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その百二十五
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※※※
「おっす」「よお」
大勢の生徒達が登校する中、俺同様自転車で登校してる雄介が俺を見つけて声をかけてきた。俺は片手を上げて挨拶を返し、そのまま雄介と共に学校に向かう。
「いよいよ今日だな」「ああ。どうなる事やら」
今日は十一月の第一土曜日。普段なら休みだけど今日は全校生徒が登校してる。なぜなら今日は、文化祭だからだ。
この日は外部からも沢山人が来る。一年・二年生はそれぞれのクラスで各々出し物をする準備のため三年生の俺達より早めに登校してるはずで、普段ならまだ静かな朝の学校はきっと既に騒々しくなってるだろう。
因みにうちの学校、公立ながら一応進学校でもあるので、三年生は何も出し物をしないのが伝統だったりする。昔は三年生も受験にあまり影響のない演劇や、街中をデッサンした絵の展示、他に読書感想文の発表とかはやってたらしいけど、ここ数年偏差値が上がってきた事を理由に、三年生は特に受験に集中してほしいという学校側の希望で無くなったんだそう。
ま、その方が確かに受験生にとってはありがたいけどね。でも三年生全員進学するわけじゃないので、中には雄介みたいに大学進学しない奴もいるから、そいつらは受験勉強もしないから尚更ラッキーだよな。
でも今日の文化祭に限ってはいつもと様相が違う。さっきから大きめの窓に黒いスモークを貼ったバンが何台か俺達の横を通り過ぎてってる。あれはきっと報道関係の車だ。それらがいくつも学校の校門に向かっていくのが遠目に見えた。しかも今日はいつもと違い、先生達以外にも警備員が複数校門前にいるのが見える。校門に入ろうとするバンを一旦引き止め、何かしらチェックしてる。
こんな大ごとになるのって、きっと学校始まって以来だろうな。そして学校内ではいつにも増してててんやわんやの大騒ぎになってるって事も容易に想像出来る。
因みに、既に一週間くらい前から、校庭には結構でかい舞台みたいなのが造り始められていて、それが一部学生の間で盛り上がりを助長させてたりする。柊さんはともかく、それ以外の出演者、要する普段テレビで観てる俳優達も来るかも知れないからだ。
文化祭を彩るには十分すぎるイベント。それが今日行われるわけだから、登校してる他の生徒達を見てみると、何やらみんな落ち着かない様子だ。……まあ俺は別の意味で落ち着かないけど。
「そういや柊さんはいつ来るんだ?」「確か俺達と同じ時間帯くらいだったと思う」
昨晩電話した時にそう言ってたからね。当然俺達みたいに自転車で一人やってくるわけじゃなくて、恩田社長とかと一緒に車で来るはず。
「でもどうすんだろな? 明歩から少し聞いてるけど、柊さん、映画出演ドタキャンしたんだろ?」「ああ。柊さんもそれ以降は恩田社長に会ってないらしくって、当人もどうなるか分からないって言ってた。でも一応、壇上で謝罪する心積もりはしてるって」
柊さん、本当に何も聞かされてないって感じなんだよなあ。だから当然俺は一切何も知らない。一応柊さんも気になるから、恩田社長に連絡して聞いてるらしいんだけど、それでも教えて貰えないらしい。だから困ってるって言ってた。もし謝罪とかする必要あるなら事前準備しときたいからって。
……まあでも、もし謝罪とかあるなら当然事前打ち合わせするだろうから、もしかしたらそれさえもないのかも? それはそれで不思議だけど。
そもそも、主演女優がこの学校の元在校生だからこそ、この学校で映画PRをするってなってたはずのに、その主演女優が辞めるんだもんな。一体どうなる事やら。全く想像できないや。
「ま、今日は文化祭って事でスマホはずっと持ちっぱなしでOKだし、何かあったら動けるようにしとこうぜ」「そうだな」
柊さんも今はスマホを手に持ってるし。
