何故か超絶美少女に嫌われる日常

やまたけ

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その百二

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 ※※※

 大きな顕彰幕が、バサァと風にたなびきながら、今年も正門前の校舎の壁に掛けられてる。

 そこには、「祝! 県大会空手部、個人の部優勝! 武智悠斗君」と、デカデカと書かれている。その顕彰幕を、俺は何だか恥ずかしい気持ちで、校門前に一人自転車に跨り突っ立って眺めてる。よくもまあ、合宿も行かずあれだけ忙しかった中で、優勝できたなあ、とか思いながら見つめてんだけど。

 今日から二学期だ。それでも九月頭なのでまだかなり暑い。蝉はもう自身が活躍する時期を終えたからだろう、鳴き声は一切聞こえないが、それでも日差しは相変わらず強い。

 夏休みの間、俺は空手に塾にバイトに、と、かなり忙しい毎日を送っていた。そして、空手部の合宿を休んでまで行った東京での思い出。……それは素敵なはずなのに、思い出す度、胸が締め付けられる。

 あの時から半月以上経ち、柊さんともあれからニ~三回は電話で話出来てるけど、柊さんも余り時間が取れないみたいで、電話した時は五分も話せてない。声聞けるだけ贅沢なのかも知れないけど。

 でも、今度は会いたくて仕方がないというか、更に贅沢な思いが湧いてくる。だって高校生最後なんだし、ようやく両想いになれた彼女が出来たんだし、卒業までに色んなとこ遊びに行きたいって思うから。……正直、雄介と安川さんが羨ましい。

 そんなどうしようもない事考えながら校門の前で佇んでると、「よお。チャンピオン」と、言いながら、雄介が肩にポン、と手を置き冷やかしてきた。俺は苦笑いを返しながら同じく雄介の肩に手を置く。

「でも雄介だって、今回すげー頑張ってたじゃん」「まあな」

 ヘヘ、とまんざらでもない様子で笑う雄介。こいつは今回ベスト4まで勝ち残った。元々余り空手に本気じゃなかった雄介だけど、どうやら安川さんの存在が、雄介のやる気を引き立たせたみたいだ。守りたいものがあるってのは、男を強くさせるもんなんだろうな。

 そして俺達は一緒に校内の自転車置き場へ向かい、そこで自転車を停めいつものように学校の玄関ホール入り口に入っていく。

 ーちょっと、邪魔なのよ!ー

 ハッとして中を覗き込む。あの偉そうで生意気な声が聞こえた気がしたから。……勿論それは、俺の幻聴なのは分かってるんだけど。

 夏休み前は毎日あったあのやり取り。多くの生徒が玄関ホールに入っていくのを見つめながら、あの、柊さんの嫌われ演技を思い出す。当時は嫌だったあの日常さえ、今は懐かしくいい思い出にさえ思えてしまう。

 その後何だかんだあって柊さんと仲良くなって、そしてバイト先の疋田さんが実は変装してた柊さんだと分かって、しかも彼女になって、それから東京で……。

 本当、俺にとっては多分、生涯忘れる事の出来ない夏休みになったんじゃないかって思う。

 そして今は、一時の寂しさも。今はあの日常が戻ってこないから。

「悠斗? どした?」「え? あ、いや……。何でもない」

 片眉を上げ変な奴、と俺が玄関ホール前で固まって動かないのに訝しがる雄介。俺は何とか、感傷的な気持ちが雄介にバレないよう表情を隠し、二人下駄箱で靴を履き替えてると、誰かが俺の前に立ち塞がった。

 え? もしかして……。

 俺はつい、嬉しくなって顔を上げる。そこには……。

「武智悠斗。遅いのよ」綾邊さんが腰に手を当て、仁王立ちで待っていた。……ハハ、そりゃそうだ。いるわけないよな。

「あ、ああ。綾邊さん。おはよう。えーと、何か用?」「用があるから声をかけたんでしょう? そんな事くらい、説明しないと分からないのかしら?」

 ……何で怒られてんの俺? でもこのやり取り、何だかアレみたいでちょっと嬉しくなったりするけど。

「そもそもコミュ障の私が、こうやってわざわざ待ってたんだから感謝しなさい」「あ、はい。どうも」

 ああ。これ機嫌悪いんじゃなくて、コミュ障だからこういう言い方してんのかな?

「で? 生徒会長さんは何で待ってたんだ?」そこで雄介も綾邊さんに声をかける。そして話しかけられビクっとするも、またもむっとしながら生徒会長さんは答える。

「ほら、あの。屋上よ。今日の昼休み、来なさい」

「へ?」綾辺さん。あの屋上の鍵持ってんの?

 ※※※

「ねえねえ見た?」「見た見た! すっごいよねー」

「元々俺らとは住む世界が違ったんだろうな」「だなあ。マジすっげぇ驚いたわ」

 クラスに入るなりみんなしてワイワイ騒いでる。その騒ぎの理由、それは確か、高校野球が始まるちょっと前くらいから、テレビで流れたCMのせいだ。

 とある有名な清涼飲料水のCM。プールサイドで裸足のセーラー服姿の超絶美少女が、清涼飲料水をプハァと飲みきり、とびきりの笑顔を画面いっぱいに向ける。きっとこの世の多くの男共は、その見た事もないような美少女の笑顔にやられただろう。

 そしてこのCMは、ネットニュースを含め大きな話題となった。何故ならこのCMは、通例なら現役の有名な若い女優が抜擢されてきたからだ。ところが今回は無名の新人。だからその事でマスコミやネットニュースは結構騒がしかったらしい。あの美少女は一体誰だ? 名前は? どうして通例の大女優ではなく、無名の新人が? 等々。

 そのうち、とあるネットニュースがその美少女の名前をリークした。そう。柊美久。俺の彼女だ。

 そんな騒ぎを面白がって、雄介が俺に声をかけてくる。雄介は既に知ってるくせに。でも俺は、クラスの雰囲気を見てぼーっとしてしまう。

 しかももう少ししたら、今度は映画製作の発表会のニュースがネットやテレビで報道されるだろう。そうなると、ますます大騒ぎになるんだろうなあ。

「やっぱ話題になるよなあ、なんたって、俺達の学校から女優が誕生したんだもんな」「そうだな」

「まあ俺も知ってたけど、クラスの騒ぎ見てたら改めてすげぇなあって思うよなあ?」「そうだな」

 気のない返事をする俺をジト目で見る雄介。

「悠斗、ボーッとしすぎだ」「そうだな」

「……なあ、お前大丈夫か?」「そうだな」

「……今日の俺の弁当のおかずは照焼チキンだ」「そうだな」

 そこで突然、雄介は俺の額をチョップしやがった。痛ぇなぁ!

「な、何すんだよ!」「うっせぇ。お前さっきから、上の空で(そうだな)しか言ってねぇ。お前が俺の弁当の中身知ってるわけねーだろ」

「当たり前だろ? 何で俺が雄介の弁当の事知ってんだよ?」「……」

 ジロリと睨む雄介。何怒ってんだよ?

 そりゃさあ、生返事してたのは悪いけどさ、正直俺の心の中は、何だかグチャグチャしちゃってんだよ。

 ……だってクラスの連中の様子見てたら、柊さん、遠くに行ったんだなあって改めて認識してしまったから。寂しさと虚しさと、そして不安が入り混じった複雑な気持ちに、俺は胸が苦しくなってしまってた。

 ……柊さんに、会いたいなあ。

 ※※※

「な、なんで三浦まで来んのよ!」「え? 俺も、じゃないの?」

「武智だけで良かったの!」「そう? じゃ、俺失礼するわ」

「も、もういいわよ。どうせあんたも美久様の事知ってるんでしょ?」「まあ、明歩から色々聞いてるしな」

 何だかキレ気味の綾邊さんと、それをのほほんとした様子で返す雄介を見ながら、俺はさっさと用事を済ませたい気持ちもあってため息が出る。

「で? 何の用?」「何の用? じゃないわよ! 美久様学校辞めちゃったじゃないの! どうして教えてくれなかったのよ!」

 成る程。綾邊さんが怒ってるのはそれが原因か。

「だって俺達、綾邊さんの連絡先知らないし、なあ?」「おう」

 まあ連絡先知ってたとしても、教えたかどうかわかんないけど。だって俺達と綾邊さんって、別に友達じゃないしね。

「……そうだった。私、美久様どころか、安川さんとも連絡先交換してない。ううう、お友達だと思ってたのにぃ~」

 そこでおいおい泣き出す綾邊さん。うーん、泣かれてもなあ。俺と雄介は顔を見合わせ、お互い困った顔をする。

「そういややっぱりあのCM、美久様だったのね? どうしてそうなったのか、そこんとこ詳しーく説明しなさい!」と、今度はさっきまで泣いてたのに、いきなり顔を上げビシッっと俺に指をさす。すげぇ変わり様。さっきのは泣き真似かも。どうでもいいけど。

 しかし、うーん……。柊さんの断り無くその事教えてもいいのかなあ? 俺は回答に困って雄介を見てみると、ま、いいんじゃね? と、雄介が呟く。まあ確かに綾邉さんはファンクラブの部長なんだから、柊さんが芸能事務所でレッスン受けてるって事は知ってるだろうし、当たり障りのないとこくらいは教えても大丈夫かな? 

 まあ俺も、柊さんがCMデビューしてたのはテレビで観て知ったんだけどね。なのでかいつまんで知ってる事を話した。

「……美久様はあの超有名な、恩田プロモーションの女優になったってわけなの?」「そういう事だと思うよ」

「うーむむ。これは一ファンとしては喜ぶべきなのか、それとも、と、とと、友達として、会えなくなるのを憂うべきなのか」

 そう言って顎に手を置き、ブツブツ何やら呟いてる綾邉さん。相変わらず友達、のワードにはどもるんだな。

「で、ファンクラブはどうなったんだよ?」

「そりゃ当然解散よ。夏休み明け突然、あの取り巻き達の一人が、私と飯塚君以外辞めますって言ってきたのよ。まあ当人学校にいないし当然だけど。あ、そう言えば監視していた清田先生、この学校辞めちゃったって聞いたわ」

 雄介の質問に少し残念そうに答える綾邉さん。……あーそう言えば清田って、柊さんを監視してたんだったな。名前忘れてたのに思い出しちまったじゃん。ついでに嫌な思い出も。

「まあでも、美久様のファンクラブ部長じゃなくなったとしても、私は、ほ、ほら、そ、その、と、とと……」「友達だもんな」

「そ、そそ、そう! だからいいのよ!」

 そう言って何だか偉そうに腕組んでフン、と胸を張る綾邉さん。もしこれ、俺彼氏なんだよって言ったらどうなるんだろう?

「それに今は、にハマってるから、多少は大丈夫なのよ」「れなたん? 何だそれ?」

 雄介が顔をしかめながら質問するけど、俺は以前綾邉さんから聞いてたから知ってる。

「何でもユーチューバーらしいよ。有名なんだって」

「そうよ! あの可憐な顔つきに両おさげの可愛らしい恰好! ゲームもとても上手で見ていて飽きないのよ! 普段はマスクしていて顔ははっきり分からないけど、きっとあの顔つきは超絶美少女よ! ……まあ、私はまだパーティ組んだ事ないけど」

 何だか遠い目をしながら、何度もパーティの申し込み打診したけどダメだったのよねぇ、とか呟きながらそう話す綾邉さん。一方俺と雄介はパーティって何のこっちゃ? と思いながらも、俺は綾邉さんのその話を聞いて、とある人物が思い浮かぶ。どうやら雄介も同じみたいで、互いに顔を見合わせる。

「なあ、悠斗。それってもしかして……」「……雄介も同じ事思ったか」

 いやでもまさかなあ? だってきっと、ユーチューバーって世の中に沢山いるだろ? だからまさか俺達の知ってるあいつが、そのユーチューバーって訳……さすがにない、か?

「な、何なの? 私に隠し事しようとするつもりなの?」

 そんな戸惑ってる俺と雄介の様子を見て怒る綾邉さん。……うーん、伝えるべきかどうなのか。 



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