何故か超絶美少女に嫌われる日常

やまたけ

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その百十

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 ※※※

「え? もうですか?」

「ああ。そろそろいいだろ? つか、結構長い間送ってやってたと思うけどな。あ、塾の方もな」

「……塾も、ですか?」「あっちももう、必要ないと思うし」

「……」

 唐突に告げられたその言葉に、私は即答できずうつむいて黙ってしまった。

 今はバイトの帰り道。既に時間は午後十一時を回ったくらいの遅い時間。いつも通り途中まで一緒だった安川先輩と別れ、今日も武智先輩と二人で自転車を押して歩きながら帰っているんだけど、今しがた先輩から、もう一緒に帰るのは止めるって言われちゃった。

 確かにそろそろ頃合いなんだろう。一ヶ月くらいって約束だったし。でも、塾までも一緒に行く止めるって言われるとは思ってなかったな。そっちは特に期限決めてなかったから。

 沈黙したままその場に佇んでると、ヒュウ、と突然、やや冷たい風が先輩と私の間を吹き抜けていった。もうすぐ十月。時間も時間だから少し寒さを感じつつ、私は何だか気まずい空気を濁す言葉を探す。

 でも、ショックが大きくて、うまく言葉が選べない。

 二人で帰るこの一時がとても楽しみだったのに。好きな人と二人っきりでいれる幸せを、これからもずっと楽しんでいたかったのに。

 それが無くなるなんて、……嫌だな。もっと先輩と一緒にいたいな。

 ……なんて、本音が言えるわけもなく。

 もどかしさと苦しさ、そして二人して沈黙しちゃってる気まずさがグチャグチャに混ざって、私は急に気持ち悪くなって吐きそうになってしまう。つい、自転車を停めその場にうずくまってしまった。

「山本? 大丈夫か?」

 心配した武智先輩が慌てて自転車を停め、私の元にかけより、優しく背中に手を置いてくれる。その手が何だか温かくって、その少しの圧が、何だか心地よくて。ずっとこうやってして貰っていたい、なんて思っちゃったりして。

「もう大丈夫です。心配かけちゃいました」でも、私は少ししてから勇気を振り絞って立ち上がる。本当はもっと先輩を感じていたかったけど。そして私が立ち上がった事で、先輩はホッとしたような顔をした。

「そ、そっか? ……何か体調悪い時にこんな話して悪かったな」

 気まずそうな顔をしながら先輩は謝る。……本当、優しいなあ。私はそんな先輩にこれ以上心配させまいと、とびっきりの笑顔を向けた。

「もう落ち着きました。すみませんでした」「いや、大丈夫ならいいんだけどさ」

「……うーん、まだあんまり大丈夫じゃないかも」「え? マジか」

「だから、今日は一緒に帰って欲しいです。今日までって事で」「……あー分かった。仕方ないなあ」

 先輩は頭を掻きながら軽くため息を吐き、自転車の元に戻る。私もそれについていくように自転車を押して先輩の横に並んだ。

「でもどうして急に今日で終わりだなんて言うんです? もしかして、一緒に帰るのがつまんなくなっちゃいました? 私結構、武智先輩と話合うと思うんですけど」

「いやほら、俺彼女いるからさ、こうやって女子と二人でほぼ毎日一緒にいるのはさすが不味いと思ったんだよ」

「あー、あの、全然会えない彼女さんですね」

 私はわざと嫌味ったらしくそう言ってみる。武智先輩は苦笑いしながら、まあね、と返事。

「でも、武智先輩受験勉強だけじゃなく、バイトもしてて忙しくしてるのに、息抜きもさせられない彼女ってどうなんでしょうね? 普通彼女なら彼氏を心配して連絡したり、たまには息抜きだって言って遊びに行ったりするもんなのに。しかもあの柊美久なんですよね? 女優やってるっていう。なら一層普段会えないんじゃないですか?」

「まあ……、そうだな」

「会いたい時に会えないのに彼女なんですね」「……そこはまあ、柊さんも何とかするって言ってたし、俺も何とかするつもり」

「何とかするって、具体的には?」「……」

 容赦ない私の追い込みに、ついに先輩は黙ってしまった。

「武智先輩って、柊美久のどこに惹かれたんですか?」「え? ああ、えーと。……ちょっと説明が難しいな」

 ふーん、と私は気のない返事をするけど、本当は一番気になるところだから気になって仕方がない。というか、説明が難しいってどういう事? 普通性格とか容姿とか、スッと出てくるもんじゃないの?

 でも、それ以上追及しようとするのを阻むかのように、武智先輩は早歩きになって私より少し先に進む。私は慌てて後を追う。……何だか言いたくなさそう。じゃあ聞き出すのは諦めたほうがいいか。残念。

 それから二人して沈黙したまま歩く。本当は何か話したいけど、いつも通りの他愛のない話題が出てこない。でも、このまま帰っちゃったら、もう二度と武智先輩と二人になるチャンスが無くなる。そろそろ別れる場所が近づいてくる。どうしよう。もうこれっきりなんて嫌だ。

「あ、あの!」「うわ! 急に大きな声出して何だよ?」

「え、えーと、あ、あの……。わ、私、まだ、体調、良くない、かも」「そうか? 元気そうに見えるけど」

「女の子はデリケートなんです! ……それで、あの、私の家まで送ってほしいなあ、と」

「……分かったよ。でも家の前までだからな」「はい! ありがとうございます!」

「って、明らかに元気じゃん」「それはきっと武智先輩の気のせいです」

 良かった。もう少し一緒にいれる。でも、家に着いたらおしまい。それまでに何か出来ないかな……。

 ※※※

 参ったな。山本と帰るのはこれで最後にするつもりだったのに。でも気分が悪くなったと言われちゃ、放ってはおけないしなあ。

 でもまあ、家まで送ったらそこでさよならだ。塾やバイト先では会うだろうけど、それでも二人きりって事はもう二度とないだろう。うん。これでいい。山本には申し訳ないけど、柊さんだって一人で頑張ってるんだから、俺がふらふらしちゃダメだからね。

 でも、山本の言葉がずっと心の中に引っかかってる。……受験勉強で忙しくしてる俺を気遣う彼女が傍にいない、という言葉が。

 本音を言えば、柊さんと受験勉強やデートしたりしたかった。そしてこれからクリスマスや年末年始など、色んなイベントあるけど、きっと柊さんとは一緒にはいない。

 せっかく彼女がいるのに正直それは寂しい。高校生最後だから色々二人で思い出を作りたかったんだよな。そりゃあ柊さんだってきっと同じ気持ちなんだろうけど。

 というか、女優になるような人が彼女だなんて無理があるのかも。俺みたいな普通の一男子高校生とは釣り合い取れないんじゃないか?

 そもそも俺みたいな平凡な奴が、柊さんみたいな超絶美少女と付き合うなんて出過ぎた話なんだよな。柊さんは俺の事好きだと言ってくれたけど、芸能界で仕事してれば、俺なんかより魅力的な男は沢山いるだろうし。

 なら、山本の言う通り、直ぐ側にいる女子のほうがいいかも知れない……って、思うのはいけない事だろうか?

 ふと、隣を歩く山本を見る。何故かずっと黙ったままだ。あーそうか。体調悪いからか? ……そういや山本も結構可愛いんだったな。柊さんに引けを取らないと言っていいくらいに。改めてそう考えたら、俺に気があるなんて事はないわな。こんな美少女が俺みたいな平凡な奴好きになるわけないし。

 そんな事を考えながら歩いてると、山本がとあるマンションの前で止まった。十階建てくらいで中々立派なマンションだ。

「ここが私が住んでるマンションです」「へえ。結構いいとこ住んでんだな。じゃあここで」

 そう言って自転車にまたがり帰ろうとしたところで、山本が俺の袖を引っ張って引き止める。……まだ何か用事あんのか?

 でも、山本は袖を掴んでうつむいたまま何も言わない。

「どうした? 俺そろそろ帰らないと遅くなるんだけど」「……」

 強引に引き剥がすわけにも行かないし。俺が袖を掴まれたまま困ってると、山本がボソッと呟く。

「……家、入りませんか?」「え?」

「え、えっと。あ、あの……、私の家に、来ませんか?」

 真っ赤になった顔で潤んだ瞳。上目遣いで訴えかけるような表情を俺に向ける山本。そのいじらしさと可愛らしい表情に、俺はついドキっとしてしまう。こういう時超絶美少女ってのは本当厄介だな。ただでさえ気になってしまうのに、こんな表情されるとどんな顔していいか戸惑ってしまうから。

 でも俺はすぐ冷静になり、山本に掴まれてた袖を振り払った。

「それは出来ないって。山本一人暮らしなんだろ? 家に二人きりになれるわけない。しかもこんな夜遅いのに。もっと自分を大事にしなきゃダメだろ」

「ち、違う! 私は自分の気持に正直になっただけ! むやみに男の人を家に誘うなんてしない!」

 突如声を荒げる山本。もう既に午前零時近くなので真っ暗で当然誰一人いない中、山本の声が辺りに響く。だけどすぐにシーンと静まり返る。

「……武智先輩だから。武智先輩だったら来てもいいって、そう思ったから誘ったんです。私本当は男の人苦手だから」

 今度は消え入りそうな小さな声で話す山本。……男の人が苦手? 俺とずっと二人で帰ったりしてるのに? でも山本の泣きそうな表情を見ると、嘘をついてるようには見えない。

「良くわからないけど、何にしてもこの時間から家にお邪魔するのは無理だって」

「じゃ、じゃあ、今日じゃなくてもいいので、改めて来て貰えますか?」「いや、それは……」

「な、なら、私、買い物行きたいんです! ほしい洋服があって、他にも足らない日用品があるから」「いや、それこそ一人で行けばいいんじゃね?」

「荷物持ちが必要です」「あのなあ……」

「とにかく考えといてくださいね!」「いや、ちょっと……」

 俺の返事を聞かず、山本は逃げるように自転車を押しながら、マンションの中に入っていった。

 ……男が苦手なのに、俺を家に入れようとしたり買い物に誘ったりするのか。それってやっぱり……。
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