もし、僕が、私が、あの日、あの時、あの場所で

伊能こし餡

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矢野鷹斗の場合

懐かしい場所、せき止める思い

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「ビックリしちゃった。鷹斗くん、いつもはすぐに出るのに今日に限ってなかなか出ないんだもん。起きなかったらどうしようって思った」
「ごめんごめん、昨日飲みすぎちゃって」

「珍しいね、大事な用事の前の日はあまり飲まないって言ってたのに。あ、それとも私と遊ぶのは大事な用事じゃないのか!」
「まさかそんな・・・・・・。まりさんと遊ぶのも充分大事な用事だよ。ただ昨日はちょっとね」
「あっはは~どうだかね~」

  かすみがかっていた記憶が一気に透明になった時、俺の心拍数はまた上がった。いや高揚こうようしたと言うべきか。
  まりさんともう一度会える。もう一度会えるどころか、たった二人で、同じ時間を共有できる。

  来月結婚してしまうまりさんと会える最後の日。結婚式前で色々忙しいであろうまりさんに無理言って時間を作ってもらった。
  今日は自分の思い出作りだ。まりさんと一緒に居た時間をいつでも思い出せるように、その自己満足のために、まりさんの時間を使わせてもらう。

  もちろん、結婚祝いという名目で。

「ねえお昼はいつものお店に行こうよ」
「いいよ、今日はまりさんの結婚祝いだからね、なんでも好きなやつ頼んで」
「おおー、太っ腹だね! 流石! 若くして出世コースの男は違う!」

  そういう名目だから俺の気持ちは伝えない。今更伝えたところで意味なんてないし、そういう気持ちは今のまりさんにとって邪魔になってしまう気がする。
  それに、答えの分かりきっている告白をするなんて、そんなズルいことはしたくない。

  だから今日はあくまで、結婚祝いという思い出作りだ。

「懐かし~。こっち方面来るのって高校生の時以来かも」

  ハンドルを握る俺の手は、勝手にかつてまりさんと出逢った高校の方へと車を動かしていた。
  特に行くべきところも決まってなかったので、これはこれで良しとしよう。

「懐かしいね、ちょっと降りてみる?」
「そだね! お散歩しよう、お散歩」

  学校のすぐ近くにある、少し膨らんだ路肩ろかたに車を停めた。

「んんー、良い気持ち! 晴れて良かったねー」

  まりさんがあまりに気持ち良さそうに背伸びをするので、俺もつられて伸びをする。十月も終わろうかというのに、ちょっと散歩をするのには最適なポカポカ陽気だ。

「昨日のね、ホークス凄かったんだよ、飲み会で見てないなんてもったいない!」

  そうそう、まりさんは野球が好きで、よくその話をする人だった。そのおかげか、さして野球には興味のない俺でもニュースのスポーツコーナーはよく見るようになった。

「昨日は課長の昇進祝いだったからさ、参加しないわけにもいかなかったんだよ」
「あはは、大人になったよねえ、お互いに。あ、それよりほら、ちょうどこの辺だったよね。この角度で校門が見えてて・・・・・・」

  そう言ってまりさんはスカートのすそひるがえして、その場でクルリと一回転して見せた。まるで古い映画のワンシーン。思わず見惚みとれてしまいそうな美しさだった。

「そうだったね。入学式の次の日だったからよく覚えてるよ。『矢野くんだよね? 私桜井! よろしく!』 ってね」
「そんな最初のこと覚えてるの⁉︎」
「まあね、記憶力には定評があるんだ」
「そんなの初耳だよ! でもそれを言うなら鷹斗くんだって『ん? ああ、そうだよ。よろしく、桜井さん』 って味気なかったんだからね。あの時は声かける相手間違えたと思ったよ」
「そう言うまりさんだって覚えてるじゃないか!」
「あははは、記憶力には定評があるからね」

  そう、ちょうどこの辺りでまりさんは『ただのクラスメイトA』 の俺に声をかけてきた。
  その時の俺はと言うと、入学式の次の日でクラスメイトの顔も名前もロクに覚えてないものだから、まりさんのことも『見ず知らずの同級生A』 くらいにしか思っていなかった。

「その後教室で『本当にクラスメイトだったんだ』 って言ったでしょ? あれもしっっっかり覚えてるからね」
「そんなこと覚えてなくていい、早く忘れなさい」
「いやー、あれはショック過ぎてなかなか忘れられないなあ。声かけたこと本気で後悔したもん」

  今思うとものすごい失礼なこと言ってるな、俺。

  でもなんだかんだでその後も会話が続いて、その日から『ただのクラスメイトA』 と『見ず知らずの同級生A』 は『仲の良い異性』に変わった。そして気付けば、登下校中に冗談を言い合い、廊下ですれ違えば冗談を言い合い、プライベートで遊ぶ時も冗談を言い合う・・・・・・。学内でもそこそこ有名な名物コンビになっていた。

  そんな名物コンビになって、どんなに仲が良くなってもお互いの呼び名は『まりさん』 に『鷹斗くん』 だった。決してお互いを呼び捨てで呼んだりはしない。
  軽い冗談を言い合うような仲でも、相手への敬意は忘れない。お互いが常に一定の距離を保って、ずっと仲良しでいられるように。ある意味、おまじないのようなものだった。

「ちょっとだけ学校に寄ってみる?」

  まりさんはそう言っていたずらな笑顔を浮かべながら俺の肩をツンツンとつついた。

  校門の向こうからは、日曜日だというのに部活動に来ている生徒たちの活気ある声が聞こえてくる。

「やめよ、生徒も先生も知らない人ばっかりだろうし面白くなさそう」
「ちぇー、まあ確かに知ってる人いなかったら寂しいけどさー」

  俺がその提案を拒否したことによって、どちらから言うでもなく車の方へときびすを返した。あそこは、『俺たちが過ごしていた場所』 というだけで『俺たちが過ごしていた空間』 ではないのだ。今日そこに行ってしまうと、大人になったという現実を突きつけられるようでどうにも気が進まなかった。

  せめて、まりさんと過ごす時間だけは、まだ純粋だったあの頃のままでいたいと、そう思いたかった。
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