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その百一
しおりを挟む ※※※
「あ、あの~……」「はーい、いらっしゃいませー! 何名様ですかー?」
山本の元気な声が店内に響き渡る。俺はテーブルを片付けながらデレデレした様子で入ってくる男達をみて、ああ、またか、とため息を吐きながら、それでも一応は客なので、急いで食器類を奥の厨房へ持って行き、一人で料理を担当してるマスターの手伝いのため洗い場に入る。
満席の店内、今現在客席の九割は男だ。理由は簡単。この両おさげの後輩と、もう一人、ギャルギャルしいけど美人な安川さんがいるから。
空手部の奴らから、この喫茶店には美少女が二人もいる、と結構な噂になってるって前に聞いてた。で、あいつらももう何度も来てたりするんだよな。いやお前ら、山本はマネージャーなんだから会ってるだろ? ってツッコんだんだけど、ウェイトレス姿がいいんだと。
つっても山本も安川さんも、フリルの付いたメイドコスみたいな格好じゃなく、俺やマスターが付けてる格子柄のチョッキ着たタイトスカートなんだが。だがそれがいい! とか声揃えて言ってしまうあいつらが結構キモい。
「今日も忙しいですね」「ハハ。あの二人のおかげでね」
マスターがフライパンを振るいながら苦笑いを返す。まあ、売上に貢献してんのは良い事なんだろうけど。
そんな感じで山本も何だかんだでバイトに馴染み、安川さんとも結構仲良くやるようになってきた。バイトが終わったらいつもきゃいきゃい言いながら二人で一緒に更衣室に入っていて、「たけっちーお先ー」「先輩先に帰りまーす」ってさっさと二人で帰る事もあるくらい。
そして今日も超忙しかったバイトが終わり、ヘトヘトになりつつも後片付けをする。先に山本は更衣室に入って着替えてきて、マスターが残り物で作り置きしてくれてたハンバーグをタッパに入れながら、マスターにありがとうございます、とお礼を伝えた。実はこうやってほぼ毎日マスターは、仕込んでて残った食材を使って、一人暮らしの山本には何かしら作ってる。俺や安川さんも、休憩時間に賄いとして作って貰ってるから、皆感謝してんだよな。食べ物扱ってる店でバイトする特権だな。
「あ、そうそうたけっちー聞いた? 玲奈ってユーチューバーらしいよ?」「へー、そうなんだ」
そう。安川さんは山本の事を下の名前で呼んでる。既にそれくらい仲良くなってる。てか、山本がユーチューバーねぇ。俺が気のない返事をすると山本がムッとして俺に突っかかる。
「ほんっと、武智先輩って私に無関心ですよねー? こーんな可愛い後輩なのに」「そりゃあ、俺彼女いるしなあ」
「あの茶髪ボブの黒縁メガネさんですよね? その彼女さんとはどうやってお知り合いに? SNSとか?」「いやまあそれは……」
実は俺達が通ってた高校にいた柊さんが正体だ、なんて言えないから、答えに窮する俺。そこで安川さんが助け舟。
「ここのバイトで知り合ったんだよねー? たけっちー?」「あ、ああ。そ、そう。そうだった」
「ほう。武智君。じゃあ上手く言ったんだね?」そこでマスターがシンクを洗いながらニコッと俺に声をかける。俺は頭をかきながら頷く。マスターも俺の事応援してくれてたからなんか照れくさい。
「でもその彼女さんと一緒にいるとこ、最近全然見かけませんね。そう言えば何で彼女さん、東京にいるんですか?」「そりゃ、あっちに住んでるからな」
……未だ柊さんからは返信がない。それどころか既読にすらならない。あれから一週間以上経ってるけど、一応元気でやってるって聞いてはるけど、ずっと心配してる。何も出来ない自分がもどかしい。
だからせめて、俺は今自分ができる事を精一杯やると決めてる。今日も部活が終わってからバイトに来てて、バイト無い日は塾に行ってるし。俺のスケジュールは結構カツカツで毎日ヘトヘトになってる。
「……あれ? 武智先輩、急にトーンダウンしちゃった。もしかして私、地雷踏んじゃいました?」
「まあとにかく、早く片付けようか。安川さん、後はもういいから着替えておいで。武智君も表の掃除終わったら上がっていいから」
マスターが雰囲気を察したのか、そこで皆に指示を出す。俺達は各々返事しそれぞれ散った。
それから安川さんが先に着替えると、山本と毎度のごとく二人で先にお疲れ様でした、と挨拶して帰っていった。俺も着替えを済ませ、毎度のルーティンとなってるスマホをチェックするも……。やはり柊さんからの返信はなくがっくり肩を落とす。
はあ、とため息を付きながらロッカーを閉め出てくる俺。そしてマスターにお疲れ様でした、と挨拶し、自転車にまたがったところで、スマホがバイブしたもしかして……、柊さん?
