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その百二十六
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※※※
「おい、あれって確かうちの二年生の……」「ああ、間違いねぇ、山本玲奈だよあれ。柊美久と同じくらいの超絶美少女ってんで、最近学校内で話題になってる、あの山本だ」
とある生徒が横で喋ってるのを聞きながら、俺達は唖然とした表情で舞台上を見つめる。一方の山本はこれだけ大勢観客がいて、しかも報道陣のカメラとかあるというのに、全然緊張した様子もなくニコニコ愛想を振りまいてる。……度胸あんな本当。
……いやそれよりも。
「……なんで玲奈があっこにいんの?」「知らねぇ。明歩仲いいんだろ? 何も聞いてなかったのかよ」
「聞いてない聞いてない。つかアタシより美久の方が詳しいんじゃ?」「え? 私も何も聞いてないよ」
と言ったところで、「あ」と、柊さんが何か思い出した模様。
「そう言えば、マスターの喫茶店でのパーティの時、気になる言い回ししてた。もしかしたら今日のこの事を言ってたのかも」
そういや柊さんそんな事言ってたな。山本が気になる事言ってたって。でも具体的に何か聞いてないんだよな。
「まさか、山本が柊さんの代わりに映画の主演やるとか?」
「え~? さすがにそれは無理っしょ。だって美久、主役獲るの大変だったんでしょ? 美久だって俳優業一切やってないのに主演獲るって普通はあり得ないって言ってたじゃん。そもそも美久が主演獲れたのだって、ずっとレッスンしてたってのもあるでしょ?」
安川さんの確認するような問いに小さく頷く柊さん。本当その通りだ。そんな簡単に映画の主演なんか出来るわけないって。素人の俺でもそれくらいは分かる。しかも山本は芸能人でもない、ただの一高校生なんだし。
俺達同様、多くの生徒達が疑問を持ちながらざわついてる。
少ししてから舞台がライトアップされ、それを合図に女性司会者が話し始めた。俺達観客は何を話すのか気になるので、シーンとざわついた雰囲気は一気に静まり返った。
「皆様、本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。まずは本日、何故このように一公立高校にて、映画の発表会をする事になったのか、その経緯をお伝えしたいと思います。……が、実は私達司会者も詳しく聞かされてないんですよね」
「そうそう。当初と予定が変わったので……」
もう一人の男性司会者がそう言いかけたところで、女性司会者が慌てて口元で指でバツマークを作る。それを見た男性司会者が「おっと」と口をつぐんだ。
当初の予定って多分、柊さんを大々的にアピールして映画の宣伝をする、って事だろう。そして司会者達のあの様子を見るに、予定の変更は急な事だったっぽいな。
「えー、オッホン! 改めて話を続けますが、えと、そちらの奥の方、ここの学校の制服を着てあちらの隅に座っている、山本玲奈さんの母校である、という事が、どうやら関係しているらしいのです」
「山本玲奈さん……ですか。 ……どうやら芸能人ではなさそうですが」
「その辺りも全て映画監督から説明があるとの事で、……では監督、宜しくお願いします」
そう言って女性司会者が監督らしき人にマイクを渡すと、監督はコホンと咳をしてから少し前に出て説明を始めた。
「えー、彼女、山本玲奈さんは、実は(れなたん)というハンドルネームを使ってユーチューバーをしておられ、実は私もフォロワーなのです。れなたんがいつも紹介していたあのMMORPG、私も映像関係で関わっておりまして。実はれなたん……、って、もう山本さんでいいですよね? ……彼女はあのMMORPGのユーチューバーとして、トップのフォロワー数を稼いでいるのです」
れなたん読みを止める下りで観客席から笑いが起こってる。……でも俺達は笑いもせず、続きが気になって仕方ないので引き続き監督の説明に耳を傾ける。
「フォロワーである私は、山本さんの動画をよく見ておりまして、以前より彼女には演技の才能がある、と常々感じておりました。しかしただの一フォロワーである私は当然、彼女の所在や連絡先を知らない。ところが何と、恩田プロモーションの社長が山本さんを知っているというではないですか。私は是非山本さんに会いたいと恩田社長にコンタクトを取り、先日面会と当時に映画出演のオファーをした次第なのです」
