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その四十三
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※※※
「おい悠斗」「……」
「おいこら悠斗」「……」
そしていきなり俺の頭をバシっと叩く雄介。「いってーな! 何だよ!」「何だよ、じゃねーよ! 何度も呼んでんだよ!」
「は? 嘘つけ」「そんな嘘ついて俺に何の得があるんだよ?」雄介の顔が明らかに怒ってる。そっか。俺またぼーっとしてたのか。雄介に諭されシュンとなる俺を見た雄介は、頭をボリボリ掻きながら「柊さん、保健室にいるんだってよ」と耳打ちした。
「へ? 何で?」「体調は問題ないらしいんだが、元気がなかったから明歩が保健室に連れて行ったんだってよ」
「そ、そう」「何が、そ、そう。だよ。ほら、行ってこいよ」
「え? 何で?」「何で? じゃねーよ。どうせお前ずっと、柊さんの事考えてたんだろ?」
「でも……」「まあ、友達なんだろ? その友達が心配で会いに行く。それでいいじゃねーか」
「そ、そうだな」俺が立ち上がると、雄介はぽん、と肩を叩く。今は授業が始まる合間の休憩時間。だからそんなに時間はないんだけど。
「何にせよ、今日お前が会いに行かなかったら後悔する気がしたんだよ。保健室の先生もいるだろうし、大した話はできないだろうけど」
そうだ。俺、このまま柊さんとさよならするのが嫌だったんだ。その気持ちの根源が何かは分からない。でも、昼間ずっと一緒に飯食ってた友達である事は違いないんだ。だから、会いに行っても問題ないよな?もし必要なら、保健室の先生の前での嫌われ演技をするかも知れないけど、それも柊さんに目配せして確認すれば出来なくはないだろう。
「ありがとな、雄介」「おう」背中を押してくれた雄介にお礼を言う俺に、ニカっと笑いかけるイケメン雄介。とにかく時間もない事だし、俺は急いで保健室に向かった。
※※※
「せ、先生?」「ああ、お前が可愛すぎるのが問題なんだ」そう言いながら清田先生は、一度ベッドから離れ、保健室の入口の鍵をかけてから、またも私がいるベッドに戻ってきて座った。しまった。この時ベッドから離れてれば良かったかも。
「ど、どういう意味ですか?」私は未だベッドの上。後ろの壁に凭れて座ってる。だからこれ以上後ずさり出来ない。一体何? どういう事なの?
保健室の先生が戻ってきたと思って、泣いてたのを無理やり押し込め、ベッドシーツで顔を隠してたら、男の人の声がした。そう思ってたら突然カーテンを開けられて、そこにいたのは清田先生だった。でも問題はそこじゃない。
清田先生の顔が何だか怖い。ニタニタと嗤って私が座ってるところにすり寄る。その距離が近づいて私の顔を触った。「!」私はその手を払いのける。今度はベッドにドカっと乗りかかった。
「な、何するんですか?」「ほら、おとなしくしろって。すぐに終わるから」そして私の肩を掴み、無理やりベッドに寝かせ、ガバっと私の体にまたがった。
何これ、怖い!
「いや! やめて!」「うるさい口だな」
ドタバタ暴れる私の口を、タバコ臭い大きなゴツゴツした手で塞ぐ。
「フ、フグ!」「へへ」いや、いやだ。どうしてこうなったの? いやらしくニヤける清田先生が、私のセーラー服のリボンをほどこうと手をかける。私は必死に抵抗するけど、大人の男の人ってこんなに力強いの? ビクともしない。
怖い、怖いよ。武智君、助けて!
そこへ、
「すみませーん」と保健室の外からドアをノックしながら声が聞こえた。……この声、もしかして!
私は塞がれた手に思い切り噛み付いた。「いてぇ!」思わず手を離す清田先生。
「武智君! 助けて! 助けてぇぇ!!」大声で名前を叫ぶ私。そう、この声。絶対武智君だ!