慌ててスマホ画面を見ると……、違った。安川さんだった。少しがっかりする俺。ってか、さっきまでバイトで一緒だったんだから、その時話せば良かったんじゃ?
そんな事を思いながら電話に出ると、安川さんは予想に反して焦った声だった。
『たけっちー! 美久から連絡きた!』
……え?
※※※
「……ふう」
いつものルーティンで家に帰って速攻風呂に入り、パジャマに着替えて部屋に戻って、安川さんからのlineを見直す。
柊さんから俺には連絡がなく、安川さんにだけ送信された理由がそこに書いてあったからだ。安川さんの言う通り、やはり柊さんは恩田社長にスマホを取り上げられ、自由に使える状態じゃないらしい。だけど、少しだけ許しを得て使う事が出来て、急ぎ安川さんにだけlineを送信した、と。
で、何で俺には何も送ってないかと言うと、恩田社長達が目の前にいる状態でしかスマホを使う事が出来なかったからだそうで。そりゃ恩田社長が傍にいるのに、俺に連絡する事なんて出来ないよな。
そして今、俺はベッドにあおむけになって寝転がり、スマホを見ながらとあるところからの着信を待ってる。少し緊張しながら。
何度も画面を見直し、時々スマホを操作して特に興味もないのにネットニュースを見たりしつつ。まるで中々落ち着かない俺の気持ちを表してるかのような俺の態度。
そして、ブブブ、とスマホがバイブする。俺はそれを合図にガバっと起き上がり画面を見る。そこには(非通知)の表示。普段ならそんな怪しい着信無視するんだけど、今日だけは違う。
慌てて電話に出る。
「も、もしもし?」『……武智、君?』
「……柊、さん、だよね?」『グス……、えへへ、うん。グス……。武智君の、声だ……』
「ハ、ハハハ、ハハ……。柊さんだ」『グス、フフ、何それ?』
電話口の柊さんは、どうやら泣いてるみたいだ。俺も声を聞いて泣きそうになってるけど、俺はそれをグッとこらえる。
『グス……。中々連絡できなくて、ごめんね』「安川さんから事情聞いてるから大丈夫だよ。それより、柊さんこそ大丈夫?」
『アハハ……。グス。ちょっとダメになってた。でも、今こうして武智君の声が聞けて、大丈夫になったかも』
「お役に立てたのかな?」『フフ。グス。そうだね』
泣いてるけど嬉しそうな柊さんの声。声色で分かる。どこかホッとしてるような感じ。
『武智君、多分私にlineの返信してくれたよね? 実は見てなくて』「いいよ。それどころじゃなかっただろうし。それより、こうやって声聞けた事の方が嬉しいし」
『私も……。私も声聞きたかった』「……柊さん」
そこで言葉に詰まったようで、言葉が途切れる柊さん。
そう。実は柊さん、安川さんにlineで連絡した際、俺の電話番号を教えて欲しい、そして今晩電話するって送信したらしく、それを受け取った安川さんは速攻で返信したとの事。
どうやら目の前で監視されていたとはいえ、lineの内容までは読まれていなかったみたいだからそれが出来たようだ。で、そのやり取りは後で見つかるとまずいと思った柊さんは、それをすぐさま削除するって事も安川さんに伝えてた。そして電話番号だけは忘れずに頭の中で覚え、今こうやって公衆電話から柊さんが俺に電話かけてきたってわけだ。
そして柊さんがいるマンションの近くに、今では珍しくなった公衆電話がまだあった事もラッキーだった。
「あ。時間余りないよね? 何か話さないと」『コンビニ行くって言って出てきたから、もう少し大丈夫だよ』
「そっか。でも、不思議とこういう時って、話したい事沢山あるのに、何話せばいいか困るよね」『フフ、ほんとだね』
そして少しの沈黙。ああ、この沈黙の時間さえ勿体ないのに。何か話題ないか? そう焦ってたら柊さんから話始めた。
『私ね、今度の映画でオーディションして、主演やる事になっちゃった。他にも有名な女優さんとかいたのに。本当ならあり得ない事でとても光栄な事だから、それを一生懸命頑張ろうって、今はこの仕事に前向きになってる。あ、連絡するの時間かかっちゃったのは、オーディションの結果が分かるまで期間があったからなの』
「そうだったのか」
『でもね、連絡取れなくなっちゃって、私分かっちゃった……。武智君と一緒にいる事が、私にとってとても幸せな事だって。お姉さんの部屋にいた時の事、私にとってはとてもとても大事な思い出なんだって、改めて気づいちゃった』
「……それは、俺も同じだよ。俺だって今までの人生で一番大事な思い出だよ」
『今までの人生って、まだ高校生じゃない。十八年くらいだよ』「ハハハ。そうだね」
そして二人して笑う。ああ、この感じだ。この幸せな雰囲気。とても心地良い気持ち。本当、好きな子と会話するだけで満たされる。不思議だなあ。
『だからね、私この仕事やり切ったら、芸能界続けず、武智君の元に戻ろうって思ってる』
「……それは」と、言いかけて続きが言えなくなる俺。
そりゃ、俺だって柊さんが俺の元にいるのはメチャクチャ嬉しい。でも、柊さんの将来を考えたらそれでいいのか? って考えてしまうから。
だって、有名女優がいる中、主役勝ち取るくらいの才能を持ってるのに、それを捨ててまで俺の元に来るって。素直に喜んでいいのかどうか……。
『あ。そろそろ行かないと。また連絡するね』俺が何も言えないままでいると、柊さんがそう言って電話を切ろうとする。何かこのまま切られるのが何だか寂しい。
「あ! ま、待って!」『え? 何?』
なので俺はつい引き留めてしまう。特に話題は出てこないのに。柊さん、戻らなきゃいけないのに。何か言わないと!
