もし、僕が、私が、あの日、あの時、あの場所で

伊能こし餡

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山本勇の場合

母の想い④

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「勇・・・・・・? あんた、勇ね?」
「母ちゃん俺が分かると?」

  光に包まれて輪郭がぼやっとした母は、思いのほかすぐに俺を『勇』 だと言った。もうあれから何十年も経って、自分だけが皺々しわしわの老人になっていたのにも関わらず、だ。

  母の綺麗な顔を見たのも束の間、すぐさまその凛とした表情が崩れた。
  涙が母の頬を伝って地面とおぼしき場所に落ちる。どうして母が泣いているのか、俺には分からなかった。

「分かるに決まっとるやろ、誰の子やと思っとるん。あんた」

  「こんなに」 と俺の頬を両手で包んだ。

「こんなになるまで生きとってくれたんやね・・・・・・!」

  その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がカッと熱くなり、一瞬と経たずにその熱さが目頭へと伝染した。

「母ちゃん・・・・・・」

  異常なほど声を出すのが難しく感じる。頬を冷たい何かが伝う感覚があった。

「母ちゃん・・・・・・俺・・・・・・おれ・・・・・・!」
「なんも言わんでいい、生きとってくれた、それだけでいい」

  そう言って抱擁ほうようを交わした。久しぶりの母肌の感触がやけに優しい。
  二人して目から雫を落とした。俺が泣いたのはいつぶりだろう。母が死んだ時はあまりに実感がなさすぎて泣くことさえできなかった。それが今は、母を救ったという確かな事実が俺に涙を誘った。

  母ちゃん、日本は平和になったとよ。戦争ばすることのない、平和な国になったとよ。

  昭和の後は平成になって、平成の後は令和になったとよ。

  俺は生きたとばい。どんだけ苦しくても、歯を食いしばって生きたとばい。

  やけんもう・・・・・・休んでよかよね?
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