18 / 26
私の場合
"彼"が来る前の話
しおりを挟む
「後悔?」
その女性は目を瞬いて私と周りの風景を見比べた。ここはどこだろう、私は死んだはず。女性のそんな思考が私の中までも伝わってくる。まあ、普通だ。
「ええ」
日本では営業スマイルというのだろうか、本心でのガッカリさを表に出さないように笑顔で、笑声で語りかける。
「あなたの人生で、何か後悔したことはありませんでしたか?」
私が一言、二言と言葉を綴るごとに女性が不機嫌になっていくのが分かる。
なんだ? 後悔というより怨念の類なのか?
いつものように鮮明に思考を読み取れないことから、死んでからも相当自我が強いのだけは分かる。もっとも、こういう人間は何をしでかすか分からないからあまり相手をしたくはないのだが・・・・・・。
「後悔はないか? ですって?」
女性は私に聞き返すがやはり不機嫌なままだ。一体何がそこまで嫌なのだろう。
「人間は後悔で出来てるのよ」
全てを悟ったように薄ら笑いを浮かべる女性に、私は存在が始まって初めて鳥肌が立つような感覚を覚えた。それと同時にこの女性の脳にこびりついている化け物のような後悔の念が私に入り込んでくる。
私は一体何と対峙しているんだろう?
少し強く握れば壊れそうな腕の細さ、上から叩けば潰れてしまいそうな華奢な体。私が戦慄するにはあまりに不釣り合いな体躯だ。それでも慄いてしまうのは私が思考を読めるからに違いない。その一点のみが私に緊張を与える。この女性は一体何者なんだ? と、誰も存在しない虚空に向かって叫びたくなるほどのおぞましい後悔の念。
「ねえ、あなたには一体何ができるの?」
女性は私に向かって問いかけてきた。
ここはどこ? でも、あなたは誰? でもなく、『あなたには何ができるの?』 と。 この時点でもう既にこの女性が今まで相手をしてきたどの人間とも違う、特別な人間であるということが確定した。
「そうですね、『何が』 というと厳密には何もすることは出来ませんが・・・・・・」
「強いてあげるとすれば、あなたの後悔を晴らす手伝いが出来ますね」
一瞬。
ドス黒く女性の心を覆い尽くした後悔が私の喉元へと牙を剥いた。
ような突き抜ける感覚が私を襲った。おかしい。この女性は、あまりにもおかしい。今までだって我が強い人間は何人もいた。それでも二言、三言話すうちに私への警戒心を弱め、私はその人間の思考を完全に読み解くことができたのだ。この女性は、それが全く見えない。思考を読み取れたのはここに来て数秒、まだ我が弱いうちのみだ。それ以降は、まったく女性の心の中身が見えない。
「私は」
私がそうやって戸惑っていると、女性は口を開いた。私の喉元に突きつけられた牙はどうやら引っ込んだようだ。
「私は好きな人と結婚して、子供を産んで、病気で死んだ。寿命までは生きられなかったけど、幸せだった。いや、幸せだと言い聞かせるしかなかった。だって私は・・・・・・私は、一番大事な人に、別れの挨拶も出来なかった。当たり前のように次の日も会えると思って、碌なことも話さなかった。まさか・・・・・・あの日が人生で最後に話せる日になるなんて、思ってもみなかった。私の、とてもとても大事な人。何気なく会ったあの日を最後に連絡も取れなくなったあの人、私は本当はその人のそばに居たかった。もちろん、結婚した人も大事な人だけど、でも、結婚したからってその人が一番好きだとは限らないでしょう? 私はもう一度あの人に会いたい。きっとあの人もあの後会わなくなって後悔してると思う。だから、あなたが私の手伝いをできると言うなら、私をあの日に連れて行って! お願い・・・・・・もう一度、あの人に会わせて・・・・・・」
女性は話しながら私の方へと滲み寄り、最後に言い切る頃には私とほぼゼロ距離になるほどまで近づいていた。最後は泣きながら私に訴えかけてきた。
その涙はどういう感情だ?