「あ、あの……あの、さ。……。俺、柊さんが好きだから」『アハハ! どうしたの改まって? 知ってる。……私も、武智君が好き』
そしてフフ、っと笑い声が聞こえた後、じゃあまた、と言って電話が切れた。
「……」
俺は柊さんとの電話の余韻を感じながら、ドサっと大の字でベッドに仰向けになる。……良かった。柊さんと話する事が出来た。良かった。泣いてたけど元気そうだ。良かった。柊さん、何とか頑張れてるみたいで。じゃあまた、って言ってたから、また電話する機会があるって事だ。そう思うとかなり安心する。
「……」
柊さんは、俺の元に戻ってくるって言った。でも、そのためには戻る場所として俺がしっかりしないといけない。しかもきっと、恩田社長がそうそう簡単に許すわけないはずだ。それを分かってて、柊さんはああ言ったんだ。
「うじうじしてる場合じゃないな」
よし、と俺は起き上がり自分の両頬を叩く。寝るつもりだったけど何だか気合いが入っちゃったので、机に向かいカバンからノートを取り出し、勉強し始めた。
「あ、あの~……」「はーい、いらっしゃいませー! 何名様ですかー?」
山本の元気な声が店内に響き渡る。俺はテーブルを片付けながらデレデレした様子で入ってくる男達をみて、ああ、またか、とため息を吐きながら、それでも一応は客なので、急いで食器類を奥の厨房へ持って行き、一人で料理を担当してるマスターの手伝いのため洗い場に入る。
満席の店内、今現在客席の九割は男だ。理由は簡単。この両おさげの後輩と、もう一人、ギャルギャルしいけど美人な安川さんがいるから。
空手部の奴らから、この喫茶店には美少女が二人もいる、と結構な噂になってるって前に聞いてた。で、あいつらももう何度も来てたりするんだよな。いやお前ら、山本はマネージャーなんだから会ってるだろ? ってツッコんだんだけど、ウェイトレス姿がいいんだと。
つっても山本も安川さんも、フリルの付いたメイドコスみたいな格好じゃなく、俺やマスターが付けてる格子柄のチョッキ着たタイトスカートなんだが。だがそれがいい! とか声揃えて言ってしまうあいつらが結構キモい。
「今日も忙しいですね」「ハハ。あの二人のおかげでね」
マスターがフライパンを振るいながら苦笑いを返す。まあ、売上に貢献してんのは良い事なんだろうけど。
そんな感じで山本も何だかんだでバイトに馴染み、安川さんとも結構仲良くやるようになってきた。バイトが終わったらいつもきゃいきゃい言いながら二人で一緒に更衣室に入っていて、「たけっちーお先ー」「先輩先に帰りまーす」ってさっさと二人で帰る事もあるくらい。
