もし、僕が、私が、あの日、あの時、あの場所で

伊能こし餡

文字の大きさ
上 下
7 / 26
矢野鷹斗の場合

最期

しおりを挟む
「好きだった。ずっとずっと、まりさんだけを愛した。どれだけ孤独に震えても、どれだけ自分を憎んでも、まりさんだけが俺の支えだった」

  ・・・・・・・。

  間の悪い沈黙が流れる。

  怖くてまりさんの方を見れなかった。どういう表情をしているんだろう。目はどこを見ているんだろう。口は開いてるだろうか、それとも閉じてるだろうか。手はどこに置いているんだ、顔に当てているのか膝に置いているのか。

  しばらく、自分の呼吸の音に耳を澄ませた。今私は生きているんだろうか、一度死んでいるせいか、それともこういう状況のせいか、生きた心地がまったくしない。

  ようやくまりさんが口を開く頃、太陽は海へと沈んでいってしまった。

「・・・・・・知ってたよ。うん、知ってた。なんとなくね、それに気付かないほど鈍感じゃないよ。私だって年頃の女の子だったし? 恋する乙女だったわけだし? にしても失礼だなあ。『だった』 ばっかりで過去形じゃん」

  恋する乙女? そういえば、まりさんとは恋愛のことを話したことはなかったな。まりさんの口から他の男子の名前が出るのが嫌で、そういう話は避けてきたから。

「私も『だった』 になっちゃうんだけどね」

  その言葉を聞いた時、どういうわけか自然とまりさんの方に目が向いた。その後の言葉に期待してか、それとも今のうちにまりさんの姿を見ておこうと欲がまさったのか、とにかく自然に顔が動いた。

  まりさんも私の方を見ていた。瞳がうるんでいるように見えたのは気のせいだろうか。

「好きだったよ、鷹斗くんのこと」

  そう言ってまりさんは私にもたれかかった。思わず、まりさんの肩に手を回す。
  軽い。今までじゃれて触れ合うことはあったが、こうやってまりさんの重みを感じるのはこの瞬間が初めてだ。

  その時、私の止まっていた時は動き出した。

  ずっと待ち焦がれていた、聞きたかった言葉。

  私とまりさんは両想いだった。私がまりさんを想うようにまりさんも私を想ってくれていた。

「遅いよ鷹斗くん。何年待ったと思ってるの?」
「ええと、十年くらい?」

  突然の問いに、なんとなく高校を卒業してからの年数を答えた。しかしまりさんは首を横に振った。

「そんなもんじゃないよ、バカ」

  不意に小さな手が私の背中に回るのを感じ、私もまりさんの背中に自分の手を回し、お互いに抱き合うような体勢をとった。心臓が異常に大きい脈を打つ。胸の両側で心拍音が聞こえる。心臓が、左側で脈を打つように出来ていて良かった。おかげで今、私はまりさんと気持ちを共有していると思えるのだから。

「鷹斗くん」
「なに?」
「離れないでね。これから先、たまにでいいからこうやって子供に戻らせて。だから、最後なんて言わないで」
「分かった・・・・・・! 何があっても、まりさんを離さない。最後なんて言わない。俺の前ではいくらでも子供で居て良い。どれだけ馬鹿やっても良い。もうきっと、俺がまりさんを離すことはない」

  そこまで言って、急に意識が遠のいてきた。
  ・・・・・・もしかして、消えるのか? 
  やめてくれ。まだ、まだ言ってないことが沢山あるんだ。まりさんを好きになったきっかけや、私が溜め込んできた想いを、今、言わなきゃいけないんだ。

「鷹斗くん・・・・・・ありが・・・・・・とう・・・・・・」

  ここで私の意識は途絶えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。【完結】

双葉
キャラ文芸
【本作のキーワード】 ・幽霊カフェでお仕事 ・イケメン店主に翻弄される恋 ・岐阜県~愛知県が舞台 ・数々の人間ドラマ ・紅茶/除霊/西洋絵画 +++  人生に疲れ果てた璃乃が辿り着いたのは、幽霊の浄化を目的としたカフェだった。  カフェを運営するのは(見た目だけなら王子様の)蒼唯&(不器用だけど優しい)朔也。そんな特殊カフェで、璃乃のアルバイト生活が始まる――。  舞台は岐阜県の田舎町。  様々な出会いと別れを描くヒューマンドラマ。 ※実在の地名・施設などが登場しますが、本作の内容はフィクションです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~

華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。 突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。 襲撃を受ける元婚約者の領地。 ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!! そんな数奇な運命をたどる女性の物語。 いざ開幕!!

義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です

渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。 愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。 そんな生活に耐えかねたマーガレットは… 結末は見方によって色々系だと思います。 なろうにも同じものを掲載しています。

処理中です...