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その百四
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※※※
「やべぇ。マジ超可愛い」「だろ? でも噂じゃギャルっぽい女は彼氏持ちらしい。しかも空手部だって話だ」
「じゃあそっちは止めといた方がいいな。て事は、ツインテールが狙いか?」「そうなるな」
……何やら不穏な話が、若い男四人組が座ってるボックス席タイプの席から聞こえてきた。
今日もバイト先は大忙しで満席どころか待ってるお客さんが入り口で並んでるくらい。……この店並ぶほど看板メニューとか無いんだけど。
まあ目的は間違いなく安川さんと山本なんだけどさ。疋田さんこと柊さんがいた頃はこんな風にならなかったのに。茶髪ボブに黒縁メガネでも相当可愛かったのに。そう考えると俺の彼女が認められてないみたいに思っちゃって何かムカつく。
それはともかく、ボックス席に座ってる男連中の話してる内容が気になったので、俺は注意しとこうと忙しい中思ってた。
そんな事を露知らず、山本はいつもの通り笑顔を振りまき、店内の男達を虜にしながら、俺が接客中にさっきの男達がいるボックス席に注文を取りに行ってしまった。不味い! 俺が慌ててその席に行こうとすると、今度は厨房の方からマスターの声が聞こえてきた。
「武智君! 悪い、ちょっと厨房入ってくれないか?」「え? は、はい!」
なんてこった。ここでマスターからキッチンへお呼びがかかってしまうなんて。俺は仕方なく厨房に入る前に、同じくホールで忙しそうにしてる安川さんを手招きで呼ぶ。
「たけっちー何ー! 今超忙しいんだけど!」
「ごめん。忙しいの承知でお願いなんだけど、あのボックス席の男連中、山本に余計なちょっかいかけるかも。そういう話してるの聞こえちゃってさ。悪いけど注意して見ててもらえない? 俺今から厨房に入らないといけないから」
「マジか。そりゃ重要だ。了解」
俺が説明した途端顔つきが変わる安川さん。そして下げたお皿類で手が空いてないのもあって、さっさと厨房入って、と顎でしゃくり俺に伝える。俺は手を挙げごめん、とお願いして、急ぎ厨房に入った。
俺は山本の事が気になりつつも、マスターに指示され溜まってた洗い物を片っ端から片付けていく。ちょうど洗い場は男四人組が座ってるボックス席が見える場所だ。店内は満席なので結構ガヤガヤしてるけど何とか声は聞こえる。だから俺は万が一何かあった場合に備え、洗い物をしながらその席を注意深く見てた。
で、案の定あいつら、山本に声かけてやがる。
「君超可愛いねぇ~」「バイト何時に終わんの?」「終わってから俺達とどっか行こうぜ」「俺ら車あるんだ」
「はいはい。ナンパは外で、別の人にお願いしまーす! ご注文は?」
でも山本は慣れた様子で適当にあしらおうとする。あいつ凄いな。度胸あんな。
「いや俺らの話聞いてた? 後で会おうぜって言ってんだよ」「ですからお断りでーす。ご注文は?」
「注文なんかどうでもいいんだよ。お前俺達舐めんてんのか?」
「は? ……あんたらバッカじゃないの?」
「は?」「んだと?」「誰がバカだ?」「あ?」
連中が全員ガタッと立ち上がる。空気が変わった。俺はちょうど洗い物が終わったところだ。一応何かあった時のために動けるようスタンバイしてる。マスターは引っ切り無しに入ってくるオーダーにてんてこ舞いになってる上、場所的にボックス席が見えないから気付いてないみたいだ。
「あのさぁ、そうやってか弱い私みたいな女の子一人に対して、数人で脅して凄んで怖がらせて、ナンパがうまくいくと思ってんの? そういう短絡的な行動がバカだって言ってんの。そもそもここは店員をナンパしに来るとこじゃないでしょ? 注文ないなら帰ったら?」
「んだコラァ!」「可愛いからって調子乗ってんなよ!」「こっちは男四人いるんだぜ?」「優しく言ってやってんのによぉ」
声を荒げる男連中。おいおい! 山本何煽ってんだよ? 仕方ない。俺が急いで厨房からホールに出ると、そこで安川さんがサッと山本の隣に現れる。
「あんた達さあ! さっきからうっとうしーんだよ! 注文しないなら出てけ!」
そして安川さんが大声で怒鳴る。その声を聞いた店内の客達が一斉にボックス席を見た。一気に注目の的になってしまったそいつらは、それを気まずく思ったのか、ケッと悪態をつきながら全員席から離れ出ていこうとする。
「安川先輩ありがとうございます」「ったく、玲奈もああやって煽っちゃダメじゃん」
そう言って安川さんは山本をたしなめながら、頭をポンポンと軽く叩き、山本はテヘ、と舌を出してる。……こいつ全然悪びれてねーし。反省してないな。
だがそこで突然、連中のうちの一人が山本の腕を掴んで無理やり外に連れて行こうとした。不味い!
「キャ! 何すんのよ! 離しなさいよ!」「うっせぇ! 俺達をコケにしやがって! ついてこいや!」
抵抗する山本だが力では到底勝てない。安川さんも咄嗟の事で動けない。そこで俺が飛び出して、そいつの腕をガッと掴んだ。
「な? 離せよ!」「そっちがこの子の腕を離す方が先だろ?」
「何だてめぇ!」他の一人が突然俺に殴りかかった。……おいおいマジかよ。ここ店の中だぞ? 店員の俺に殴りかかるか? で、案の定大した事ないパンチなので、俺は空いたもう片方の手でそれを難なくパシっと受け止める。それから山本の腕を掴んでる奴の腕を、ググっと強く握ってやった。するとそいつは顔を歪ませ苦しそうにしてる。
「い、痛ってぇぇぇ! は、離せ!」「じゃあまずは、そっちから離そうか」
そしてようやくそいつは痛みが我慢ならなかったみたいで、山本の腕を離した。
そこで安川さんが、俺にちょっと引いてる男連中に対峙するように腕を組み仁王立ちする。
「あんた達は知らなかっただろうけど、この平凡そうに見える彼、県の空手大会で優勝したんだよ! あんた達全員かかってきても勝てないっつの!」
と、自分の事じゃないのに物凄く偉そうに叫ぶ安川さん。……つか、いやあの、安川さん? 平凡そうな、って単語いる?ていうか安川さん、俺の事そんな風に思ってたのかよ。
「……お、お前、もしかして……、武智?」「え? ああそうだけど。何で名前知ってんの?」
「お、おい。やべぇよ。こいつマジで強い。俺大会見に行ったから知ってる」
あー、あの大会見に来てたのか。って事は、俺を知ってるというこいつは多分、他校の生徒で応援か何かで来てたのかも?
「ま、たけっちーの事知ってんなら、二度とこの店には来ないほうがいいね! それにこの店、たけっちーの後輩もよく来るからね!」
そうだ。安川さんの言った通りここは空手部の後輩もよく来る。まああいつらは主に山本目当てで来てんだけど。……目的だけならこの連中と同じだな。あんな強引な事はしないだろうけど。
「……帰ろうぜ」「ああ」「そうだな」「ケッ、来るんじゃなかった」
そいつらが現実を知り帰ろうとしたところで、俺が「待て」と声をかける。
「な、何だよ?」「何だよ、じゃねーよ。この子に謝れ」
「は? 何で俺達が……」「お前達のせいで怯えてんだろ。しかも俺達だって仕事してんのそれを止めて、お前らの相手してんだからな。店に迷惑かけてんだよ」
そう。さっき連れて行かれそうになった時、山本は明らかに震えてた。今は床にペタンとへたり込んでるし。そりゃ急にあんな事されちゃ怖いよな。……そういや一年位前似たような事があったな。あの時は茶髪ボブの黒縁メガネの女の子が、車で攫われそうになったんだけど。
「ほら! サッサとする! アタシ達だって暇じゃないんだから!」
しびれを切らした安川さんが怒鳴る。ついで俺がそいつらをギロリと一睨み。するとそいつらは渋々、と言った感じだけど、皆して頭を下げた。
「これでいいか?」「へっ? は、はい。私はそれで……」
「んじゃサッサと帰って。で、二度と来ない方があんた達のためだと思うよ」腕を組んでフンと鼻を鳴らし、何故かやってやったぜ! みたいに偉そうな態度の安川さん。それを聞いたそいつらは、確かにそうだと思ったらしく、言い返さずスゴスゴと黙って店から出ていった。
瞬間、「おおー!」「かっけぇ!」「兄ちゃんやるねー!」と、ホール全体から拍手喝采を浴びる。……あー、そりゃこんだけの事があれば、皆注目するよなあ。しかもいつの間にか、マスターも手を止めて俺達を見てたみたいで、お客さんと一緒になって拍手してるし。
俺達は恥ずかしさの余り体を縮こませ、ペコペコ頭を下げ持ち場へ戻る。マスターは山本の傍に駆け寄り、とりあえず奥で休んでていいから、と声をかけ、山本もすみません、と謝りながらマスターの申し出に甘え、マスターと一緒に休憩時に使ってる更衣室に向かっていった。
※※※
「山本さん、もし良かったら先に上がっていいよ」「すみません、マスター。ご迷惑かけちゃって」
更衣室に一緒に来てくれたマスターが、気にしなくて良いよ、と優しい笑顔で答えてくれた。そして黙って更衣室を後にするマスター。確かに相変わらず体震えてるし、それに今出ていったら変に注目の的になっちゃいそうだから、仕事どころじゃないかも。
あんな風に力づくで連れ去られそうになってびっくりしちゃった。お母さんが連れてきた男に襲われそうになった時を思い出しちゃった。あの時も男の暴力的な力に抗うのが精一杯で、何とか逃げ出せた。今回、もし武智先輩がいなかったら……。
「怖かった……。怖かった」色々思い出しちゃって思わず涙が溢れてくる。自分の体をヒシっと抱きしめ震えを抑えようとしてしまう。だから男って嫌いなんだ。女を性の対象としてしか見なくて、しかもか弱いと見るやああやって力づくで何かしようとするから。
……でも、そういう暴力から守ってくれた、男の人がここにいる。
そう思った瞬間、ドクン、と私の胸の中が跳ね上がるように大きく鼓動を打った。しかもそれが連続して動悸となり激しくなってきて、次第に顔が熱を帯びてきて熱くなる。
その人の事を想うと胸がキュッと苦しくなる。でもそれと同時に、何だか不思議とふわふわした心地いい気持ちが湧き出してきた。
あの人の傍に居たい。あの力強い腕の中に抱かれたい。そう思うとますます気持ちが高ぶってくる。理性で抑える自信が持てない。
こんな気持ち初めてだけど、この正体が何か、すぐに分かった。
「……グスッ。ヘヘッ、そっか。そうなんだ」
溢れそうになってた涙を拭い、一人でそう、呟く。
そう。これはきっと、恋。……私、武智先輩の事、好きになっちゃったみたい。
「やべぇ。マジ超可愛い」「だろ? でも噂じゃギャルっぽい女は彼氏持ちらしい。しかも空手部だって話だ」
「じゃあそっちは止めといた方がいいな。て事は、ツインテールが狙いか?」「そうなるな」
……何やら不穏な話が、若い男四人組が座ってるボックス席タイプの席から聞こえてきた。
今日もバイト先は大忙しで満席どころか待ってるお客さんが入り口で並んでるくらい。……この店並ぶほど看板メニューとか無いんだけど。
まあ目的は間違いなく安川さんと山本なんだけどさ。疋田さんこと柊さんがいた頃はこんな風にならなかったのに。茶髪ボブに黒縁メガネでも相当可愛かったのに。そう考えると俺の彼女が認められてないみたいに思っちゃって何かムカつく。
それはともかく、ボックス席に座ってる男連中の話してる内容が気になったので、俺は注意しとこうと忙しい中思ってた。
そんな事を露知らず、山本はいつもの通り笑顔を振りまき、店内の男達を虜にしながら、俺が接客中にさっきの男達がいるボックス席に注文を取りに行ってしまった。不味い! 俺が慌ててその席に行こうとすると、今度は厨房の方からマスターの声が聞こえてきた。
「武智君! 悪い、ちょっと厨房入ってくれないか?」「え? は、はい!」
なんてこった。ここでマスターからキッチンへお呼びがかかってしまうなんて。俺は仕方なく厨房に入る前に、同じくホールで忙しそうにしてる安川さんを手招きで呼ぶ。
「たけっちー何ー! 今超忙しいんだけど!」
「ごめん。忙しいの承知でお願いなんだけど、あのボックス席の男連中、山本に余計なちょっかいかけるかも。そういう話してるの聞こえちゃってさ。悪いけど注意して見ててもらえない? 俺今から厨房に入らないといけないから」
「マジか。そりゃ重要だ。了解」
俺が説明した途端顔つきが変わる安川さん。そして下げたお皿類で手が空いてないのもあって、さっさと厨房入って、と顎でしゃくり俺に伝える。俺は手を挙げごめん、とお願いして、急ぎ厨房に入った。
俺は山本の事が気になりつつも、マスターに指示され溜まってた洗い物を片っ端から片付けていく。ちょうど洗い場は男四人組が座ってるボックス席が見える場所だ。店内は満席なので結構ガヤガヤしてるけど何とか声は聞こえる。だから俺は万が一何かあった場合に備え、洗い物をしながらその席を注意深く見てた。
で、案の定あいつら、山本に声かけてやがる。
「君超可愛いねぇ~」「バイト何時に終わんの?」「終わってから俺達とどっか行こうぜ」「俺ら車あるんだ」
「はいはい。ナンパは外で、別の人にお願いしまーす! ご注文は?」
でも山本は慣れた様子で適当にあしらおうとする。あいつ凄いな。度胸あんな。
「いや俺らの話聞いてた? 後で会おうぜって言ってんだよ」「ですからお断りでーす。ご注文は?」
「注文なんかどうでもいいんだよ。お前俺達舐めんてんのか?」
「は? ……あんたらバッカじゃないの?」
「は?」「んだと?」「誰がバカだ?」「あ?」
連中が全員ガタッと立ち上がる。空気が変わった。俺はちょうど洗い物が終わったところだ。一応何かあった時のために動けるようスタンバイしてる。マスターは引っ切り無しに入ってくるオーダーにてんてこ舞いになってる上、場所的にボックス席が見えないから気付いてないみたいだ。
「あのさぁ、そうやってか弱い私みたいな女の子一人に対して、数人で脅して凄んで怖がらせて、ナンパがうまくいくと思ってんの? そういう短絡的な行動がバカだって言ってんの。そもそもここは店員をナンパしに来るとこじゃないでしょ? 注文ないなら帰ったら?」
「んだコラァ!」「可愛いからって調子乗ってんなよ!」「こっちは男四人いるんだぜ?」「優しく言ってやってんのによぉ」
声を荒げる男連中。おいおい! 山本何煽ってんだよ? 仕方ない。俺が急いで厨房からホールに出ると、そこで安川さんがサッと山本の隣に現れる。
「あんた達さあ! さっきからうっとうしーんだよ! 注文しないなら出てけ!」
そして安川さんが大声で怒鳴る。その声を聞いた店内の客達が一斉にボックス席を見た。一気に注目の的になってしまったそいつらは、それを気まずく思ったのか、ケッと悪態をつきながら全員席から離れ出ていこうとする。
「安川先輩ありがとうございます」「ったく、玲奈もああやって煽っちゃダメじゃん」
そう言って安川さんは山本をたしなめながら、頭をポンポンと軽く叩き、山本はテヘ、と舌を出してる。……こいつ全然悪びれてねーし。反省してないな。
だがそこで突然、連中のうちの一人が山本の腕を掴んで無理やり外に連れて行こうとした。不味い!
「キャ! 何すんのよ! 離しなさいよ!」「うっせぇ! 俺達をコケにしやがって! ついてこいや!」
抵抗する山本だが力では到底勝てない。安川さんも咄嗟の事で動けない。そこで俺が飛び出して、そいつの腕をガッと掴んだ。
「な? 離せよ!」「そっちがこの子の腕を離す方が先だろ?」
「何だてめぇ!」他の一人が突然俺に殴りかかった。……おいおいマジかよ。ここ店の中だぞ? 店員の俺に殴りかかるか? で、案の定大した事ないパンチなので、俺は空いたもう片方の手でそれを難なくパシっと受け止める。それから山本の腕を掴んでる奴の腕を、ググっと強く握ってやった。するとそいつは顔を歪ませ苦しそうにしてる。
「い、痛ってぇぇぇ! は、離せ!」「じゃあまずは、そっちから離そうか」
そしてようやくそいつは痛みが我慢ならなかったみたいで、山本の腕を離した。
そこで安川さんが、俺にちょっと引いてる男連中に対峙するように腕を組み仁王立ちする。
「あんた達は知らなかっただろうけど、この平凡そうに見える彼、県の空手大会で優勝したんだよ! あんた達全員かかってきても勝てないっつの!」
と、自分の事じゃないのに物凄く偉そうに叫ぶ安川さん。……つか、いやあの、安川さん? 平凡そうな、って単語いる?ていうか安川さん、俺の事そんな風に思ってたのかよ。
「……お、お前、もしかして……、武智?」「え? ああそうだけど。何で名前知ってんの?」
「お、おい。やべぇよ。こいつマジで強い。俺大会見に行ったから知ってる」
あー、あの大会見に来てたのか。って事は、俺を知ってるというこいつは多分、他校の生徒で応援か何かで来てたのかも?
「ま、たけっちーの事知ってんなら、二度とこの店には来ないほうがいいね! それにこの店、たけっちーの後輩もよく来るからね!」
そうだ。安川さんの言った通りここは空手部の後輩もよく来る。まああいつらは主に山本目当てで来てんだけど。……目的だけならこの連中と同じだな。あんな強引な事はしないだろうけど。
「……帰ろうぜ」「ああ」「そうだな」「ケッ、来るんじゃなかった」
そいつらが現実を知り帰ろうとしたところで、俺が「待て」と声をかける。
「な、何だよ?」「何だよ、じゃねーよ。この子に謝れ」
「は? 何で俺達が……」「お前達のせいで怯えてんだろ。しかも俺達だって仕事してんのそれを止めて、お前らの相手してんだからな。店に迷惑かけてんだよ」
そう。さっき連れて行かれそうになった時、山本は明らかに震えてた。今は床にペタンとへたり込んでるし。そりゃ急にあんな事されちゃ怖いよな。……そういや一年位前似たような事があったな。あの時は茶髪ボブの黒縁メガネの女の子が、車で攫われそうになったんだけど。
「ほら! サッサとする! アタシ達だって暇じゃないんだから!」
しびれを切らした安川さんが怒鳴る。ついで俺がそいつらをギロリと一睨み。するとそいつらは渋々、と言った感じだけど、皆して頭を下げた。
「これでいいか?」「へっ? は、はい。私はそれで……」
「んじゃサッサと帰って。で、二度と来ない方があんた達のためだと思うよ」腕を組んでフンと鼻を鳴らし、何故かやってやったぜ! みたいに偉そうな態度の安川さん。それを聞いたそいつらは、確かにそうだと思ったらしく、言い返さずスゴスゴと黙って店から出ていった。
瞬間、「おおー!」「かっけぇ!」「兄ちゃんやるねー!」と、ホール全体から拍手喝采を浴びる。……あー、そりゃこんだけの事があれば、皆注目するよなあ。しかもいつの間にか、マスターも手を止めて俺達を見てたみたいで、お客さんと一緒になって拍手してるし。
俺達は恥ずかしさの余り体を縮こませ、ペコペコ頭を下げ持ち場へ戻る。マスターは山本の傍に駆け寄り、とりあえず奥で休んでていいから、と声をかけ、山本もすみません、と謝りながらマスターの申し出に甘え、マスターと一緒に休憩時に使ってる更衣室に向かっていった。
※※※
「山本さん、もし良かったら先に上がっていいよ」「すみません、マスター。ご迷惑かけちゃって」
更衣室に一緒に来てくれたマスターが、気にしなくて良いよ、と優しい笑顔で答えてくれた。そして黙って更衣室を後にするマスター。確かに相変わらず体震えてるし、それに今出ていったら変に注目の的になっちゃいそうだから、仕事どころじゃないかも。
あんな風に力づくで連れ去られそうになってびっくりしちゃった。お母さんが連れてきた男に襲われそうになった時を思い出しちゃった。あの時も男の暴力的な力に抗うのが精一杯で、何とか逃げ出せた。今回、もし武智先輩がいなかったら……。
「怖かった……。怖かった」色々思い出しちゃって思わず涙が溢れてくる。自分の体をヒシっと抱きしめ震えを抑えようとしてしまう。だから男って嫌いなんだ。女を性の対象としてしか見なくて、しかもか弱いと見るやああやって力づくで何かしようとするから。
……でも、そういう暴力から守ってくれた、男の人がここにいる。
そう思った瞬間、ドクン、と私の胸の中が跳ね上がるように大きく鼓動を打った。しかもそれが連続して動悸となり激しくなってきて、次第に顔が熱を帯びてきて熱くなる。
その人の事を想うと胸がキュッと苦しくなる。でもそれと同時に、何だか不思議とふわふわした心地いい気持ちが湧き出してきた。
あの人の傍に居たい。あの力強い腕の中に抱かれたい。そう思うとますます気持ちが高ぶってくる。理性で抑える自信が持てない。
こんな気持ち初めてだけど、この正体が何か、すぐに分かった。
「……グスッ。ヘヘッ、そっか。そうなんだ」
溢れそうになってた涙を拭い、一人でそう、呟く。
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