93 / 130
その九十三
しおりを挟む
※※※
コンビニ行って帰ってきたら、柊さんの頬から涙が。俺はそれを見て固まってしまった。でも、床に置いてあった柊さんのスマホの(恩田さん)の文字を見て、何かあった事はすぐに把握できた。
そして俺の胸に飛び込んでくる柊さん。何があったか分からないけど、俺はコンビニ袋を床に置き、柊さんの頭をなでた。
するとごめん、ごめん、と謝りながら、柊さんはそのまま泣き続ける。でも、悲しいってより悔しいって感じみたいだ。
少し泣き続けてから落ち着いた柊さんに、俺は買ってきたペットボトルのお茶を渡す。まだヒックヒック、と嗚咽しながらも、ありがとう、とお礼を言いながら、柊さんはそれに口をつけた。
「で、どうしたの?」
俺がそう聞くと、柊さんは、恩田社長から連絡があって、当初柊さんの場所を聞いてただけだったのが、そのうち恩田社長が俺との関係を認めてないと言った事、安川さんから、あのときの音声データを譲ってもらうよう動く事など話して、言い合いになってしまった、と説明してくれた。
「私、もうどうすればいいか分からなくなってきた。確かに恩田さんの言う事も分かる。今の映画のオーディションがうまくいって、万が一主演獲れたとして、そんな女優に彼氏がいたと世間に見つかったら、大騒ぎになるって事くらい。でも、見つからないようこうやって変装してるし、今日だけだし、迷惑かけるつもりは全然ないのに」
視線を下に落とし、柊さんは続ける。
「もっと言えば、寧ろ私と武智君との付き合いを前向きに捉えてくれて、一緒になって応援してくれて、会社ぐるみで隠してくれたっていいじゃない。どうして否定する選択肢しかないの?」
そこでまた柊さんは泣きそうになる。おおっと、せっかく落ち着いたのに。
「安川さんの件で反省さえしないって事は、多分恩田社長は自分が悪いなんて全く思ってなくて、その考えは変わらない気がする。だから恩田社長にいくら自分の意見を言っても通用しないんじゃないかな?」
「じゃあ……、どうすればいいんだろ?」
「とりあえず芸能界の仕事は続けながら、俺とはお忍びで会うとか?」「……それが現実的なのかなあ?」
そう言って柊さんは俺をじっと見つめる。泣きはらしやや腫れている、でも切れ長のきれいな瞳で見つめられると、ついドキッとしてしまう。未だ慣れないなあ。
「私、何のために芸能界で仕事するんだろ? 自分の想いは拒否され、隠し通さなくちゃならないって」
俺に解答を求めるかのように視線を外さずそう語る柊さん。何だか気まずくなって、俺は無意味に天井を見て視線を逃がす。でもすぐ俺は、柊さんの顔を見つめ返す。
「とにかく目の前のやるべき事をやってみたらどうかな? ……俺みたいな将来何したいか決まってないヤツにいわれても説得力無いかも知れないけど。もしかしたら、芸能界の仕事の中で、柊さん自身が何か見つけられるかも知れないし。俺との事は、まあ連絡さえ付けば何とかなるんじゃないかな?」
俺の言葉を聞いて少し呆気にとられたような顔をし、でもすぐクスクス笑う柊さん。
「簡単に言うね。でもそうね。武智君の言う通りかも。私結構深刻に考えてた。……親の期待や恩田さんがこれまでやってくれてた事とか考えると、わがまま言えないって考えちゃうけど」
「柊さんの人生は柊さんのものじゃん。サポートしてもらってたかも知れないけど、最悪それが全部無駄になったとしても、親やサポートしてきた大人なら、柊さんの気持ちを優先すべきじゃないの?」
「そんな簡単に受け入れてくれたら良いんだけど」
そう言いながら、再度ブーブーと床で鳴ってるスマホに目をやる。画面表示は(恩田さん)。さっきから何度も掛けてきてるけど、柊さんは出ずに放置してる。それを見てはあ、と疲れたようなため息をつく。
どこかあきらめのような表情。その中に不安が入り混じってるような気がする。……柊さん、結構一杯一杯なんじゃないか? でも、詳しい事を余り知らない俺が、あれこれ言っていいんだろうか? でも俺一応彼氏だし、励ましの言葉の一つでもかけるべきなんじゃないだろうか?
エアコンのおかげで部屋内はかなり快適な涼しさになってきてる。防音が効いてるからか、外の音も一切聞こえないほど静かな空間。既にスマホのバイブは止まってるから、部屋の中はシーンと静まり返ってる。
かける言葉が見つからない。柊さんは特に俺の言葉を待ってるわけじゃなさそうだけど、さっきからずっと黙ってる。何だかいたたまれない雰囲気。
そこで突然、俺の腹がグウ~ゥ、と、部屋が静かだった事もあって、かなりでかく響きわたった。
「……プッ、アハハハハハ!」
柊さんがお腹を抱えて笑う。俺もまさか自分の腹が鳴るとは思ってなくて、すごく恥ずかしくなる。
「アハハハ! 何でこのタイミングでお腹鳴るの? アハハハ! あーおかしい!」「お、俺だってびっくりしたよ」
自分の腹の音にびっくりするってのも結構恥ずかしいけど、……って柊さん笑いすぎ!
「も、もう笑うの止めてもいいだろ! あーめっちゃ恥ずかしい」
「アハハハ……、ごめんごめん。そうだね。そろそろお腹空いたね」「お、おう」
まだクスクス笑ってるし。……まあ確かに、何か緊張感漂う雰囲気だったから、余計面白いのは分かるけどさ。
そして柊さんは突然立ち上がりキッチンに移動する。それから何やらブツブツ言いながら物色しだす。冷蔵庫も開けたりして。何してんだろ?
「食材は何もないけど、調味料はあるね。武智君のお姉さんも料理してるだろうから当然か。多分暫く家を空けるから、食材は敢えて置いてなかったのかな? とりあえず食材買いに行こっか。ご飯作るよ」「え? 柊さん作ってくれるの?」
うん、と笑顔で返事する柊さん。おお、それはかなり嬉しい。彼女が作る晩ご飯って結構テンションあがるじゃん。
「そういやコンビニ行く途中にスーパーがあったよ。よし、じゃあ行くか」「うん」
そして俺と柊さんは、二人で買い出しに繰り出した。
※※※
「じゃあ武智君、卵とパン粉とコショウとひき肉を混ぜたタネをこねてね」「ういっす」
玉ねぎを細かく刻みながら俺に指示する柊さん。スーパーに行く途中、今日はハンバーグを作る事になって俺も手伝ってる。二人でやったほうが早いからね。って、これっていわゆる共同作業だよな? やばい。こんな可愛い彼女と一緒に晩ご飯作ってるって考えただけでも何か嬉しくて、ついにやけてしまうな。
「どうしたの?」「え? あ、い、いや……」おおっと。テンション上がってニヤニヤしてました、なんて言えない。俺は柊さんから視線を外すため、わざとらしくタネをこねてるボールを見る。
「……って、そんなに玉ねぎ使うの?」そう。さっきから気になってた。既に柊さんが刻む玉ねぎは五つ目だ。滅多に料理しない俺でも、このタネの量からして多すぎるのは分かる。てか、じゃがいもに人参? それとひき肉とは別の肉も買ったみたい。何でだろ?
「あ。実はハンバーグとは別にカレーも作ろうと思って」俺がそっちの食材を見てるのに気付いた柊さんが答えてくれた。
「え? カレー? 何で?」確かに腹減ってるけど、ハンバーグとカレー両方食うって事? まあ食えなくはないけど多いような?
「明日も明後日も武智君、ここにいるんでしょ? ご飯に困るんじゃないかなあって。カレーなら沢山作っておいて食べれるかなあと思って。あ、ちゃんと冷蔵庫に保管してね」
俺の気持ちを察したのか、包丁を持つ手で額の汗を拭いながらニコッと俺に微笑みかける柊さん。……俺の明日以降の飯の事を考えてくれてたのかよ。
ヤバい。つい嬉しくて抱き締めたくなる。けどグッとこらえる。だって手がハンバーグのタネで汚れてるからね。しかし柊さんのうなじが近い。ちょうど俺の位置から見下ろす感じで見えるけど、何と言うか、ただの首筋なのにそそるというか。
そんな邪な事を考えてる俺を注意するかのように、突然ピーっとご飯が炊きあがる音が鳴り響く。俺はビクッと反応してしまい、柊さんがそれを見てクスクス笑う。どうやら俺の邪な思いはバレてないようでホッとする。
そしてハンバーグが出来上がったところで、皿に盛り付けテーブルに運び、二人で美味しく頂いた。
※※※
カレーのいい匂いが部屋中に充満してる。そういや合宿とか以外で他人が作るカレーって初めてかも? しかもそれが俺の彼女って。ヤバいな。嬉しくて仕方がない。
「換気扇付けたんだけど……。大丈夫かな?」
そんな変なテンションの俺を差し置いて、柊さんは匂いを気にしてるようだけど。
「大丈夫大丈夫。姉貴帰ってくるのもうちょい先だし、それまでにはさすがに匂い無くなってると思うし」「そう? ならいいけど……、って武智君、さっきから何でそんなに嬉しそうなの?」
「だって彼女が俺のためにカレー作ってくれたんだからね。嬉しいに決まってんじゃん。ハンバーグだってそう。俺も一緒に作ったってのがすげぇ嬉しい」
俺がニコニコしながらそう答えると、一気に顔が赤くなる柊さん。
「も、もう。またそうやって平気な顔して恥ずかしい事を言うんだから。そもそも、お弁当なら作った事あったじゃない」
そういや柊さんと屋上で会ってた時、作って持ってきてくれた事あったな。
「あの時はまだ彼女じゃなかったし、あれって元々お詫び目的だったじゃん。でも今日のは俺のために作ってくれたじゃん。それは大きな違いだよ」「そ、そうなの?」
何だかモジモジして恥ずかしそうにしてる柊さん。その姿もまた可愛い。
「わ、私も実は……、嬉しかったりするんだから」そう言いながらプイ、と拗ねた感じで顔を背け、いそいそとテーブルの食器を片付け始める。そんな柊さんが可愛いなあと思いながら、俺も同じく手伝おうと立ち上がった。
よし。作ってくれたお礼じゃないけど、食器は俺が洗おう。柊さんにそれを伝えようとしたところで、またも柊さんのスマホが振動する。慌てて柊さんが片付けかけてた食器類を机に一旦置き、画面を確認してから出る。どうやら恩田社長じゃなかったみたいだ。
俺は机に置かれた食器類をカウンターキッチンに運ぶ。柊さんは俺を見てごめんね、と口パクして頭をペコリと下げる。俺はいいって、と手でゼスチャーしてそれに返事した。なんかこのやり取りもカップルっぽくていいね。
なんて一人勝手に妄想しつつ、洗い物を始める俺。水の音で柊さんが何を喋ってるか聞こえないが、柊さんは神妙な顔をしながら、電話口で謝ったり相づちを打ったりしてるのを何となく見ながら食器類を洗う。
そしてキュッと蛇口を締め水を止めたところで、柊さんの声が聞こえた。
「……はい。今日はとりあえずこっちで泊まって、明日そちらに戻ります」
……え? 今泊まるって言わなかった?
コンビニ行って帰ってきたら、柊さんの頬から涙が。俺はそれを見て固まってしまった。でも、床に置いてあった柊さんのスマホの(恩田さん)の文字を見て、何かあった事はすぐに把握できた。
そして俺の胸に飛び込んでくる柊さん。何があったか分からないけど、俺はコンビニ袋を床に置き、柊さんの頭をなでた。
するとごめん、ごめん、と謝りながら、柊さんはそのまま泣き続ける。でも、悲しいってより悔しいって感じみたいだ。
少し泣き続けてから落ち着いた柊さんに、俺は買ってきたペットボトルのお茶を渡す。まだヒックヒック、と嗚咽しながらも、ありがとう、とお礼を言いながら、柊さんはそれに口をつけた。
「で、どうしたの?」
俺がそう聞くと、柊さんは、恩田社長から連絡があって、当初柊さんの場所を聞いてただけだったのが、そのうち恩田社長が俺との関係を認めてないと言った事、安川さんから、あのときの音声データを譲ってもらうよう動く事など話して、言い合いになってしまった、と説明してくれた。
