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その九十六
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※※※
ブブブ……ブブブ……。
「う、う~ん……」
もう何? 気持ち良く寝てたのに……、って、あ、そうか。私の傍らに置いてあったスマホがバイブしたんだ。私が目覚ましでセッティングしてたんだった。
スマホに表示された時計を見ると、午前四時半。私はスマホを操作し目覚ましを止め上半身だけムクリと起き上がる。
「え? ……ひゃ!」え? 私素っ裸? どうして? ……と、狼狽えるもすぐに私の傍らで寝てる彼を見て理由を思い出した。その彼も私同様素っ裸。うつ伏せで寝てる武智君は、肩甲骨辺りから首筋が露になってて、鍛えられた筋肉が呼吸と共に小さく上下してる。
狭いシングルベッドに二人寝てたのに、お互いどうやら寝相は良いらしく、武智君がベッドから落ちる事はなくてホッとする。武智君、私が落ちちゃいけないって言って、壁際を譲ってくれたんだよね。
終わった後、お互い裸で抱き合ってたんだっけ……。思い出したら途端に恥ずかしくなってきた。でも、他人の体温を素のまま感じるのってあんなに心地良いんだ。それも思い出すと、何だか幸せな気持ちになる。
感傷に浸ってる場合じゃなかった。私は武智君を起こさないよう、そーっとゆっくりベッドの下側から降りる。その瞬間、「んん~」と武智君が声を出した。不味い。起きた?
いや、寝返り打っただけだった。私はホッとしてはだけちゃったタオルケットを武智君の肩の上まで掛けてあげる。
スー、スー、とリズミカルに寝息を立ててる武智君。当然電気は付けてないから暗いけど、外が明るくなってきてるからか、武智君の顔は割と良く見える。
「……クス。かわいい」その寝姿を見て素直にそう思う。私は何となく愛らしく思っちゃって、ついその鼻をちょんと指で触れてしまった。それからお風呂場に向かう。
幸いな事に、この部屋は武智君が寝てるリビングとお風呂場のある廊下とを仕切るドアがある。それを閉めれば音は抑えられるはずだ。私は静かにリビングのドアを閉め、お風呂場のシャワーを借りた。それからドライヤーを弱にして出来るだけ音を立てないよう気を付け髪を乾かす。それから顔を洗う。
そしてそーっとリビングのドアを開ける。良かった。武智君まだ寝てる。私は起こさないよう、自分の荷物から着替えを取り出し、茶髪ウイッグと黒縁メガネを付けた。
……本当はこうやって黙って出ていくのは気が引ける。でも、武智君と会話しちゃったら、私きっと、二度と戻れなくなってしまう。決意が揺らいでしまう。それくらい幸せな時間だったから。それくらい、想いが強くなってしまったから。
ベッドの高さまでしゃがみ込み、武智君の手を軽く握る。ピク、と反応するけど目は覚めない。本当、良く寝てるなあ。本当、愛しくてかわいくて、そしてかっこよくて。つい、その反応にクスっと笑ってしまった。
「本当は、このままずっと一緒にいたいけど。でも、それはダメ。ちゃんと私がすべき事をしなきゃ」
ああ、ダメ。そう考えると涙が溢れそうになる。ダメだよ美久。ここで泣いちゃったら武智君が起きてしまう。私は指で溢れそうになった涙を拭い、武智君の手を離し、荷物を手に取って急いで部屋の外に出た。
パタン、と武智君のお姉さんの部屋のドアを閉め、外の廊下に出たところで、私はとうとう、辛抱できなくなって涙が溢れ出す。
「ウウ、グスッ……。武智君、武智君。ヒック、ごめんなさい。フグッ。ごめ、ん、ヒックッ、なさ、い」
耐えられなくなってその場で座り込んで泣いてしまう私。ダメ。早く動かないと。そんな事分かってる。でも、離れたくない気持ちが言う事を聞いてくれない。武智君が起きてしまうかも知れない。泣き声は腕で口をふさいで抑えてる。けど、このままここにいたら、武智君に気付かれてしまう。
「……グス」私は気合いを入れて立ち上がる。そしてふと、ドアの方を振り返ろうとしてしまう。だけど、それも止める。そんな事したら、また泣いてしまうから。
私は自分の素直な気持ちに逆らって、半ば強引に部屋から離れる。
「武智君。黙って出ていってごめん。後でlineするから」
頬を伝う涙をグイ、と袖で拭いながら、私はアパートの外に出る。そうだ。武智君に会えなくても、スマホがあれば連絡はできる。声を聞く事だって。暫くはそれで我慢しよう。そしていつかきっと……。
※※※
「ふわあ~ぁ」
俺は盛大な伸びをして目を覚ました……。って俺裸じゃん! ちょ! パンツも履いてねーじゃん!
……と、そこまで確認したところで、昨晩の事を思い出す。ああ、そっか。そうだった。俺昨晩、柊さんと……。
「って、あれ? 柊さんどこ?」一緒に寝てたはずの柊さんがいない。トイレかな? それとも風呂? とりあえず俺は真っ裸な自分が恥ずかしくて、床に置いてた自分のパジャマを着た。
「柊さ~ん? おーい?」返事がない。そういやそれらしき物音もしないな。そんな広い部屋でもないから何かしら音が聞こえると思うんだけど。もしかして昨日の出来事は夢だったり? ……いや。確かにあり得なくはないが間違いなく現実のはずだ。だって俺マッパだったしな。
しかしとうとう、俺と柊さんは……。昨晩の事を考えるとついニヤけてしまう。徐々に喜びが湧き上がってきた。おおお! 俺とうとう卒業したぞー! しかも相手はあの超絶美少女、柊美久なんだぞー! って、つい心の中で叫んで拳を天へ突きあげてしまった。
しかし柊さん、メチャクチャ可愛かったなあ。女の子の体ってあんなに柔らかいんだな。ゴツゴツした俺とは大違いだ。そして体温高くて、それがまた何というか心地良よくて。今は真夏で暑いけど、エアコン効いてたのもあって暑さは気にならなかったし。
……本当は、昨晩勢いで「美久」って下の名前で呼んでみたかったんだけどな。まあ、それはまた機会がある時でいっか。……って、あんな機会いつ訪れんだ?
つかこれ、明らかに柊さんいないよな? トイレや風呂場を覗いてみるけど、やっぱりいない。朝飯買いにコンビニにでも行ったのかな? なので俺のスマホをチェックしてみる。あーやっぱり、柊さんからline届いてんじゃん。ついでに俺も柊さんに何か買って来て貰おう。
そう思って内容を確認しようとlineを開く。
……だけどそれは、俺が思ってたものとは違っていた。
『武智君。黙って出ていってごめんね。武智君と話しちゃったら、私居心地が良すぎて、離れたくなくなっちゃって、きっと戻れなくなっちゃうから。だから武智君が寝てる間にそっと出ていきました。
昨日は本当に楽しかった。トラブルもあったけど正にカップルって感じで東京の街をあちこち行けたし。ハンバーグを一緒に作ったのも、何だか同棲してるみたいだったし。カレー美味しく出来たかな? 東京にいる間食べてね。
昨晩、私は本当に幸せだった。あんな風に包まれるような幸福感、生まれて初めてだった。
当分、武智君には会えないけど、だけど私はずっと武智君の彼女だよ。でも両おさげの可愛い子が武智君のそばにいるのが気になるなあ……。ダメだダメだ。武智君を信用しないとね。
また、必ず連絡します。そしてまた、連絡してね。
武智悠斗君を大好きな彼女より』
「……」
俺はその内容を読んで、言葉が出なかった。それと同時に、何故か俺の目から涙が溢れ落ちる。
「グスッ。何だよ。こんな……。こんな急に……。ウウ……。ウグッ」
胸をぎゅっと掴まれるような苦しみが湧き上がる。つか、俺は一体何が悲しいんだ? もう少し一緒にいれると思ってたから? ちゃんとお別れが言えなかったから? それもあるがそうじゃない。きっと、柊さんとの思い出が、メチャクチャ素敵だったからだ。だから別れがとても辛いんだ。しかも唐突で不意だったから……。
そしてきっと、柊さんには当分会えない。
「ウウ……。グス。柊さん、柊さん。会いたい、会いたいよお」
俺はその場で、床に額を付けて大泣きした。思い出が楽しかった分、喪失感がハンパないから。
暫く泣いて、俺は少し落ち着いたからか、今度は自分の至らなさに腹が立ってきた。
