もし、僕が、私が、あの日、あの時、あの場所で

伊能こし餡

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山本勇の場合

母の想い③

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「どうでしたか?」

  背広姿の男が俺に向かって感想を問う。なるほど、さっきの出来事は、さながらこの男が見せてくれた夢というわけか。しかし、良い夢だった。

「悪うなかったよ」

  口から出た声は、今度はしわがれて聞き慣れた自分の声だった。
  本心からそう答えて、何十年もつっかえていた胸の淀みが溶けていくのが分かった。なんという幸せな夢だったろうか。まさかもう一度母に会えるなんて。

「そうでしょうそうでしょう」

  男は呪文のように何回も何回も繰り返して満足そうに頷いた。

「あなたは母を救えた<かも> しれないのに救えなかった。そしてその<かも> に何十年もさいなまれ続けて最後は自分は幸せなのだと言い聞かせながら息を引き取りました。それでも、あなたは本当に幸せでしたか?」

  嫌味な笑いを含みながら男が口を動かす。その言葉を聞いて思わず鼻を鳴らす。分からないやつめ。

「あんた、俺みたいなやつ相手にしとるくせに分からんのか? 確かに母ちゃんを失った時は後悔したよ。でもな、人間っちゅうもんは過去だけで生きとるわけじゃない。その証拠に、人間は過去を全部覚えとらん。そらそうよ、悲しいことや苦しいことを全部覚えてたんじゃ耐えきれるわけがない。過去を忘れて、人間は前に進んでいくんよ。そうやって俺は家庭を持って子や孫に看取られながら最期の時を迎えた。これを幸せと言わずに何と言う? あんたが一体何年ここでこんなことやってるのか知らんが、今ここで勉強になって良かったな」

  なかば暴力的な言葉遣いで背広の男を論破してやったつもりだ。しかし男は髪の毛一本ほども心に響いていない様子で、胸の前で手を叩いた。

「そういえば、お客さんですよ」

  男がそう言うのが早いか、目の前に白い光が現れた。今まで見たことがない程の強い光だったが、不思議なことに眩しくなく、なぜかその光に安心感を覚えた。そして少しずつ、ただ白いだけの光が黒や紫へと色味を帯びていく。

  次の瞬間。

「母ちゃん・・・・・・?」
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