竜の歌

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24 五歳児の試練 12

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『ルスラン様へ 私は貴方様に謝らなければいけないのですが、先に真実をお伝えしたいのです』
 慌てるな、考えろ、時間は限られている。
『ラスカー様は今ノーリッシュのエデバラ病院にて意識不明の状態です』
 ちゃんとやる事と必要な物をリストアップしてタイムスケジュールを……。
『入院して一月以上が経ちますが、昨日の深夜とうとう意識がなくなってしまい、声を掛けても反応が無く』
 ちゃんと、ちゃんと……。
「う……うぅ……」
 駄目だ、泣いちゃ駄目。しっかりしろ、ラスカー兄様を助けるんだ。
『お医者様にも打つ手が無いと、ただ見守るしかないと言われてしまったのです。私がこちらに着いた時にはお顔の色はすぐれないながらもお仕事はこなされていました。ですが一月もしない内に倒れ、最初はグロイバルの病院に入院されましたが、他の患者への影響を考え、ノーリッシュの北端にあるエデバラ病院へと転院いたしました』
 静かに速やかに行動しないといけない。誰にも知られない様に。
『こちらの病院でもラスカー様の病状の原因は分からず、ただ時だけが過ぎていき、とうとう意識がなくなってしまったのです』
 まずはテツに会いにいかないと。
 テツとスズのおやつのキャベツをもらって厩舎へ行く。邸の中や厩舎への道のりで数人の使用人に声を掛けられていつものように挨拶をする。
 いつもと同じ様に。


『ラスカー様は何かの毒に冒されているのです』


「テツー、スズ-、おやつ持ってきたよ~」
 先にスズにキャベツを数枚食べさせる。自分よりスズを優先させた事にテツがブーブー文句を言う。
 もういらないわと離れていったスズを見送ってテツの方へ近づく。
「怒らないで、テツには頼み事があるんだ。とても、とっても大切な事だよ」
 キャベツをやりながら顔を撫でる。僕の計画にはテツが欠かせない。
「僕をラスカー兄様の所へ運んで欲しいんだ。テツにしか出来ない事だよ、協力してくれる?」
 手は少し震え、いつもと違う様子の僕にテツはちょっと考える素振りをして、ヒンッと鳴いた。



 王城を中心とした半径約二千キロメートル迄が王都グロイバルで、他の都市との境には壁が設けられ、騎士団が管轄している範囲毎に門があり、外側と内側の出入りには門での検問がある。内側の国民が行き来するには簡単な手続きだが、外側からは自国民の他外国人の場合もある為かなり厳しい審査が必要になる。
 ノーリッシュは第四騎士団管轄の北の都市。真夏でも半袖で過ごす事はないというヘーラルで最も寒い所だ。
 王都の壁を越えると気候以外も色々な事が違うのだそうで、やはり王都は何においても高水準であり、医療もそうだ。
 国で一番の医療を受けられる王都グロイバルから出たって事は国内で兄様を助けられる医師が居ないのと同義だ。
 ラスカー兄様は毒に冒されこのままでは死を待つのみ。
 どうやって毒を摂取したのか?毒の種類は何なのか?病院では分からない。
 家族はその事実を僕に四ヶ月も隠していた。
 他の兄様達がラスカー兄様の病状を知っていた可能性は低い。互いの関心が低いからだ。
 でも父様は違う。当然、執事のレイモンドから報告は逐一有ったはず。父様の右腕であるタイニーにも。
『私はラスカー様のお世話係として雇って頂き、十三年側仕えをさせて頂きました。主は公爵様ではありますが、お小さい頃からお側にいた私は例え旦那様とラスカー様のご指示であっても、苦しまれるラスカー様を目の前にしてこれ以上黙っている事はとても出来ず、貴方様にこのお手紙を送る決心をしたのでございます』
 ラスカー兄様は、病状を伝えて見舞いに来る僕にもしもの事があってはいけないと、僕へは内緒にした上での手紙の代筆をレイモンドに指示した。
 倒れてから兄様が本当に書いた手紙は誕生日に届いた一通のみ。
 あとは全てレイモンドが兄様の筆跡を真似て書いたのだ。
『ラスカー様からは誰にも現状は知らせるなと口止めされましたが、旦那様には全てご報告申し上げております。いずれは旦那様がルスラン様に真実をお伝えになり、ラスカー様にお会いになれると信じておりましたが、貴方様からの手紙にはそれは窺えず、旦那様はこのままルスラン様とラスカー様を会わせるおつもりが無いのだと気付きました。寝台に横たわるラスカー様に読んで差し上げる貴方様のお手紙に、ラスカー様への深い愛を感じて嘘を吐き続けることが苦しくなりました』
 レイモンドは徐々に筆跡をラスカー兄様のものから自分の筆跡へと変えていった。僕に気付いて欲しくて。
 それなのに僕は四ヶ月も……。
 多分父様とタイニーが僕に黙っていたのもラスカー兄様と同じ理由だろう。
 体の弱い僕を慮って。
 でも、教えて欲しかった。四ヶ月前に知っていたらもっと早く対応できたのに。
 いや、今そんな事を考えても意味は無い。
 僕が出来ることをするだけだ。手遅れになる前に。
 土曜日の今日は家庭学習がお休みだ。タイニーに言って馬車を出してもらう。
「ルスラン様、どちらへお出掛けですか?」
「王立研究院に行きたいんだ。一般見学できるよね?」
「ええ日曜日はお休みですが、今日は大丈夫ですよ。先に院へ誰かをやりましょう。一般見学は国民全ての者が利用可能ですから、一緒だと危険です。院に別見学をお願いしないと……」
 予想通りタイニーは僕が勉強の為に研究院に行くと思っている。
 研究院とは有機物や無機物、学問や魔法についてなど様々な分野を専門的に研究する国の機関だ。
 五歳の誕生会以降、父様は僕の外出にあまり制限を掛けなくなってきた。特に勉強の為ならタイニーはわざわざ父様にお伺いを立てたりしない。
 従者のニアが最近また一段と背が伸びて大人っぽくなり、勉強以外にも剣や護身術を習っているせいもあるんだろう。逞しくなったニアと一緒だから僕の行動範囲が広がった。
 お供のニアと一緒に家の馬車で研究院へと出発する。