「私、もうどうすればいいか分からなくなってきた。確かに恩田さんの言う事も分かる。今の映画のオーディションがうまくいって、万が一主演獲れたとして、そんな女優に彼氏がいたと世間に見つかったら、大騒ぎになるって事くらい。でも、見つからないようこうやって変装してるし、今日だけだし、迷惑かけるつもりは全然ないのに」
視線を下に落とし、柊さんは続ける。
「もっと言えば、寧ろ私と武智君との付き合いを前向きに捉えてくれて、一緒になって応援してくれて、会社ぐるみで隠してくれたっていいじゃない。どうして否定する選択肢しかないの?」
そこでまた柊さんは泣きそうになる。おおっと、せっかく落ち着いたのに。
「安川さんの件で反省さえしないって事は、多分恩田社長は自分が悪いなんて全く思ってなくて、その考えは変わらない気がする。だから恩田社長にいくら自分の意見を言っても通用しないんじゃないかな?」
「じゃあ……、どうすればいいんだろ?」
「とりあえず芸能界の仕事は続けながら、俺とはお忍びで会うとか?」「……それが現実的なのかなあ?」
そう言って柊さんは俺をじっと見つめる。泣きはらしやや腫れている、でも切れ長のきれいな瞳で見つめられると、ついドキッとしてしまう。未だ慣れないなあ。
「私、何のために芸能界で仕事するんだろ? 自分の想いは拒否され、隠し通さなくちゃならないって」
俺に解答を求めるかのように視線を外さずそう語る柊さん。何だか気まずくなって、俺は無意味に天井を見て視線を逃がす。でもすぐ俺は、柊さんの顔を見つめ返す。
「とにかく目の前のやるべき事をやってみたらどうかな? ……俺みたいな将来何したいか決まってないヤツにいわれても説得力無いかも知れないけど。もしかしたら、芸能界の仕事の中で、柊さん自身が何か見つけられるかも知れないし。俺との事は、まあ連絡さえ付けば何とかなるんじゃないかな?」
俺の言葉を聞いて少し呆気にとられたような顔をし、でもすぐクスクス笑う柊さん。
「簡単に言うね。でもそうね。武智君の言う通りかも。私結構深刻に考えてた。……親の期待や恩田さんがこれまでやってくれてた事とか考えると、わがまま言えないって考えちゃうけど」
「柊さんの人生は柊さんのものじゃん。サポートしてもらってたかも知れないけど、最悪それが全部無駄になったとしても、親やサポートしてきた大人なら、柊さんの気持ちを優先すべきじゃないの?」
「そんな簡単に受け入れてくれたら良いんだけど」
そう言いながら、再度ブーブーと床で鳴ってるスマホに目をやる。画面表示は(恩田さん)。さっきから何度も掛けてきてるけど、柊さんは出ずに放置してる。それを見てはあ、と疲れたようなため息をつく。
どこかあきらめのような表情。その中に不安が入り混じってるような気がする。……柊さん、結構一杯一杯なんじゃないか? でも、詳しい事を余り知らない俺が、あれこれ言っていいんだろうか? でも俺一応彼氏だし、励ましの言葉の一つでもかけるべきなんじゃないだろうか?
エアコンのおかげで部屋内はかなり快適な涼しさになってきてる。防音が効いてるからか、外の音も一切聞こえないほど静かな空間。既にスマホのバイブは止まってるから、部屋の中はシーンと静まり返ってる。
かける言葉が見つからない。柊さんは特に俺の言葉を待ってるわけじゃなさそうだけど、さっきからずっと黙ってる。何だかいたたまれない雰囲気。
そこで突然、俺の腹がグウ~ゥ、と、部屋が静かだった事もあって、かなりでかく響きわたった。
「……プッ、アハハハハハ!」
柊さんがお腹を抱えて笑う。俺もまさか自分の腹が鳴るとは思ってなくて、すごく恥ずかしくなる。
「アハハハ! 何でこのタイミングでお腹鳴るの? アハハハ! あーおかしい!」「お、俺だってびっくりしたよ」
自分の腹の音にびっくりするってのも結構恥ずかしいけど、……って柊さん笑いすぎ!
「も、もう笑うの止めてもいいだろ! あーめっちゃ恥ずかしい」
「アハハハ……、ごめんごめん。そうだね。そろそろお腹空いたね」「お、おう」
まだクスクス笑ってるし。……まあ確かに、何か緊張感漂う雰囲気だったから、余計面白いのは分かるけどさ。
そして柊さんは突然立ち上がりキッチンに移動する。それから何やらブツブツ言いながら物色しだす。冷蔵庫も開けたりして。何してんだろ?
「食材は何もないけど、調味料はあるね。武智君のお姉さんも料理してるだろうから当然か。多分暫く家を空けるから、食材は敢えて置いてなかったのかな? とりあえず食材買いに行こっか。ご飯作るよ」「え? 柊さん作ってくれるの?」
うん、と笑顔で返事する柊さん。おお、それはかなり嬉しい。彼女が作る晩ご飯って結構テンションあがるじゃん。
「そういやコンビニ行く途中にスーパーがあったよ。よし、じゃあ行くか」「うん」
そして俺と柊さんは、二人で買い出しに繰り出した。
※※※
「じゃあ武智君、卵とパン粉とコショウとひき肉を混ぜたタネをこねてね」「ういっす」
玉ねぎを細かく刻みながら俺に指示する柊さん。スーパーに行く途中、今日はハンバーグを作る事になって俺も手伝ってる。二人でやったほうが早いからね。って、これっていわゆる共同作業だよな? やばい。こんな可愛い彼女と一緒に晩ご飯作ってるって考えただけでも何か嬉しくて、ついにやけてしまうな。
「どうしたの?」「え? あ、い、いや……」おおっと。テンション上がってニヤニヤしてました、なんて言えない。俺は柊さんから視線を外すため、わざとらしくタネをこねてるボールを見る。
「……って、そんなに玉ねぎ使うの?」そう。さっきから気になってた。既に柊さんが刻む玉ねぎは五つ目だ。滅多に料理しない俺でも、このタネの量からして多すぎるのは分かる。てか、じゃがいもに人参? それとひき肉とは別の肉も買ったみたい。何でだろ?
「あ。実はハンバーグとは別にカレーも作ろうと思って」俺がそっちの食材を見てるのに気付いた柊さんが答えてくれた。
「え? カレー? 何で?」確かに腹減ってるけど、ハンバーグとカレー両方食うって事? まあ食えなくはないけど多いような?
「明日も明後日も武智君、ここにいるんでしょ? ご飯に困るんじゃないかなあって。カレーなら沢山作っておいて食べれるかなあと思って。あ、ちゃんと冷蔵庫に保管してね」
俺の気持ちを察したのか、包丁を持つ手で額の汗を拭いながらニコッと俺に微笑みかける柊さん。……俺の明日以降の飯の事を考えてくれてたのかよ。
ヤバい。つい嬉しくて抱き締めたくなる。けどグッとこらえる。だって手がハンバーグのタネで汚れてるからね。しかし柊さんのうなじが近い。ちょうど俺の位置から見下ろす感じで見えるけど、何と言うか、ただの首筋なのにそそるというか。
そんな邪な事を考えてる俺を注意するかのように、突然ピーっとご飯が炊きあがる音が鳴り響く。俺はビクッと反応してしまい、柊さんがそれを見てクスクス笑う。どうやら俺の邪な思いはバレてないようでホッとする。
そしてハンバーグが出来上がったところで、皿に盛り付けテーブルに運び、二人で美味しく頂いた。
※※※
カレーのいい匂いが部屋中に充満してる。そういや合宿とか以外で他人が作るカレーって初めてかも? しかもそれが俺の彼女って。ヤバいな。嬉しくて仕方がない。
「換気扇付けたんだけど……。大丈夫かな?」
そんな変なテンションの俺を差し置いて、柊さんは匂いを気にしてるようだけど。
「大丈夫大丈夫。姉貴帰ってくるのもうちょい先だし、それまでにはさすがに匂い無くなってると思うし」「そう? ならいいけど……、って武智君、さっきから何でそんなに嬉しそうなの?」
「だって彼女が俺のためにカレー作ってくれたんだからね。嬉しいに決まってんじゃん。ハンバーグだってそう。俺も一緒に作ったってのがすげぇ嬉しい」
俺がニコニコしながらそう答えると、一気に顔が赤くなる柊さん。
「も、もう。またそうやって平気な顔して恥ずかしい事を言うんだから。そもそも、お弁当なら作った事あったじゃない」
そういや柊さんと屋上で会ってた時、作って持ってきてくれた事あったな。
「あの時はまだ彼女じゃなかったし、あれって元々お詫び目的だったじゃん。でも今日のは俺のために作ってくれたじゃん。それは大きな違いだよ」「そ、そうなの?」
何だかモジモジして恥ずかしそうにしてる柊さん。その姿もまた可愛い。
「わ、私も実は……、嬉しかったりするんだから」そう言いながらプイ、と拗ねた感じで顔を背け、いそいそとテーブルの食器を片付け始める。そんな柊さんが可愛いなあと思いながら、俺も同じく手伝おうと立ち上がった。
よし。作ってくれたお礼じゃないけど、食器は俺が洗おう。柊さんにそれを伝えようとしたところで、またも柊さんのスマホが振動する。慌てて柊さんが片付けかけてた食器類を机に一旦置き、画面を確認してから出る。どうやら恩田社長じゃなかったみたいだ。
俺は机に置かれた食器類をカウンターキッチンに運ぶ。柊さんは俺を見てごめんね、と口パクして頭をペコリと下げる。俺はいいって、と手でゼスチャーしてそれに返事した。なんかこのやり取りもカップルっぽくていいね。
なんて一人勝手に妄想しつつ、洗い物を始める俺。水の音で柊さんが何を喋ってるか聞こえないが、柊さんは神妙な顔をしながら、電話口で謝ったり相づちを打ったりしてるのを何となく見ながら食器類を洗う。
そしてキュッと蛇口を締め水を止めたところで、柊さんの声が聞こえた。
「……はい。今日はとりあえずこっちで泊まって、明日そちらに戻ります」
……え? 今泊まるって言わなかった?
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
コミュ障な幼馴染が俺にだけ饒舌な件〜クラスでは孤立している彼女が、二人きりの時だけ俺を愛称で呼んでくる〜
青野そら
青春
友達はいるが、パッとしないモブのような主人公、幸田 多久(こうだ たく)。
彼には美少女の幼馴染がいる。
それはクラスで常にぼっちな橘 理代(たちばな りよ)だ。
学校で話しかけられるとまともに返せない理代だが、多久と二人きりの時だけは素の姿を見せてくれて──。
これは、コミュ障な幼馴染を救う物語。
毎日更新します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について
塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。
好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。
それはもうモテなかった。
何をどうやってもモテなかった。
呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。
そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて――
モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!?
最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。
これはラブコメじゃない!――と
<追記>
本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
ONE WEEK LOVE ~純情のっぽと変人天使の恋~
mizuno sei
青春
永野祐輝は高校3年生。プロバスケットの選手を目指して高校に入学したが、入学早々傷害事件を起こし、バスケット部への入部を拒否されてしまった。
目標を失った彼は、しばらく荒れた生活をし、学校中の生徒たちから不良で怖いというイメージを持たれてしまう。
鬱々とした日々を送っていた彼に転機が訪れたのは、偶然不良に絡まれていた男子生徒を助けたことがきっかけだった。その男子生徒、吉田龍之介はちょっと変わってはいたが、優れた才能を持つ演劇部の生徒だった。生活を変えたいと思っていた祐輝は、吉田の熱心な勧誘もあって演劇部に入部することを決めた。
それから2年後、いよいよ高校最後の年を迎えた祐輝は、始業式の前日、偶然に一人の女子生徒と出会った。彼女を一目見て恋に落ちた祐輝は、次の日からその少女を探し、告白しようと動き出す。
一方、その女子生徒、木崎真由もまた、心に傷とコンプレックスを抱えた少女だった。
不良の烙印を押された不器用で心優しい少年と、コンプレックスを抱えた少女の恋にゆくへは・・・。
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
田中天狼のシリアスな日常
朽縄咲良
青春
とある県の平凡な県立高校「東総倉高等学校」に通う、名前以外は平凡な少年が、個性的な人間たちに翻弄され、振り回され続ける学園コメディ!
彼は、ごくごく平凡な男子高校生である。…名前を除けば。
田中天狼と書いてタナカシリウス、それが彼の名前。
この奇妙な名前のせいで、今までの人生に余計な気苦労が耐えなかった彼は、せめて、高校生になったら、平凡で平和な日常を送りたいとするのだが、高校入学後の初動に失敗。
ぼっちとなってしまった彼に話しかけてきたのは、春夏秋冬水と名乗る、一人の少女だった。
そして彼らは、二年生の矢的杏途龍、そして撫子という変人……もとい、独特な先輩達に、珍しい名を持つ者たちが集まる「奇名部」という部活への起ち上げを誘われるのだった……。
・表紙画像は、紅蓮のたまり醤油様から頂きました!
・小説家になろうにて投稿したものと同じです。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる