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その百二十二
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※※※
はあ~。今日は本当、色んな事があった日だったなあ。
俺はそう振り返りながら、自分の部屋のベッドに大の字になって寝ころび天井を見上げた。時間は既に夜十二時を回ろうとしてるところ。父さん達が遅めの晩酌してる間に、俺は色々あって疲れたから、先に風呂入って歯磨いてパジャマに着替え、既に寝る準備が終わってベッドにいるんだけど。
元々は山本から今日、柊さんがK市に戻ってきてるって聞いて、どうやって柊さんに会おうか、と考えてたんだよな。そのタイミングで母さんから連絡あって、何と柊さんが俺ん家に来てるって聞いて、塾に休むと連絡して慌てて帰ってきたら、本当に家にいたんだよな。
リビングにいた柊さんを見つけて、つい嬉しい反動が抑えられなくて抱きしめちゃったんだよなあ。……そういやあの時母さん、俺と柊さんが久々に会うの勘付いてたから、気使ってわざと買い物に行ったんだろうな。……母さんが色々チート過ぎて呆れてしまうよ本当。
その上恩田社長と俺の両親が実は顔見知りで、更に恩田社長が父さんをストーキングしてたという衝撃の事実が発覚。柊さんの事情を知った父さんが恩田社長を家に呼び怒号を交え話して、で、途中柊さんが耐えられなくなって出ていってしまった時、俺が……その、アレだ。プロポーズみたいな告白をしちゃったんだよな。
多分あれは、久々に柊さんに会ったのに、ゆっくり話出来なかった反動のせいだ。うん間違いない。
ま、それはともかく、家に帰ってみれば、更に柊さんのお母さんまでやってきてて……、というね。
「なんつー怒涛の展開だ」
そうつぶやいたところで突然手にしてたスマホがバイブした。あ! 柊さんだ! 俺は慌てて電話に出る。
「も、もしもし?」『もしもし。えと、寝てた?』
「いやまだ。てか柊さん、電話して大丈夫なの? そのほら、せっかく柊さんのお母さんと仲直りできたし、募る話もあるんじゃないの?」
そう思ってたから、さすがに今晩柊さんから電話ないだろうと高をくくってた。今日の件でようやくお互いの気持ちが通じ合って、今夜はお父さんも交えて話しこんじゃうだろうなあって思ってたし。
『あ、うん。大丈夫。歩いて帰りながら二人で色々話したから。勿論全然足らないけど。お父さんには、お母さんだけで一旦話するって。それにいきなりあれこれ話するのも何だか恥ずかしいというか……。ずっと仲悪かったから』
「そっか。じゃあこれからじっくり時間をかけて、これまでの関係を取り戻すって感じだね」『うん。そうなると思う。というか、そうなればいいな』
「きっと大丈夫だよ。だって柊さんのお母さん、恩田社長の前で柊さんのために土下座までしたんだから」『……そうだね。あれは本当に驚いたけど、それと同時に凄く嬉しかった。お母さんが私のためにあそこまでしてくれたんだもん』
確かに、俺や俺の両親という他人がいるのに、しかもその他人の家で土下座するって相当な気持ちがないと出来ないよな。
『……フフ』「ん? どしたの?」
『こうやって電話するの久しぶりだから、つい嬉しくなっちゃった』「ああ。そうだね。そっか。そうだ俺今、柊さんと電話してるんだな」
『アハハ。そうだよ』「そうだよなあ、疋田さん?」
『あー、そうそう! それも久しぶり。大体この時間位だったよね。疋田美里として電話してたの』「あの時は心底別人だと思ったから、今から考えたら本当びっくりだよなあ」
そもそも、柊さんには嫌われてるって思ってたから尚更だよな。今となっちゃそれもいい思い出かも。
『……明日ね、お母さんと二人で映画監督とかプロモーターの方達に会いに行くの。さっきお母さんが恩田さんにアポイントのお願いをしてた。……でもその電話でまた、恩田さんから引き止めようとあれこれ言われてたみたい。だけど、お母さんは頑として聞かなかったんだって。その気持ちも嬉しかったけど……。私としてはやっぱり、これまで映画に携わった皆さんに迷惑かけちゃうのが申し訳なくて』
そっか。もう早速行動するんだ。そして柊さんの懸念は当然、大人である柊さんのお母さんの方がより一層理解してるはずなんだよな。それでも、柊さんを辞めさせる決心をしてるって事か。……いざとなったらやっぱり母親って強いんだな。うちの母さんもそうだしな。いやあれはちょっと特殊かもしれないけど。
「気休めにもならないかも知れないけどさ、きっと何とかなるよ。当然俺は柊さんの味方だから。これからは何でも遠慮なく言っててね」『うん。もっと一杯、武智君に甘える事にする』
そう言ってエヘヘと電話口で可愛く笑う柊さん。本当いちいち可愛いなあもう。目の前にいたら間違いなく我慢できなくて抱きしめてたよ。
『……会いたいな』「ハハ。俺も同じ事考えてた」
『本当? 嬉しい。会いたいって思ってる人が同じように会いたいって思ってるって幸せ』「本当だね」
ヤバいな。幸せ過ぎる。これまでずっと柊さんとは音信不通だったから、こんなカップルみたいな会話自体凄い久々で、尚更こんなやり取りが嬉しく思ってしまう。
『あ。そろそろ充電切れる。このスマホ恩田さんがずっと電源切って持ってたから、充電が不十分だったの』「あ。そ、そか」
『ごめんね。今晩からずっと充電しておくから、明日からは沢山話せると思う』「しょうがないよ。じゃあまた連絡するね」
『うん……、武智君、色々ありがとうね。武智君がいて本当に良かった』「そう? そう言ってくれると俺も嬉しい」
そして、じゃあまた、と言って電話を切った。
「……」
シーンという音が聞こえそうなほど、部屋の中が静かに感じる。この寂しくなるような感覚久々だな。柊さん扮する疋田さんと毎晩電話してた時がこんな感じだった。でも今は不思議と寂しいというより、変な充実感さえ感じる。
「きっと満たされてんだろうな」不意にそう呟いてしまった。でもそれって相当幸せ者って事じゃん。それに気づいた俺はつい、フッと自虐的に笑ってしまった。
「あ、そうだ。安川さんにも連絡しとこう」もしかしたら柊さんから先に安川さんへ連絡してるかも知れないけど。それでも俺は、安川さんにlineを送信した。
※※※
俺、日向吾郎は美久のマネージャーの上杉と共に、宿泊しているホテル前にて恩田社長の帰りを待つ。数時間前に恩田社長から連絡を貰い、逃げ出した美久を迎えに行くと聞いたと同時に、なんとその所在が武智君の家と知った時は相当驚いたもんだ。
普通逃げ場所に他人の家なんて選ばない。という事は、それが出来る程の仲になっていたと言う事だ。それにも驚いたよ。
だがまあ、東京でのあの夏の日、美久が上杉から逃げ出して武智君と会おうと画策した事を考えれば、今回の事は予測できたのかも知れない。スマホを取り上げた程度では、美久の想いを潰す事は無理だった、とも。
恩田社長もそこまで美久の想いが強かったなどと思っていなかったのだろう。いつも彼女が言う通り、(たかが高校生の恋心)なんだから、引き離せば忘れてしまう、とはならなかったんだから。
「にしても遅いな」「そうですね。出ていったのは夜八時頃ですし」
上杉がそう言いながら俺に見えるように腕時計を確認する。針は既に夜十二時を回っている。
恩田社長から、これから帰る、と連絡を貰ったのは確か十時過ぎだった。だからあれからもう二時間は経過している事になる。武智君の家がどこか知らないが、ここK市内という事は分かっているので、いくら遠くてもそんな時間がかかる事はないはずだ。
……何かトラブルにでも遭っているのか? そう気になって、恩田社長のスマホに電話しようとしたところで、ホテル入口前にタクシーが止まり、そこからフラフラ、と恩田社長が降りてきた。
「恩田社長!」「大丈夫ですか!」
いつもとは明らかに様子が違う恩田社長の姿を見て、俺と上杉が慌てて駆け寄り二人で恩田社長を抱える。うわっ! 物凄く酒臭い。て事は飲んできたのか? だから遅かったのか。……というか珍しいな。恩田社長はそもそも酒がそんな好きじゃないはずなんだが。それなのにこんなにも泥酔してるなんて。
「……日向さん。恩田社長何かあったんしょうか? それに美久の姿が見当たりませんね」「……とりあえずここじゃなんだから、一旦恩田社長を部屋までお連れしよう」
恩田社長は美久を迎えに行っていたはずだ。それなのに美久は一緒にタクシーに乗っていない。そもそも、迎えに行くだけなら上杉や俺でもいいはずなのに、わざわざ恩田社長自らが出向いて行った事も気になっていたのだが。
とりあえずこんな状態じゃ何も聞けないので、俺達は恩田社長を部屋まで連れて行く事にした。
※※※
「う……うん」
朝日が眩しく差し込むホテルの一室。その光を浴びたせいなのか、恩田社長が目覚めた。
「おはようございます」「お、おはよう。って日向? ッ! イテテテ!」
昨日の酒のせいだろう、俺が部屋にいる事に驚きながらも、突如訪れた頭痛にやられこめかみを苦しそうに押さえる恩田社長。
「ひゅ、日向。ど、どうしてあなたが私の部屋に?」「昨晩相当酔っ払っておいでだったので、失礼ながら勝手に恩田社長のかばんの中から部屋のキーを取り出し、ここを開けて中に入り、恩田社長を寝かせたのです。そしてそろそろ起きないと、今日のミーティングに間に合わないので起こしに参りました」
「そ、そう。だから私、スーツ姿のままなのね」「それはともかく、美久はどこにいるのでしょうか? あいつも一緒じゃないと先方でミーティングするのは不可能だと思うのですが」
俺の問いに対しなにか言いかけた恩田社長だが、そこでまた頭痛が再発したらしくこめかみを押さえる。俺は部屋に備え付けてあるポットからコップに水を注ぎ、恩田社長に手渡した。
ありがとう、とお礼を言いながら恩田社長はその水を一気に飲み干す。そこでようやく落ち着いたようで、ふう、と一息つきながら俺の方を見て言った。
「美久は柊家に帰ったわ……。あの子、芸能界には入らないって。今回の映画の主演も断るって」「……は?」
俺が何を言ってるんですか? と言った顔をすると、自嘲気味にフッと笑った恩田社長。
「そんな反応になるわよねえ。でも事実なの。もう決まっちゃった事なの。今日、日向が言ったミーティングが午前中にあるじゃない? そこに美久と彼女のお母さんが来る事になってるんだけど、そこで謝罪する予定よ」
「……」
俺は呆気にとられてしまった。恩田社長はこんな冗談を言う人ではない。それを重々承知だからこそ、この言葉が真実だと理解できる。だが、余りにも唐突な事で、一瞬頭が追いつかなかった。
確かに美久は、そもそも芸能界入りに前向きじゃなかった。恩田社長同様、俺も美久のボディガードや運転手を数年続けていたので長い付き合いだ。だからその辺りもよく知ってる。だが美久は、心の中にそんな自分の後ろ向きな気持ちを秘めつつも、それでも芸能界に入って頑張ろう、と努力していた事も見てきている。
美久は芸能界でやっていくには気持ちが弱い。だが人一倍努力家で頑張り屋だ。それに責任感も強いから、まさか今回の映画出演まで辞めるなんて事になるとは予想だにもしなかった。というか、それを予想するのはそもそも不可能だ。
……何故そんな事になったのだろうか?
「……それ程、美久は辞めたがっていた、と言う事ですか?」「……まあ昨晩、色々あったのよ」
そりゃそうだろう。だから恩田社長は慣れない酒を、フラフラになるまであおったのだろうから。
「しかし現実的に考えても、謝ったからと言って済む問題ではないですよね? 美久だけじゃなく他のキャストも皆映画出演に向けて行動していて、プロモーションの準備も既に始まっていますし、バラエティ番組とのタイアップの話もありましたし、何よりスポンサーにどうやって説明すればいいのか。更に今度の土曜には美久の母校の文化祭で、大々的に映画の宣伝をする予定ですよね?」
「……分かってる。分かってるわよ! そんなの私が一番分かってるわよ! でももう決まった話なのよ! 私にはどうしようもできないのよおおおおお!!!」
ずっと抑えていた怒りを表したかのように、突如大声で叫びながら、手元にあった枕をベッドにボンボンぶつけ怒る恩田社長。でもまた頭痛が再発したらしく、すぐにイテテとこめかみを抑えているが。
まあ、恩田社長の言う通りだ。社長自ら美久には手をかけ育てていたんだから、恩田社長こそ一番辛くて悔しいはずだ。
……でも、あの美久が自分の意志で、こんな理不尽な裏切りをするとは到底思えない。きっと何か事情があるはずだ。……もしかして。
「恩田社長、もしかして、ご自身のあの過去と、何か関係あるのでは?」「!」
俺の言葉を聞いてビクッと反応する恩田社長。ふむ。どうやらこれは間違いなさそうだな。
恩田プロモーション立ち上げの頃からずっと、俺は恩田社長を支えてきた。この人の育てる能力と人を見極める能力に惚れ込んでずっとついてきた。ある意味俺と恩田社長は、仕事上でのパートナーみたいなもんだ。
なので恩田社長が昔、何をやらかしていたかも個人的に聞いているので知っている。……それは恩田社長の偏愛歴。更に当時美久の母がそれに加担していた事も。だが今は大人になり反省をしている。だからその辺りを突かれると、恩田社長は途端に弱くなる。
普段の恩田社長なら、強引に美久を連れてくるだろうし、美久の母は恩田社長を慕っているわけだから、彼女も一緒になって美久を連れ戻す事に協力するはずだ。なのに今美久は柊家にいる。それを意味するのは、そういう事なのだろう。
ただ、あの件を知っているのは、恩田社長の過去を知る同郷の一部の人間のみだろうから、美久の母と何かあったのかも知れないな。
「その辺りの詳しい話はまた聞くとして、今はどう乗り切るか考えないといけないですね」「でも、もう私にはどうすればいいか……」
いつもは強気な恩田社長の珍しい弱気な姿。……俺はふと、とある案を思いつく。
「……それしかなさそうだな」「何よ? 何かあるの?」
すがるような恩田社長の視線を感じながら、俺はとある人物に電話した。
はあ~。今日は本当、色んな事があった日だったなあ。
俺はそう振り返りながら、自分の部屋のベッドに大の字になって寝ころび天井を見上げた。時間は既に夜十二時を回ろうとしてるところ。父さん達が遅めの晩酌してる間に、俺は色々あって疲れたから、先に風呂入って歯磨いてパジャマに着替え、既に寝る準備が終わってベッドにいるんだけど。
元々は山本から今日、柊さんがK市に戻ってきてるって聞いて、どうやって柊さんに会おうか、と考えてたんだよな。そのタイミングで母さんから連絡あって、何と柊さんが俺ん家に来てるって聞いて、塾に休むと連絡して慌てて帰ってきたら、本当に家にいたんだよな。
リビングにいた柊さんを見つけて、つい嬉しい反動が抑えられなくて抱きしめちゃったんだよなあ。……そういやあの時母さん、俺と柊さんが久々に会うの勘付いてたから、気使ってわざと買い物に行ったんだろうな。……母さんが色々チート過ぎて呆れてしまうよ本当。
その上恩田社長と俺の両親が実は顔見知りで、更に恩田社長が父さんをストーキングしてたという衝撃の事実が発覚。柊さんの事情を知った父さんが恩田社長を家に呼び怒号を交え話して、で、途中柊さんが耐えられなくなって出ていってしまった時、俺が……その、アレだ。プロポーズみたいな告白をしちゃったんだよな。
多分あれは、久々に柊さんに会ったのに、ゆっくり話出来なかった反動のせいだ。うん間違いない。
ま、それはともかく、家に帰ってみれば、更に柊さんのお母さんまでやってきてて……、というね。
「なんつー怒涛の展開だ」
そうつぶやいたところで突然手にしてたスマホがバイブした。あ! 柊さんだ! 俺は慌てて電話に出る。
「も、もしもし?」『もしもし。えと、寝てた?』
「いやまだ。てか柊さん、電話して大丈夫なの? そのほら、せっかく柊さんのお母さんと仲直りできたし、募る話もあるんじゃないの?」
そう思ってたから、さすがに今晩柊さんから電話ないだろうと高をくくってた。今日の件でようやくお互いの気持ちが通じ合って、今夜はお父さんも交えて話しこんじゃうだろうなあって思ってたし。
『あ、うん。大丈夫。歩いて帰りながら二人で色々話したから。勿論全然足らないけど。お父さんには、お母さんだけで一旦話するって。それにいきなりあれこれ話するのも何だか恥ずかしいというか……。ずっと仲悪かったから』
「そっか。じゃあこれからじっくり時間をかけて、これまでの関係を取り戻すって感じだね」『うん。そうなると思う。というか、そうなればいいな』
「きっと大丈夫だよ。だって柊さんのお母さん、恩田社長の前で柊さんのために土下座までしたんだから」『……そうだね。あれは本当に驚いたけど、それと同時に凄く嬉しかった。お母さんが私のためにあそこまでしてくれたんだもん』
確かに、俺や俺の両親という他人がいるのに、しかもその他人の家で土下座するって相当な気持ちがないと出来ないよな。
『……フフ』「ん? どしたの?」
『こうやって電話するの久しぶりだから、つい嬉しくなっちゃった』「ああ。そうだね。そっか。そうだ俺今、柊さんと電話してるんだな」
『アハハ。そうだよ』「そうだよなあ、疋田さん?」
『あー、そうそう! それも久しぶり。大体この時間位だったよね。疋田美里として電話してたの』「あの時は心底別人だと思ったから、今から考えたら本当びっくりだよなあ」
そもそも、柊さんには嫌われてるって思ってたから尚更だよな。今となっちゃそれもいい思い出かも。
『……明日ね、お母さんと二人で映画監督とかプロモーターの方達に会いに行くの。さっきお母さんが恩田さんにアポイントのお願いをしてた。……でもその電話でまた、恩田さんから引き止めようとあれこれ言われてたみたい。だけど、お母さんは頑として聞かなかったんだって。その気持ちも嬉しかったけど……。私としてはやっぱり、これまで映画に携わった皆さんに迷惑かけちゃうのが申し訳なくて』
そっか。もう早速行動するんだ。そして柊さんの懸念は当然、大人である柊さんのお母さんの方がより一層理解してるはずなんだよな。それでも、柊さんを辞めさせる決心をしてるって事か。……いざとなったらやっぱり母親って強いんだな。うちの母さんもそうだしな。いやあれはちょっと特殊かもしれないけど。
「気休めにもならないかも知れないけどさ、きっと何とかなるよ。当然俺は柊さんの味方だから。これからは何でも遠慮なく言っててね」『うん。もっと一杯、武智君に甘える事にする』
そう言ってエヘヘと電話口で可愛く笑う柊さん。本当いちいち可愛いなあもう。目の前にいたら間違いなく我慢できなくて抱きしめてたよ。
『……会いたいな』「ハハ。俺も同じ事考えてた」
『本当? 嬉しい。会いたいって思ってる人が同じように会いたいって思ってるって幸せ』「本当だね」
ヤバいな。幸せ過ぎる。これまでずっと柊さんとは音信不通だったから、こんなカップルみたいな会話自体凄い久々で、尚更こんなやり取りが嬉しく思ってしまう。
『あ。そろそろ充電切れる。このスマホ恩田さんがずっと電源切って持ってたから、充電が不十分だったの』「あ。そ、そか」
『ごめんね。今晩からずっと充電しておくから、明日からは沢山話せると思う』「しょうがないよ。じゃあまた連絡するね」
『うん……、武智君、色々ありがとうね。武智君がいて本当に良かった』「そう? そう言ってくれると俺も嬉しい」
そして、じゃあまた、と言って電話を切った。
「……」
シーンという音が聞こえそうなほど、部屋の中が静かに感じる。この寂しくなるような感覚久々だな。柊さん扮する疋田さんと毎晩電話してた時がこんな感じだった。でも今は不思議と寂しいというより、変な充実感さえ感じる。
「きっと満たされてんだろうな」不意にそう呟いてしまった。でもそれって相当幸せ者って事じゃん。それに気づいた俺はつい、フッと自虐的に笑ってしまった。
「あ、そうだ。安川さんにも連絡しとこう」もしかしたら柊さんから先に安川さんへ連絡してるかも知れないけど。それでも俺は、安川さんにlineを送信した。
※※※
俺、日向吾郎は美久のマネージャーの上杉と共に、宿泊しているホテル前にて恩田社長の帰りを待つ。数時間前に恩田社長から連絡を貰い、逃げ出した美久を迎えに行くと聞いたと同時に、なんとその所在が武智君の家と知った時は相当驚いたもんだ。
普通逃げ場所に他人の家なんて選ばない。という事は、それが出来る程の仲になっていたと言う事だ。それにも驚いたよ。
だがまあ、東京でのあの夏の日、美久が上杉から逃げ出して武智君と会おうと画策した事を考えれば、今回の事は予測できたのかも知れない。スマホを取り上げた程度では、美久の想いを潰す事は無理だった、とも。
恩田社長もそこまで美久の想いが強かったなどと思っていなかったのだろう。いつも彼女が言う通り、(たかが高校生の恋心)なんだから、引き離せば忘れてしまう、とはならなかったんだから。
「にしても遅いな」「そうですね。出ていったのは夜八時頃ですし」
上杉がそう言いながら俺に見えるように腕時計を確認する。針は既に夜十二時を回っている。
恩田社長から、これから帰る、と連絡を貰ったのは確か十時過ぎだった。だからあれからもう二時間は経過している事になる。武智君の家がどこか知らないが、ここK市内という事は分かっているので、いくら遠くてもそんな時間がかかる事はないはずだ。
……何かトラブルにでも遭っているのか? そう気になって、恩田社長のスマホに電話しようとしたところで、ホテル入口前にタクシーが止まり、そこからフラフラ、と恩田社長が降りてきた。
「恩田社長!」「大丈夫ですか!」
いつもとは明らかに様子が違う恩田社長の姿を見て、俺と上杉が慌てて駆け寄り二人で恩田社長を抱える。うわっ! 物凄く酒臭い。て事は飲んできたのか? だから遅かったのか。……というか珍しいな。恩田社長はそもそも酒がそんな好きじゃないはずなんだが。それなのにこんなにも泥酔してるなんて。
「……日向さん。恩田社長何かあったんしょうか? それに美久の姿が見当たりませんね」「……とりあえずここじゃなんだから、一旦恩田社長を部屋までお連れしよう」
恩田社長は美久を迎えに行っていたはずだ。それなのに美久は一緒にタクシーに乗っていない。そもそも、迎えに行くだけなら上杉や俺でもいいはずなのに、わざわざ恩田社長自らが出向いて行った事も気になっていたのだが。
とりあえずこんな状態じゃ何も聞けないので、俺達は恩田社長を部屋まで連れて行く事にした。
※※※
「う……うん」
朝日が眩しく差し込むホテルの一室。その光を浴びたせいなのか、恩田社長が目覚めた。
「おはようございます」「お、おはよう。って日向? ッ! イテテテ!」
昨日の酒のせいだろう、俺が部屋にいる事に驚きながらも、突如訪れた頭痛にやられこめかみを苦しそうに押さえる恩田社長。
「ひゅ、日向。ど、どうしてあなたが私の部屋に?」「昨晩相当酔っ払っておいでだったので、失礼ながら勝手に恩田社長のかばんの中から部屋のキーを取り出し、ここを開けて中に入り、恩田社長を寝かせたのです。そしてそろそろ起きないと、今日のミーティングに間に合わないので起こしに参りました」
「そ、そう。だから私、スーツ姿のままなのね」「それはともかく、美久はどこにいるのでしょうか? あいつも一緒じゃないと先方でミーティングするのは不可能だと思うのですが」
俺の問いに対しなにか言いかけた恩田社長だが、そこでまた頭痛が再発したらしくこめかみを押さえる。俺は部屋に備え付けてあるポットからコップに水を注ぎ、恩田社長に手渡した。
ありがとう、とお礼を言いながら恩田社長はその水を一気に飲み干す。そこでようやく落ち着いたようで、ふう、と一息つきながら俺の方を見て言った。
「美久は柊家に帰ったわ……。あの子、芸能界には入らないって。今回の映画の主演も断るって」「……は?」
俺が何を言ってるんですか? と言った顔をすると、自嘲気味にフッと笑った恩田社長。
「そんな反応になるわよねえ。でも事実なの。もう決まっちゃった事なの。今日、日向が言ったミーティングが午前中にあるじゃない? そこに美久と彼女のお母さんが来る事になってるんだけど、そこで謝罪する予定よ」
「……」
俺は呆気にとられてしまった。恩田社長はこんな冗談を言う人ではない。それを重々承知だからこそ、この言葉が真実だと理解できる。だが、余りにも唐突な事で、一瞬頭が追いつかなかった。
確かに美久は、そもそも芸能界入りに前向きじゃなかった。恩田社長同様、俺も美久のボディガードや運転手を数年続けていたので長い付き合いだ。だからその辺りもよく知ってる。だが美久は、心の中にそんな自分の後ろ向きな気持ちを秘めつつも、それでも芸能界に入って頑張ろう、と努力していた事も見てきている。
美久は芸能界でやっていくには気持ちが弱い。だが人一倍努力家で頑張り屋だ。それに責任感も強いから、まさか今回の映画出演まで辞めるなんて事になるとは予想だにもしなかった。というか、それを予想するのはそもそも不可能だ。
……何故そんな事になったのだろうか?
「……それ程、美久は辞めたがっていた、と言う事ですか?」「……まあ昨晩、色々あったのよ」
そりゃそうだろう。だから恩田社長は慣れない酒を、フラフラになるまであおったのだろうから。
「しかし現実的に考えても、謝ったからと言って済む問題ではないですよね? 美久だけじゃなく他のキャストも皆映画出演に向けて行動していて、プロモーションの準備も既に始まっていますし、バラエティ番組とのタイアップの話もありましたし、何よりスポンサーにどうやって説明すればいいのか。更に今度の土曜には美久の母校の文化祭で、大々的に映画の宣伝をする予定ですよね?」
「……分かってる。分かってるわよ! そんなの私が一番分かってるわよ! でももう決まった話なのよ! 私にはどうしようもできないのよおおおおお!!!」
ずっと抑えていた怒りを表したかのように、突如大声で叫びながら、手元にあった枕をベッドにボンボンぶつけ怒る恩田社長。でもまた頭痛が再発したらしく、すぐにイテテとこめかみを抑えているが。
まあ、恩田社長の言う通りだ。社長自ら美久には手をかけ育てていたんだから、恩田社長こそ一番辛くて悔しいはずだ。
……でも、あの美久が自分の意志で、こんな理不尽な裏切りをするとは到底思えない。きっと何か事情があるはずだ。……もしかして。
「恩田社長、もしかして、ご自身のあの過去と、何か関係あるのでは?」「!」
俺の言葉を聞いてビクッと反応する恩田社長。ふむ。どうやらこれは間違いなさそうだな。
恩田プロモーション立ち上げの頃からずっと、俺は恩田社長を支えてきた。この人の育てる能力と人を見極める能力に惚れ込んでずっとついてきた。ある意味俺と恩田社長は、仕事上でのパートナーみたいなもんだ。
なので恩田社長が昔、何をやらかしていたかも個人的に聞いているので知っている。……それは恩田社長の偏愛歴。更に当時美久の母がそれに加担していた事も。だが今は大人になり反省をしている。だからその辺りを突かれると、恩田社長は途端に弱くなる。
普段の恩田社長なら、強引に美久を連れてくるだろうし、美久の母は恩田社長を慕っているわけだから、彼女も一緒になって美久を連れ戻す事に協力するはずだ。なのに今美久は柊家にいる。それを意味するのは、そういう事なのだろう。
ただ、あの件を知っているのは、恩田社長の過去を知る同郷の一部の人間のみだろうから、美久の母と何かあったのかも知れないな。
「その辺りの詳しい話はまた聞くとして、今はどう乗り切るか考えないといけないですね」「でも、もう私にはどうすればいいか……」
いつもは強気な恩田社長の珍しい弱気な姿。……俺はふと、とある案を思いつく。
「……それしかなさそうだな」「何よ? 何かあるの?」
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「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
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サンスポット【完結】
中畑 道
青春
校内一静で暗い場所に部室を構える竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部。入学以来詳しい理由を聞かされることなく下校時刻まで部室で過ごすことを義務付けられた唯一の部員入間川息吹は、日課の筋トレ後ただ静かに時間が過ぎるのを待つ生活を一年以上続けていた。
そんな誰も寄り付かない部室を訪れた女生徒北条志摩子。彼女との出会いが切っ掛けで入間川は気付かされる。
この部の意義、自分が居る理由、そして、何をすべきかを。
※この物語は、全四章で構成されています。
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