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その六十ニ
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まさかヒロ君に会うなんて思ってなかった。だって、もう随分前から大内家とは疎遠になってたから、家の近くで会うなんて事、想像もしてなかったし。確か前に会ったのは、ヒロ君がバイト先、私が疋田美里に変装してた時だったから、そもそももう、数ヶ月会ってないし。
「ヒロ君こそ、何でこんなところにいるの?」「ああ。俺も美久ん家に用事があったんだよ」
用事? もう随分前からお互いの家とは交流さえないはずなのに、今更私の家に何の用があるの?
「つーか美久。お前目が真っ赤じゃん。何かあったのか?」「ヒロ君には関係ない」
「連れないねぇ」そう言いながら私の肩に手を回そうとするヒロ君。私はイラっとしながらその手をバシッと払う。
「おいおい何だよ。俺とお前の仲じゃん」「幼馴染って、そんな気軽に触れていい関係なの?」
「そうだよ、知らなかったのか? 幼馴染ってのは大抵恋人になるもんさ」「……馬鹿馬鹿しい」
「だから美久。お前は俺の女なんだよ」「私は昔からずっと、一度としてヒロ君の女になった覚えはない」
ハア? と素っ頓狂な声を出すヒロ君。
「お前マジで言ってんの? 俺とお前は幼馴染。しかも俺はイケメンでお前は超の付く美少女。なら、くっついてんのが自然だろ?」と、さも当然と言った風に言うヒロ君。その言いように、私はつい、呆気にとられてしまう。ていうか、自分でイケメンって言っちゃうんだ。それにも呆れてしまった。
そして今度は、私の顎に手を持ってきてクイと自分の方に向け、そしてそのまま、有ろう事かキスをしようと口を近づけた。
私はさすがに腹が立って、バシイとヒロ君の頬を平手打ちした。
「ってぇな! 何すんだよ!」「何すんだよ、じゃないわよ! 何勝手な事しようとしてんの? 気安く触んないでよ!」
そう、私に触れていいのは武智君だけなんだから。……全く、さっきまでの感傷的な気分が台無し。
「つーかお前、学校以外で外出してんのに変装してねぇのな。ほら、疋田美里、って偽名使ってさあ」「あんたには関係ない」キッと睨む私に対し、まるで外国人のジェスチャーみたいに両手を広げるヒロ君。
「おーおー、怖い怖い。気弱いくせに強がっちゃって」「……」
言い返せなかった。確かに私は弱いから。だから昔からヒロ君は、そんな私に何かと付け込んでくる。正直そんなヒロ君は好きじゃない。寧ろ苦手だ。でも、私が弱いせいで、ずっと付かず離れずの関係でいた。だから、私にも責任があるんだけど。
「あ、そうそう。こないだお前が変装してバイトしてた喫茶店に、武智君だっけ? が働いててさあ。お前の事、疋田さんって相変わらず呼んでたの聞いて笑っちまったんだよなー。あいつどうやら、疋田美里に変装してるお前に惚れてるみたいでさ。馬鹿だよなああいつ。騙されてるとも知らずに」
ケラケラ笑いながら武智君を馬鹿にするヒロ君。……何がおかしいの? 武智君が疋田美里を好きで何が悪い? 騙してたのは私なんだから私が悪い。なのに、武智君を笑うなんて、最低。
私は拳を握りしめ、殴りたくなる程の怒りがこみ上げてくるのを必死に抑えながら、ヒロ君を無視して家に向かう。おい、待てよ、と言いながら、ヒロ君は私の後をついてきた。
……昔はもっと、純粋でいい人だったのになあ。どうしてこんなに変わっちゃったんだろ。
※※※
「……ただいま」「こんちゃーっす」
私とヒロ君が家に帰るなり、両親共すぐさま玄関にやってきた。そして私を見てすぐ、
「この親不孝者! どれだけ心配したと思ってるの!」「女一人であんな夜分に突然出ていく奴があるか!」
と、がなり立てる。更にお父さんが手を振り挙げた。私はひっぱたかれる覚悟をしてグッと身構える。だけど、その手を後ろから恩田さんが止めた。……恩田さん、今日も家にいたんだ。
