もし、僕が、私が、あの日、あの時、あの場所で

伊能こし餡

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矢野鷹斗の場合

最期

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「好きだった。ずっとずっと、まりさんだけを愛した。どれだけ孤独に震えても、どれだけ自分を憎んでも、まりさんだけが俺の支えだった」

  ・・・・・・・。

  間の悪い沈黙が流れる。

  怖くてまりさんの方を見れなかった。どういう表情をしているんだろう。目はどこを見ているんだろう。口は開いてるだろうか、それとも閉じてるだろうか。手はどこに置いているんだ、顔に当てているのか膝に置いているのか。

  しばらく、自分の呼吸の音に耳を澄ませた。今私は生きているんだろうか、一度死んでいるせいか、それともこういう状況のせいか、生きた心地がまったくしない。

  ようやくまりさんが口を開く頃、太陽は海へと沈んでいってしまった。

「・・・・・・知ってたよ。うん、知ってた。なんとなくね、それに気付かないほど鈍感じゃないよ。私だって年頃の女の子だったし? 恋する乙女だったわけだし? にしても失礼だなあ。『だった』 ばっかりで過去形じゃん」

  恋する乙女? そういえば、まりさんとは恋愛のことを話したことはなかったな。まりさんの口から他の男子の名前が出るのが嫌で、そういう話は避けてきたから。

「私も『だった』 になっちゃうんだけどね」

  その言葉を聞いた時、どういうわけか自然とまりさんの方に目が向いた。その後の言葉に期待してか、それとも今のうちにまりさんの姿を見ておこうと欲がまさったのか、とにかく自然に顔が動いた。

  まりさんも私の方を見ていた。瞳がうるんでいるように見えたのは気のせいだろうか。

「好きだったよ、鷹斗くんのこと」

  そう言ってまりさんは私にもたれかかった。思わず、まりさんの肩に手を回す。
  軽い。今までじゃれて触れ合うことはあったが、こうやってまりさんの重みを感じるのはこの瞬間が初めてだ。

  その時、私の止まっていた時は動き出した。

  ずっと待ち焦がれていた、聞きたかった言葉。

  私とまりさんは両想いだった。私がまりさんを想うようにまりさんも私を想ってくれていた。

「遅いよ鷹斗くん。何年待ったと思ってるの?」
「ええと、十年くらい?」

  突然の問いに、なんとなく高校を卒業してからの年数を答えた。しかしまりさんは首を横に振った。

「そんなもんじゃないよ、バカ」

  不意に小さな手が私の背中に回るのを感じ、私もまりさんの背中に自分の手を回し、お互いに抱き合うような体勢をとった。心臓が異常に大きい脈を打つ。胸の両側で心拍音が聞こえる。心臓が、左側で脈を打つように出来ていて良かった。おかげで今、私はまりさんと気持ちを共有していると思えるのだから。

「鷹斗くん」
「なに?」
「離れないでね。これから先、たまにでいいからこうやって子供に戻らせて。だから、最後なんて言わないで」
「分かった・・・・・・! 何があっても、まりさんを離さない。最後なんて言わない。俺の前ではいくらでも子供で居て良い。どれだけ馬鹿やっても良い。もうきっと、俺がまりさんを離すことはない」

  そこまで言って、急に意識が遠のいてきた。
  ・・・・・・もしかして、消えるのか? 
  やめてくれ。まだ、まだ言ってないことが沢山あるんだ。まりさんを好きになったきっかけや、私が溜め込んできた想いを、今、言わなきゃいけないんだ。

「鷹斗くん・・・・・・ありが・・・・・・とう・・・・・・」

  ここで私の意識は途絶えた。
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