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その百十八
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※※※
「お邪魔……します」
明らかに恐縮した様子で、母さんに続いてリビングに入ってくる恩田社長。どうやら一人でタクシーを使ってホテルから来たみたいだ。今日も黒のスーツに身を包み、出来るビジネスウーマンって雰囲気の格好してる。
俺がペコリと頭を下げるもキッと睨み返してそれに応えず、そしてその睨みをきかせたまま、今度は隣に座ってる柊さんを鋭い眼光で睨みつけてる。ああ、やっぱり俺が知ってる傲慢な恩田社長だ。何故だかホッとしてしまう。だってさっきまで母さんと電話してた人は完全に別人だって思ってたから。
でも、それを見てた母さんが「こら、何子ども睨んでんのよ」と、恩田社長に注意する。
すると、す、すみません、とすぐ謝って頭を下げ、凄く申し訳無さそうに母さんに勧められた席に座った。……俺達に凄みをきかせてたさっきまでとは正反対のこの態度。これが、柊さんの家の傍の歩道橋近くで仁王立ちして俺に釘刺したり、安川さんが柊さんの幼馴染に拉致された時呼び出した時、物凄く偉そうにしてたあの、恩田社長?
その弱々しい姿を見て、電話とは違って目の当たりにしたからか、またもぽかーんとしてしまう俺と柊さん。
「あ……、武智、先輩。お久しぶり……です」「よお久々だな。すっかり有名人になったなあ」
今度は父さんに(武智先輩)と呼びかけながら挨拶する恩田社長。そっか、そう言えば父さんは母さんより年上だ。て事は、母さんと恩田社長が同い年って事か? そして恩田社長、父さんの返事に対し「い、いえ……」と、凄く弱々しく、でも何だか女らしい感じで、どこか恥ずかしそうに返してる。
でも、俺より柊さんの方が驚いてるようで、チラッと顔を見てみたら、まるでこの世の終わりのような、とても信じられないといった顔してる。何だか青ざめてる気もするし。
でもよく考えたらそりゃそうだ。だって柊さんの方が俺よりはるかに長い間、恩田社長との付き合いがあるんだから。そんな長い付き合いの柊さんでも、恩田社長のあんな弱々しい様子を初めて見たみたんだろう。だから相当驚いてんだろう。
「で、でもまさか、美久と知り合いの武智君が、あの武智先輩のお子さんだとは思いもしませんでした」「それはこっちも同じよ。まさか恩田が面倒見てる柊さんが、うちの息子の彼女だなんて思いもしないものね。本当、人の縁て不思議ねー」
そう言って笑う母さんだけど、今サラリと(俺の彼女)って言ったよね? 俺はビクビクしながら恩田社長の顔をそーっと見てみる。恩田社長もその言葉に反応したみたいで、こめかみに青筋が立ってる。やっぱ怒るよな。
それでもどうやら俺の父さんと母さんには強く言えないようで、どこかおどおどしたような様子ながら、恩田社長が話を続ける。
「あ、あの……。ご子息の武智君とうちの美久がお付き合いしているのは知っていましたが、美久はまだ新米で、ようやくスタートラインに立ったところなのです。新人なのに映画の主演も決まりましたし、初の写真集の売上も好調で。これから美久が芸能界でより一層羽ばたこうとしている今の時期、スキャンダルは困るのです。それで、その……」
「……別れさせよう、としたわけね」
母さんの威圧的な態度に怯えながら、小さくなっては、はい、と返事する恩田社長。俺と柊さんはそんな弱々しい態度の恩田社長にずっと唖然としてるけど、母さんと父さんは、そんな恩田社長の様子を見て、何とも感じてないというか、それがさも当たり前みたいな感じだ。
……一体この三人に何があったんだろう? どういう関係なんだろう? そういやさっき、恩田社長が昔、父さんをストーキングしてた、とか母さん言ってたけど。メッチャ気になる。