おい悠斗、お前何泣いてやがる? 当分会えないって言っても今生の別れじゃねーだろ? 情けねーな。柊さんはちゃんと決意して戻っていったんだ。悠斗、お前も自分のやるべき事をしろよ。いつの日か柊さんに会ったその日までに、きちんと柊さんと向き合えるように。
そう、俺は自分自身に言い聞かせ、涙を拭い立ち上がった。
そしてこの時、俺は感極まってしまってたからすぐに返信できなかった。そしてそれが、最大の後悔をする事になるなんて思いもせず。
※※※
「……ただいま戻りました」「あー美久ー、お帰りー」
いつものマンションのドアを開けると、何事もなかったかのように上杉さんが迎え入れてくれた。
「どう? ゆっくりできた……、って美久、あんた目が真っ赤」「え? あ、ちょ、ちょっと寝不足、かも、です」
「そっかー。ネカフェじゃあんまりゆっくり寝れないかもねー」
そんな上杉さんの返事を聞きながら、私は荷物を置き、茶髪ウイッグと黒縁メガネを外す。自然体で受け答えしてくれる上杉さんには感謝だ。前々日夜中に黙って抜け出したから、気まずいかと思ってたけど。
私は武智君のお姉さんの部屋を出てすぐタクシーを拾った。でもまだ朝早かったので、このマンション近くのネカフェに行って、時間潰ししてた。そこも女性専用ブースがあって、前の日と同じく朝食を食べたりした。
その間何度も、武智君からlineの返信ないかなあ、とスマホをチェックしながら。結局朝八時になっても返信がなかったので、諦めてここに帰ってきたんだけど。武智君、お寝坊さんだなあ。
そして一日ぶりに帰ってきたマンションのトイレに入る。トイレから出ると、早速出かけるよ、私車回してくるから先に下に行ってるから、と上杉さんがそう言ってすぐ、私の返事を待たず出ていった。
武智君。私とりあえず今の仕事頑張る。でもいつかきっと、武智君の元に戻るから。
今日何度も心の中で、まるで呪文のように呟いてた言葉をまたも呟き、よし、と両手で自分の頬をパンパン、と叩いて気合を入れる。上杉さんをまたせちゃいけないから、早速支度してかばんを持って外に出て、上杉さんの待つ駐車場に向かった。
そしてエレベーターで下まで降りる間、再度スマホをチェックしたくてかばんの中を探す……、あれ? スマホが見つからない?
ブブブ……ブブブ……。
「う、う~ん……」
もう何? 気持ち良く寝てたのに……、って、あ、そうか。私の傍らに置いてあったスマホがバイブしたんだ。私が目覚ましでセッティングしてたんだった。
スマホに表示された時計を見ると、午前四時半。私はスマホを操作し目覚ましを止め上半身だけムクリと起き上がる。
「え? ……ひゃ!」え? 私素っ裸? どうして? ……と、狼狽えるもすぐに私の傍らで寝てる彼を見て理由を思い出した。その彼も私同様素っ裸。うつ伏せで寝てる武智君は、肩甲骨辺りから首筋が露になってて、鍛えられた筋肉が呼吸と共に小さく上下してる。
狭いシングルベッドに二人寝てたのに、お互いどうやら寝相は良いらしく、武智君がベッドから落ちる事はなくてホッとする。武智君、私が落ちちゃいけないって言って、壁際を譲ってくれたんだよね。
終わった後、お互い裸で抱き合ってたんだっけ……。思い出したら途端に恥ずかしくなってきた。でも、他人の体温を素のまま感じるのってあんなに心地良いんだ。それも思い出すと、何だか幸せな気持ちになる。
感傷に浸ってる場合じゃなかった。私は武智君を起こさないよう、そーっとゆっくりベッドの下側から降りる。その瞬間、「んん~」と武智君が声を出した。不味い。起きた?
