、ごめん』

  彼と話すのが楽しい。体だけでなく心まで若返ったような感覚になる。
  ちょっと怒ったような口振りで返すと途端に焦ったような声色で謝罪の言葉が飛んでくるのを可愛いと思った。もう少しからかってやるか。

「なんだったら鷹斗くん家行こうか? もう近くまで来てるし、朝ごはんもまだ食べてないでしょ?」
『い、いや、大丈夫! もう少ししたら車で行くから、そのまま公園で待ってて!ごめんね、すぐ出るから!』
「ふふふ。はーい、待ってまーす」

  そう言って電話を切った。本当はずっと話していたかったくらい懐かしさと楽しさで一杯だったけど、もう少しで本人が目の前に現れると思うとその想いすらも飲み込めた。

「楽しみだなぁ、鷹斗くん」

  十月も後半だと言うのに、まるでこれからのひと時を占うかのように日が照って暖かくなってきた。

  大丈夫、今日はきっといい日になる。
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