「それで柊さんのスマホを取り上げて、連絡手段を潰した、という事なのね?」「そ、そうです……。って、その事もご存知なのですか?」
「ええ。さっき柊さんから聞いたからね。で、連絡手段を柊さんから奪った結果、どうなったの?」「……稽古やイベントを凄く頑張ってくれていました。ですのでどうせ、そのうち忘れるだろう、と」
「忘れるって、息子の事を?」「え、ええ」
「でも実際は忘れてないじゃない。今日もこうしてこうやって、あなた達を出し抜いてうちに来ちゃってるじゃないの」
「そ、それはそうなんですが。……ですがたかが高校生の不安定な恋心なんて、連絡手段を絶って今の仕事に集中させれば、そんな浮ついた気持ち消えるかと思ってましたので……。美久の武智君に対する想いも時間の問題かと」
恩田社長のその言葉に、ほーぉ? と母さんが言葉尻に怒りを孕みながら反応する。父さんも同時に片眉がピクリと上がる。
「恩田。お前知ってるよね。私とマサ君が高校の時付き合ってたって。そして今こうして夫婦やってるんだけど?」
マサ君ってのはきっと俺の父さんの事だ。父さんの本名が正雄だから。俺がまだ小さい頃、母さんがそう呼んでたのを覚えてる。
「お前の言い方だと、高校生みたいな子どもの恋心なんて、そのうち忘れるって言いたいみたいだけど、じゃあ私とマサ君はどうなるの?」「そ、それは……」
「そもそも、お前が私とマサ君との恋路を邪魔してた事、忘れたわけじゃないんだからね」
母さんが恩田社長をお前呼ばわりで強めの口調でそう言うと、恩田社長は終始小さくなってしまった。
「まあまあ母さん。そんなに脅しちゃ恩田が萎縮してしまうじゃないか」「あのねぇマサ君? そもそもマサ君にずっと迷惑かけてたのは恩田なのよ? それなのに何でそんな寛容なのよ?」
「何でって、もう済んだ事だし、実際あれから恩田は俺に近寄らなかった。約束は守ってたからね。今日みたいなキッカケがなければ、本来なら俺達と恩田は生涯二度と会わなかっただろうし」
「……はあ。だからマサ君は甘ちゃんなのよねえ」「そうか? もう過去に精算された事だと割り切ってるだけだぞ?」
「武智先輩……。相変わらずお優しい」「……ああ。勘違いはしないでくれ。俺は恩田を許したわけじゃない」
無感情にそう言い放つ父さんの言葉に、緩みそうになってた恩田社長の顔が一気に強ばる。この父さんの一言が、母さんの今までの発言より一番効いたっぽいな。俺も理由はわからないけど何だか背筋が凍るような気がしたから。
「……あのさ、そろそろ何があったか教えてもらっても良い?」
大人三人で何やら含みのあるやり取りをずっと聞いてて、俺はいい加減辛抱たまらなくなってつい聞いてしまう。柊さんも隣でうんうん、と頷いてる。
その俺の発言に対し、「そ、それは!」と声を張り上げ止めようとする恩田社長だけど、母さんと父さんはそんな恩田社長を制する。
「恩田。これはお前の贖罪だと思って、この子達に聞かせるべきよ。それに、私は柊さんと悠斗の関係を応援してる立場だからね」
「恩田も恥ずかしい過去を教え子に知られるのは辛いかも知れん。それに、新人女優に恋人がいるというのは確かにマスコミにとって格好のネタだと言うのも理解できるよ」
母さんの言葉とは裏腹に、父さんが恩田社長を擁護するような発言。それに対し母さんが「ほんっと、甘い。甘すぎる」とちょっとキレてる。……あの、母さんキレないでほしい。恩田社長に対する態度とか見てたら怖いから。
とにかく、何があったか分かんないけど、もし恩田社長が俺の父さんをストーキングしてた、なんて話だとしたら、そりゃ恩田社長としては、特に柊さんには知られたくない事だろう。恩田社長自身の威厳も保てなくなるだろうし。
なので俺が後でいいよ、と言おうとしたところで、父さんが続ける。