そして今日も超忙しかったバイトが終わり、ヘトヘトになりつつも後片付けをする。先に山本は更衣室に入って着替えてきて、マスターが残り物で作り置きしてくれてたハンバーグをタッパに入れながら、マスターにありがとうございます、とお礼を伝えた。実はこうやってほぼ毎日マスターは、仕込んでて残った食材を使って、一人暮らしの山本には何かしら作ってる。俺や安川さんも、休憩時間に賄いとして作って貰ってるから、皆感謝してんだよな。食べ物扱ってる店でバイトする特権だな。
「あ、そうそうたけっちー聞いた? 玲奈ってユーチューバーらしいよ?」「へー、そうなんだ」
そう。安川さんは山本の事を下の名前で呼んでる。既にそれくらい仲良くなってる。てか、山本がユーチューバーねぇ。俺が気のない返事をすると山本がムッとして俺に突っかかる。
「ほんっと、武智先輩って私に無関心ですよねー? こーんな可愛い後輩なのに」「そりゃあ、俺彼女いるしなあ」
「あの茶髪ボブの黒縁メガネさんですよね? その彼女さんとはどうやってお知り合いに? SNSとか?」「いやまあそれは……」
実は俺達が通ってた高校にいた柊さんが正体だ、なんて言えないから、答えに窮する俺。そこで安川さんが助け舟。
「ここのバイトで知り合ったんだよねー? たけっちー?」「あ、ああ。そ、そう。そうだった」
「ほう。武智君。じゃあ上手く言ったんだね?」そこでマスターがシンクを洗いながらニコッと俺に声をかける。俺は頭をかきながら頷く。マスターも俺の事応援してくれてたからなんか照れくさい。
「でもその彼女さんと一緒にいるとこ、最近全然見かけませんね。そう言えば何で彼女さん、東京にいるんですか?」「そりゃ、あっちに住んでるからな」
……未だ柊さんからは返信がない。それどころか既読にすらならない。あれから一週間以上経ってるけど、一応元気でやってるって聞いてはるけど、ずっと心配してる。何も出来ない自分がもどかしい。
だからせめて、俺は今自分ができる事を精一杯やると決めてる。今日も部活が終わってからバイトに来てて、バイト無い日は塾に行ってるし。俺のスケジュールは結構カツカツで毎日ヘトヘトになってる。
「……あれ? 武智先輩、急にトーンダウンしちゃった。もしかして私、地雷踏んじゃいました?」
「まあとにかく、早く片付けようか。安川さん、後はもういいから着替えておいで。武智君も表の掃除終わったら上がっていいから」
マスターが雰囲気を察したのか、そこで皆に指示を出す。俺達は各々返事しそれぞれ散った。
それから安川さんが先に着替えると、山本と毎度のごとく二人で先にお疲れ様でした、と挨拶して帰っていった。俺も着替えを済ませ、毎度のルーティンとなってるスマホをチェックするも……。やはり柊さんからの返信はなくがっくり肩を落とす。
はあ、とため息を付きながらロッカーを閉め出てくる俺。そしてマスターにお疲れ様でした、と挨拶し、自転車にまたがったところで、スマホがバイブしたもしかして……、柊さん?