いや、寝返り打っただけだった。私はホッとしてはだけちゃったタオルケットを武智君の肩の上まで掛けてあげる。
スー、スー、とリズミカルに寝息を立ててる武智君。当然電気は付けてないから暗いけど、外が明るくなってきてるからか、武智君の顔は割と良く見える。
「……クス。かわいい」その寝姿を見て素直にそう思う。私は何となく愛らしく思っちゃって、ついその鼻をちょんと指で触れてしまった。それからお風呂場に向かう。
幸いな事に、この部屋は武智君が寝てるリビングとお風呂場のある廊下とを仕切るドアがある。それを閉めれば音は抑えられるはずだ。私は静かにリビングのドアを閉め、お風呂場のシャワーを借りた。それからドライヤーを弱にして出来るだけ音を立てないよう気を付け髪を乾かす。それから顔を洗う。
そしてそーっとリビングのドアを開ける。良かった。武智君まだ寝てる。私は起こさないよう、自分の荷物から着替えを取り出し、茶髪ウイッグと黒縁メガネを付けた。
……本当はこうやって黙って出ていくのは気が引ける。でも、武智君と会話しちゃったら、私きっと、二度と戻れなくなってしまう。決意が揺らいでしまう。それくらい幸せな時間だったから。それくらい、想いが強くなってしまったから。
ベッドの高さまでしゃがみ込み、武智君の手を軽く握る。ピク、と反応するけど目は覚めない。本当、良く寝てるなあ。本当、愛しくてかわいくて、そしてかっこよくて。つい、その反応にクスっと笑ってしまった。
「本当は、このままずっと一緒にいたいけど。でも、それはダメ。ちゃんと私がすべき事をしなきゃ」
ああ、ダメ。そう考えると涙が溢れそうになる。ダメだよ美久。ここで泣いちゃったら武智君が起きてしまう。私は指で溢れそうになった涙を拭い、武智君の手を離し、荷物を手に取って急いで部屋の外に出た。
パタン、と武智君のお姉さんの部屋のドアを閉め、外の廊下に出たところで、私はとうとう、辛抱できなくなって涙が溢れ出す。
「ウウ、グスッ……。武智君、武智君。ヒック、ごめんなさい。フグッ。ごめ、ん、ヒックッ、なさ、い」
耐えられなくなってその場で座り込んで泣いてしまう私。ダメ。早く動かないと。そんな事分かってる。でも、離れたくない気持ちが言う事を聞いてくれない。武智君が起きてしまうかも知れない。泣き声は腕で口をふさいで抑えてる。けど、このままここにいたら、武智君に気付かれてしまう。
「……グス」私は気合いを入れて立ち上がる。そしてふと、ドアの方を振り返ろうとしてしまう。だけど、それも止める。そんな事したら、また泣いてしまうから。
私は自分の素直な気持ちに逆らって、半ば強引に部屋から離れる。
「武智君。黙って出ていってごめん。後でlineするから」
頬を伝う涙をグイ、と袖で拭いながら、私はアパートの外に出る。そうだ。武智君に会えなくても、スマホがあれば連絡はできる。声を聞く事だって。暫くはそれで我慢しよう。そしていつかきっと……。
※※※
「ふわあ~ぁ」
俺は盛大な伸びをして目を覚ました……。って俺裸じゃん! ちょ! パンツも履いてねーじゃん!
……と、そこまで確認したところで、昨晩の事を思い出す。ああ、そっか。そうだった。俺昨晩、柊さんと……。
「って、あれ? 柊さんどこ?」一緒に寝てたはずの柊さんがいない。トイレかな? それとも風呂? とりあえず俺は真っ裸な自分が恥ずかしくて、床に置いてた自分のパジャマを着た。
「柊さ~ん? おーい?」返事がない。そういやそれらしき物音もしないな。そんな広い部屋でもないから何かしら音が聞こえると思うんだけど。もしかして昨日の出来事は夢だったり? ……いや。確かにあり得なくはないが間違いなく現実のはずだ。だって俺マッパだったしな。
しかしとうとう、俺と柊さんは……。昨晩の事を考えるとついニヤけてしまう。徐々に喜びが湧き上がってきた。おおお! 俺とうとう卒業したぞー! しかも相手はあの超絶美少女、柊美久なんだぞー! って、つい心の中で叫んで拳を天へ突きあげてしまった。
しかし柊さん、メチャクチャ可愛かったなあ。女の子の体ってあんなに柔らかいんだな。ゴツゴツした俺とは大違いだ。そして体温高くて、それがまた何というか心地良よくて。今は真夏で暑いけど、エアコン効いてたのもあって暑さは気にならなかったし。
……本当は、昨晩勢いで「美久」って下の名前で呼んでみたかったんだけどな。まあ、それはまた機会がある時でいっか。……って、あんな機会いつ訪れんだ?