「お父さん。その子はこれから大事な撮影があります。平手打ちなどして顔に怪我してしまったら問題ですから」「あ、ああ。そうですね。すみません、つい」
恩田さんに諭され、スゴスゴと手を引っ込めるお父さん。更にお母さんも何だか大人しくなった。……この二人、最近更に恩田さんの言いなりになってる気がする。
「それに、昨晩お友達のところに泊まった、と連絡あったのですから、それ程怒る事もないかと」
「でも、この子は恩田さんの言う事を聞かず、勝手に飛び出していったんですよ。……全く、私達に恥かかせないで欲しいわ」
お母さんの一言が私の胸を締め付ける。……心配、とか言いながら、恥をかかせるな、か。やっぱり本音では、私の心配なんかしてないんだ。ふと、昨晩お世話になった、武智君のご家族の仲いい雰囲気を思い出しちゃった。何だかああいうの、羨ましいな。
「とにかく、美久。リビングに来なさい」「……はい」
恩田さんに言われ、家に上がる私。これから何を言われるのだろうか? でも、私はもう決めた。私の事は私が決める。武智君と一緒にいるために。
そう決意しながら、私がリビングに入っていく最中、後ろで黙って様子を見ていたヒロ君が、恩田さんを見てペコリ、と頭を下げた。
「恩田社長。こんにちはっす」「ああ、大内君ね。そう言えば今日、あなたをここに呼んでたわね。ちょっと待機して貰ってていいかしら? 先にご家族と美久だけで大事な話があるから」
「了解しました」そう言いながら、私の家の玄関口にドカっと遠慮なく座りスマホを触り始めるヒロ君。……って、恩田さん、ヒロ君と面識あったの? ヒロ君の用事って、もしかして、恩田さんに会う事だったの?
私はそう疑問に思いながら、とりあえずヒロ君を玄関口に残し、両親と恩田さん、三人でリビングに入る。そしてヒロ君に聞こえないようにするためか、リビングの扉を閉め、三人に対面する形で私が一人、席の反対側に座った。そして早速、恩田さんが手をスッと差し出す。
「じゃあ、まずはスマホを出しなさい」「……どうしてですか?」
「美久が出ていく前にも言ったでしょ? 武智君の連絡先を消すからよ」「嫌です。出来ません」
「どうしてかしら?」「どうしてもです」
やっぱり武智君の連絡先を削除しろ、と言われた。でも、それだけは絶対に嫌。武智君との唯一の繋がりなんだから。私は冷たい視線を私に送る恩田さんの目を、キッと睨むように見返す。
「美久、いい加減、言うとおりにしなさい」「私が誰の連絡先持っていようが勝手じゃないですか」
「何でそんな反抗的な態度取るの?」「これは反抗じゃない。私の意思。武智君は大事な友達。いわば明歩と同じような。それをどうして削除しなきゃいけないんですか?」
「あなたの、彼への想いが分かるからよ。昨晩、手を繋いでいたの見てるのよ」「もしそうだとしても、それだけは絶対に嫌です。もし、無理矢理にでも消そうとするなら、私は芸能界には入りません。家も出ていきます」
私が三人を睨むように強い口調で言い放つ。そして両親は私のその言葉に唖然とした表情になる。恩田さんはと言うと、大きくはあ~、とため息を付いた。
「美久。あのね、たかが高校生で子どものあなたが、おままごとみたいな恋心にほだされて、今までやってきたあなたの努力や、様々な私達のサポート、更に親御さんがこれまでされてきた資金的なご協力まで、全部パーにするなんて、本当に本当に、愚かで馬鹿げた事なの。それがわからないの?」
「じゃあ、私は愚かで馬鹿な子という事で結構です」
半ば開き直りながら、私は負けじとまたも恩田さんを睨んだまま言い返す。これまで従順だった私の、初めての恩田さんに対する反抗的な態度。だからだろう。さすがに驚いた表情を見せる恩田さん。
でも実は私、ずっと震えてたりする。手汗だって凄くかいてる。だって、今まで逆らった事一度も無いんだもん。本当は、こうやって大人三人に対して自分の意志を伝えるのは怖いんだもん。でも負けない。頑張るって決めたんだから。
「……何があったの?」「別に。ただ、ずっと言いなりになってたのが、馬鹿馬鹿しくなっただけです」
成る程、ね。と顎に手を当て、何やら考え込む恩田さん。そしてその横で黙って様子を見ていた両親が、ワナワナと体を震わせながら、今にも私に殴り掛かりそうな感じでずっと私を睨んでいた。それでも、恩田さんに一任してるからだろう、我慢しながら一切口を挟まないけど。
もう私は流されない。そう決めた。強い子になる。そしてまた、武智君の元に帰るんだ。あの幸せな場所に戻るんだ。そのためには、私も武智君くらい強くならないといけない。これしきの事で負けてたまるもんか。
私が視線を外さず、そう心の中で決意しながらずっと恩田さんを見ていると、突如恩田さんはフッと、呆れたように笑った。
「でもまあ、いい顔になったじゃない。これまでは言われるがままのお人形さんだったけど、今はようやく、人らしくなったわね」
急に柔和な表情になった恩田さんに、何だか拍子抜けしてしまう私。
「仕方ないわね。分かったわ。あなたのスマホのデータを削除するのはやめておくわ」「し、しかし! いいんですか?」「そうですよ! 相手は男の子なんですよ!」
そこでさすがに我慢ならなかったのか、両親が大声を出す。恩田さんは両手で、まあまあ、と二人を制止しつつなだめる。
「あなたのその変わり様に免じて、ね」そして何だかおかしそうにフフフと笑う。
まあ、恩田さんがいいって言うなら良かったけど。そんなに私、変わったのかな?
「そう言えば美久、玄関口で待ってる彼、幼馴染でしょ?」「え? ヒロ君、ですか? あ、はい、まあ一応」
「……あの、恩田さんって、ヒロ君とどういう関係なんですか?」「あら、あなた幼馴染なのに聞いてないの? 彼、うちが経営している養成所の生徒よ」
「えええ!」びっくりしてつい大声出してしまう私。養成所の生徒って事は、ヒロ君、芸能界入るの目指してたの?
「で、でも、養成所の生徒にしては、結構個人的なお付き合いをされているような……」そう。私のその疑問は当然だ。
そもそも養成所とは、芸能人を目指して日々演技の練習をしたりする人達が訓練する学校で、演技やダンス、歌のレッスンをそこで勉強しながら、自らオーディションを受けたりして芸能界入りを目指す人達がいるところだ。
所属事務所が決まっていないのだから、言ってしまえば芸能人でもない、ただの普通の人達。だからいくら恩田プロモーションが経営してる養成所の生徒とは言え、大手芸能プロダクションの社長である恩田さんと、個人的な付き合いが有る事自体あり得ない。芸能人として所属先が決まっていたとしても、面識があるのはせいぜいそこのマネージャーくらいのものなんだから。
それなのに、超有名な恩田プロモーションの社長と、一養成所の生徒であるヒロ君と面識があるって……。どういう事なんだろ?
因みに私は、自分で言うのも何だけど、完全に別枠の特別扱い。だから、恩田さん自らこうやって、私と直接会っているけど。まあこれも、よく考えたらかなり特殊なんだけど。
「彼にはちょっとやって貰ってる事があるのよ。とりあえず、大内君呼んできて」「は、はい」
やって貰ってる事? 恩田さんの言葉が引っかかったけど、とりあえず私は、玄関口で座り未だスマホを触ってるヒロ君を呼びに行く。そしてヒロ君はスマホをポケットに直し家に上がりリビングに入った。
「ところで、どう? あっちの方は。順調かしら?」「そうっすね。他の奴らとも協力しながら、今んとこ徐々に、って感じですね。今日もこれから会う予定っす」
「分かったわ。また何かあったら連絡頂戴」「了解っす」
「それと、新たにお願いしたい事があるんだけど」「……その前に、今回の件成功したら……、大丈夫っすよね?」
「ええ。勿論よ」「なら良かった」
何だかホッとした様子のヒロ君。一体何の話かチンプンカンプン。それに、あっち、って何だろ? しかも他の奴ら? ヒロ君以外にも、恩田さんと直接やり取りしてる人がいるって事なのかな?