慌ててスマホ画面を見ると……、違った。安川さんだった。少しがっかりする俺。ってか、さっきまでバイトで一緒だったんだから、その時話せば良かったんじゃ?
そんな事を思いながら電話に出ると、安川さんは予想に反して焦った声だった。
『たけっちー! 美久から連絡きた!』
……え?
※※※
「……ふう」
いつものルーティンで家に帰って速攻風呂に入り、パジャマに着替えて部屋に戻って、安川さんからのlineを見直す。
柊さんから俺には連絡がなく、安川さんにだけ送信された理由がそこに書いてあったからだ。安川さんの言う通り、やはり柊さんは恩田社長にスマホを取り上げられ、自由に使える状態じゃないらしい。だけど、少しだけ許しを得て使う事が出来て、急ぎ安川さんにだけlineを送信した、と。
で、何で俺には何も送ってないかと言うと、恩田社長達が目の前にいる状態でしかスマホを使う事が出来なかったからだそうで。そりゃ恩田社長が傍にいるのに、俺に連絡する事なんて出来ないよな。
そして今、俺はベッドにあおむけになって寝転がり、スマホを見ながらとあるところからの着信を待ってる。少し緊張しながら。
何度も画面を見直し、時々スマホを操作して特に興味もないのにネットニュースを見たりしつつ。まるで中々落ち着かない俺の気持ちを表してるかのような俺の態度。
そして、ブブブ、とスマホがバイブする。俺はそれを合図にガバっと起き上がり画面を見る。そこには(非通知)の表示。普段ならそんな怪しい着信無視するんだけど、今日だけは違う。
慌てて電話に出る。
「も、もしもし?」『……武智、君?』
「……柊、さん、だよね?」『グス……、えへへ、うん。グス……。武智君の、声だ……』
「ハ、ハハハ、ハハ……。柊さんだ」『グス、フフ、何それ?』
電話口の柊さんは、どうやら泣いてるみたいだ。俺も声を聞いて泣きそうになってるけど、俺はそれをグッとこらえる。
『グス……。中々連絡できなくて、ごめんね』「安川さんから事情聞いてるから大丈夫だよ。それより、柊さんこそ大丈夫?」
『アハハ……。グス。ちょっとダメになってた。でも、今こうして武智君の声が聞けて、大丈夫になったかも』
「お役に立てたのかな?」『フフ。グス。そうだね』
泣いてるけど嬉しそうな柊さんの声。声色で分かる。どこかホッとしてるような感じ。
『武智君、多分私にlineの返信してくれたよね? 実は見てなくて』「いいよ。それどころじゃなかっただろうし。それより、こうやって声聞けた事の方が嬉しいし」
『私も……。私も声聞きたかった』「……柊さん」
そこで言葉に詰まったようで、言葉が途切れる柊さん。
そう。実は柊さん、安川さんにlineで連絡した際、俺の電話番号を教えて欲しい、そして今晩電話するって送信したらしく、それを受け取った安川さんは速攻で返信したとの事。
どうやら目の前で監視されていたとはいえ、lineの内容までは読まれていなかったみたいだからそれが出来たようだ。で、そのやり取りは後で見つかるとまずいと思った柊さんは、それをすぐさま削除するって事も安川さんに伝えてた。そして電話番号だけは忘れずに頭の中で覚え、今こうやって公衆電話から柊さんが俺に電話かけてきたってわけだ。
そして柊さんがいるマンションの近くに、今では珍しくなった公衆電話がまだあった事もラッキーだった。