つかこれ、明らかに柊さんいないよな? トイレや風呂場を覗いてみるけど、やっぱりいない。朝飯買いにコンビニにでも行ったのかな? なので俺のスマホをチェックしてみる。あーやっぱり、柊さんからline届いてんじゃん。ついでに俺も柊さんに何か買って来て貰おう。
そう思って内容を確認しようとlineを開く。
……だけどそれは、俺が思ってたものとは違っていた。
『武智君。黙って出ていってごめんね。武智君と話しちゃったら、私居心地が良すぎて、離れたくなくなっちゃって、きっと戻れなくなっちゃうから。だから武智君が寝てる間にそっと出ていきました。
昨日は本当に楽しかった。トラブルもあったけど正にカップルって感じで東京の街をあちこち行けたし。ハンバーグを一緒に作ったのも、何だか同棲してるみたいだったし。カレー美味しく出来たかな? 東京にいる間食べてね。
昨晩、私は本当に幸せだった。あんな風に包まれるような幸福感、生まれて初めてだった。
当分、武智君には会えないけど、だけど私はずっと武智君の彼女だよ。でも両おさげの可愛い子が武智君のそばにいるのが気になるなあ……。ダメだダメだ。武智君を信用しないとね。
また、必ず連絡します。そしてまた、連絡してね。
武智悠斗君を大好きな彼女より』
「……」
俺はその内容を読んで、言葉が出なかった。それと同時に、何故か俺の目から涙が溢れ落ちる。
「グスッ。何だよ。こんな……。こんな急に……。ウウ……。ウグッ」
胸をぎゅっと掴まれるような苦しみが湧き上がる。つか、俺は一体何が悲しいんだ? もう少し一緒にいれると思ってたから? ちゃんとお別れが言えなかったから? それもあるがそうじゃない。きっと、柊さんとの思い出が、メチャクチャ素敵だったからだ。だから別れがとても辛いんだ。しかも唐突で不意だったから……。
そしてきっと、柊さんには当分会えない。
「ウウ……。グス。柊さん、柊さん。会いたい、会いたいよお」
俺はその場で、床に額を付けて大泣きした。思い出が楽しかった分、喪失感がハンパないから。
暫く泣いて、俺は少し落ち着いたからか、今度は自分の至らなさに腹が立ってきた。
おい悠斗、お前何泣いてやがる? 当分会えないって言っても今生の別れじゃねーだろ? 情けねーな。柊さんはちゃんと決意して戻っていったんだ。悠斗、お前も自分のやるべき事をしろよ。いつの日か柊さんに会ったその日までに、きちんと柊さんと向き合えるように。
そう、俺は自分自身に言い聞かせ、涙を拭い立ち上がった。
そしてこの時、俺は感極まってしまってたからすぐに返信できなかった。そしてそれが、最大の後悔をする事になるなんて思いもせず。
※※※
「……ただいま戻りました」「あー美久ー、お帰りー」
いつものマンションのドアを開けると、何事もなかったかのように上杉さんが迎え入れてくれた。
「どう? ゆっくりできた……、って美久、あんた目が真っ赤」「え? あ、ちょ、ちょっと寝不足、かも、です」
「そっかー。ネカフェじゃあんまりゆっくり寝れないかもねー」
そんな上杉さんの返事を聞きながら、私は荷物を置き、茶髪ウイッグと黒縁メガネを外す。自然体で受け答えしてくれる上杉さんには感謝だ。前々日夜中に黙って抜け出したから、気まずいかと思ってたけど。
私は武智君のお姉さんの部屋を出てすぐタクシーを拾った。でもまだ朝早かったので、このマンション近くのネカフェに行って、時間潰ししてた。そこも女性専用ブースがあって、前の日と同じく朝食を食べたりした。
その間何度も、武智君からlineの返信ないかなあ、とスマホをチェックしながら。結局朝八時になっても返信がなかったので、諦めてここに帰ってきたんだけど。武智君、お寝坊さんだなあ。
そして一日ぶりに帰ってきたマンションのトイレに入る。トイレから出ると、早速出かけるよ、私車回してくるから先に下に行ってるから、と上杉さんがそう言ってすぐ、私の返事を待たず出ていった。
武智君。私とりあえず今の仕事頑張る。でもいつかきっと、武智君の元に戻るから。
今日何度も心の中で、まるで呪文のように呟いてた言葉をまたも呟き、よし、と両手で自分の頬をパンパン、と叩いて気合を入れる。上杉さんをまたせちゃいけないから、早速支度してかばんを持って外に出て、上杉さんの待つ駐車場に向かった。
そしてエレベーターで下まで降りる間、再度スマホをチェックしたくてかばんの中を探す……、あれ? スマホが見つからない?
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