腹の中の興味をグッと抑える。落ち着け。今はこういう時の決まり文句を言うだけだ。
「もちろん、お手伝いしますとも」
女性は「ありがとう」 と言って光に包まれて消える・・・・・・はずだった。なのに消えない。おかしい、おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい!
一体この女性は何なのだ⁉︎ まったく、最近は興味が尽きないことばかりが起こる! 一体何が彼女をそこまで掻き立てる⁉︎
「ねえ、お手伝いが出来るのならお願いがあるんだけど・・・・・・。さっき言ってた彼、私が死ぬ一ヶ月前に交通事故で亡くなってるの。きっと彼にも後悔があると思うから、出来れば彼の手伝いもしてあげてほしいな」
交通事故か・・・・・・。交通事故で亡くなった場合はたまに記憶が消えて自我が保てなくなってる場合もある。そうなると、この生と死の狭間で探すのは難しい。自我がない魂はいずれ自然消滅するようになっているから、もしかしたらもう手遅れかもしれない。
しかし、ここまでくれば答えは一つだ。
「分かりました。探してみましょう」
さっきの自分語りから、女性の思考が少し読み取れるようになってきた。その『彼』 の容姿や名前などの最低限の情報は手に入った。
「ありがとう。お願いね」
目尻は下げず、口角だけ上げてそう言い、女性は消えた。『彼』 か・・・・・・。どうせ時間は無限にある、探してみるか。
その女性は目を瞬いて私と周りの風景を見比べた。ここはどこだろう、私は死んだはず。女性のそんな思考が私の中までも伝わってくる。まあ、普通だ。
「ええ」
日本では営業スマイルというのだろうか、本心でのガッカリさを表に出さないように笑顔で、笑声で語りかける。
「あなたの人生で、何か後悔したことはありませんでしたか?」
私が一言、二言と言葉を綴るごとに女性が不機嫌になっていくのが分かる。
なんだ? 後悔というより怨念の類なのか?
いつものように鮮明に思考を読み取れないことから、死んでからも相当自我が強いのだけは分かる。もっとも、こういう人間は何をしでかすか分からないからあまり相手をしたくはないのだが・・・・・・。
「後悔はないか? ですって?」
女性は私に聞き返すがやはり不機嫌なままだ。一体何がそこまで嫌なのだろう。
「人間は後悔で出来てるのよ」
全てを悟ったように薄ら笑いを浮かべる女性に、私は存在が始まって初めて鳥肌が立つような感覚を覚えた。それと同時にこの女性の脳にこびりついている化け物のような後悔の念が私に入り込んでくる。
私は一体何と対峙しているんだろう?
少し強く握れば壊れそうな腕の細さ、上から叩けば潰れてしまいそうな華奢な体。私が戦慄するにはあまりに不釣り合いな体躯だ。それでも慄いてしまうのは私が思考を読めるからに違いない。その一点のみが私に緊張を与える。この女性は一体何者なんだ? と、誰も存在しない虚空に向かって叫びたくなるほどのおぞましい後悔の念。
「ねえ、あなたには一体何ができるの?」
女性は私に向かって問いかけてきた。
ここはどこ? でも、あなたは誰? でもなく、『あなたには何ができるの?』 と。 この時点でもう既にこの女性が今まで相手をしてきたどの人間とも違う、特別な人間であるということが確定した。
「そうですね、『何が』 というと厳密には何もすることは出来ませんが・・・・・・」
「強いてあげるとすれば、あなたの後悔を晴らす手伝いが出来ますね」
一瞬。
ドス黒く女性の心を覆い尽くした後悔が私の喉元へと牙を剥いた。
ような突き抜ける感覚が私を襲った。おかしい。この女性は、あまりにもおかしい。今までだって我が強い人間は何人もいた。それでも二言、三言話すうちに私への警戒心を弱め、私はその人間の思考を完全に読み解くことができたのだ。この女性は、それが全く見えない。思考を読み取れたのはここに来て数秒、まだ我が弱いうちのみだ。それ以降は、まったく女性の心の中身が見えない。
「私は」
私がそうやって戸惑っていると、女性は口を開いた。私の喉元に突きつけられた牙はどうやら引っ込んだようだ。
「私は好きな人と結婚して、子供を産んで、病気で死んだ。寿命までは生きられなかったけど、幸せだった。いや、幸せだと言い聞かせるしかなかった。だって私は・・・・・・私は、一番大事な人に、別れの挨拶も出来なかった。当たり前のように次の日も会えると思って、碌なことも話さなかった。まさか・・・・・・あの日が人生で最後に話せる日になるなんて、思ってもみなかった。私の、とてもとても大事な人。何気なく会ったあの日を最後に連絡も取れなくなったあの人、私は本当はその人のそばに居たかった。もちろん、結婚した人も大事な人だけど、でも、結婚したからってその人が一番好きだとは限らないでしょう? 私はもう一度あの人に会いたい。きっとあの人もあの後会わなくなって後悔してると思う。だから、あなたが私の手伝いをできると言うなら、私をあの日に連れて行って! お願い・・・・・・もう一度、あの人に会わせて・・・・・・」
女性は話しながら私の方へと滲み寄り、最後に言い切る頃には私とほぼゼロ距離になるほどまで近づいていた。最後は泣きながら私に訴えかけてきた。
その涙はどういう感情だ?