「成る程。そう言う経緯でしたか。ですが彼女はユーチューバーで表に出ていたとしても、俳優としては素人では?」
「ええ。ですのでこれから演技指導をし、その辺りを鍛えて参ろうかと」
「しかし気になるのは、どうしてこの学校で映画の発表をしようと思ったのですか? 山本さんがここの在校生だから、だけでは理由として弱いかと」
「それはたまたま、うちのスタッフとここの学校の校長とコネクションがありまして、せっかくの学園モノでちょうど文化祭も行われるという事もあり、映画の宣伝に利用してみてはどうか、と仰って頂いたのがキッカケです。学校側としても昨今少子化が進んでいて、このような形で学校をPRし、出来るだけ多くの新入生を呼び込みたいと思っておられ、お互いの思惑が一致した、というわけです」
「柊さん、この話知ってた?」「えっと確か、教育委員会を通じて、学校とコネクションがあったっていってた。それと、少子化云々のところは聞いてたかな。でも他の話は初耳」
そこで、報道関係者の一人が突如手を挙げた。どうやら質問したくて辛抱たまらなくなったようだ。その報道関係者の挙手に司会者がどうすべきか困惑してると、監督が宜しいですよ、と笑顔で質問を受ける事を了承した。そして報道関係者はスタッフからマイクを受け取り一礼する。
「まだお話の最中ながら、質問の機会を頂き有難う御座います。……この映画発表会はそもそも、巷で話題になっている写真集の(柊美久)さんがここの在校生で、今回の映画の主演になっていたから、ではないのですか?」
報道関係者からそう質問され、監督は一旦マイクを外し後ろにいるスタッフ達と何やら話す。そして再びマイクを構えこう答えた。
「はて? 一体何の事でしょう? 確か今回の映画において、主演が誰とか事前に一切発表していないはずですが」
「しかし、私が事前に入手した情報によると、そのように聞いていたので……」
「そう言われましても……。はあ、そうですか、としか言いようがないですな」
困惑する報道関係者に対し、何を言ってるのか分からないといった表情を浮かべる監督とスタッフ達。俺はふと舞台上にいる恩田社長が気になってみてみると、何だかずっと怯えてるような、震えてるように見えた。
「どうやら元々柊さんはこの映画に全く関わってない、という事にするみたいだな」「……そうだね」
そう来たか。だから柊さんからの謝罪は必要ないのか。
俺もこの映画の件は気になってたから、ネットニュースで検索してたりしてたけど、あくまで噂で、柊さんが主演だろう、という予測程度の報道しか見かけなかった。だから映画の主役については事前に発表してないというのは確かな事実。でも元々、今回の映画発表会で、主演は柊さんだと公表する予定だったんだよな。
でもそれさえもしない、主演は未定だが映画の宣伝は文化祭を使って行う、という事にしたのか。結構強引で若干不自然だとは思うけど、でも割とベターな選択かも。
俺はふと疋田美里さん扮する柊さんを見てみる。舞台を見上げるその表情は何だかとても寂しそうに見えた。いくら無理やり役者の演技や練習をやらされていたとしても、ずっと頑張ってきたのにそれが無かった事にされるのは、さすがに辛いよな。
「やっぱりやりたくなった? 後悔してる?」「ううん。それはない。けど、頑張ってた事が無くなってしまうって、それはそれで寂しいなって思っちゃった。勝手な事言ってるけど」
「分かるよその気持ち。でも良いじゃん別にそう思ったって。柊さんなりに頑張ってた事は事実なんだし」「……うん。ありがとう。武智君」
ニコッと微笑みながら俺の手を取る柊さん。俺はその手を握り返し微笑み返す。
柊さんがずっと演技の勉強してきた事は、既に芸能界に入らない事を決めてる柊さんにとって、これから役に立つ事はないかも知れない。でも、数年間ずっと努力してきたんだから自信や根性とかはついてるはずだ。その部分についてはきっと、柊さんのこれからの人生に役に立つのは間違いない。
そして、俺は出来る限り柊さんの傍にいて支えよう。改めてそう思った。
続いて他の報道関係者から質問が監督に飛ぶ。
「では、主役や他の配役についてはどうされるのですか?」
「それはこれから、ここにいる俳優陣から選ぼうと思っております。今日は文化祭に合わせた映画の発表会を行い、キャストもある程度決まっているのでそのPRに参った次第です」
そこでマイクを持ったもう一人の司会の男性が、他の報道関係者からの挙手を遮るかのように突如声を上げる。
「さて、時間も押しております。質問はここまでにして、そろそろ各キャストと映画関係者の皆様から挨拶をして頂きましょう!」
そして促され前の方に出る面々。テレビでも見た事のある女優や俳優が前面に出てきたので、改めて観客から歓声が上がった。それから司会者からマイクを渡され端から順に一言挨拶をしていく役者達。最後に山本の番となった。
「えーと、突然の事で驚かれたかと思いますが、私れなたんこと山本玲奈は、この機会に映画デビューする事になりました! まだ配役は決まっていませんが、是非この映画を観て下さい! 宜しくお願いしまーす!」
山本の元気な挨拶に観客からは大きな声援が上がる。キャー! れなたん素敵! 最高! って近くで大騒ぎしてる綾邊さんと、それを諌めてる飯塚はスルーしとこう。
そこで、柊さんのスマホがバイブしたらしい。ポケットからスマホを出して画面を確認してる。
「誰から?」「日向さん。話があるから来てくれって」
※※※
「急に呼び出して済まなかったな。で、どうだ? 久々の学校は」「はい。懐かしくてついテンションあがってました。文化祭も楽しんでます」
そうか、それは良かった、と日向さんは私を優しい眼差しで見つめながらそう答える。
学校内にある空き教室に設置された、映画関係者用の待機室に呼び出された私。来てみたらそこには日向さんだけが待っていた。
「恩田社長は事後処理とか謝罪で忙しいから来れなかった。山本も同じく挨拶回りで忙しい。なので俺が代役だ。上杉はさっそく山本についてやってるから来れなかったしな」
「代役?」「今回の件の説明だ。知らない事も多いだろ?」
成る程。日向さんは私に今回の経緯について説明してくれるために私を呼び出したんだ。確かに色々気になってるからありがたいな。
「とりあえず座ろうか」「はい」
教室にある生徒用の椅子に二人向かい合って座ってから、日向さんは空を見つつ思い出しながら説明し始めた。
「まず、先日美久とお前の母親、更に恩田社長とで映画関係者に謝罪に行った際、すんなり受け入れて貰えただろ? あの時実は、既にあの時山本を映画出演させるという話が決まってたのが理由だ。あの監督が山本のユーチューバーアカウントのフォロワーでファンだと言う事、そしてあいつの才能を買ってたというのは本当の話で、是非女優として使ってみたい、そのために今回の映画に出演させたい、と、寧ろあちらさんからお願いされたんだよ」
あの話は作り話じゃなかったんだ。というか、山本さんって本当にユーチューバーやってたんだ。武智君や明歩は知ってたかも?
「咄嗟の思いつきで代役に山本はどうか? と恩田社長に言ってみてダメ元で提案したんだが、俺達もまさかの展開で驚いた。勿論山本の了承を得てから話を進めたんだが。まあ、あいつも芸能界に興味あったからチャンスだと思ったみたいだ」
……山本さん、芸能界に入りたかったんだ。本来ならオーディションや下積みを乗り越えて芸能界入りするのがセオリーだから、やりたかったんなら確かにチャンスかも。
「で、本来なら主役である美久を、今日大々的に発表する予定だったのを急遽変更して、半ば強引にただの映画の発表会に変えた。本当は今日、写真集も販売する予定だったんだがそれも無くなった。で、主役については舞台に上がった役者と、美久が前に受けたオーディションで落選した中から選ぶ事になりそうだ」
一気に話して疲れたからか、日向さんはふう、と、一旦一息ついてから話を続ける。
「当然、山本には主役なんて不可能だし無理。それどころか役者の経験がまったくない素人。でもそれも、本来の公開予定日を延長して、山本の演技指導の時間を作って貰える事になった。それ程あの監督は山本を買ってるらしい」
確か私が受けたオーディション、結構な数の有名な女優も来てたのに、彼女達は落選した。それ程厳しい監督が山本さんをそんなに認めてるなんて。私も一度、山本さんのユーチューブ観てみようかな?
「だから美久には申し訳ないが、そもそもこの映画には関係してなかった、という扱いにさせて貰った。事前に説明すべきだったんだが俺達も相当忙しくしていたせいで、事後報告になって悪かった」
そう言って頭を下げる日向さん。私はびっくりして慌てて頭を上げるよう伝える。
「元々私の勝手な言い分でご迷惑をかけてるので気にしてないです。寧ろこちらが頭を下げなきゃいけないと思ってるくらいなので」
「……まあ正直、美久に辞められるのは相当痛手だ。特に恩田社長はな。お前が思ってる以上に落ち込んでるよ」
フッと苦笑いしながら恩田さんについて語る日向さん。でもそうだろうな……。色々あったにせよここ数年、私は恩田さんに育てられたと言っても過言じゃないんだから。正直今は尊敬する気持ちはないけれど、私をデビューさせようと四苦八苦していたのはよく知っている。しかも社長という立場なのに、積極的に関わってきたんだから尚更だろう。
だから、良心の呵責がないと言えば嘘になる。
「ああ、お前が今更気に病む事はない。これも運命だと思って受け入れるさ。そもそも恩田社長が悪いんだからな。お前と武智君との関係を侮ってたんだから。もっと上手いやりようがあったはずなのにな」「……ハハハ」
明らかに落ち込んでしまった私を気遣うように、微笑みながらフォローしてくれる日向さんに、私は苦笑いを返すしか無かった。
「因みに、お前を育てるためにこれまでかかった資金の殆どは、お前の両親が出してたから気にしなくていい。それとCM出演料と写真集の売上分担金については、お前が辞める前の契約となるから、それらは当然支払われる」
「……何だか申し訳ないです」「当然の権利だからそれも気にするな……、っと、恩田社長から連絡だ。じゃあそういう事で」
ポケットに入っていたスマホを確認し急いで出ていこうとする日向さん。私はつい、待って下さい、と呼び止めた。だって多分、もう二度と会わないだろうから、きちんと挨拶したかった。
「……あの、日向さん。今までありがとうございました。恩田さんにも宜しくお伝えください」「ああ。こちらこそ。長い付き合いだったが楽しかったよ。武智君と末永く幸せにな」
私が深々と頭を下げると、日向さんはニコリと微笑みながら、そう言い残して教室を去った。
「……まるで武智君と結婚するみたいな言い方じゃない」
そう考えると、つい顔が熱くなってしまった。
「おい、あれって確かうちの二年生の……」「ああ、間違いねぇ、山本玲奈だよあれ。柊美久と同じくらいの超絶美少女ってんで、最近学校内で話題になってる、あの山本だ」
とある生徒が横で喋ってるのを聞きながら、俺達は唖然とした表情で舞台上を見つめる。一方の山本はこれだけ大勢観客がいて、しかも報道陣のカメラとかあるというのに、全然緊張した様子もなくニコニコ愛想を振りまいてる。……度胸あんな本当。
……いやそれよりも。
「……なんで玲奈があっこにいんの?」「知らねぇ。明歩仲いいんだろ? 何も聞いてなかったのかよ」
「聞いてない聞いてない。つかアタシより美久の方が詳しいんじゃ?」「え? 私も何も聞いてないよ」
と言ったところで、「あ」と、柊さんが何か思い出した模様。
「そう言えば、マスターの喫茶店でのパーティの時、気になる言い回ししてた。もしかしたら今日のこの事を言ってたのかも」
そういや柊さんそんな事言ってたな。山本が気になる事言ってたって。でも具体的に何か聞いてないんだよな。
「まさか、山本が柊さんの代わりに映画の主演やるとか?」
「え~? さすがにそれは無理っしょ。だって美久、主役獲るの大変だったんでしょ? 美久だって俳優業一切やってないのに主演獲るって普通はあり得ないって言ってたじゃん。そもそも美久が主演獲れたのだって、ずっとレッスンしてたってのもあるでしょ?」
安川さんの確認するような問いに小さく頷く柊さん。本当その通りだ。そんな簡単に映画の主演なんか出来るわけないって。素人の俺でもそれくらいは分かる。しかも山本は芸能人でもない、ただの一高校生なんだし。
俺達同様、多くの生徒達が疑問を持ちながらざわついてる。
少ししてから舞台がライトアップされ、それを合図に女性司会者が話し始めた。俺達観客は何を話すのか気になるので、シーンとざわついた雰囲気は一気に静まり返った。
「皆様、本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。まずは本日、何故このように一公立高校にて、映画の発表会をする事になったのか、その経緯をお伝えしたいと思います。……が、実は私達司会者も詳しく聞かされてないんですよね」
「そうそう。当初と予定が変わったので……」
もう一人の男性司会者がそう言いかけたところで、女性司会者が慌てて口元で指でバツマークを作る。それを見た男性司会者が「おっと」と口をつぐんだ。
当初の予定って多分、柊さんを大々的にアピールして映画の宣伝をする、って事だろう。そして司会者達のあの様子を見るに、予定の変更は急な事だったっぽいな。
「えー、オッホン! 改めて話を続けますが、えと、そちらの奥の方、ここの学校の制服を着てあちらの隅に座っている、山本玲奈さんの母校である、という事が、どうやら関係しているらしいのです」
「山本玲奈さん……ですか。 ……どうやら芸能人ではなさそうですが」
「その辺りも全て映画監督から説明があるとの事で、……では監督、宜しくお願いします」
そう言って女性司会者が監督らしき人にマイクを渡すと、監督はコホンと咳をしてから少し前に出て説明を始めた。
「えー、彼女、山本玲奈さんは、実は(れなたん)というハンドルネームを使ってユーチューバーをしておられ、実は私もフォロワーなのです。れなたんがいつも紹介していたあのMMORPG、私も映像関係で関わっておりまして。実はれなたん……、って、もう山本さんでいいですよね? ……彼女はあのMMORPGのユーチューバーとして、トップのフォロワー数を稼いでいるのです」
れなたん読みを止める下りで観客席から笑いが起こってる。……でも俺達は笑いもせず、続きが気になって仕方ないので引き続き監督の説明に耳を傾ける。
「フォロワーである私は、山本さんの動画をよく見ておりまして、以前より彼女には演技の才能がある、と常々感じておりました。しかしただの一フォロワーである私は当然、彼女の所在や連絡先を知らない。ところが何と、恩田プロモーションの社長が山本さんを知っているというではないですか。私は是非山本さんに会いたいと恩田社長にコンタクトを取り、先日面会と当時に映画出演のオファーをした次第なのです」
「成る程。そう言う経緯でしたか。ですが彼女はユーチューバーで表に出ていたとしても、俳優としては素人では?」
「ええ。ですのでこれから演技指導をし、その辺りを鍛えて参ろうかと」
「しかし気になるのは、どうしてこの学校で映画の発表をしようと思ったのですか? 山本さんがここの在校生だから、だけでは理由として弱いかと」
「それはたまたま、うちのスタッフとここの学校の校長とコネクションがありまして、せっかくの学園モノでちょうど文化祭も行われるという事もあり、映画の宣伝に利用してみてはどうか、と仰って頂いたのがキッカケです。学校側としても昨今少子化が進んでいて、このような形で学校をPRし、出来るだけ多くの新入生を呼び込みたいと思っておられ、お互いの思惑が一致した、というわけです」
「柊さん、この話知ってた?」「えっと確か、教育委員会を通じて、学校とコネクションがあったっていってた。それと、少子化云々のところは聞いてたかな。でも他の話は初耳」
そこで、報道関係者の一人が突如手を挙げた。どうやら質問したくて辛抱たまらなくなったようだ。その報道関係者の挙手に司会者がどうすべきか困惑してると、監督が宜しいですよ、と笑顔で質問を受ける事を了承した。そして報道関係者はスタッフからマイクを受け取り一礼する。
「まだお話の最中ながら、質問の機会を頂き有難う御座います。……この映画発表会はそもそも、巷で話題になっている写真集の(柊美久)さんがここの在校生で、今回の映画の主演になっていたから、ではないのですか?」
報道関係者からそう質問され、監督は一旦マイクを外し後ろにいるスタッフ達と何やら話す。そして再びマイクを構えこう答えた。
「はて? 一体何の事でしょう? 確か今回の映画において、主演が誰とか事前に一切発表していないはずですが」
「しかし、私が事前に入手した情報によると、そのように聞いていたので……」
「そう言われましても……。はあ、そうですか、としか言いようがないですな」
困惑する報道関係者に対し、何を言ってるのか分からないといった表情を浮かべる監督とスタッフ達。俺はふと舞台上にいる恩田社長が気になってみてみると、何だかずっと怯えてるような、震えてるように見えた。
「どうやら元々柊さんはこの映画に全く関わってない、という事にするみたいだな」「……そうだね」
そう来たか。だから柊さんからの謝罪は必要ないのか。
俺もこの映画の件は気になってたから、ネットニュースで検索してたりしてたけど、あくまで噂で、柊さんが主演だろう、という予測程度の報道しか見かけなかった。だから映画の主役については事前に発表してないというのは確かな事実。でも元々、今回の映画発表会で、主演は柊さんだと公表する予定だったんだよな。
でもそれさえもしない、主演は未定だが映画の宣伝は文化祭を使って行う、という事にしたのか。結構強引で若干不自然だとは思うけど、でも割とベターな選択かも。
俺はふと疋田美里さん扮する柊さんを見てみる。舞台を見上げるその表情は何だかとても寂しそうに見えた。いくら無理やり役者の演技や練習をやらされていたとしても、ずっと頑張ってきたのにそれが無かった事にされるのは、さすがに辛いよな。
「やっぱりやりたくなった? 後悔してる?」「ううん。それはない。けど、頑張ってた事が無くなってしまうって、それはそれで寂しいなって思っちゃった。勝手な事言ってるけど」
「分かるよその気持ち。でも良いじゃん別にそう思ったって。柊さんなりに頑張ってた事は事実なんだし」「……うん。ありがとう。武智君」
ニコッと微笑みながら俺の手を取る柊さん。俺はその手を握り返し微笑み返す。
柊さんがずっと演技の勉強してきた事は、既に芸能界に入らない事を決めてる柊さんにとって、これから役に立つ事はないかも知れない。でも、数年間ずっと努力してきたんだから自信や根性とかはついてるはずだ。その部分についてはきっと、柊さんのこれからの人生に役に立つのは間違いない。
そして、俺は出来る限り柊さんの傍にいて支えよう。改めてそう思った。
続いて他の報道関係者から質問が監督に飛ぶ。
「では、主役や他の配役についてはどうされるのですか?」
「それはこれから、ここにいる俳優陣から選ぼうと思っております。今日は文化祭に合わせた映画の発表会を行い、キャストもある程度決まっているのでそのPRに参った次第です」
そこでマイクを持ったもう一人の司会の男性が、他の報道関係者からの挙手を遮るかのように突如声を上げる。
「さて、時間も押しております。質問はここまでにして、そろそろ各キャストと映画関係者の皆様から挨拶をして頂きましょう!」
そして促され前の方に出る面々。テレビでも見た事のある女優や俳優が前面に出てきたので、改めて観客から歓声が上がった。それから司会者からマイクを渡され端から順に一言挨拶をしていく役者達。最後に山本の番となった。
「えーと、突然の事で驚かれたかと思いますが、私れなたんこと山本玲奈は、この機会に映画デビューする事になりました! まだ配役は決まっていませんが、是非この映画を観て下さい! 宜しくお願いしまーす!」
山本の元気な挨拶に観客からは大きな声援が上がる。キャー! れなたん素敵! 最高! って近くで大騒ぎしてる綾邊さんと、それを諌めてる飯塚はスルーしとこう。
そこで、柊さんのスマホがバイブしたらしい。ポケットからスマホを出して画面を確認してる。
「誰から?」「日向さん。話があるから来てくれって」
※※※
「急に呼び出して済まなかったな。で、どうだ? 久々の学校は」「はい。懐かしくてついテンションあがってました。文化祭も楽しんでます」
そうか、それは良かった、と日向さんは私を優しい眼差しで見つめながらそう答える。
学校内にある空き教室に設置された、映画関係者用の待機室に呼び出された私。来てみたらそこには日向さんだけが待っていた。
「恩田社長は事後処理とか謝罪で忙しいから来れなかった。山本も同じく挨拶回りで忙しい。なので俺が代役だ。上杉はさっそく山本についてやってるから来れなかったしな」
「代役?」「今回の件の説明だ。知らない事も多いだろ?」
成る程。日向さんは私に今回の経緯について説明してくれるために私を呼び出したんだ。確かに色々気になってるからありがたいな。
「とりあえず座ろうか」「はい」
教室にある生徒用の椅子に二人向かい合って座ってから、日向さんは空を見つつ思い出しながら説明し始めた。
「まず、先日美久とお前の母親、更に恩田社長とで映画関係者に謝罪に行った際、すんなり受け入れて貰えただろ? あの時実は、既にあの時山本を映画出演させるという話が決まってたのが理由だ。あの監督が山本のユーチューバーアカウントのフォロワーでファンだと言う事、そしてあいつの才能を買ってたというのは本当の話で、是非女優として使ってみたい、そのために今回の映画に出演させたい、と、寧ろあちらさんからお願いされたんだよ」
あの話は作り話じゃなかったんだ。というか、山本さんって本当にユーチューバーやってたんだ。武智君や明歩は知ってたかも?
「咄嗟の思いつきで代役に山本はどうか? と恩田社長に言ってみてダメ元で提案したんだが、俺達もまさかの展開で驚いた。勿論山本の了承を得てから話を進めたんだが。まあ、あいつも芸能界に興味あったからチャンスだと思ったみたいだ」
……山本さん、芸能界に入りたかったんだ。本来ならオーディションや下積みを乗り越えて芸能界入りするのがセオリーだから、やりたかったんなら確かにチャンスかも。
「で、本来なら主役である美久を、今日大々的に発表する予定だったのを急遽変更して、半ば強引にただの映画の発表会に変えた。本当は今日、写真集も販売する予定だったんだがそれも無くなった。で、主役については舞台に上がった役者と、美久が前に受けたオーディションで落選した中から選ぶ事になりそうだ」
一気に話して疲れたからか、日向さんはふう、と、一旦一息ついてから話を続ける。
「当然、山本には主役なんて不可能だし無理。それどころか役者の経験がまったくない素人。でもそれも、本来の公開予定日を延長して、山本の演技指導の時間を作って貰える事になった。それ程あの監督は山本を買ってるらしい」
確か私が受けたオーディション、結構な数の有名な女優も来てたのに、彼女達は落選した。それ程厳しい監督が山本さんをそんなに認めてるなんて。私も一度、山本さんのユーチューブ観てみようかな?
「だから美久には申し訳ないが、そもそもこの映画には関係してなかった、という扱いにさせて貰った。事前に説明すべきだったんだが俺達も相当忙しくしていたせいで、事後報告になって悪かった」
そう言って頭を下げる日向さん。私はびっくりして慌てて頭を上げるよう伝える。
「元々私の勝手な言い分でご迷惑をかけてるので気にしてないです。寧ろこちらが頭を下げなきゃいけないと思ってるくらいなので」
「……まあ正直、美久に辞められるのは相当痛手だ。特に恩田社長はな。お前が思ってる以上に落ち込んでるよ」
フッと苦笑いしながら恩田さんについて語る日向さん。でもそうだろうな……。色々あったにせよここ数年、私は恩田さんに育てられたと言っても過言じゃないんだから。正直今は尊敬する気持ちはないけれど、私をデビューさせようと四苦八苦していたのはよく知っている。しかも社長という立場なのに、積極的に関わってきたんだから尚更だろう。
だから、良心の呵責がないと言えば嘘になる。
「ああ、お前が今更気に病む事はない。これも運命だと思って受け入れるさ。そもそも恩田社長が悪いんだからな。お前と武智君との関係を侮ってたんだから。もっと上手いやりようがあったはずなのにな」「……ハハハ」
明らかに落ち込んでしまった私を気遣うように、微笑みながらフォローしてくれる日向さんに、私は苦笑いを返すしか無かった。
「因みに、お前を育てるためにこれまでかかった資金の殆どは、お前の両親が出してたから気にしなくていい。それとCM出演料と写真集の売上分担金については、お前が辞める前の契約となるから、それらは当然支払われる」
「……何だか申し訳ないです」「当然の権利だからそれも気にするな……、っと、恩田社長から連絡だ。じゃあそういう事で」
ポケットに入っていたスマホを確認し急いで出ていこうとする日向さん。私はつい、待って下さい、と呼び止めた。だって多分、もう二度と会わないだろうから、きちんと挨拶したかった。
「……あの、日向さん。今までありがとうございました。恩田さんにも宜しくお伝えください」「ああ。こちらこそ。長い付き合いだったが楽しかったよ。武智君と末永く幸せにな」
私が深々と頭を下げると、日向さんはニコリと微笑みながら、そう言い残して教室を去った。
「……まるで武智君と結婚するみたいな言い方じゃない」
そう考えると、つい顔が熱くなってしまった。
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久野真一
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2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
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【作者より】
九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。
また、R15は保険です。
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