「だが恩田。大事なのは柊さんの想い、悠斗の想いだろう? それを蔑ろにして無理やり引き裂こうなんてなんてやり方、禍根を残すだけじゃないか。何で恩田がそんな事しでかしたのか、二人には知る権利があると思うよ? アレだろ? 高校生の頃の一途な想いが成就しなかった事が原因なんだろ?」
「……」
「そして恩田は、フッたマサ君に暴行されたって吹聴したのよねえ? あの頃は今みたいにメール拡散とかもなかったから、チラシをわざわざ刷って高校の掲示板に貼ったり、近所にばらまいたりしたのよねえ? おかげでマサ君、バレーで大学にスポーツ推薦が決まってたのに、それが無くなっちゃったのよねえ?」
「あー思い出した。そうだったな。……はあ。やはり嫌な思い出だなあ。だからきっと、俺もすっかり忘れてたんだ。で、偶然、恩田を慕う後輩が近所にチラシを入れてたところを捕まえたんだよな。そして彼女を問いただして恩田の嘘が公に出来たんだよな」
そうそう、と頭を抱え頷く母さん。父さんの顔もいつものニコニコ顔じゃなく、ずっと無表情のままだ。恩田社長は話を聞きながら、恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俯いてる。
「「……」」そして俺と柊さんはその驚愕の内容に驚いて、またもポカーンと口を開けたまま固まってしまってる。
「なあ? 恩田が、たかが高校生程度の恋心、なんていうのは、恩田自身の当時の思い出が原因なんだろ?」
「……」
そこで突如母さんが大声で叫びながらバン、と机を叩きながら立ち上がった。
「恩田あああ!! 答えろおお!!! お前さっきから何黙ってんのよ! あーもうあの頃の事思い出しちゃってまた腹立ってきたわよ! もしあの時私が支えていなかったら、マサ君一人で責任感じて学校さえ辞めてたかも知れなかったのよ!」
ずっと静かに話してたところでの怒鳴り声だったので、俺と柊さんはつい体を大きくビクっと反応して驚いてしまった。まるで溜まりに溜まってた火山が噴火したみたいな感じだ。
「……す、すみません」
そんな母さんに対し、恩田社長は更に体を小さくし、ビビりながら母さんを見ずに下を向いてる。
「母さん。もういい。今はもう済んだ事だし。恩田はあの件で当時相当周りからバッシングされただろ? そしてあの時半ば強制的に転校させられたんだ。だから既にあの時罰を受けてる。もう終わった話だ。それに子どもの前だよ」
子どもの前、という父さんの言葉にピクっと反応し、そのまま席に大人しく座る母さん。
「とにかくもう一度聞くけど、恩田が悠斗と柊さんとの関係を許せないのは、当時の思いを引きずってるからだろ? で、高校生で恋愛するのは幼稚だと勝手に解釈して思い込んでる、と。そのせいで当時自分の想いは成就できなかったって思ってるんだろ?」
「……そうかも、知れません」
父さんに諭されるように、恩田社長は反論せず小さく答える。
「恩田の心配も分かる。そして悠斗と柊さんは確かに若い。だが、別にやり方はあっただろう? 柊さんはこの通り、スマホを取り上げ連絡手段を断たれても、恩田の元を逃げ出し変装までしてウチに来てるんだ。それくらい想いが強い彼女の気持ちをくんでやるのも、恩田の役目じゃないのか? 曲がりなりにも有名な芸能プロダクションの社長だろ? それくらいは出来るはずだろ?」
怒りの感情を一切出さず、大人の対応で静かに語る父さん。話聞いてたら母さんより怒って当然だと思うのに。つか恩田社長、過去とんでもない事してたんだな。さすがに俺も引いてしまう。……それよりもこういう父さん滅多に見た事ないな。何だかちょっと尊敬してしまう。
そしてそんな父さんの言葉を聞いて、恩田社長が小さく返事した。
「……名前」「「え?」」
「ご子息の名前が、その……、武智だったので」
「「「「は?」」」」
父さんと母さんだけじゃなく、俺と柊さんまで呆れた声が出てしまった。何だよそれ?
