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その百七
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※※※
「繋がれ……、繋がれ……」
公衆電話の受話器を片手に、呪文のようにそう呟きながら、数回続いてるコール音を聞いてる私。そしてガチャ、と繋がる音が。よし! 繋がった!
『……もしもし?』だけど、その声は非通知だからか凄く疑り深い声だったけど、私は嬉しくって気にせず、つい声を張り上げてしまう。
「明歩! 私! 美久!」『え? 美久? 美久ってあの美久?』
「どの美久か分からないけど、きっとその美久!」『み、み……、美久ぅぅぅぅ~~~~! 久しぶり~! 超声聞きたかったよぉぉぉ~~!』
そう大声で叫んでから、明歩は電話口でおいおい泣き始めた。私もそれつられてつい涙が頬を伝う。明歩と話するの久しぶりだしやっぱり嬉しいから。
『ふええ~ん! 美久どうしたのぉぉぉ~!』「グスッ、えへへ。突然ごめんね。伝えたい事があって」
『ヒック、ヒック。……つーか美久、アタシよりたけっちーと連絡取らなきゃダメなんじゃ? 時間あんまないっしょ?』「……それが、武智君繋がらなくて」
明歩にそう言われトーンダウンして伝える私。それを聞いた明歩は泣き止んだみたいで、真面目な口調に変わる。
『マジで? 何でだろ? 確かたけっちー、スマホ替えてないはずだし落としたって話も聞いてないけど』「その理由を明歩から聞いてほしくて。それと実は私、そっちの高校の文化祭の時、K市に戻れるみたい」
『へ? ま、マジ? じゃあ会えるかも?』「うん。会えるかも」
私がテンション高めにそう伝えると、っしゃあ! と更に高いテンションで明歩が電話口で雄叫びを上げてる。その声聞いて私はつい笑ってしまう。そうやって会えるって聞いて喜んでくれてるの私も嬉しい。何だか久々に胸が温かくなる。ずっとレッスン続きで正直息もつけないし、ずっと楽しくなかったから。
『じゃあ美久、早くその事たけっちーに伝えないとダメじゃん! よし。とりあえずアタシからその件たけっちーに言っとくよ。それと電話繋がらない件も聞いとくから』「ありがとう、明歩」
『あったり前じゃーん! それくらいするっての! で、仕事どうなん? 恩田のババアは相変わらずウザい?』「……明歩。気持ちはわかるけどババアはダメだよ」
『寧ろ気を使って言ってるくらいなんだけど?』「……ババアより下の表現は余り聞きたくないかも」
そりゃそっかー、と言いながらあっけらかんとケラケラ笑う明歩につい釣られ、私も電話口で笑ってしまう。はあー、久々に会話するの楽しい。友達って本当大事だ。明歩とこうやって話してて心底思う。
『しかし美久こっち戻ってくるかー。時期は文化祭の時って事だから十一月か。……ちょうどいいタイミングだったかも』「え? ちょうどいいタイミング? なんで?」
私がそう返した途端、あ、何でも無い、と慌てる明歩。……何だろ? 気になる。でもそろそろ電話切らないといけない。
「とりあえず私そろそろ行かないといけないから」『え? あ、う、うん。おっけー。たけっちーにはちゃんと話しとくから』
「じゃあついでに、武智君にまた一週間以内に電話する、とも伝えて貰っていいかな?」『了解ー。美久、頑張ってねー!』
うん、ありがとう、と私は美久に返事して受話器をガチャリ、と置いた。
途端、シーン、という音が聞こえるくらい静まり返る。この辺りは住宅街の角で、夜遅い今の時間帯は殆ど人も車も通らない。コンビニは私と上杉さんが暮らしてるマンションの近くにあって、ここは裏手。だから微かに車の音が聞こえるくらい静かな場所。
だからか、数分間だけの明歩との楽しいお喋りの後という事もあって、胸がキュッと締まる感じがするほど寂しさが湧き上がってくる。私、今本当に独りなんだなあ。そう、改めて思ってしまう。武智君とも話出来てないし。
「っと、黄昏れてる場合じゃないや」苦しくなる胸を抑えながら、私はアリバイ作りのため、コンビニで買い物する必要があるので急いで向かう。電話した数分を取り返なきゃいけない。
……でも、K市に戻れる。明歩に会えるかも知れない。そして、武智君にも会えるかも知れない。
そう考えると希望が湧いてくる。やや息を切らせコンビニにたどり着いた私の顔が、自動ドアのガラスに映る。ハハ、私、久々に素の笑顔だ。よし。十一月までまだ時間はあるけど、頑張ろう。
コンビニの自動ドアの前でフンス、と握りこぶしを作って気合を入れる私。その時ちょうど自動ドアが開き、店内から人が出てきて私を怪訝な顔で見て横を通り過ぎる。つい恥ずかしくなっちゃって逃げるように店内に入る私。
東京にやってきて、武智君と会って以来、久々に晴れやかな気分。ああ、十一月が待ち遠しいなあ。
※※※
俺は安川さんから話を聞いて、ようやく胸のつかえが下りた。
今はバイトの帰り道。自転車を手で押しながら俺と安川さん、更に山本も一緒に俺達は家路についてる。今日もバイトは大忙しだったから全員相当疲れが溜まった状態での帰り道。
その時安川さんから、昨晩柊さんから電話がかかってきたと聞いた。柊さんはずっと俺に電話してくれてたようで、でも全然繋がらなくて気になってたとの事。とりあえず、柊さんに何かあったわけじゃなかったって分かって安心したよ。
で、繋がらない原因は、最近毎晩かかってくる山本からの電話だ。俺のスマホは通話中に電話がかかってきても通知してくれないのと、こっちが通話中、相手にはツー、ツー、という音しか鳴らない仕様になってる。だからお互い分からなかったんだな。
なら、山本に言って暫く夜の電話を止めて貰えばいい話だ。しかも近いうちに柊さん、俺に電話してくれるらしいから、もう今日からは電話しないようして貰わないと。
そんな事を考えつつ、そろそろ安川さんとお別れして山本と二人になる分かれ道辺りで、安川さんが山本に話しかけた。
「玲奈さあ、今たけっちーに聞いて知ったんだけど、あんた毎晩たけっちーに電話してたん?」「え? そうですけど?」
「そうですけどって……。それ、たけっちーに迷惑とか考えなかった?」「え? ……武智先輩、迷惑でした?」
俺に振られてちょっと驚いたけど、まあ俺は別に迷惑じゃなかったし、山本が一人暮らしなの知ってるから、可愛そうと思って受けちゃってたんだよな。
そう伝えると、安川さんがはあ~、と頭を抱えながらでかいため息を吐く。
「あのさぁ~、美久は滅多に連絡できない中、ギリギリ時間作ってたけっちーに連絡してんだよ? 優先順位としておかしいっしょ」「ま、まあ、そう言われてみれば……そうだよな」
「しっかりしなきゃダメじゃん! 美久、今独りぼっちで頑張ってんだからさあ!」「……ご、ごめん」
「謝んなら美久にでしょ!」と、そう言いながら思い切りバーン通れの背中を叩く安川さん。……超痛い。でも何も言えない。
確かに安川さんの言う通りだ。俺も柊さんに対して配慮が足らなかった。今更遅いけど反省。
そして、そんな俺と安川さんとのやり取りを傍らで黙ってみてる山本が、俺に質問してきた。
「……武智先輩の彼女さんの名前って、美久って言うんですか?」「「え?」」
しまった。安川さん名前言っちゃってるじゃん。
「それってもしかして、元々うちの高校にいた有名人、最近CMに出てる、あの柊美久ですか? 学年の違ううちのクラスでも、結構話題になってるから、私でも知ってるんですけど」
山本に質問され、俺と安川さんは顔を見合わせ答えに困ってしまう。
「……どうやらお二人の様子だと間違いなさそう」「え? い、いや」「あ、あの、あのね玲奈? え、えっと」
「そんなあたふたしてたら、正解だって言ってるようなもんですよ」
山本がクスクス笑いながら突っ込む。……不味い。悟られてしまった。俺も安川さんも嘘つくの苦手だから仕方ないかも知れないけど。
「あれ? でもよく考えたらおかしいですよね? 私もCM見ましたけど、確か柊美久って長い黒髪だったような? 私が前東京で会った時は、茶髪ボブの黒縁メガネの人でしたよね? あれは一体?」
そうだ。山本は東京で疋田美里に扮する柊さんを見てるんだ。俺と安川さんはあきらめた顔で再度見合わせ、二人揃ってはあ~、とため息を吐いた。
「たけっちー、バレちゃったから仕方ない。玲奈には本当の事を教えてあげて」「……」
いやそもそも、安川さんが柊さんの名前出すのが悪いんじゃん。そうと思いながらジロリと安川さんを見る俺。そんな俺の視線に、手でごめん、とゼスチャーして謝る安川さん。
俺はもう一回はあ、とため息を吐きながら、山本に説明した。
「山本の言う通り、俺の彼女は柊美久さんなんだ。東京で会った茶髪ボブの黒縁メガネの人は同一人物。あの時は目立っちゃダメだからって変装してたんだよ」
「成る程。そういう事かあ。でも凄いですね。私もCM見た事あるけど、あんな美人が武智先輩の彼女さんなんですね。しかも女優が彼女って凄くないです?」
フフフと笑いながら山本が茶化す。俺は頭をかいて照れるしか無かった。そんな山本を、安川さんは何故か複雑な表情で見てるけど、……どうしたんだろ?
「あ。それでさ、さっき安川さんと話してたの聞いてたと思うけど、その彼女の柊さんから近々電話かかってくるから、悪いけど暫く夜電話するの控えてほしいんだ」「え? どうしてですか? 連絡ならメールとかlineとかあるじゃないですか」
「いや、あっちの都合で今電話しか出来ないんだよ」「……ふーん。あーそうですか」
そしてどこか不機嫌な様子で先に一人で帰ろうとする山本。ここからは安川さんと帰る方向が違うから、俺は慌てて安川さんにさよならを言い、山本を追いかけた。
「……玲奈。その恋はちょっと厳しいよ」
悲しそうな声で安川さんがそう呟いていたのがかすかに聞こえたけど、どういう意味だろ?
※※※
「何で先に行くんだよ?」「別に? 武智先輩には関係ないですよーだ」
フン、と何やらご機嫌斜めの様子で俺を気にせずスタスタと先に歩いていく山本。……まあそもそも、先に行きたいなら自転車なんだから乗っていけばいいんだけどそうはしない。……何だこいつ変な奴。
「何か怒ってんのか?」「べっつにー? 武智先輩は彼女さんとイチャラブトークするんでしょ? じゃあさっさと帰ればいいんですよ」
ずっと顔を背けでも自転車を押しながらツーンとしてる山本。さっきまでそんなに機嫌悪くなかったのに。よくわかんねーな。
「……あれか? 電話できないから怒ってんのか? なら、安川さんとでも電話すりゃいいじゃん」「安川先輩は三浦先輩と毎晩電話してるから無理なんです」
それ言ったら俺だってそうなんだが。
「じゃあ、さっさと同級生の友達でも作りゃいいじゃん。そもそも俺とは学年が違うし、山本にとってはそっちのほうが都合いいだろ?」「同級生と話してもつまんないんですよ」
そりゃ山本の勝手だろ。
「そもそも、私は武智先輩とお喋りするのが楽しいんです。こうやって一緒に帰るのだってそう。バイト先でも一緒に働いたりするのとか、塾に一緒に行くのとか」
「……何で俺なんだよ?」
意味が分からないのもあって、俺は若干ムスっとしながら質問するが、山本はその問いには答えず質問返ししてきた。
「武智先輩って、柊美久とは結構会えるんですか?」「そんな訳ないじゃん。あっちは芸能人、こっちはただの一高校生なんだから」
「それって、寂しくないんですか?」「そりゃあまあ……」
そりゃ俺だって本当は、他の高校生のカップルみたいに、どっかデートしたり受験勉強を一緒にしたりしたいよ。けどそれが無理なのは重々承知だし、ないものねだりしたところで虚しいだけだ。
「十一月の文化祭では彼女さんとじゃなくてお友達と回るんですよね? その次の月にはカップルの一大イベント、クリスマスがあるけど、それも武智先輩は独りぼっちですよね? 年末のカウントダウンも、年始の初詣も、その後のバレンタインのチョコも貰えない、と」
まあ、十一月開催される文化祭に柊さんが来るってのは安川さんから聞いてて、もしかしたら会えるかも知れない、と、山本がいないところで聞いてたけど、一緒に文化祭の出し物周る事は不可能だから、山本の言う通りだ。
更に、その後きっと柊さんは芸能界の仕事とかで、山本の言うそれらの恋人達の大きなイベント、一緒に過ごせないだろう事は理解してる。
「……仕方ないだろ」
だから、改めて山本に言われ、イラっとした感情と悲しいという気持ちが入り混じった、複雑で変に吐き気を催すような感覚になる。
「そうですね。仕方ないですね」
俺の気持ちを知らないからなのか、素っ気ない返事を返す山本。
「何が言いたいんだよ?」
そう。俺が聞きたいのそこだ。言われなくたって分かってんだよ。そしてそんな俺の気持ちを分かってる上で敢えて聞いてるような気がするんだよ。だから徐々にイライラが募る俺。
そこで、山本は少し先に歩いていたところでピタっと止まった。そして自転車を道の端に停め、茶桃色の両おさげを揺らしながら、俺の傍まで歩いてきて、胸元まで急接近してきた。背の低い山本の頭頂部が見える程の距離。そしてふわりと山本から女の子の良い香りがしてくる。
俺はいきなりのその行動にドキっとしながら距離をとろうとするけど、とっさに山本は俺の腕を掴んでそうさせないようにした。そして俺をそのまま上目遣いで見上げる。茶色のとてもきれいな、やや潤んだ瞳。やはり、というかこいつ、本当めちゃくちゃ可愛いよな。つい、その端正のとれた顔に見惚れてしまい、鼓動が少しずつ早くなる。
「な、何だよ?」
「……もっと、沢山会える女の子の方が良くないですか?」
「は?」
「……もっと、沢山遊びに行ける、超可愛い女の子の方が、良くないですか?」
ほんの少し山本の吐息が俺の肌に触れる。それ程近い距離でそう話す山本の目は、どこか真剣で迷いがない。ずっと腕を掴まれたままだから距離をとれない。そりゃ、力づくで離す事は出来るけど、それやっちゃうと山本を傷つけるような、そんな気がして……。
「……何が言いたいか分からねぇ」
だから俺は、精一杯の抵抗をしようと、ふい、と顔だけ逸らす。
だけどその瞬間、山本は急にギュッと、俺の身体に腕を巻き付け、抱きついてきた。
「繋がれ……、繋がれ……」
公衆電話の受話器を片手に、呪文のようにそう呟きながら、数回続いてるコール音を聞いてる私。そしてガチャ、と繋がる音が。よし! 繋がった!
『……もしもし?』だけど、その声は非通知だからか凄く疑り深い声だったけど、私は嬉しくって気にせず、つい声を張り上げてしまう。
「明歩! 私! 美久!」『え? 美久? 美久ってあの美久?』
「どの美久か分からないけど、きっとその美久!」『み、み……、美久ぅぅぅぅ~~~~! 久しぶり~! 超声聞きたかったよぉぉぉ~~!』
そう大声で叫んでから、明歩は電話口でおいおい泣き始めた。私もそれつられてつい涙が頬を伝う。明歩と話するの久しぶりだしやっぱり嬉しいから。
『ふええ~ん! 美久どうしたのぉぉぉ~!』「グスッ、えへへ。突然ごめんね。伝えたい事があって」
『ヒック、ヒック。……つーか美久、アタシよりたけっちーと連絡取らなきゃダメなんじゃ? 時間あんまないっしょ?』「……それが、武智君繋がらなくて」
明歩にそう言われトーンダウンして伝える私。それを聞いた明歩は泣き止んだみたいで、真面目な口調に変わる。
『マジで? 何でだろ? 確かたけっちー、スマホ替えてないはずだし落としたって話も聞いてないけど』「その理由を明歩から聞いてほしくて。それと実は私、そっちの高校の文化祭の時、K市に戻れるみたい」
『へ? ま、マジ? じゃあ会えるかも?』「うん。会えるかも」
私がテンション高めにそう伝えると、っしゃあ! と更に高いテンションで明歩が電話口で雄叫びを上げてる。その声聞いて私はつい笑ってしまう。そうやって会えるって聞いて喜んでくれてるの私も嬉しい。何だか久々に胸が温かくなる。ずっとレッスン続きで正直息もつけないし、ずっと楽しくなかったから。
『じゃあ美久、早くその事たけっちーに伝えないとダメじゃん! よし。とりあえずアタシからその件たけっちーに言っとくよ。それと電話繋がらない件も聞いとくから』「ありがとう、明歩」
『あったり前じゃーん! それくらいするっての! で、仕事どうなん? 恩田のババアは相変わらずウザい?』「……明歩。気持ちはわかるけどババアはダメだよ」
『寧ろ気を使って言ってるくらいなんだけど?』「……ババアより下の表現は余り聞きたくないかも」
そりゃそっかー、と言いながらあっけらかんとケラケラ笑う明歩につい釣られ、私も電話口で笑ってしまう。はあー、久々に会話するの楽しい。友達って本当大事だ。明歩とこうやって話してて心底思う。
『しかし美久こっち戻ってくるかー。時期は文化祭の時って事だから十一月か。……ちょうどいいタイミングだったかも』「え? ちょうどいいタイミング? なんで?」
私がそう返した途端、あ、何でも無い、と慌てる明歩。……何だろ? 気になる。でもそろそろ電話切らないといけない。
「とりあえず私そろそろ行かないといけないから」『え? あ、う、うん。おっけー。たけっちーにはちゃんと話しとくから』
「じゃあついでに、武智君にまた一週間以内に電話する、とも伝えて貰っていいかな?」『了解ー。美久、頑張ってねー!』
うん、ありがとう、と私は美久に返事して受話器をガチャリ、と置いた。
途端、シーン、という音が聞こえるくらい静まり返る。この辺りは住宅街の角で、夜遅い今の時間帯は殆ど人も車も通らない。コンビニは私と上杉さんが暮らしてるマンションの近くにあって、ここは裏手。だから微かに車の音が聞こえるくらい静かな場所。
だからか、数分間だけの明歩との楽しいお喋りの後という事もあって、胸がキュッと締まる感じがするほど寂しさが湧き上がってくる。私、今本当に独りなんだなあ。そう、改めて思ってしまう。武智君とも話出来てないし。
「っと、黄昏れてる場合じゃないや」苦しくなる胸を抑えながら、私はアリバイ作りのため、コンビニで買い物する必要があるので急いで向かう。電話した数分を取り返なきゃいけない。
……でも、K市に戻れる。明歩に会えるかも知れない。そして、武智君にも会えるかも知れない。
そう考えると希望が湧いてくる。やや息を切らせコンビニにたどり着いた私の顔が、自動ドアのガラスに映る。ハハ、私、久々に素の笑顔だ。よし。十一月までまだ時間はあるけど、頑張ろう。
コンビニの自動ドアの前でフンス、と握りこぶしを作って気合を入れる私。その時ちょうど自動ドアが開き、店内から人が出てきて私を怪訝な顔で見て横を通り過ぎる。つい恥ずかしくなっちゃって逃げるように店内に入る私。
東京にやってきて、武智君と会って以来、久々に晴れやかな気分。ああ、十一月が待ち遠しいなあ。
※※※
俺は安川さんから話を聞いて、ようやく胸のつかえが下りた。
今はバイトの帰り道。自転車を手で押しながら俺と安川さん、更に山本も一緒に俺達は家路についてる。今日もバイトは大忙しだったから全員相当疲れが溜まった状態での帰り道。
その時安川さんから、昨晩柊さんから電話がかかってきたと聞いた。柊さんはずっと俺に電話してくれてたようで、でも全然繋がらなくて気になってたとの事。とりあえず、柊さんに何かあったわけじゃなかったって分かって安心したよ。
で、繋がらない原因は、最近毎晩かかってくる山本からの電話だ。俺のスマホは通話中に電話がかかってきても通知してくれないのと、こっちが通話中、相手にはツー、ツー、という音しか鳴らない仕様になってる。だからお互い分からなかったんだな。
なら、山本に言って暫く夜の電話を止めて貰えばいい話だ。しかも近いうちに柊さん、俺に電話してくれるらしいから、もう今日からは電話しないようして貰わないと。
そんな事を考えつつ、そろそろ安川さんとお別れして山本と二人になる分かれ道辺りで、安川さんが山本に話しかけた。
「玲奈さあ、今たけっちーに聞いて知ったんだけど、あんた毎晩たけっちーに電話してたん?」「え? そうですけど?」
「そうですけどって……。それ、たけっちーに迷惑とか考えなかった?」「え? ……武智先輩、迷惑でした?」
俺に振られてちょっと驚いたけど、まあ俺は別に迷惑じゃなかったし、山本が一人暮らしなの知ってるから、可愛そうと思って受けちゃってたんだよな。
そう伝えると、安川さんがはあ~、と頭を抱えながらでかいため息を吐く。
「あのさぁ~、美久は滅多に連絡できない中、ギリギリ時間作ってたけっちーに連絡してんだよ? 優先順位としておかしいっしょ」「ま、まあ、そう言われてみれば……そうだよな」
「しっかりしなきゃダメじゃん! 美久、今独りぼっちで頑張ってんだからさあ!」「……ご、ごめん」
「謝んなら美久にでしょ!」と、そう言いながら思い切りバーン通れの背中を叩く安川さん。……超痛い。でも何も言えない。
確かに安川さんの言う通りだ。俺も柊さんに対して配慮が足らなかった。今更遅いけど反省。
そして、そんな俺と安川さんとのやり取りを傍らで黙ってみてる山本が、俺に質問してきた。
「……武智先輩の彼女さんの名前って、美久って言うんですか?」「「え?」」
しまった。安川さん名前言っちゃってるじゃん。
「それってもしかして、元々うちの高校にいた有名人、最近CMに出てる、あの柊美久ですか? 学年の違ううちのクラスでも、結構話題になってるから、私でも知ってるんですけど」
山本に質問され、俺と安川さんは顔を見合わせ答えに困ってしまう。
「……どうやらお二人の様子だと間違いなさそう」「え? い、いや」「あ、あの、あのね玲奈? え、えっと」
「そんなあたふたしてたら、正解だって言ってるようなもんですよ」
山本がクスクス笑いながら突っ込む。……不味い。悟られてしまった。俺も安川さんも嘘つくの苦手だから仕方ないかも知れないけど。
「あれ? でもよく考えたらおかしいですよね? 私もCM見ましたけど、確か柊美久って長い黒髪だったような? 私が前東京で会った時は、茶髪ボブの黒縁メガネの人でしたよね? あれは一体?」
そうだ。山本は東京で疋田美里に扮する柊さんを見てるんだ。俺と安川さんはあきらめた顔で再度見合わせ、二人揃ってはあ~、とため息を吐いた。
「たけっちー、バレちゃったから仕方ない。玲奈には本当の事を教えてあげて」「……」
いやそもそも、安川さんが柊さんの名前出すのが悪いんじゃん。そうと思いながらジロリと安川さんを見る俺。そんな俺の視線に、手でごめん、とゼスチャーして謝る安川さん。
俺はもう一回はあ、とため息を吐きながら、山本に説明した。
「山本の言う通り、俺の彼女は柊美久さんなんだ。東京で会った茶髪ボブの黒縁メガネの人は同一人物。あの時は目立っちゃダメだからって変装してたんだよ」
「成る程。そういう事かあ。でも凄いですね。私もCM見た事あるけど、あんな美人が武智先輩の彼女さんなんですね。しかも女優が彼女って凄くないです?」
フフフと笑いながら山本が茶化す。俺は頭をかいて照れるしか無かった。そんな山本を、安川さんは何故か複雑な表情で見てるけど、……どうしたんだろ?
「あ。それでさ、さっき安川さんと話してたの聞いてたと思うけど、その彼女の柊さんから近々電話かかってくるから、悪いけど暫く夜電話するの控えてほしいんだ」「え? どうしてですか? 連絡ならメールとかlineとかあるじゃないですか」
「いや、あっちの都合で今電話しか出来ないんだよ」「……ふーん。あーそうですか」
そしてどこか不機嫌な様子で先に一人で帰ろうとする山本。ここからは安川さんと帰る方向が違うから、俺は慌てて安川さんにさよならを言い、山本を追いかけた。
「……玲奈。その恋はちょっと厳しいよ」
悲しそうな声で安川さんがそう呟いていたのがかすかに聞こえたけど、どういう意味だろ?
※※※
「何で先に行くんだよ?」「別に? 武智先輩には関係ないですよーだ」
フン、と何やらご機嫌斜めの様子で俺を気にせずスタスタと先に歩いていく山本。……まあそもそも、先に行きたいなら自転車なんだから乗っていけばいいんだけどそうはしない。……何だこいつ変な奴。
「何か怒ってんのか?」「べっつにー? 武智先輩は彼女さんとイチャラブトークするんでしょ? じゃあさっさと帰ればいいんですよ」
ずっと顔を背けでも自転車を押しながらツーンとしてる山本。さっきまでそんなに機嫌悪くなかったのに。よくわかんねーな。
「……あれか? 電話できないから怒ってんのか? なら、安川さんとでも電話すりゃいいじゃん」「安川先輩は三浦先輩と毎晩電話してるから無理なんです」
それ言ったら俺だってそうなんだが。
「じゃあ、さっさと同級生の友達でも作りゃいいじゃん。そもそも俺とは学年が違うし、山本にとってはそっちのほうが都合いいだろ?」「同級生と話してもつまんないんですよ」
そりゃ山本の勝手だろ。
「そもそも、私は武智先輩とお喋りするのが楽しいんです。こうやって一緒に帰るのだってそう。バイト先でも一緒に働いたりするのとか、塾に一緒に行くのとか」
「……何で俺なんだよ?」
意味が分からないのもあって、俺は若干ムスっとしながら質問するが、山本はその問いには答えず質問返ししてきた。
「武智先輩って、柊美久とは結構会えるんですか?」「そんな訳ないじゃん。あっちは芸能人、こっちはただの一高校生なんだから」
「それって、寂しくないんですか?」「そりゃあまあ……」
そりゃ俺だって本当は、他の高校生のカップルみたいに、どっかデートしたり受験勉強を一緒にしたりしたいよ。けどそれが無理なのは重々承知だし、ないものねだりしたところで虚しいだけだ。
「十一月の文化祭では彼女さんとじゃなくてお友達と回るんですよね? その次の月にはカップルの一大イベント、クリスマスがあるけど、それも武智先輩は独りぼっちですよね? 年末のカウントダウンも、年始の初詣も、その後のバレンタインのチョコも貰えない、と」
まあ、十一月開催される文化祭に柊さんが来るってのは安川さんから聞いてて、もしかしたら会えるかも知れない、と、山本がいないところで聞いてたけど、一緒に文化祭の出し物周る事は不可能だから、山本の言う通りだ。
更に、その後きっと柊さんは芸能界の仕事とかで、山本の言うそれらの恋人達の大きなイベント、一緒に過ごせないだろう事は理解してる。
「……仕方ないだろ」
だから、改めて山本に言われ、イラっとした感情と悲しいという気持ちが入り混じった、複雑で変に吐き気を催すような感覚になる。
「そうですね。仕方ないですね」
俺の気持ちを知らないからなのか、素っ気ない返事を返す山本。
「何が言いたいんだよ?」
そう。俺が聞きたいのそこだ。言われなくたって分かってんだよ。そしてそんな俺の気持ちを分かってる上で敢えて聞いてるような気がするんだよ。だから徐々にイライラが募る俺。
そこで、山本は少し先に歩いていたところでピタっと止まった。そして自転車を道の端に停め、茶桃色の両おさげを揺らしながら、俺の傍まで歩いてきて、胸元まで急接近してきた。背の低い山本の頭頂部が見える程の距離。そしてふわりと山本から女の子の良い香りがしてくる。
俺はいきなりのその行動にドキっとしながら距離をとろうとするけど、とっさに山本は俺の腕を掴んでそうさせないようにした。そして俺をそのまま上目遣いで見上げる。茶色のとてもきれいな、やや潤んだ瞳。やはり、というかこいつ、本当めちゃくちゃ可愛いよな。つい、その端正のとれた顔に見惚れてしまい、鼓動が少しずつ早くなる。
「な、何だよ?」
「……もっと、沢山会える女の子の方が良くないですか?」
「は?」
「……もっと、沢山遊びに行ける、超可愛い女の子の方が、良くないですか?」
ほんの少し山本の吐息が俺の肌に触れる。それ程近い距離でそう話す山本の目は、どこか真剣で迷いがない。ずっと腕を掴まれたままだから距離をとれない。そりゃ、力づくで離す事は出来るけど、それやっちゃうと山本を傷つけるような、そんな気がして……。
「……何が言いたいか分からねぇ」
だから俺は、精一杯の抵抗をしようと、ふい、と顔だけ逸らす。
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