「あ。時間余りないよね? 何か話さないと」『コンビニ行くって言って出てきたから、もう少し大丈夫だよ』
「そっか。でも、不思議とこういう時って、話したい事沢山あるのに、何話せばいいか困るよね」『フフ、ほんとだね』
そして少しの沈黙。ああ、この沈黙の時間さえ勿体ないのに。何か話題ないか? そう焦ってたら柊さんから話始めた。
『私ね、今度の映画でオーディションして、主演やる事になっちゃった。他にも有名な女優さんとかいたのに。本当ならあり得ない事でとても光栄な事だから、それを一生懸命頑張ろうって、今はこの仕事に前向きになってる。あ、連絡するの時間かかっちゃったのは、オーディションの結果が分かるまで期間があったからなの』
「そうだったのか」
『でもね、連絡取れなくなっちゃって、私分かっちゃった……。武智君と一緒にいる事が、私にとってとても幸せな事だって。お姉さんの部屋にいた時の事、私にとってはとてもとても大事な思い出なんだって、改めて気づいちゃった』
「……それは、俺も同じだよ。俺だって今までの人生で一番大事な思い出だよ」
『今までの人生って、まだ高校生じゃない。十八年くらいだよ』「ハハハ。そうだね」
そして二人して笑う。ああ、この感じだ。この幸せな雰囲気。とても心地良い気持ち。本当、好きな子と会話するだけで満たされる。不思議だなあ。
『だからね、私この仕事やり切ったら、芸能界続けず、武智君の元に戻ろうって思ってる』
「……それは」と、言いかけて続きが言えなくなる俺。
そりゃ、俺だって柊さんが俺の元にいるのはメチャクチャ嬉しい。でも、柊さんの将来を考えたらそれでいいのか? って考えてしまうから。
だって、有名女優がいる中、主役勝ち取るくらいの才能を持ってるのに、それを捨ててまで俺の元に来るって。素直に喜んでいいのかどうか……。
『あ。そろそろ行かないと。また連絡するね』俺が何も言えないままでいると、柊さんがそう言って電話を切ろうとする。何かこのまま切られるのが何だか寂しい。
「あ! ま、待って!」『え? 何?』
なので俺はつい引き留めてしまう。特に話題は出てこないのに。柊さん、戻らなきゃいけないのに。何か言わないと!
「あ、あの……あの、さ。……。俺、柊さんが好きだから」『アハハ! どうしたの改まって? 知ってる。……私も、武智君が好き』
そしてフフ、っと笑い声が聞こえた後、じゃあまた、と言って電話が切れた。
「……」
俺は柊さんとの電話の余韻を感じながら、ドサっと大の字でベッドに仰向けになる。……良かった。柊さんと話する事が出来た。良かった。泣いてたけど元気そうだ。良かった。柊さん、何とか頑張れてるみたいで。じゃあまた、って言ってたから、また電話する機会があるって事だ。そう思うとかなり安心する。
「……」
柊さんは、俺の元に戻ってくるって言った。でも、そのためには戻る場所として俺がしっかりしないといけない。しかもきっと、恩田社長がそうそう簡単に許すわけないはずだ。それを分かってて、柊さんはああ言ったんだ。
「うじうじしてる場合じゃないな」
よし、と俺は起き上がり自分の両頬を叩く。寝るつもりだったけど何だか気合いが入っちゃったので、机に向かいカバンからノートを取り出し、勉強し始めた。
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