「……えと、つまり、恩田は悠斗の名前が、昔惚れてた武智正雄と同じだったから、尚の事引き離したかった、て事なの?」
母さんが確認すると、恩田社長は小さく頷いた。
「……なんだそりゃ」「……」
俺はつい突っ込んでしまい、柊さんはあきれて物も言えない、と言った表情になった。
要する、恩田社長は昔恋焦がれストーキングまでして、しかも嘘のビラを撒いた父さんと同性だった俺の事が気に入らなかったらしい。ただ、だからと言って父さんの息子だとは疑わなかったみたいだけど。
つか、何だこの話? 要は完全に恩田社長個人の感情じゃん。柊さんのためとか言ってたけどそれは大義名分で、単に俺が気に入らなかったというのと、高校生当時の自分の恋がトラウマになってたのが原因って。
「下らねぇ……」
俺が、はあー、と大きくため息をついてついそう呟いきながらふと母さんを見てみると、何やら難しい顔をしてる。まだ何かあんの?
「ねえマサ君。恩田を慕ってた後輩の名前って憶えてる?」「え? えーと、確か……。あ、アレだ。確か津曲って名前だ。ちょっと変わった名前だったよな」
それを聞いた柊さん、一気に顔から血の気が引いていった。どうしたんだろ? もしかして余りに奇妙な話聞いたから体調崩したのかな?
「どうしたの? 大丈夫?」「……」
「……柊さん?」「……え? あ、うん。大丈夫……じゃないかも」
「え?」「あの……、実は私のお母さんの旧姓、……津曲、って言うの」
「……へ?」
「お邪魔……します」
明らかに恐縮した様子で、母さんに続いてリビングに入ってくる恩田社長。どうやら一人でタクシーを使ってホテルから来たみたいだ。今日も黒のスーツに身を包み、出来るビジネスウーマンって雰囲気の格好してる。
俺がペコリと頭を下げるもキッと睨み返してそれに応えず、そしてその睨みをきかせたまま、今度は隣に座ってる柊さんを鋭い眼光で睨みつけてる。ああ、やっぱり俺が知ってる傲慢な恩田社長だ。何故だかホッとしてしまう。だってさっきまで母さんと電話してた人は完全に別人だって思ってたから。
でも、それを見てた母さんが「こら、何子ども睨んでんのよ」と、恩田社長に注意する。
すると、す、すみません、とすぐ謝って頭を下げ、凄く申し訳無さそうに母さんに勧められた席に座った。……俺達に凄みをきかせてたさっきまでとは正反対のこの態度。これが、柊さんの家の傍の歩道橋近くで仁王立ちして俺に釘刺したり、安川さんが柊さんの幼馴染に拉致された時呼び出した時、物凄く偉そうにしてたあの、恩田社長?
その弱々しい姿を見て、電話とは違って目の当たりにしたからか、またもぽかーんとしてしまう俺と柊さん。
「あ……、武智、先輩。お久しぶり……です」「よお久々だな。すっかり有名人になったなあ」
今度は父さんに(武智先輩)と呼びかけながら挨拶する恩田社長。そっか、そう言えば父さんは母さんより年上だ。て事は、母さんと恩田社長が同い年って事か? そして恩田社長、父さんの返事に対し「い、いえ……」と、凄く弱々しく、でも何だか女らしい感じで、どこか恥ずかしそうに返してる。
でも、俺より柊さんの方が驚いてるようで、チラッと顔を見てみたら、まるでこの世の終わりのような、とても信じられないといった顔してる。何だか青ざめてる気もするし。
でもよく考えたらそりゃそうだ。だって柊さんの方が俺よりはるかに長い間、恩田社長との付き合いがあるんだから。そんな長い付き合いの柊さんでも、恩田社長のあんな弱々しい様子を初めて見たみたんだろう。だから相当驚いてんだろう。
「で、でもまさか、美久と知り合いの武智君が、あの武智先輩のお子さんだとは思いもしませんでした」「それはこっちも同じよ。まさか恩田が面倒見てる柊さんが、うちの息子の彼女だなんて思いもしないものね。本当、人の縁て不思議ねー」
そう言って笑う母さんだけど、今サラリと(俺の彼女)って言ったよね? 俺はビクビクしながら恩田社長の顔をそーっと見てみる。恩田社長もその言葉に反応したみたいで、こめかみに青筋が立ってる。やっぱ怒るよな。
それでもどうやら俺の父さんと母さんには強く言えないようで、どこかおどおどしたような様子ながら、恩田社長が話を続ける。
「あ、あの……。ご子息の武智君とうちの美久がお付き合いしているのは知っていましたが、美久はまだ新米で、ようやくスタートラインに立ったところなのです。新人なのに映画の主演も決まりましたし、初の写真集の売上も好調で。これから美久が芸能界でより一層羽ばたこうとしている今の時期、スキャンダルは困るのです。それで、その……」
「……別れさせよう、としたわけね」
母さんの威圧的な態度に怯えながら、小さくなっては、はい、と返事する恩田社長。俺と柊さんはそんな弱々しい態度の恩田社長にずっと唖然としてるけど、母さんと父さんは、そんな恩田社長の様子を見て、何とも感じてないというか、それがさも当たり前みたいな感じだ。
……一体この三人に何があったんだろう? どういう関係なんだろう? そういやさっき、恩田社長が昔、父さんをストーキングしてた、とか母さん言ってたけど。メッチャ気になる。
「それで柊さんのスマホを取り上げて、連絡手段を潰した、という事なのね?」「そ、そうです……。って、その事もご存知なのですか?」
「ええ。さっき柊さんから聞いたからね。で、連絡手段を柊さんから奪った結果、どうなったの?」「……稽古やイベントを凄く頑張ってくれていました。ですのでどうせ、そのうち忘れるだろう、と」
「忘れるって、息子の事を?」「え、ええ」
「でも実際は忘れてないじゃない。今日もこうしてこうやって、あなた達を出し抜いてうちに来ちゃってるじゃないの」
「そ、それはそうなんですが。……ですがたかが高校生の不安定な恋心なんて、連絡手段を絶って今の仕事に集中させれば、そんな浮ついた気持ち消えるかと思ってましたので……。美久の武智君に対する想いも時間の問題かと」
恩田社長のその言葉に、ほーぉ? と母さんが言葉尻に怒りを孕みながら反応する。父さんも同時に片眉がピクリと上がる。
「恩田。お前知ってるよね。私とマサ君が高校の時付き合ってたって。そして今こうして夫婦やってるんだけど?」
マサ君ってのはきっと俺の父さんの事だ。父さんの本名が正雄だから。俺がまだ小さい頃、母さんがそう呼んでたのを覚えてる。
「お前の言い方だと、高校生みたいな子どもの恋心なんて、そのうち忘れるって言いたいみたいだけど、じゃあ私とマサ君はどうなるの?」「そ、それは……」
「そもそも、お前が私とマサ君との恋路を邪魔してた事、忘れたわけじゃないんだからね」
母さんが恩田社長をお前呼ばわりで強めの口調でそう言うと、恩田社長は終始小さくなってしまった。
「まあまあ母さん。そんなに脅しちゃ恩田が萎縮してしまうじゃないか」「あのねぇマサ君? そもそもマサ君にずっと迷惑かけてたのは恩田なのよ? それなのに何でそんな寛容なのよ?」
「何でって、もう済んだ事だし、実際あれから恩田は俺に近寄らなかった。約束は守ってたからね。今日みたいなキッカケがなければ、本来なら俺達と恩田は生涯二度と会わなかっただろうし」
「……はあ。だからマサ君は甘ちゃんなのよねえ」「そうか? もう過去に精算された事だと割り切ってるだけだぞ?」
「武智先輩……。相変わらずお優しい」「……ああ。勘違いはしないでくれ。俺は恩田を許したわけじゃない」
無感情にそう言い放つ父さんの言葉に、緩みそうになってた恩田社長の顔が一気に強ばる。この父さんの一言が、母さんの今までの発言より一番効いたっぽいな。俺も理由はわからないけど何だか背筋が凍るような気がしたから。
「……あのさ、そろそろ何があったか教えてもらっても良い?」
大人三人で何やら含みのあるやり取りをずっと聞いてて、俺はいい加減辛抱たまらなくなってつい聞いてしまう。柊さんも隣でうんうん、と頷いてる。
その俺の発言に対し、「そ、それは!」と声を張り上げ止めようとする恩田社長だけど、母さんと父さんはそんな恩田社長を制する。
「恩田。これはお前の贖罪だと思って、この子達に聞かせるべきよ。それに、私は柊さんと悠斗の関係を応援してる立場だからね」
「恩田も恥ずかしい過去を教え子に知られるのは辛いかも知れん。それに、新人女優に恋人がいるというのは確かにマスコミにとって格好のネタだと言うのも理解できるよ」
母さんの言葉とは裏腹に、父さんが恩田社長を擁護するような発言。それに対し母さんが「ほんっと、甘い。甘すぎる」とちょっとキレてる。……あの、母さんキレないでほしい。恩田社長に対する態度とか見てたら怖いから。
とにかく、何があったか分かんないけど、もし恩田社長が俺の父さんをストーキングしてた、なんて話だとしたら、そりゃ恩田社長としては、特に柊さんには知られたくない事だろう。恩田社長自身の威厳も保てなくなるだろうし。
なので俺が後でいいよ、と言おうとしたところで、父さんが続ける。
「だが恩田。大事なのは柊さんの想い、悠斗の想いだろう? それを蔑ろにして無理やり引き裂こうなんてなんてやり方、禍根を残すだけじゃないか。何で恩田がそんな事しでかしたのか、二人には知る権利があると思うよ? アレだろ? 高校生の頃の一途な想いが成就しなかった事が原因なんだろ?」
「……」
「そして恩田は、フッたマサ君に暴行されたって吹聴したのよねえ? あの頃は今みたいにメール拡散とかもなかったから、チラシをわざわざ刷って高校の掲示板に貼ったり、近所にばらまいたりしたのよねえ? おかげでマサ君、バレーで大学にスポーツ推薦が決まってたのに、それが無くなっちゃったのよねえ?」
「あー思い出した。そうだったな。……はあ。やはり嫌な思い出だなあ。だからきっと、俺もすっかり忘れてたんだ。で、偶然、恩田を慕う後輩が近所にチラシを入れてたところを捕まえたんだよな。そして彼女を問いただして恩田の嘘が公に出来たんだよな」
そうそう、と頭を抱え頷く母さん。父さんの顔もいつものニコニコ顔じゃなく、ずっと無表情のままだ。恩田社長は話を聞きながら、恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俯いてる。
「「……」」そして俺と柊さんはその驚愕の内容に驚いて、またもポカーンと口を開けたまま固まってしまってる。
「なあ? 恩田が、たかが高校生程度の恋心、なんていうのは、恩田自身の当時の思い出が原因なんだろ?」
「……」
そこで突如母さんが大声で叫びながらバン、と机を叩きながら立ち上がった。
「恩田あああ!! 答えろおお!!! お前さっきから何黙ってんのよ! あーもうあの頃の事思い出しちゃってまた腹立ってきたわよ! もしあの時私が支えていなかったら、マサ君一人で責任感じて学校さえ辞めてたかも知れなかったのよ!」
ずっと静かに話してたところでの怒鳴り声だったので、俺と柊さんはつい体を大きくビクっと反応して驚いてしまった。まるで溜まりに溜まってた火山が噴火したみたいな感じだ。
「……す、すみません」
そんな母さんに対し、恩田社長は更に体を小さくし、ビビりながら母さんを見ずに下を向いてる。
「母さん。もういい。今はもう済んだ事だし。恩田はあの件で当時相当周りからバッシングされただろ? そしてあの時半ば強制的に転校させられたんだ。だから既にあの時罰を受けてる。もう終わった話だ。それに子どもの前だよ」
子どもの前、という父さんの言葉にピクっと反応し、そのまま席に大人しく座る母さん。
「とにかくもう一度聞くけど、恩田が悠斗と柊さんとの関係を許せないのは、当時の思いを引きずってるからだろ? で、高校生で恋愛するのは幼稚だと勝手に解釈して思い込んでる、と。そのせいで当時自分の想いは成就できなかったって思ってるんだろ?」
「……そうかも、知れません」
父さんに諭されるように、恩田社長は反論せず小さく答える。
「恩田の心配も分かる。そして悠斗と柊さんは確かに若い。だが、別にやり方はあっただろう? 柊さんはこの通り、スマホを取り上げ連絡手段を断たれても、恩田の元を逃げ出し変装までしてウチに来てるんだ。それくらい想いが強い彼女の気持ちをくんでやるのも、恩田の役目じゃないのか? 曲がりなりにも有名な芸能プロダクションの社長だろ? それくらいは出来るはずだろ?」
怒りの感情を一切出さず、大人の対応で静かに語る父さん。話聞いてたら母さんより怒って当然だと思うのに。つか恩田社長、過去とんでもない事してたんだな。さすがに俺も引いてしまう。……それよりもこういう父さん滅多に見た事ないな。何だかちょっと尊敬してしまう。
そしてそんな父さんの言葉を聞いて、恩田社長が小さく返事した。
「……名前」「「え?」」
「ご子息の名前が、その……、武智だったので」
「「「「は?」」」」
父さんと母さんだけじゃなく、俺と柊さんまで呆れた声が出てしまった。何だよそれ?
「……えと、つまり、恩田は悠斗の名前が、昔惚れてた武智正雄と同じだったから、尚の事引き離したかった、て事なの?」
母さんが確認すると、恩田社長は小さく頷いた。
「……なんだそりゃ」「……」
俺はつい突っ込んでしまい、柊さんはあきれて物も言えない、と言った表情になった。
要する、恩田社長は昔恋焦がれストーキングまでして、しかも嘘のビラを撒いた父さんと同性だった俺の事が気に入らなかったらしい。ただ、だからと言って父さんの息子だとは疑わなかったみたいだけど。
つか、何だこの話? 要は完全に恩田社長個人の感情じゃん。柊さんのためとか言ってたけどそれは大義名分で、単に俺が気に入らなかったというのと、高校生当時の自分の恋がトラウマになってたのが原因って。
「下らねぇ……」
俺が、はあー、と大きくため息をついてついそう呟いきながらふと母さんを見てみると、何やら難しい顔をしてる。まだ何かあんの?
「ねえマサ君。恩田を慕ってた後輩の名前って憶えてる?」「え? えーと、確か……。あ、アレだ。確か津曲って名前だ。ちょっと変わった名前だったよな」
それを聞いた柊さん、一気に顔から血の気が引いていった。どうしたんだろ? もしかして余りに奇妙な話聞いたから体調崩したのかな?
「どうしたの? 大丈夫?」「……」
「……柊さん?」「……え? あ、うん。大丈夫……じゃないかも」
「え?」「あの……、実は私のお母さんの旧姓、……津曲、って言うの」
「……へ?」
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