腹の中の興味をグッと抑える。落ち着け。今はこういう時の決まり文句を言うだけだ。
「もちろん、お手伝いしますとも」
女性は「ありがとう」 と言って光に包まれて消える・・・・・・はずだった。なのに消えない。おかしい、おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい!
一体この女性は何なのだ⁉︎ まったく、最近は興味が尽きないことばかりが起こる! 一体何が彼女をそこまで掻き立てる⁉︎
「ねえ、お手伝いが出来るのならお願いがあるんだけど・・・・・・。さっき言ってた彼、私が死ぬ一ヶ月前に交通事故で亡くなってるの。きっと彼にも後悔があると思うから、出来れば彼の手伝いもしてあげてほしいな」
交通事故か・・・・・・。交通事故で亡くなった場合はたまに記憶が消えて自我が保てなくなってる場合もある。そうなると、この生と死の狭間で探すのは難しい。自我がない魂はいずれ自然消滅するようになっているから、もしかしたらもう手遅れかもしれない。
しかし、ここまでくれば答えは一つだ。
「分かりました。探してみましょう」
さっきの自分語りから、女性の思考が少し読み取れるようになってきた。その『彼』 の容姿や名前などの最低限の情報は手に入った。
「ありがとう。お願いね」
目尻は下げず、口角だけ上げてそう言い、女性は消えた。『彼』 か・・・・・・。どうせ時間は無限にある、探してみるか。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
ルナール古書店の秘密
志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。
その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。
それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。
そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。
先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。
表紙は写真ACより引用しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ほとりのカフェ
藤原遊
キャラ文芸
『ほとりのカフェ - 小川原湖畔に紡がれる物語』
静かな湖畔に佇む小さなカフェ。
そこには、人々の心をそっと解きほぐす温かな時間が流れている。
都会に疲れた移住者、三沢基地に勤めるアメリカ軍人、
そして、地元に暮らす人々──
交差する人生と記憶が、ここでひとつの物語を紡ぎ出す。
温かなコーヒーの香りとともに、
あなたもこのカフェで、大切な何かを見つけてみませんか?
異文化交流と地方の暮らしが織りなす連作短編集。
誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。【完結】
双葉
キャラ文芸
【本作のキーワード】
・幽霊カフェでお仕事
・イケメン店主に翻弄される恋
・岐阜県~愛知県が舞台
・数々の人間ドラマ
・紅茶/除霊/西洋絵画
+++
人生に疲れ果てた璃乃が辿り着いたのは、幽霊の浄化を目的としたカフェだった。
カフェを運営するのは(見た目だけなら王子様の)蒼唯&(不器用だけど優しい)朔也。そんな特殊カフェで、璃乃のアルバイト生活が始まる――。
舞台は岐阜県の田舎町。
様々な出会いと別れを描くヒューマンドラマ。
※実在の地名・施設などが登場しますが、本作の内容はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる