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その百十一
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※※※
「はあっ……、はあっ……」
バタン、と勢いよく家のドアを閉める。この動悸は走ってきたからだけじゃない。色んな想いが溢れてきてるからだ。
……苦しい。私はズズズ、とそのままドアを背にその場にしゃがみ込む。
はあー、と天井を見上げながら大きく息を吐く。……やや汗ばんでる事を実感するくらいには落ち着いてきた。でも、鼓動は止まってくれない。
武智先輩を半ば強引に買い物に誘ってみたけど、返事聞かずに逃げてきちゃった。
だって、断られそうだったんだもん。
でもまさか、男嫌いの私が家に誘うだなんて思わなかった。自分でもびっくり。だけどもう衝動が抑えられなかった。武智先輩なら構わないって思ったから。ううん、違う。武智先輩に来て欲しいって思ったから。
確かに武智先輩の言う通り、時間を考えたら今から女の子一人しかいない家に誘うなんて非常識だよね。でも私はそんな事構いやしなかった。それより、どうにかこうにか自分の想いをぶつけたかった。ただそれだけ。
……好きです、って、本当は言いたかったけど。
でも、言ったところで成就しない。そんな事言ったら、これからバイトも塾も続けるんだし、先輩との関係が気まずくなる。そう考えれるくらいは冷静だったけど、だからと言って家に誘うだなんて。どっちにしても冷静とは言えなかったかも。
それに、あのまま流れでそう言っちゃっても、私が……失恋するだけ。
「……嫌だなあ」
未だ玄関から動けない私。その場で膝小僧を揃え、体育座りのように両腕で抱え込む。
何の気なしにスマホを取り出し見てみる。先輩からline来てないかな? とよく分からない期待をしながら。でも、スマホの黒い画面は私の泣きそうな顔を写すだけ。
「ハハッ……。何この顔?」
フッと呆れた笑いが溢れる。超絶美少女が台無しじゃん。でも次の瞬間、そんな情けない自分の顔を見たからか、どうしようも出来ない想いがとめどなく溢れてきて、私の目からぽとぽとと雫が零れる。それは真っ黒なスマホの画面にポタポタと落ちる。
「ウウ……。グスッ……グスッ……」
抑えきれない気持ちが堰を切ったように溢れてきて止まらない。
誰もいない部屋の玄関で、私は思い限り泣き続けた。
※※※
「……」
山本を家まで送った帰り道、もう日付は次の日になってる。母さんが心配するかも知れないから、一応lineで連絡したところで、ブブブ、とスマホがバイブした。画面を見ると非通知。って事は柊さんだな。
「もしもし」『あ、武智君? 今日電話するの遅くなっちゃった』
「アハハ。大丈夫だよ。俺もまだ家に帰ってなくて、ちょうど帰り道だから」『え? こんな遅い時間なのに?』
「今日はバイトがあってそれから……」って、その続きを言おうとして言葉を濁してしまう俺。山本を家まで送って行ってた、なんて言えないから。
『そっか。バイトまだ続けてるんだもんね。でも武智君偉いなあ。その上受験勉強のために塾も行ってるんだから』
「それ言ったら柊さんだって。主演女優として映画に出るなんてさ。俺なんかより相当凄いよ……何か柊さんが手の届かないところにいるって気がする」
『そんな大げさな。私はずっと変わってないよ。夏休み前、一緒に学校の屋上でお昼食べた時のままだよ』「て事は、嫌われ演技時の、あの柊さんって事だ」
そんないじわる言って! と電話口で怒る柊さんに、俺はごめんと言いながら笑う。釣られて柊さんも笑ってる。
「でも本音言えば、柊さんと色んなとこ行きたい。十二月になったらクリスマスだけど、一緒に過ごしたい。高校生最後の思い出を一杯作りたいって思ってたりするけどね」『……ごめん』
ごめん、って事は、やっぱりそれは叶わないって事なんだろうな。いやまあ分かってたけどさ。改めて確認してしまうと寂しいって思ってしまう。普通のカップルなら皆やってる事なのに、俺と柊さんじゃ出来ないって事なんだから。
『あ、でも、夏祭りの事は、私にとって最高の思い出だよ? 疋田美里の変装がバレちゃった事も含めて。それに東京に来てくれた時の、あの……』
そこでどうやら途中で恥ずかしくなったらしく、言葉を濁す柊さん。……姉貴のアパートでの事だろうな。
確かに、あの時の事は柊さんと同じく俺にとっても最高の思い出だ。でも、あれからずっと会えて無い事が、……正直寂しい。
「……俺ってワガママかも」『え?』
「いや何でも無い。出来ない事を言ってごめん」『ううん。武智君は悪くない。あ、そろそろ時間だから電話切るね。……十一月、きっと会えるように頑張るから』
俺が柊さんに、ああ、と返事したところで電話が切れた。ちょうどそのタイミングで家にたどり着く。……って、なんで俺自転車を押して歩いて帰ってきたんだ? まあ、自転車乗りながらじゃゆっくり話せなかったから、いいかな?
そして俺は既に寝てるであろう親達を起こさないように、そーっと音を殺しながら自転車を家の駐輪場に置き、それから静かに家のドアを開けた。
「あれ?」リビング電気ついてる? と思ったのと同時に、母さんが玄関にやってきた。起きてたんだ。
「悠斗遅かったわね。今までこんな遅くなる事なかったじゃない。何かあったのかと心配になったわよ」「いや、俺連絡したじゃん」
俺は母さんに返事しながら靴を脱ぎ廊下に上がる。
「そういう問題じゃないでしょ! で、なんで遅かったの?」「ああ、えーと……、ちょうど柊さんから電話がかかってきて、歩きながら電話してたから」
……本当は山本を家まで送って帰ってきた事も理由の一つなんだけど。でもまあ嘘は言ってない。
「あら、柊さんとはまだ連絡取り合ってたの。……って、そう言えばあの子、今度映画の主演やるんでしょ? お昼の報道番組でやってたわよ。そんな女優さんと電話でこんな時間に話してるなんて。あんたやるわねー」
そう言ってバン、と俺の背中を叩く母さん。何気に痛いんですけど。
「……何よ? 神妙な顔して」「え? 俺そんな顔になってた?」
「なってたなってた。ていうか、あんたの微妙な変化くらいすぐ気づくわよ。何年あんたの母親やってると思ってんのよ」
いやまあ、あなたから産まれてきた時からですよね? ……つか、表情に出してないつもりでもバレちゃったか。やっぱうちの母さん色々すげぇな。
「……俺さあ、柊さんと付き合ってていいのかなあって」「あら。やっぱりカップルになってたのね。やるじゃない」
「いやだから、身分不相応というかさ。それに、俺だって初めての彼女だし、高校最後だから一杯思い出作りたいって思うじゃん? それって贅沢かな?」
俺が何の気なしにそう言うと、母さんはびっくりした顔になる。でもすぐに真顔になった。
「悠斗みたいな年頃の男の子って、そういう恋愛相談、普通実の母親にしないもんだと思ってたから驚いたわ。……まあ、悠斗の微妙な心境の変化の理由は分かった。……そうねえ。多くの恋愛経験がある母親から言わせてもらうと、気にするな、かしら?」
「気にするな?」「そう。柊さんがどういう立場であれ、あの子に選ばれたんでしょ? それは寧ろ誇るべきところじゃない? それに高校卒業してからも思い出なんて沢山作れるわよ。要はタイミングの問題。今はその時期じゃないって事」
「でもなあ、俺みたいな平凡な奴より、芸能界ならいい男沢山いるだろうし」
「なぁに自信失ってんのよ。そもそもさっきも柊さん、悠斗に電話くれてたんでしょ? 多分そういう電話って一度きりじゃないわよね? きっとあの子映画の主演なんだし忙しくしているはずよ。それなのにわざわざ時間作って電話してくるのよ? それだけ愛されてるって事じゃない」
……愛されてるって。愛って言葉聞くと凄く重く感じるなあ。でも母さんの言う通り、いつも柊さんは電話を早めに切る。それくらい時間に余裕がない証拠だ。それでも定期的にかけてくれてる。しかもスマホじゃないのに。
俺には勿体ないくらい、想ってくれてるっていう事だな。
「そういうもんかなあ」「そういうもんよ。無い物ねだりは確かに贅沢だけど、それ以上にあんな可愛い女の子を彼女にしてるっていう贅沢の方を感謝なさいよ」
そうだな。母さんの言う通りだ。
「とにかく、受験前の大事な時期なんだから、夜ふかししちゃダメよ。お風呂沸いてるから入ってしまいなさい」「へいへい。……母さん、ありがと」
どういたしまして、と言って母さんはどこか安心したような顔しながら、ふわあ、とあくびしつつ父さんが寝てる寝室に向かっていった。
……今更になって、母さんに柊さんの件喋っちゃった事が恥ずかしくなってきた。確かに普通、母親に恋愛相談しないよなあ? でもまあ、話出来てよかったけど。でも、まだ何かモヤモヤした気持ちが残ってるけど。
……明日の朝、母さんと顔合わすの何だか恥ずかしいな。
※※※
「雄介、ちょっといいか?」
次の日、授業が終わって夕方の帰る時間、俺は雄介と話したくて呼び止める。
「あ、すまん悠斗。今日も……って、真面目な話っぽいな。校門前でちょっと待っててくれ。後ですぐ行く」
俺の顔を見て雄介は何か悟ったみたいで、断ろうとしたのを止め時間を取ってくれるみたいだ。さすが親友。感謝するぜ。校門前で待機するよう言ったのは、多分先に安川さんに断りを入れにいく必要があるからだろう。
俺はすまん、と雄介に声をかけ、言われた通り先に校門前まで自転車を押して待つ。少しして雄介はやってきた。
「ファミレスでも行くか?」「いや、帰りながらでいい。今日も塾あるから」
そっか、と雄介は返事しながらスマホをいじる。安川さんに改めて連絡してんだろうな。
そして俺達は、自転車乗りながらだと落ち着いて話出来ないので、押して歩きながら帰る事にした。
「で? 柊さんとは上手くいってないのか?」
さすが雄介。俺が何を相談したいか言わずとも分かってたみたいだ。
「いや、そうじゃないんだけど」「じゃあどうした?」
「……俺さあ、柊さんと付き合ってんのかなあ? って最近思っちゃってさ。だってろくに遊びに行けないし電話も一方通行でメールも出来ないし、高校生らしいカップルって感じじゃないんだよ。俺柊さんにとって必要なのかな? だってあっちは女優、俺は普通の高校生だろ?」
昨晩母さんにも話したような内容を雄介に話する。同じ男でモテる雄介からも意見が欲しかったからだ。
「何言ってんだ。柊さんだってつい最近までは俺らと同じ普通の高校生だったろ?」「でも今は違うじゃん」
「……悠斗。お前何が言いたいんだ?」「雄介だから言うけど、せっかく付き合ってんだからカップルみたいな事がしたいんだよ。高校生最後なんだから思い出が沢山ほしい。文化祭は一緒に見回ったり、クリスマスは一緒に過ごしたり、年始は初詣行ったり」
「それは柊さんだって同じだろ? お前だけじゃねーじゃん」
「分かってるけどさあ、正直雄介と安川さんが羨ましいんだよ。いつも一緒にいてさ。俺にとって二人は理想のカップルなんだよ。俺も二人みたいな関係になりたい。なあ、そう思うのってワガママか?」
「……」
「俺は雄介と違ってモテないし、彼女出来たのだって初めてだから、今この時間を大事にしたいんだよ。そう思うのってダメかなあ?」
そこで雄介は自転車を押して歩いてたのを止めて立ち止まり、すごく真面目な顔になる。俺も同じく歩を止めた。
「じゃあ、柊さんと別れんのか?」
何だか怒ったような声で俺に問いかける雄介。
「……」だけど、俺はそれに答えられない。
「柊さんと別れて、別の彼女作んのか? ああ、そうだ、例えば山本とか? あいつ悠斗に気があるみたいだし、柊さんと違って傍にいるもんな」
「……」凄く失礼な事言いやがって、と思うのと同時に、雄介なりの意図があってそういう事言ってんだって分かったから、俺は黙って続きを待つ。
「柊さんの事が好きだという気持ちより、俺と明歩が羨ましいから別の彼女作るっていう気持ちを優先させたいってんなら、別れるしかねーよな」
「雄介お前、そんな言い方」さすがにそこで俺はイラっとしてしまい、言い返してしまった。だけど雄介はそれ以上に怒りの表情で俺に詰め寄る。
「じゃあどうすんだよ? つかお前、超贅沢言ってんだぞ?」「分かってるよ。でも……」
「なあ悠斗。一つだけ言っときたいのは、後悔だけはすんな」「後悔……」
「そうだ。後戻りはできないんだからな」
ふう、と息をつき雄介は話し続ける。
「あの夏祭りの、お前が柊さんに告白した時、俺偶然あの廃寺に行ったから、二人の様子見てたし知ってるけど、お前のあの時の想いがその程度だとは思えねぇ。高校生ラストに思い出作れねぇからつまんねぇ、なんて子どもみたいな事言ってんのが分からねぇというかさ。そんなんどうでもよくね? そもそも、思い出なんか高校卒業してからいくらでも作れんだろ? それでいいいじゃねーか」
「!」雄介に言われハッとした。
そうだ。俺、あの時、一世一代の気持ちで告白したんだ。そして一回、疋田美里さんに振られショック受けて泣いちゃったんだ。その後その正体が柊さんだって分かって、再度告白したんだよな。あの時の高揚感は今でも覚えてる。
……それくらいの強い想いだった。なのに、俺、何を迷ってたんだろう?
「しかもよぉ、あの柊美久が彼女なんだぞ? あれ程の超絶美少女なんだぞ? そもそも高校生らしい付き合いなんて出来るわけねーだろ。柊さんを選んだ時点でそれは確定してんだよ。お前もそれくらいの覚悟してたはずだろ?」
「……」
こいつも母さんと同じ事言うんだな。
「あ、勘違いすんなよ? 俺の一番は明歩だからな? あ、そ、そうだ。え、えと、悠斗。俺が柊さんを超絶美少女だって言ったっての、明歩には内緒な? あいつああ見えて超嫉妬深いからさ」
「……アハハハ!」「な、何だよ?」
「雄介のそんな慌てる姿初めて見た。本当お前ら愛し合ってんな」「あ、愛し合ってるって、ちょ、お前、そんな恥ずかしい言葉使うなよ」
「本当二人共お似合いだって意味だよ。……でも、ありがとな雄介。もう腹決まった」「そ、そうか? よく分かんねーけどそれなら良かった」
何だ。迷う必要なかったんじゃん。俺本当勝手だった。あの夏祭りの時の想いはそんなもんじゃない。高校生らしい付き合いとかどうでもいい。俺は柊美久が好きだ。あの子のために俺は頑張るって決めてたじゃないか。
「くだらない事で悩んでたなあ」
「まあそりゃ、悠斗は恋愛経験自体ないから仕方ねーだろーな。それに柊さん相手だと腰が引けるのも分かるし」
母さんに話した事と大して変わらないけど、俺は雄介に背中を押して欲しかったんだ。それも今分かった。
「っと、悠斗。そろそろ塾の時間じゃね?」「お、そうだ。じゃあ行くわ」
おう、とイケメンスマイルを俺に向け手を挙げ応える雄介。俺は再度雄介に心の中で感謝しながら、自転車に跨り塾へ急いだ。
「はあっ……、はあっ……」
バタン、と勢いよく家のドアを閉める。この動悸は走ってきたからだけじゃない。色んな想いが溢れてきてるからだ。
……苦しい。私はズズズ、とそのままドアを背にその場にしゃがみ込む。
はあー、と天井を見上げながら大きく息を吐く。……やや汗ばんでる事を実感するくらいには落ち着いてきた。でも、鼓動は止まってくれない。
武智先輩を半ば強引に買い物に誘ってみたけど、返事聞かずに逃げてきちゃった。
だって、断られそうだったんだもん。
でもまさか、男嫌いの私が家に誘うだなんて思わなかった。自分でもびっくり。だけどもう衝動が抑えられなかった。武智先輩なら構わないって思ったから。ううん、違う。武智先輩に来て欲しいって思ったから。
確かに武智先輩の言う通り、時間を考えたら今から女の子一人しかいない家に誘うなんて非常識だよね。でも私はそんな事構いやしなかった。それより、どうにかこうにか自分の想いをぶつけたかった。ただそれだけ。
……好きです、って、本当は言いたかったけど。
でも、言ったところで成就しない。そんな事言ったら、これからバイトも塾も続けるんだし、先輩との関係が気まずくなる。そう考えれるくらいは冷静だったけど、だからと言って家に誘うだなんて。どっちにしても冷静とは言えなかったかも。
それに、あのまま流れでそう言っちゃっても、私が……失恋するだけ。
「……嫌だなあ」
未だ玄関から動けない私。その場で膝小僧を揃え、体育座りのように両腕で抱え込む。
何の気なしにスマホを取り出し見てみる。先輩からline来てないかな? とよく分からない期待をしながら。でも、スマホの黒い画面は私の泣きそうな顔を写すだけ。
「ハハッ……。何この顔?」
フッと呆れた笑いが溢れる。超絶美少女が台無しじゃん。でも次の瞬間、そんな情けない自分の顔を見たからか、どうしようも出来ない想いがとめどなく溢れてきて、私の目からぽとぽとと雫が零れる。それは真っ黒なスマホの画面にポタポタと落ちる。
「ウウ……。グスッ……グスッ……」
抑えきれない気持ちが堰を切ったように溢れてきて止まらない。
誰もいない部屋の玄関で、私は思い限り泣き続けた。
※※※
「……」
山本を家まで送った帰り道、もう日付は次の日になってる。母さんが心配するかも知れないから、一応lineで連絡したところで、ブブブ、とスマホがバイブした。画面を見ると非通知。って事は柊さんだな。
「もしもし」『あ、武智君? 今日電話するの遅くなっちゃった』
「アハハ。大丈夫だよ。俺もまだ家に帰ってなくて、ちょうど帰り道だから」『え? こんな遅い時間なのに?』
「今日はバイトがあってそれから……」って、その続きを言おうとして言葉を濁してしまう俺。山本を家まで送って行ってた、なんて言えないから。
『そっか。バイトまだ続けてるんだもんね。でも武智君偉いなあ。その上受験勉強のために塾も行ってるんだから』
「それ言ったら柊さんだって。主演女優として映画に出るなんてさ。俺なんかより相当凄いよ……何か柊さんが手の届かないところにいるって気がする」
『そんな大げさな。私はずっと変わってないよ。夏休み前、一緒に学校の屋上でお昼食べた時のままだよ』「て事は、嫌われ演技時の、あの柊さんって事だ」
そんないじわる言って! と電話口で怒る柊さんに、俺はごめんと言いながら笑う。釣られて柊さんも笑ってる。
「でも本音言えば、柊さんと色んなとこ行きたい。十二月になったらクリスマスだけど、一緒に過ごしたい。高校生最後の思い出を一杯作りたいって思ってたりするけどね」『……ごめん』
ごめん、って事は、やっぱりそれは叶わないって事なんだろうな。いやまあ分かってたけどさ。改めて確認してしまうと寂しいって思ってしまう。普通のカップルなら皆やってる事なのに、俺と柊さんじゃ出来ないって事なんだから。
『あ、でも、夏祭りの事は、私にとって最高の思い出だよ? 疋田美里の変装がバレちゃった事も含めて。それに東京に来てくれた時の、あの……』
そこでどうやら途中で恥ずかしくなったらしく、言葉を濁す柊さん。……姉貴のアパートでの事だろうな。
確かに、あの時の事は柊さんと同じく俺にとっても最高の思い出だ。でも、あれからずっと会えて無い事が、……正直寂しい。
「……俺ってワガママかも」『え?』
「いや何でも無い。出来ない事を言ってごめん」『ううん。武智君は悪くない。あ、そろそろ時間だから電話切るね。……十一月、きっと会えるように頑張るから』
俺が柊さんに、ああ、と返事したところで電話が切れた。ちょうどそのタイミングで家にたどり着く。……って、なんで俺自転車を押して歩いて帰ってきたんだ? まあ、自転車乗りながらじゃゆっくり話せなかったから、いいかな?
そして俺は既に寝てるであろう親達を起こさないように、そーっと音を殺しながら自転車を家の駐輪場に置き、それから静かに家のドアを開けた。
「あれ?」リビング電気ついてる? と思ったのと同時に、母さんが玄関にやってきた。起きてたんだ。
「悠斗遅かったわね。今までこんな遅くなる事なかったじゃない。何かあったのかと心配になったわよ」「いや、俺連絡したじゃん」
俺は母さんに返事しながら靴を脱ぎ廊下に上がる。
「そういう問題じゃないでしょ! で、なんで遅かったの?」「ああ、えーと……、ちょうど柊さんから電話がかかってきて、歩きながら電話してたから」
……本当は山本を家まで送って帰ってきた事も理由の一つなんだけど。でもまあ嘘は言ってない。
「あら、柊さんとはまだ連絡取り合ってたの。……って、そう言えばあの子、今度映画の主演やるんでしょ? お昼の報道番組でやってたわよ。そんな女優さんと電話でこんな時間に話してるなんて。あんたやるわねー」
そう言ってバン、と俺の背中を叩く母さん。何気に痛いんですけど。
「……何よ? 神妙な顔して」「え? 俺そんな顔になってた?」
「なってたなってた。ていうか、あんたの微妙な変化くらいすぐ気づくわよ。何年あんたの母親やってると思ってんのよ」
いやまあ、あなたから産まれてきた時からですよね? ……つか、表情に出してないつもりでもバレちゃったか。やっぱうちの母さん色々すげぇな。
「……俺さあ、柊さんと付き合ってていいのかなあって」「あら。やっぱりカップルになってたのね。やるじゃない」
「いやだから、身分不相応というかさ。それに、俺だって初めての彼女だし、高校最後だから一杯思い出作りたいって思うじゃん? それって贅沢かな?」
俺が何の気なしにそう言うと、母さんはびっくりした顔になる。でもすぐに真顔になった。
「悠斗みたいな年頃の男の子って、そういう恋愛相談、普通実の母親にしないもんだと思ってたから驚いたわ。……まあ、悠斗の微妙な心境の変化の理由は分かった。……そうねえ。多くの恋愛経験がある母親から言わせてもらうと、気にするな、かしら?」
「気にするな?」「そう。柊さんがどういう立場であれ、あの子に選ばれたんでしょ? それは寧ろ誇るべきところじゃない? それに高校卒業してからも思い出なんて沢山作れるわよ。要はタイミングの問題。今はその時期じゃないって事」
「でもなあ、俺みたいな平凡な奴より、芸能界ならいい男沢山いるだろうし」
「なぁに自信失ってんのよ。そもそもさっきも柊さん、悠斗に電話くれてたんでしょ? 多分そういう電話って一度きりじゃないわよね? きっとあの子映画の主演なんだし忙しくしているはずよ。それなのにわざわざ時間作って電話してくるのよ? それだけ愛されてるって事じゃない」
……愛されてるって。愛って言葉聞くと凄く重く感じるなあ。でも母さんの言う通り、いつも柊さんは電話を早めに切る。それくらい時間に余裕がない証拠だ。それでも定期的にかけてくれてる。しかもスマホじゃないのに。
俺には勿体ないくらい、想ってくれてるっていう事だな。
「そういうもんかなあ」「そういうもんよ。無い物ねだりは確かに贅沢だけど、それ以上にあんな可愛い女の子を彼女にしてるっていう贅沢の方を感謝なさいよ」
そうだな。母さんの言う通りだ。
「とにかく、受験前の大事な時期なんだから、夜ふかししちゃダメよ。お風呂沸いてるから入ってしまいなさい」「へいへい。……母さん、ありがと」
どういたしまして、と言って母さんはどこか安心したような顔しながら、ふわあ、とあくびしつつ父さんが寝てる寝室に向かっていった。
……今更になって、母さんに柊さんの件喋っちゃった事が恥ずかしくなってきた。確かに普通、母親に恋愛相談しないよなあ? でもまあ、話出来てよかったけど。でも、まだ何かモヤモヤした気持ちが残ってるけど。
……明日の朝、母さんと顔合わすの何だか恥ずかしいな。
※※※
「雄介、ちょっといいか?」
次の日、授業が終わって夕方の帰る時間、俺は雄介と話したくて呼び止める。
「あ、すまん悠斗。今日も……って、真面目な話っぽいな。校門前でちょっと待っててくれ。後ですぐ行く」
俺の顔を見て雄介は何か悟ったみたいで、断ろうとしたのを止め時間を取ってくれるみたいだ。さすが親友。感謝するぜ。校門前で待機するよう言ったのは、多分先に安川さんに断りを入れにいく必要があるからだろう。
俺はすまん、と雄介に声をかけ、言われた通り先に校門前まで自転車を押して待つ。少しして雄介はやってきた。
「ファミレスでも行くか?」「いや、帰りながらでいい。今日も塾あるから」
そっか、と雄介は返事しながらスマホをいじる。安川さんに改めて連絡してんだろうな。
そして俺達は、自転車乗りながらだと落ち着いて話出来ないので、押して歩きながら帰る事にした。
「で? 柊さんとは上手くいってないのか?」
さすが雄介。俺が何を相談したいか言わずとも分かってたみたいだ。
「いや、そうじゃないんだけど」「じゃあどうした?」
「……俺さあ、柊さんと付き合ってんのかなあ? って最近思っちゃってさ。だってろくに遊びに行けないし電話も一方通行でメールも出来ないし、高校生らしいカップルって感じじゃないんだよ。俺柊さんにとって必要なのかな? だってあっちは女優、俺は普通の高校生だろ?」
昨晩母さんにも話したような内容を雄介に話する。同じ男でモテる雄介からも意見が欲しかったからだ。
「何言ってんだ。柊さんだってつい最近までは俺らと同じ普通の高校生だったろ?」「でも今は違うじゃん」
「……悠斗。お前何が言いたいんだ?」「雄介だから言うけど、せっかく付き合ってんだからカップルみたいな事がしたいんだよ。高校生最後なんだから思い出が沢山ほしい。文化祭は一緒に見回ったり、クリスマスは一緒に過ごしたり、年始は初詣行ったり」
「それは柊さんだって同じだろ? お前だけじゃねーじゃん」
「分かってるけどさあ、正直雄介と安川さんが羨ましいんだよ。いつも一緒にいてさ。俺にとって二人は理想のカップルなんだよ。俺も二人みたいな関係になりたい。なあ、そう思うのってワガママか?」
「……」
「俺は雄介と違ってモテないし、彼女出来たのだって初めてだから、今この時間を大事にしたいんだよ。そう思うのってダメかなあ?」
そこで雄介は自転車を押して歩いてたのを止めて立ち止まり、すごく真面目な顔になる。俺も同じく歩を止めた。
「じゃあ、柊さんと別れんのか?」
何だか怒ったような声で俺に問いかける雄介。
「……」だけど、俺はそれに答えられない。
「柊さんと別れて、別の彼女作んのか? ああ、そうだ、例えば山本とか? あいつ悠斗に気があるみたいだし、柊さんと違って傍にいるもんな」
「……」凄く失礼な事言いやがって、と思うのと同時に、雄介なりの意図があってそういう事言ってんだって分かったから、俺は黙って続きを待つ。
「柊さんの事が好きだという気持ちより、俺と明歩が羨ましいから別の彼女作るっていう気持ちを優先させたいってんなら、別れるしかねーよな」
「雄介お前、そんな言い方」さすがにそこで俺はイラっとしてしまい、言い返してしまった。だけど雄介はそれ以上に怒りの表情で俺に詰め寄る。
「じゃあどうすんだよ? つかお前、超贅沢言ってんだぞ?」「分かってるよ。でも……」
「なあ悠斗。一つだけ言っときたいのは、後悔だけはすんな」「後悔……」
「そうだ。後戻りはできないんだからな」
ふう、と息をつき雄介は話し続ける。
「あの夏祭りの、お前が柊さんに告白した時、俺偶然あの廃寺に行ったから、二人の様子見てたし知ってるけど、お前のあの時の想いがその程度だとは思えねぇ。高校生ラストに思い出作れねぇからつまんねぇ、なんて子どもみたいな事言ってんのが分からねぇというかさ。そんなんどうでもよくね? そもそも、思い出なんか高校卒業してからいくらでも作れんだろ? それでいいいじゃねーか」
「!」雄介に言われハッとした。
そうだ。俺、あの時、一世一代の気持ちで告白したんだ。そして一回、疋田美里さんに振られショック受けて泣いちゃったんだ。その後その正体が柊さんだって分かって、再度告白したんだよな。あの時の高揚感は今でも覚えてる。
……それくらいの強い想いだった。なのに、俺、何を迷ってたんだろう?
「しかもよぉ、あの柊美久が彼女なんだぞ? あれ程の超絶美少女なんだぞ? そもそも高校生らしい付き合いなんて出来るわけねーだろ。柊さんを選んだ時点でそれは確定してんだよ。お前もそれくらいの覚悟してたはずだろ?」
「……」
こいつも母さんと同じ事言うんだな。
「あ、勘違いすんなよ? 俺の一番は明歩だからな? あ、そ、そうだ。え、えと、悠斗。俺が柊さんを超絶美少女だって言ったっての、明歩には内緒な? あいつああ見えて超嫉妬深いからさ」
「……アハハハ!」「な、何だよ?」
「雄介のそんな慌てる姿初めて見た。本当お前ら愛し合ってんな」「あ、愛し合ってるって、ちょ、お前、そんな恥ずかしい言葉使うなよ」
「本当二人共お似合いだって意味だよ。……でも、ありがとな雄介。もう腹決まった」「そ、そうか? よく分かんねーけどそれなら良かった」
何だ。迷う必要なかったんじゃん。俺本当勝手だった。あの夏祭りの時の想いはそんなもんじゃない。高校生らしい付き合いとかどうでもいい。俺は柊美久が好きだ。あの子のために俺は頑張るって決めてたじゃないか。
「くだらない事で悩んでたなあ」
「まあそりゃ、悠斗は恋愛経験自体ないから仕方ねーだろーな。それに柊さん相手だと腰が引けるのも分かるし」
母さんに話した事と大して変わらないけど、俺は雄介に背中を押して欲しかったんだ。それも今分かった。
「っと、悠斗。そろそろ塾の時間じゃね?」「お、そうだ。じゃあ行くわ」
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コミュ障な幼馴染が俺にだけ饒舌な件〜クラスでは孤立している彼女が、二人きりの時だけ俺を愛称で呼んでくる〜
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そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
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