と、そんな風に雄介と喋りながら自転車こいでたら学校に到着。他の生徒達に紛れながら、俺と雄介は駐輪場に自転車を停め、いつも通り教室に向かった。
※※※
今日は授業自体がないので準備とかする必要もない。クラスのみんなは教室の窓から見える校庭に出来上がった舞台を気にしながら楽しそうに話してる。
手持ち無沙汰な俺は柊さんに連絡してみようとスマホを取り出そうとしたところで、教室に安川さんが入ってきて俺のいるところに真っ先に向かってきた。きっと雄介に会いに来たんだろうな。いつもなら気を使って教室にさえ入って来ないけど、今日は文化祭だから気兼ねなくやってこれたんだろう。
「よっすー、たけっちー」「おはよう安川さん。雄介は今トイレ行ってるよ」
「そーなんかー。じゃあ待ってよーっと……、てかたけっちー、美久と一緒じゃないの? 美久ウチらの教室にいなかったから、たけっちーんとこいるかなーと思ったけど」
……んなわけないじゃん。そもそも柊さん学校辞めてんだから、普通にいたらおかしいでしょ。
「柊さんは今日大事な発表があるから、恩田社長とかと一緒じゃない? 安川さんこそ柊さんから何も聞いてないの?」
「んー、それが大して何も聞いてないんだよねー。昨晩たけっちーが美久とラブラブトークする前くらい? に美久と電話してたんだけどねー」「ラブラブトークって……」
……いやまあ、それに似たような会話してるけどさ。でも良いじゃん別に。付き合ってんだから。
「あ! 雄介帰ってきた! じゃあアタシ行くね」「はいはい」
雄介を待つ間の時間つぶしに使われた俺は小さくため息を吐き、仲むつまじく二人で教室を出ていくに手を振った。……まあ俺も、本音言えば柊さんと文化祭の出し物あれこれ見て回りたいんだけどなあ。ま、それはさすがに無理だと諦めてるけど。
「つーか今日は朝礼もしないんだな。特進クラスの安川さんでさえ朝からああやって俺の教室に入ってくるくらいだし」
どうやら担任も来ないっぽい。多分映画発表会の件で、担任含めた先生達全員が総出で対応してんだろう。そしてクラスメイト達は各々勝手に教室から出ていってる。俺は教壇の上に置かれた箱に入ってる、文化祭のスケジュール表を手に取りとりあえずブラブラする事にした。
……って言っても、一人であちこち行くって正直つまんねぇな。去年は雄介いたし二年生だったから展示する側で忙しかったし。つか俺、雄介いなかったらぼっちじゃね? いやまあ他のクラスメイトと会話しない事もないけど、今までは雄介いたから然程他の奴と仲良くする必要なかったんだよなあ。
ま、来年にはセンター試験あるし受験あるし、今更新たに友達作ろうって思わないけど。
「……山本のクラスでも行ってみるか」
※※※
「何か緊張すんな」
後輩の教室に一人で入るのってこんなに勇気いんのかよ。しかもこうやって一人で後輩のクラスの前をうろうろしてたら、ますますぼっちっぽくてなんか虚しくなってくる。でもここまで来て中に入らず戻るのもなあ。
どうやら山本のクラスは喫茶店やってるみたいだ。女子生徒がフリルの付いたメイドコスみたいな格好で愛想振りまいてるのが教室窓から見えてる。山本もああいうカッコして接客とかしてんのかな? まあ山本の場合、バイトで接客してるから慣れてるだろうけど。
そうやって不審者のごとく教室内を覗きながら入るのにずっと躊躇してると、中にいた空手部の後輩が俺を見つけ声をかけてきた。
「あれ? 武智先輩じゃないっすか?」「お、おう」
「入んないんすか? うちで提供してるプリンパフェ好評っすよ」「い、いやまあ……」
「あー分かった! 男一人だから入るのキツいんすよね? 分かる! 俺にはよーく分かる! 文化祭で彼女いないってほんっと辛いっすよねぇー。俺もそうっすから」
そう言いながら後輩は俺の肩に手を置きうんうん頷きながら泣き真似をする。……クッソ、俺本当は彼女いんのに。何でこいつと同レベルに思われきゃなんねーんだよ?
でも言い返せない。俺の彼女は柊美久なんだぞ! でもこれから映画発表会の件で忙しいから俺と一緒にいないだけなんだぞ! ……なんて言えるわけないし。それに彼女いるアピールするのも何か言い訳っぽくて恥ずかしいと言うか。
「ま、まあ。俺は様子見に来ただけだから」「あれぇ~? 県大会優勝した程お強い武智先輩、ここで逃げちゃうんすかぁ~?」
「……お前」「まさかここまで来て帰るとか、そんな根性無しじゃないっすよねぇ~? 彼女でもいたら良かったんですけどねぇ~?」
そうやって、どうすんすか? 入んないんすか? と、ニヤニヤしやがる後輩。……こいつ、部活だと敵わなかったからって、ここぞとばかりに煽ってきやがる。
俺がイライラしながらそれでも入口近くで立ち往生してると、一人の天使が俺に声をかけてきた。
「武智君お待たせ。とりあえず入ろっか」
その、茶髪ボブで黒縁メガネのとても可愛い女の子は、自然と俺の腕を絡ませニコッと微笑んだ。
※※※
グギギギギ、という音が聞こえそうなほどお盆を噛んでる後輩。一方の俺はとても鼻高々だ。
今は山本の教室に入り、後輩が好評だと言ってたプリンパフェを注文して、疋田美里さんと対面で座ってそれが来るのを待ってる最中。因みに柊さん扮する疋田美里さんは当然、俺達のように制服ではなく私服だ。だから他校の生徒の彼女、と後輩からは見えてるだろうな。
白のワンピースに寒さ対策のための赤いカーディガンを肩から羽織ったシンプルな格好だけど、それでも元々可愛いから凄く似合ってる。でもこの学校の制服着た疋田美里さんも見てみたいなあ。いつかお願いしてみるかな?
「実は途中から様子見てたの。で、絶好のタイミング見計らって声かけちゃった」「ハハ。成る程ね」
まさかこんな可愛い彼女がいるなんて知らなかったよな? なあ後輩? てな感じで俺はしたり顔で後輩を見てみると、アイツ未だお盆かじりながら悔しそうに見てやがる……ってかお前リスかよ。
「そういや柊さ……じゃなくて、疋田さん。どうしてここに? 映画PRの準備はいいの?」
「うん。私はもういいんだって。だからこうして疋田美里に変装して、文化祭楽しんじゃおうって思って。実は武智君に電話したんだけど出なかったから、とりあえず山本さんの教室行こうって思って来てみたら、武智君が困ってたの見つけちゃって」
マジで? 柊さん電話くれてたんだ。慌ててスマホ見てみると……。本当だ。着信通知が表示されてる。気づかなかった。さっきの後輩とのやり取りで、頭に血が上ってたからかも知れない。
「て事は、一緒に文化祭見て回れる?」「うん」
おおー! これは嬉しい! 俺は小さくガッツポーズをしてしまう。それに気付いた柊さんはクスクスと笑う。あーやっぱ可愛いなあ。そもそも俺は、この変装した柊さんに惚れてたんだもんなあ。いつも思うけど二人の彼女が出来た気分。ある意味俺って幸せ者だよな。
俺が柊さん、じゃなくて疋田さんを見つめながらそんな事を考えてると、後輩がブスッとした顔でプリンパフェを持ってきた。
「はい。プリンパフェ二つお待たせ。……あの、本当に武智先輩の彼女さんっすか?」「え? あ、うん。そうだけど」
後輩の不躾な問いに柊さんが「?」な顔して答えると、後輩はまたもお盆を悔しそうにかじりながら、その場で地団駄踏んだ。
「クッソ! 何だよ武智先輩ばっかり! 空手強いだけじゃなくこーんな可愛い彼女までいるなんて! 俺なんか……俺なんか……。山本に散々断られてるってのにぃーー!!」
そう泣き叫びながらお盆持って教室から出てった……おい。仕事は良いのかよ? てか、お盆も一緒に持ってたよな? もしかして外でもかじるつもりか?
俺達が出てった後輩を呆気にとられて見送ってると、柊さんがふとある事に気がついた。
「……そう言えば山本さんは?」「……あ。そういや見当たらないな。休憩でもしてんのかな?」
※※※
「美久……、じゃなかった。疋田さーん!」「アハハ。こんにちは。安川さん」
と、他人行儀な挨拶をしつつも、二人はとても嬉しそうに熱い抱擁を交わす。本当この二人仲いいよな。
「よぉ悠斗、良かったな。念願の彼女と文化祭一緒に回れて」「おう。本当嬉しいよ」
俺と雄介も笑顔で挨拶を交わす。本当雄介の言う通りだよ。柊さんと一緒に文化祭楽しむのは諦めてたのに、まさかこうやって一緒にいれるとは思わなかったし。
俺と疋田美里さんに扮する柊さんは、プリンパフェを食べてから二人で色んなところを観て回った。柊さんもとても楽しそうにしてたな。何か久々にデート気分を味わったよ。俺の夢が一つ叶ってさっきからずっと幸せな気分だ。
そしてそろそろ映画発表会が行われるので、俺達四人は大きな舞台が作られてる校庭にやってきてるんだけど。俺達以外にも既に校庭には大勢の生徒と一般客、更に前列の方は報道のカメラが沢山集まってる。
「美久はあそこに行かなくていいの?」「うん。いいみたい。一応恩田さんに連絡して確認したんだけど、来なくていいって」
「何で?」「分からない。詳しい事は教えてくれなくて。忙しいからって」
安川さんと柊さんがヒソヒソ声で話してるのを横で聞いてるけど、本当何で柊さん行かなくていいんだろ? 柊さんはもう辞めたからお役御免という事なのかな? でも謝罪とかもしなくていいの?
「そういや映画のタイトルは出てるけど、出演者の名前は一切出てないな」「本当だ」
よく考えたら本当おかしいよな。何で柊さん俺らと一緒にいても大丈夫なんだろ?
「お? そろそろ始まるみたいだぞ」
雄介がそう言ったのと同時に、舞台が突然眩しいくらいにライトアップされ、左右にある大きなスピーカーから大音量で音楽が流れた。そして後ろの袖からマイクを持った司会者と思しき女性と男性が出てきた。
「皆様長らくお待たせ致しました! これより、(群青を駆け抜ける)の映画記者会見を行います!」
司会者の女性が声高らかにマイクを使って映画のタイトルを言ったとほぼ同時に、ぞろぞろと映画関係者や出演者が後ろの袖から出てきた。中にはテレビで見た事あるような俳優がいて、キャー、とか、おおー、とあちこちで歓声があがってる。
でも、最後の一人が出てきたところで、俺達を含めた観客、特に生徒達がざわめいた。
「……え?」「あれって……」「そう……だよな?」「うん。多分……」
その一人は、俺達がよく知る、ピンクっぽい茶髪の両おさげの、自意識過剰のあいつだった。
「おっす」「よお」
大勢の生徒達が登校する中、俺同様自転車で登校してる雄介が俺を見つけて声をかけてきた。俺は片手を上げて挨拶を返し、そのまま雄介と共に学校に向かう。
「いよいよ今日だな」「ああ。どうなる事やら」
今日は十一月の第一土曜日。普段なら休みだけど今日は全校生徒が登校してる。なぜなら今日は、文化祭だからだ。
この日は外部からも沢山人が来る。一年・二年生はそれぞれのクラスで各々出し物をする準備のため三年生の俺達より早めに登校してるはずで、普段ならまだ静かな朝の学校はきっと既に騒々しくなってるだろう。
因みにうちの学校、公立ながら一応進学校でもあるので、三年生は何も出し物をしないのが伝統だったりする。昔は三年生も受験にあまり影響のない演劇や、街中をデッサンした絵の展示、他に読書感想文の発表とかはやってたらしいけど、ここ数年偏差値が上がってきた事を理由に、三年生は特に受験に集中してほしいという学校側の希望で無くなったんだそう。
ま、その方が確かに受験生にとってはありがたいけどね。でも三年生全員進学するわけじゃないので、中には雄介みたいに大学進学しない奴もいるから、そいつらは受験勉強もしないから尚更ラッキーだよな。
でも今日の文化祭に限ってはいつもと様相が違う。さっきから大きめの窓に黒いスモークを貼ったバンが何台か俺達の横を通り過ぎてってる。あれはきっと報道関係の車だ。それらがいくつも学校の校門に向かっていくのが遠目に見えた。しかも今日はいつもと違い、先生達以外にも警備員が複数校門前にいるのが見える。校門に入ろうとするバンを一旦引き止め、何かしらチェックしてる。
こんな大ごとになるのって、きっと学校始まって以来だろうな。そして学校内ではいつにも増してててんやわんやの大騒ぎになってるって事も容易に想像出来る。
因みに、既に一週間くらい前から、校庭には結構でかい舞台みたいなのが造り始められていて、それが一部学生の間で盛り上がりを助長させてたりする。柊さんはともかく、それ以外の出演者、要する普段テレビで観てる俳優達も来るかも知れないからだ。
文化祭を彩るには十分すぎるイベント。それが今日行われるわけだから、登校してる他の生徒達を見てみると、何やらみんな落ち着かない様子だ。……まあ俺は別の意味で落ち着かないけど。
「そういや柊さんはいつ来るんだ?」「確か俺達と同じ時間帯くらいだったと思う」
昨晩電話した時にそう言ってたからね。当然俺達みたいに自転車で一人やってくるわけじゃなくて、恩田社長とかと一緒に車で来るはず。
「でもどうすんだろな? 明歩から少し聞いてるけど、柊さん、映画出演ドタキャンしたんだろ?」「ああ。柊さんもそれ以降は恩田社長に会ってないらしくって、当人もどうなるか分からないって言ってた。でも一応、壇上で謝罪する心積もりはしてるって」
柊さん、本当に何も聞かされてないって感じなんだよなあ。だから当然俺は一切何も知らない。一応柊さんも気になるから、恩田社長に連絡して聞いてるらしいんだけど、それでも教えて貰えないらしい。だから困ってるって言ってた。もし謝罪とかする必要あるなら事前準備しときたいからって。
……まあでも、もし謝罪とかあるなら当然事前打ち合わせするだろうから、もしかしたらそれさえもないのかも? それはそれで不思議だけど。
そもそも、主演女優がこの学校の元在校生だからこそ、この学校で映画PRをするってなってたはずのに、その主演女優が辞めるんだもんな。一体どうなる事やら。全く想像できないや。
「ま、今日は文化祭って事でスマホはずっと持ちっぱなしでOKだし、何かあったら動けるようにしとこうぜ」「そうだな」
柊さんも今はスマホを手に持ってるし。
と、そんな風に雄介と喋りながら自転車こいでたら学校に到着。他の生徒達に紛れながら、俺と雄介は駐輪場に自転車を停め、いつも通り教室に向かった。
※※※
今日は授業自体がないので準備とかする必要もない。クラスのみんなは教室の窓から見える校庭に出来上がった舞台を気にしながら楽しそうに話してる。
手持ち無沙汰な俺は柊さんに連絡してみようとスマホを取り出そうとしたところで、教室に安川さんが入ってきて俺のいるところに真っ先に向かってきた。きっと雄介に会いに来たんだろうな。いつもなら気を使って教室にさえ入って来ないけど、今日は文化祭だから気兼ねなくやってこれたんだろう。
「よっすー、たけっちー」「おはよう安川さん。雄介は今トイレ行ってるよ」
「そーなんかー。じゃあ待ってよーっと……、てかたけっちー、美久と一緒じゃないの? 美久ウチらの教室にいなかったから、たけっちーんとこいるかなーと思ったけど」
……んなわけないじゃん。そもそも柊さん学校辞めてんだから、普通にいたらおかしいでしょ。
「柊さんは今日大事な発表があるから、恩田社長とかと一緒じゃない? 安川さんこそ柊さんから何も聞いてないの?」
「んー、それが大して何も聞いてないんだよねー。昨晩たけっちーが美久とラブラブトークする前くらい? に美久と電話してたんだけどねー」「ラブラブトークって……」
……いやまあ、それに似たような会話してるけどさ。でも良いじゃん別に。付き合ってんだから。
「あ! 雄介帰ってきた! じゃあアタシ行くね」「はいはい」
雄介を待つ間の時間つぶしに使われた俺は小さくため息を吐き、仲むつまじく二人で教室を出ていくに手を振った。……まあ俺も、本音言えば柊さんと文化祭の出し物あれこれ見て回りたいんだけどなあ。ま、それはさすがに無理だと諦めてるけど。
「つーか今日は朝礼もしないんだな。特進クラスの安川さんでさえ朝からああやって俺の教室に入ってくるくらいだし」
どうやら担任も来ないっぽい。多分映画発表会の件で、担任含めた先生達全員が総出で対応してんだろう。そしてクラスメイト達は各々勝手に教室から出ていってる。俺は教壇の上に置かれた箱に入ってる、文化祭のスケジュール表を手に取りとりあえずブラブラする事にした。
……って言っても、一人であちこち行くって正直つまんねぇな。去年は雄介いたし二年生だったから展示する側で忙しかったし。つか俺、雄介いなかったらぼっちじゃね? いやまあ他のクラスメイトと会話しない事もないけど、今までは雄介いたから然程他の奴と仲良くする必要なかったんだよなあ。
ま、来年にはセンター試験あるし受験あるし、今更新たに友達作ろうって思わないけど。
「……山本のクラスでも行ってみるか」
※※※
「何か緊張すんな」
後輩の教室に一人で入るのってこんなに勇気いんのかよ。しかもこうやって一人で後輩のクラスの前をうろうろしてたら、ますますぼっちっぽくてなんか虚しくなってくる。でもここまで来て中に入らず戻るのもなあ。
どうやら山本のクラスは喫茶店やってるみたいだ。女子生徒がフリルの付いたメイドコスみたいな格好で愛想振りまいてるのが教室窓から見えてる。山本もああいうカッコして接客とかしてんのかな? まあ山本の場合、バイトで接客してるから慣れてるだろうけど。
そうやって不審者のごとく教室内を覗きながら入るのにずっと躊躇してると、中にいた空手部の後輩が俺を見つけ声をかけてきた。
「あれ? 武智先輩じゃないっすか?」「お、おう」
「入んないんすか? うちで提供してるプリンパフェ好評っすよ」「い、いやまあ……」
「あー分かった! 男一人だから入るのキツいんすよね? 分かる! 俺にはよーく分かる! 文化祭で彼女いないってほんっと辛いっすよねぇー。俺もそうっすから」
そう言いながら後輩は俺の肩に手を置きうんうん頷きながら泣き真似をする。……クッソ、俺本当は彼女いんのに。何でこいつと同レベルに思われきゃなんねーんだよ?
でも言い返せない。俺の彼女は柊美久なんだぞ! でもこれから映画発表会の件で忙しいから俺と一緒にいないだけなんだぞ! ……なんて言えるわけないし。それに彼女いるアピールするのも何か言い訳っぽくて恥ずかしいと言うか。
「ま、まあ。俺は様子見に来ただけだから」「あれぇ~? 県大会優勝した程お強い武智先輩、ここで逃げちゃうんすかぁ~?」
「……お前」「まさかここまで来て帰るとか、そんな根性無しじゃないっすよねぇ~? 彼女でもいたら良かったんですけどねぇ~?」
そうやって、どうすんすか? 入んないんすか? と、ニヤニヤしやがる後輩。……こいつ、部活だと敵わなかったからって、ここぞとばかりに煽ってきやがる。
俺がイライラしながらそれでも入口近くで立ち往生してると、一人の天使が俺に声をかけてきた。
「武智君お待たせ。とりあえず入ろっか」
その、茶髪ボブで黒縁メガネのとても可愛い女の子は、自然と俺の腕を絡ませニコッと微笑んだ。
※※※
グギギギギ、という音が聞こえそうなほどお盆を噛んでる後輩。一方の俺はとても鼻高々だ。
今は山本の教室に入り、後輩が好評だと言ってたプリンパフェを注文して、疋田美里さんと対面で座ってそれが来るのを待ってる最中。因みに柊さん扮する疋田美里さんは当然、俺達のように制服ではなく私服だ。だから他校の生徒の彼女、と後輩からは見えてるだろうな。
白のワンピースに寒さ対策のための赤いカーディガンを肩から羽織ったシンプルな格好だけど、それでも元々可愛いから凄く似合ってる。でもこの学校の制服着た疋田美里さんも見てみたいなあ。いつかお願いしてみるかな?
「実は途中から様子見てたの。で、絶好のタイミング見計らって声かけちゃった」「ハハ。成る程ね」
まさかこんな可愛い彼女がいるなんて知らなかったよな? なあ後輩? てな感じで俺はしたり顔で後輩を見てみると、アイツ未だお盆かじりながら悔しそうに見てやがる……ってかお前リスかよ。
「そういや柊さ……じゃなくて、疋田さん。どうしてここに? 映画PRの準備はいいの?」
「うん。私はもういいんだって。だからこうして疋田美里に変装して、文化祭楽しんじゃおうって思って。実は武智君に電話したんだけど出なかったから、とりあえず山本さんの教室行こうって思って来てみたら、武智君が困ってたの見つけちゃって」
マジで? 柊さん電話くれてたんだ。慌ててスマホ見てみると……。本当だ。着信通知が表示されてる。気づかなかった。さっきの後輩とのやり取りで、頭に血が上ってたからかも知れない。
「て事は、一緒に文化祭見て回れる?」「うん」
おおー! これは嬉しい! 俺は小さくガッツポーズをしてしまう。それに気付いた柊さんはクスクスと笑う。あーやっぱ可愛いなあ。そもそも俺は、この変装した柊さんに惚れてたんだもんなあ。いつも思うけど二人の彼女が出来た気分。ある意味俺って幸せ者だよな。
俺が柊さん、じゃなくて疋田さんを見つめながらそんな事を考えてると、後輩がブスッとした顔でプリンパフェを持ってきた。
「はい。プリンパフェ二つお待たせ。……あの、本当に武智先輩の彼女さんっすか?」「え? あ、うん。そうだけど」
後輩の不躾な問いに柊さんが「?」な顔して答えると、後輩はまたもお盆を悔しそうにかじりながら、その場で地団駄踏んだ。
「クッソ! 何だよ武智先輩ばっかり! 空手強いだけじゃなくこーんな可愛い彼女までいるなんて! 俺なんか……俺なんか……。山本に散々断られてるってのにぃーー!!」
そう泣き叫びながらお盆持って教室から出てった……おい。仕事は良いのかよ? てか、お盆も一緒に持ってたよな? もしかして外でもかじるつもりか?
俺達が出てった後輩を呆気にとられて見送ってると、柊さんがふとある事に気がついた。
「……そう言えば山本さんは?」「……あ。そういや見当たらないな。休憩でもしてんのかな?」
※※※
「美久……、じゃなかった。疋田さーん!」「アハハ。こんにちは。安川さん」
と、他人行儀な挨拶をしつつも、二人はとても嬉しそうに熱い抱擁を交わす。本当この二人仲いいよな。
「よぉ悠斗、良かったな。念願の彼女と文化祭一緒に回れて」「おう。本当嬉しいよ」
俺と雄介も笑顔で挨拶を交わす。本当雄介の言う通りだよ。柊さんと一緒に文化祭楽しむのは諦めてたのに、まさかこうやって一緒にいれるとは思わなかったし。
俺と疋田美里さんに扮する柊さんは、プリンパフェを食べてから二人で色んなところを観て回った。柊さんもとても楽しそうにしてたな。何か久々にデート気分を味わったよ。俺の夢が一つ叶ってさっきからずっと幸せな気分だ。
そしてそろそろ映画発表会が行われるので、俺達四人は大きな舞台が作られてる校庭にやってきてるんだけど。俺達以外にも既に校庭には大勢の生徒と一般客、更に前列の方は報道のカメラが沢山集まってる。
「美久はあそこに行かなくていいの?」「うん。いいみたい。一応恩田さんに連絡して確認したんだけど、来なくていいって」
「何で?」「分からない。詳しい事は教えてくれなくて。忙しいからって」
安川さんと柊さんがヒソヒソ声で話してるのを横で聞いてるけど、本当何で柊さん行かなくていいんだろ? 柊さんはもう辞めたからお役御免という事なのかな? でも謝罪とかもしなくていいの?
「そういや映画のタイトルは出てるけど、出演者の名前は一切出てないな」「本当だ」
よく考えたら本当おかしいよな。何で柊さん俺らと一緒にいても大丈夫なんだろ?
「お? そろそろ始まるみたいだぞ」
雄介がそう言ったのと同時に、舞台が突然眩しいくらいにライトアップされ、左右にある大きなスピーカーから大音量で音楽が流れた。そして後ろの袖からマイクを持った司会者と思しき女性と男性が出てきた。
「皆様長らくお待たせ致しました! これより、(群青を駆け抜ける)の映画記者会見を行います!」
司会者の女性が声高らかにマイクを使って映画のタイトルを言ったとほぼ同時に、ぞろぞろと映画関係者や出演者が後ろの袖から出てきた。中にはテレビで見た事あるような俳優がいて、キャー、とか、おおー、とあちこちで歓声があがってる。
でも、最後の一人が出てきたところで、俺達を含めた観客、特に生徒達がざわめいた。
「……え?」「あれって……」「そう……だよな?」「うん。多分……」
その一人は、俺達がよく知る、ピンクっぽい茶髪の両おさげの、自意識過剰のあいつだった。
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※表示画像は、SKIMAを通じて知様に描いていただきました。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
青春
2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について
塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。
好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。
それはもうモテなかった。
何をどうやってもモテなかった。
呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。
そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて――
モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!?
最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。
これはラブコメじゃない!――と
<追記>
本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。
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