そこまで聞いて、美久は部屋に戻ってなさい、と恩田さんに言われたのでリビングを後にする。階段を上がる前にふと見てみると、恩田さんとヒロ君はどうやら一旦、私の家の外に出ていったみたい。
……私と両親に聞かれたくない話でもしているのかな?
「ヒロ君こそ、何でこんなところにいるの?」「ああ。俺も美久ん家に用事があったんだよ」
用事? もう随分前からお互いの家とは交流さえないはずなのに、今更私の家に何の用があるの?
「つーか美久。お前目が真っ赤じゃん。何かあったのか?」「ヒロ君には関係ない」
「連れないねぇ」そう言いながら私の肩に手を回そうとするヒロ君。私はイラっとしながらその手をバシッと払う。
「おいおい何だよ。俺とお前の仲じゃん」「幼馴染って、そんな気軽に触れていい関係なの?」
「そうだよ、知らなかったのか? 幼馴染ってのは大抵恋人になるもんさ」「……馬鹿馬鹿しい」
「だから美久。お前は俺の女なんだよ」「私は昔からずっと、一度としてヒロ君の女になった覚えはない」
ハア? と素っ頓狂な声を出すヒロ君。
「お前マジで言ってんの? 俺とお前は幼馴染。しかも俺はイケメンでお前は超の付く美少女。なら、くっついてんのが自然だろ?」と、さも当然と言った風に言うヒロ君。その言いように、私はつい、呆気にとられてしまう。ていうか、自分でイケメンって言っちゃうんだ。それにも呆れてしまった。
そして今度は、私の顎に手を持ってきてクイと自分の方に向け、そしてそのまま、有ろう事かキスをしようと口を近づけた。
私はさすがに腹が立って、バシイとヒロ君の頬を平手打ちした。
「ってぇな! 何すんだよ!」「何すんだよ、じゃないわよ! 何勝手な事しようとしてんの? 気安く触んないでよ!」
そう、私に触れていいのは武智君だけなんだから。……全く、さっきまでの感傷的な気分が台無し。
「つーかお前、学校以外で外出してんのに変装してねぇのな。ほら、疋田美里、って偽名使ってさあ」「あんたには関係ない」キッと睨む私に対し、まるで外国人のジェスチャーみたいに両手を広げるヒロ君。
「おーおー、怖い怖い。気弱いくせに強がっちゃって」「……」
言い返せなかった。確かに私は弱いから。だから昔からヒロ君は、そんな私に何かと付け込んでくる。正直そんなヒロ君は好きじゃない。寧ろ苦手だ。でも、私が弱いせいで、ずっと付かず離れずの関係でいた。だから、私にも責任があるんだけど。
「あ、そうそう。こないだお前が変装してバイトしてた喫茶店に、武智君だっけ? が働いててさあ。お前の事、疋田さんって相変わらず呼んでたの聞いて笑っちまったんだよなー。あいつどうやら、疋田美里に変装してるお前に惚れてるみたいでさ。馬鹿だよなああいつ。騙されてるとも知らずに」
ケラケラ笑いながら武智君を馬鹿にするヒロ君。……何がおかしいの? 武智君が疋田美里を好きで何が悪い? 騙してたのは私なんだから私が悪い。なのに、武智君を笑うなんて、最低。
私は拳を握りしめ、殴りたくなる程の怒りがこみ上げてくるのを必死に抑えながら、ヒロ君を無視して家に向かう。おい、待てよ、と言いながら、ヒロ君は私の後をついてきた。
……昔はもっと、純粋でいい人だったのになあ。どうしてこんなに変わっちゃったんだろ。
※※※
「……ただいま」「こんちゃーっす」
私とヒロ君が家に帰るなり、両親共すぐさま玄関にやってきた。そして私を見てすぐ、
「この親不孝者! どれだけ心配したと思ってるの!」「女一人であんな夜分に突然出ていく奴があるか!」
と、がなり立てる。更にお父さんが手を振り挙げた。私はひっぱたかれる覚悟をしてグッと身構える。だけど、その手を後ろから恩田さんが止めた。……恩田さん、今日も家にいたんだ。
「お父さん。その子はこれから大事な撮影があります。平手打ちなどして顔に怪我してしまったら問題ですから」「あ、ああ。そうですね。すみません、つい」
恩田さんに諭され、スゴスゴと手を引っ込めるお父さん。更にお母さんも何だか大人しくなった。……この二人、最近更に恩田さんの言いなりになってる気がする。
「それに、昨晩お友達のところに泊まった、と連絡あったのですから、それ程怒る事もないかと」
「でも、この子は恩田さんの言う事を聞かず、勝手に飛び出していったんですよ。……全く、私達に恥かかせないで欲しいわ」
お母さんの一言が私の胸を締め付ける。……心配、とか言いながら、恥をかかせるな、か。やっぱり本音では、私の心配なんかしてないんだ。ふと、昨晩お世話になった、武智君のご家族の仲いい雰囲気を思い出しちゃった。何だかああいうの、羨ましいな。
「とにかく、美久。リビングに来なさい」「……はい」
恩田さんに言われ、家に上がる私。これから何を言われるのだろうか? でも、私はもう決めた。私の事は私が決める。武智君と一緒にいるために。
そう決意しながら、私がリビングに入っていく最中、後ろで黙って様子を見ていたヒロ君が、恩田さんを見てペコリ、と頭を下げた。
「恩田社長。こんにちはっす」「ああ、大内君ね。そう言えば今日、あなたをここに呼んでたわね。ちょっと待機して貰ってていいかしら? 先にご家族と美久だけで大事な話があるから」
「了解しました」そう言いながら、私の家の玄関口にドカっと遠慮なく座りスマホを触り始めるヒロ君。……って、恩田さん、ヒロ君と面識あったの? ヒロ君の用事って、もしかして、恩田さんに会う事だったの?
私はそう疑問に思いながら、とりあえずヒロ君を玄関口に残し、両親と恩田さん、三人でリビングに入る。そしてヒロ君に聞こえないようにするためか、リビングの扉を閉め、三人に対面する形で私が一人、席の反対側に座った。そして早速、恩田さんが手をスッと差し出す。
「じゃあ、まずはスマホを出しなさい」「……どうしてですか?」
「美久が出ていく前にも言ったでしょ? 武智君の連絡先を消すからよ」「嫌です。出来ません」
「どうしてかしら?」「どうしてもです」
やっぱり武智君の連絡先を削除しろ、と言われた。でも、それだけは絶対に嫌。武智君との唯一の繋がりなんだから。私は冷たい視線を私に送る恩田さんの目を、キッと睨むように見返す。
「美久、いい加減、言うとおりにしなさい」「私が誰の連絡先持っていようが勝手じゃないですか」
「何でそんな反抗的な態度取るの?」「これは反抗じゃない。私の意思。武智君は大事な友達。いわば明歩と同じような。それをどうして削除しなきゃいけないんですか?」
「あなたの、彼への想いが分かるからよ。昨晩、手を繋いでいたの見てるのよ」「もしそうだとしても、それだけは絶対に嫌です。もし、無理矢理にでも消そうとするなら、私は芸能界には入りません。家も出ていきます」
私が三人を睨むように強い口調で言い放つ。そして両親は私のその言葉に唖然とした表情になる。恩田さんはと言うと、大きくはあ~、とため息を付いた。
「美久。あのね、たかが高校生で子どものあなたが、おままごとみたいな恋心にほだされて、今までやってきたあなたの努力や、様々な私達のサポート、更に親御さんがこれまでされてきた資金的なご協力まで、全部パーにするなんて、本当に本当に、愚かで馬鹿げた事なの。それがわからないの?」
「じゃあ、私は愚かで馬鹿な子という事で結構です」
半ば開き直りながら、私は負けじとまたも恩田さんを睨んだまま言い返す。これまで従順だった私の、初めての恩田さんに対する反抗的な態度。だからだろう。さすがに驚いた表情を見せる恩田さん。
でも実は私、ずっと震えてたりする。手汗だって凄くかいてる。だって、今まで逆らった事一度も無いんだもん。本当は、こうやって大人三人に対して自分の意志を伝えるのは怖いんだもん。でも負けない。頑張るって決めたんだから。
「……何があったの?」「別に。ただ、ずっと言いなりになってたのが、馬鹿馬鹿しくなっただけです」
成る程、ね。と顎に手を当て、何やら考え込む恩田さん。そしてその横で黙って様子を見ていた両親が、ワナワナと体を震わせながら、今にも私に殴り掛かりそうな感じでずっと私を睨んでいた。それでも、恩田さんに一任してるからだろう、我慢しながら一切口を挟まないけど。
もう私は流されない。そう決めた。強い子になる。そしてまた、武智君の元に帰るんだ。あの幸せな場所に戻るんだ。そのためには、私も武智君くらい強くならないといけない。これしきの事で負けてたまるもんか。
私が視線を外さず、そう心の中で決意しながらずっと恩田さんを見ていると、突如恩田さんはフッと、呆れたように笑った。
「でもまあ、いい顔になったじゃない。これまでは言われるがままのお人形さんだったけど、今はようやく、人らしくなったわね」
急に柔和な表情になった恩田さんに、何だか拍子抜けしてしまう私。
「仕方ないわね。分かったわ。あなたのスマホのデータを削除するのはやめておくわ」「し、しかし! いいんですか?」「そうですよ! 相手は男の子なんですよ!」
そこでさすがに我慢ならなかったのか、両親が大声を出す。恩田さんは両手で、まあまあ、と二人を制止しつつなだめる。
「あなたのその変わり様に免じて、ね」そして何だかおかしそうにフフフと笑う。
まあ、恩田さんがいいって言うなら良かったけど。そんなに私、変わったのかな?
「そう言えば美久、玄関口で待ってる彼、幼馴染でしょ?」「え? ヒロ君、ですか? あ、はい、まあ一応」
「……あの、恩田さんって、ヒロ君とどういう関係なんですか?」「あら、あなた幼馴染なのに聞いてないの? 彼、うちが経営している養成所の生徒よ」
「えええ!」びっくりしてつい大声出してしまう私。養成所の生徒って事は、ヒロ君、芸能界入るの目指してたの?
「で、でも、養成所の生徒にしては、結構個人的なお付き合いをされているような……」そう。私のその疑問は当然だ。
そもそも養成所とは、芸能人を目指して日々演技の練習をしたりする人達が訓練する学校で、演技やダンス、歌のレッスンをそこで勉強しながら、自らオーディションを受けたりして芸能界入りを目指す人達がいるところだ。
所属事務所が決まっていないのだから、言ってしまえば芸能人でもない、ただの普通の人達。だからいくら恩田プロモーションが経営してる養成所の生徒とは言え、大手芸能プロダクションの社長である恩田さんと、個人的な付き合いが有る事自体あり得ない。芸能人として所属先が決まっていたとしても、面識があるのはせいぜいそこのマネージャーくらいのものなんだから。
それなのに、超有名な恩田プロモーションの社長と、一養成所の生徒であるヒロ君と面識があるって……。どういう事なんだろ?
因みに私は、自分で言うのも何だけど、完全に別枠の特別扱い。だから、恩田さん自らこうやって、私と直接会っているけど。まあこれも、よく考えたらかなり特殊なんだけど。
「彼にはちょっとやって貰ってる事があるのよ。とりあえず、大内君呼んできて」「は、はい」
やって貰ってる事? 恩田さんの言葉が引っかかったけど、とりあえず私は、玄関口で座り未だスマホを触ってるヒロ君を呼びに行く。そしてヒロ君はスマホをポケットに直し家に上がりリビングに入った。
「ところで、どう? あっちの方は。順調かしら?」「そうっすね。他の奴らとも協力しながら、今んとこ徐々に、って感じですね。今日もこれから会う予定っす」
「分かったわ。また何かあったら連絡頂戴」「了解っす」
「それと、新たにお願いしたい事があるんだけど」「……その前に、今回の件成功したら……、大丈夫っすよね?」
「ええ。勿論よ」「なら良かった」
何だかホッとした様子のヒロ君。一体何の話かチンプンカンプン。それに、あっち、って何だろ? しかも他の奴ら? ヒロ君以外にも、恩田さんと直接やり取りしてる人がいるって事なのかな?
そこまで聞いて、美久は部屋に戻ってなさい、と恩田さんに言われたのでリビングを後にする。階段を上がる前にふと見てみると、恩田さんとヒロ君はどうやら一旦、私の家の外に出ていったみたい。
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