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矢野鷹斗の場合
epilogue.01
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気がつくとそこは見慣れた懐かしい教室だった。夕焼けに、机や椅子、黒板にロッカーまでもが、まるで燃えているかのように赤く輝きを放っている。
そこに立つ私と、もう一人、あの謎の空間で出会った男。
「ご機嫌よう、矢野鷹斗さん。どうでしたか? 一日だけ生き返った気分は」
全てを見透かすようなこの男の口ぶりに、思わず唇を噛む。
「悪くはなかったよ」
「そうでしょうそうでしょう。しかしですよ」
男は相変わらず、起伏を作らず、無感情に言葉を羅列した。
「あなたは一生一人の女性を愛し、独身のまま生涯を終えました。そう言えば聞こえは良いでしょうが、あなたは結局相手の女性に縛られ続けただけ・・・・・・。そしてその好意は、相手のことも縛り続けたでしょう。人を好きになるとはそういうことでしょう? 自分を縛り、相手も縛るその感情を、あなたは結局葬ることが出来なかった。そうして孤独な人生を歩んだ。実に虚しい人生なのではありませんか? もしかしたら、相手の女性はあなたに縛られるあまり、あなたを憎んでいたかもしれませんよ?」
なんだ今更そんなことを聞くのか。
どうせこの声も聞こえてるんだろ? 面倒だから喋らなくてもいいか?
「いえいえ、せっかくですし矢野鷹斗さんの口から聞きたいですね」
「そうか。神様か何か知らないが面倒な男に目をつけられたものだな」
「まあまあ、そう言わずに」
「そうだな。あの人が、まりさんが私を憎むだって? そんなことがありえるわけがない」
「それはなぜですか?」
「私とまりさんの関係だからだ。これ以上の理由はない。さっき『相手の女性に縛られ続けた』 と言ったな? そのことで私がまりさんを憎まなかったように、まりさんも私を憎まなかった」
「・・・・・・それはそれは、素晴らしい友情。いえ、愛情ですね」
愛情、か。そんな大層なものじゃない。私にとってそれは当たり前のことだ。もっとも、そんな当たり前のことに気付かず、まりさんを遠ざけてしまったこと。それが私の『後悔』 だ。
「いえいえ、そこまで相手を信頼できる人はなかなかいませんよ。皆なにかしら、相手に不満や不安があるものです」
そうか・・・・・・。人との付き合いが希薄だった分、そういうものには疎くてな。
不意に男が胸の前で手を叩くそぶりを見せた。やはり音は聞こえない。私が初めにこの男と会った場所と同じ空間で間違いないようだ。
それと同時に私の体が光り始めた。これはあれか? また私は消えるのか?
しかし今度は、意識だけ妙にしっかりしている。一体どういうことだ? 今度は私はどうなるんだ?
「残念ですがそれにはお答えできません。あ、そうそう、夕陽が赤いのはですね、太陽が発する光の中で、赤が一番遠くまで届くからだそうですよ。まあ、だからなんだと言う話ですがね」
・・・・・・・・・・・・。
だんだんと意識も遠くなり始めた。どうやら、思ったよりも消えるまで時間はないようだ。
「それではさようなら、矢野鷹斗さん。あなたほど聡明な人とのお別れは悲しいですよ」
よく言う。私みたいな人間なんて数え切れないほど相手をしてきただろうに。
「それでも、あなたは特別でしたよ」
それが、私の生涯で最後に聞いた言葉だった。
そこに立つ私と、もう一人、あの謎の空間で出会った男。
「ご機嫌よう、矢野鷹斗さん。どうでしたか? 一日だけ生き返った気分は」
全てを見透かすようなこの男の口ぶりに、思わず唇を噛む。
「悪くはなかったよ」
「そうでしょうそうでしょう。しかしですよ」
男は相変わらず、起伏を作らず、無感情に言葉を羅列した。
「あなたは一生一人の女性を愛し、独身のまま生涯を終えました。そう言えば聞こえは良いでしょうが、あなたは結局相手の女性に縛られ続けただけ・・・・・・。そしてその好意は、相手のことも縛り続けたでしょう。人を好きになるとはそういうことでしょう? 自分を縛り、相手も縛るその感情を、あなたは結局葬ることが出来なかった。そうして孤独な人生を歩んだ。実に虚しい人生なのではありませんか? もしかしたら、相手の女性はあなたに縛られるあまり、あなたを憎んでいたかもしれませんよ?」
なんだ今更そんなことを聞くのか。
どうせこの声も聞こえてるんだろ? 面倒だから喋らなくてもいいか?
「いえいえ、せっかくですし矢野鷹斗さんの口から聞きたいですね」
「そうか。神様か何か知らないが面倒な男に目をつけられたものだな」
「まあまあ、そう言わずに」
「そうだな。あの人が、まりさんが私を憎むだって? そんなことがありえるわけがない」
「それはなぜですか?」
「私とまりさんの関係だからだ。これ以上の理由はない。さっき『相手の女性に縛られ続けた』 と言ったな? そのことで私がまりさんを憎まなかったように、まりさんも私を憎まなかった」
「・・・・・・それはそれは、素晴らしい友情。いえ、愛情ですね」
愛情、か。そんな大層なものじゃない。私にとってそれは当たり前のことだ。もっとも、そんな当たり前のことに気付かず、まりさんを遠ざけてしまったこと。それが私の『後悔』 だ。
「いえいえ、そこまで相手を信頼できる人はなかなかいませんよ。皆なにかしら、相手に不満や不安があるものです」
そうか・・・・・・。人との付き合いが希薄だった分、そういうものには疎くてな。
不意に男が胸の前で手を叩くそぶりを見せた。やはり音は聞こえない。私が初めにこの男と会った場所と同じ空間で間違いないようだ。
それと同時に私の体が光り始めた。これはあれか? また私は消えるのか?
しかし今度は、意識だけ妙にしっかりしている。一体どういうことだ? 今度は私はどうなるんだ?
「残念ですがそれにはお答えできません。あ、そうそう、夕陽が赤いのはですね、太陽が発する光の中で、赤が一番遠くまで届くからだそうですよ。まあ、だからなんだと言う話ですがね」
・・・・・・・・・・・・。
だんだんと意識も遠くなり始めた。どうやら、思ったよりも消えるまで時間はないようだ。
「それではさようなら、矢野鷹斗さん。あなたほど聡明な人とのお別れは悲しいですよ」
よく言う。私みたいな人間なんて数え切れないほど相手をしてきただろうに。
「それでも、あなたは特別でしたよ」
それが、私の生涯で最後に聞いた言葉だった。
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