 王立研究院は前世のテレビで見た事のある外国の神殿みたいな造りの白い建物だ。
 白亜の殿堂をじっくり堪能したかったけど、今日は時間を無駄には出来ないから、馬車を駐車場に止めてニアと一緒に裏口へと急ぐ。
 ニアは「ルスラン様は本当に勉強熱心ですねぇ」と感心してくれたけどここは否定せずに「楽しみだよね」と返しておく。
 僕の目的は勉強じゃ無いなんて、本当の事は言えないからね。
 観光客でも体験できる一般の見学は研究院のごく一部だ。一部と言っても研究内容は多岐に渡るため、敷地は広大で建物も数え切れない程あり、公開されている全てを見て回るにはかなりの時間がかかる。
 僕が目指すのは植物学のエリアだ。
 見学の際には植物学部の学部長にお会いしたいと先にお願いしておいた。学部長は世界でも有名な植物学者で、その知識は他国の学者が教えを請いに来る程だという。
 裏口のドアを警備員に開けてもらうと一人の職員に迎えられる。
 気は焦るがここでヘマしては計画が台無しになるので、温室を案内してくれる職員さんの話しに神妙な顔で頷いて相づちを打つ。
 いつもなら喜んで説明を聞いて質問を返す所だけど、今回ばかりは職員さんの言葉は右から左へ流れて行く。後からついてくるニアの方が色々と質問をしているくらいだ。
 研究の為に国内外の植物を保管し育てている温室を出て今度はその植物の成分等を研究している建物内を案内してもらう。
 前世と比べると電気は無いし文明的には劣っているかもしれないけれど、施設内はそれを感じさせない位に設備が整っている。
 清潔で明るく、僕にはよく分からない専門的な器具が沢山並べられている。
 それを見ただけで国内最先端である事は窺えるけれど、それも王立故のことだろう。資金が潤沢だからこその環境だ。
 もちろん設備が揃っていてもそれを扱う優秀な人材が無ければ意味は無い。
 研究棟を後にして、向かったのは植物学部の最高責任者の部屋へ。
 扉の前でお付きの者は此所で待つようにと言われてニアは案内の職員さんと一緒に廊下で待機し、自身で部屋をノックした。
 いらえを確認してから静かに扉を開け中に入る。
「ようこそ、我が植物学部へ。学部長のアデル・メイファーです」
 部屋の中は装飾性の一切無いシンプルな内装で、家具は書棚や机、椅子、照明器具と応接セットだけ。ただし異様な数の蔵書だ。
「お会いできて光栄です、メイファー閣下」
「閣下はやめて欲しい。今の私はただの研究者の一人だ」
 アデル・メイファー様は現国王陛下の実の兄君で、マティアス様が王位を継がれた時に第一王子のアデル様と第二王子のコーネリアス様は大公の位を与えられた。
 元から植物に興味を持っていたメイファー様は勉強と研究を重ねて植物学部学部長にまでなられた実力の持ち主だ。
 王位を弟君に譲られて大公となり王室からは離脱されたが、王族である事には変わりなく、お会いする時はニアは同席出来ないであろうという考えは正解だった。
 廊下で職員さんが言ってくれなかったら、僕がニアに廊下で待つように言わなければならなかったところだ。
「そのただの研究者に会うのにわざわざ父君の爵位をちらつかせたのには何か意味があおりなのかな?ルスラン・ノーヴァ君」
 落ち着いた黄緑色の髪と陛下とよく似た面差しの綺麗な緑の瞳はやはりただならぬ力がある。
「父の名前を使ってお会い頂いた失礼をお詫び致します。実は……折り入ってお願いしたい事があります。是非メイファー様のお力を貸して頂きたいのです」
「……私の力?」
「公爵であるのは僕の父であってその称号や力は僕の物ではない事は分かっています。でも、それでもそんな手を使ってでも為し得たい事があるんです」
「随分と私の事を評価してくれているようだが、私は弟とは違って王でもなければドラグーンでもないよ」
「貴方は類い希な植物の知識と分析の才能をお持ちです。そのお力を貸して頂きたいのです」
「ふむ、そっちの方か……いやすまないね、なにせ血筋のせいでよからぬことに私を引き込もうとする輩が後を絶たなくて」
 王族、貴族のドロドロした話には興味がない。そんなことよりも。
「これから僕がお話する事は僕とメイファー様だけの秘密にして頂きたいんです。お約束願えますか?」
 ほお?と片眉を上げたアデル様が面白そうに机に肘を突いて手を組み、顎を乗せた。
「何故私とは何の縁も所縁もない君と約束交わし望みをきかなければならない?」
「この件では貴方にも十分利がある結果を得られると思います」
「……話を聞こう。口は堅い方だと自負している。君の依頼を受けるにしろ断るにしろ、今日お聞きした事は口外しないと約束しよう」
 よし、ひとまず話は聞いてもらえる。
 大きく一呼吸して気持ちを落ち着かせてから話し始める。
「僕には三人の兄がいますが、一番上の兄ラスカーが北の地ノーリッシュのエデバラ病院で意識不明の状態なのです」
「たしかノーヴァ家の長男と次男は騎士団員だね。騎士でしかも公爵家の長男が何故北端の病院などに?」
「初めは王都グロイバルの病院で治療を受けていたのですが、やむを得ず人口の少ない土地の病院へ移されたのです」
「そのやむを得ない事情が私に係わってくるのかな」
「はい。兄の意識不明となった原因は毒なのです」
「ほお」
 毒の言葉にメイファー様の目がキラリと光る。
「全国の医療施設への薬剤情報は此所からもたらされていると聞きました。国内に限らず世界各国各地の動植物や薬剤等の情報も収集し研究されていると。現在最新の情報を持っているのはこの研究院であり、頂点にいる貴方の頭の中に兄を救う術があるのかもしれない。当然毒についても研究されていますよね?」
「……それで?君の兄を助けて私に何の得が?」
「王都の病院は国内でも最高水準の設備と薬と医師が揃っています。その病院でも兄を冒している毒は特定出来なかった。ということは研究院でも把握していない新しい毒である可能性が高い」
「……」
「貴方のまだ知らない毒が存在するんです。僕と一緒に兄の元に行ってその毒を分析すれば解毒剤だって作ることができるかもしれない。新しい物の発見と研究は研究者にとっての本分なのではないでしょうか?」
 まだ五歳で何の取り柄も才能も無い僕の持つカードはこれだけだ。
 これでメイファー様の興味を引けなければ打つ手はなく、兄様を救う方法が無くなってしまう。
 じっと僕を見るメイファー様の表情からは感情が読めない。
 数秒が何十分にも感じる。
「ふっ……くくく」
 アデル様は左手で口を覆い、肩を震わせて笑い出した。
 しばらくその笑いは続き、ふう~っと大きく溜息を一つ吐き姿勢を正して謝罪の言葉を述べた。
「失礼、いや予想と反対の方向で攻めてきたから少し驚いてね。確かに君の言うとおり、未確認や未知の物を分析するのが私の仕事だ。生き甲斐でもある」
「では……」
「院でも把握していない毒物を採取するとしよう。君の兄上の命を救えるかは分からないがね」
「有り難う御座います!本当に……有り難う御座います!」
「それで向こうへはいつ?」
「今夜」
「今夜?!」
「時間が無いのです。僕の家族や邸の者達に知られないように動かないと。父は僕も毒に冒される事を恐れて内緒にしていたんです」
「バレたら妨害される恐れがある訳だ」
 メイファー様の言葉に頷く。
「ではこれは秘密の作戦という事だね、ふむ」
「メイファー様は何か移動手段をお持ちですか?」
「馬くらいだね」
「それでは間に合わない……知られない間に行動しないと。僕が今夜九時にお迎えに上がります。お家の場所を教えて頂けますか」
「いや、今日は院に泊まるよ。待ち合わせは駐車場でいいかい?」
「いえ、警備の方に見られたくはないので……温室の横に空きがありましたよね?そこでどうでしょう」
「あんな所に?誰にも気付かれずに来られるのかい?」
「今回だけなのでお許し頂けないでしょうか。今後は一切泥棒の様な侵入方法は取りませんので」
「ああ、いや、うん、そうだね」
 よし!これで希望の光が見えてきたぞ!
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