「え? 柊さん? どうしたの?」「お願い! 襲われ……ムグ」そこでまたも口を塞がれる。
「お前、思ったよりおてんばだな。くっそ、血が出たじゃねーか」清田先生は今度は反対の手で私の口を塞ぐ。
ああ、このまま武智君が気づかず行ってしまったら、私……。しかも今度は手を噛まれないよううまく塞がれてるし。
怖い、嫌だ、お願い、助けて!
そう願っていた時、突如ガシャーン、と、保健室のガラス戸が割れた。そして割れた窓から腕が入ってきて鍵をカチャリと開けた。
ガラッと扉を開け入ってきたのはやっぱり武智君!
だけど、すぐにその武智君に殴りかかる清田先生。保健室に武智君が入ってくるのを察知して、一旦私から離れて扉の前で待ち伏せしてた。不意打ちだ。
だけど、武智君はそれを難なく受け止めた。
「何してんすか?」「チッ」更に清田先生は、反対の拳を武智君に浴びせる。けど、それをひょいと躱す武智君。凄い。私があんなに怖かった大人の拳なのに。
「この野郎!」更に武智君に殴りかかる清田先生だけど、武智君はカウンターでみぞおちに拳を入れた。「グハア!」とその場で蹲る清田先生。
「いきなり襲いかかるから正当防衛っすよね……、って、柊さん? そのカッコ……」私のセーラー服はリボンを取られ、少しはだけていた。そこで武智君は、何があったか察知したみたい。
だけど、私のピンチに現れてくれたヒーローに、私がつい抱きついてしまった。そして、そのまま武智君の胸で泣いてしまった。
「うわああ~~ん! 武智君、怖かった。怖かったよおお」「……」
武智君は私の頭に優しく手をぽんと乗せた。つい顔が熱くなる。そして武智君を見上げると、いつもの優しい雰囲気じゃなく、正に鬼の形相だった。
「あんた、俺の大事な柊さんに、何してくれてんだあああ!!!」大声で怒鳴った後、蹲ってる清田先生の顎を思い切り蹴り上げた。グルンと反回転して吹っ飛ぶ清田先生。……凄い。人間ってあんな風に吹っ飛ぶんだ。
そして仰向けで口から血と泡を吹き、ピクピクと気絶している清田先生を、今度は鬼の形相のまま胸ぐらに掴みかかった。
「一体何があったの?」そこで、保健室の先生が騒ぎを聞きつけやってきた。
※※※
「グス、武智君、もう、大丈夫だから」「……」
きっと柊さんは、俺が未だ怒りに震えているのを察してそう言ってるんだろう。大丈夫なわけないのにさ。
俺は相当怒り狂った。ここまで腸煮えくり返ったのは生涯で初めてかも知れない。だからもし、あそこで保健の先生が来なければ、俺は最悪人殺しになってたかも知れない。それ程だ。
柊さんは片時も俺の腕を離さない。そりゃそうだ。あんな事されちゃ怯えて当然だ。つか、俺がもし来なかったらどうなってたんだ? そう考えると、怒りが一向に収まりそうにない。
清田先生……、つか、もうこいつは先生じゃねーな。清田はとんでもない事をやらかした。保健室で休んでいた柊さんを襲いやがった。先生が生徒を襲うなんてあるまじき行為。保健室の先生もその現場を見たので、この件はすぐに校長先生に伝わった。そして今、状況確認のため、俺と柊さん、そして清田と保健室の先生は校長室にいる。
丁度授業と授業の合間の出来事だったのもあって、この件は他の生徒や先生には、まだ知られてないようだけど。
「全く。何て事をしでかしてくれたんですか清田先生」「……」こめかみに青筋を立てながら呆れた言い方で清田を窘める校長。清田は俺にやられたせいで顎は歪み、歯が数本無くなってるけど、知った事か。
「柊さん。とりあえずこの件はこちらで預からせて貰っていいかな? 当然清田先生には相応の処分をする」「……はい」ずっと俺の腕に捕まり、目を合わさず俯いたまま返事をする柊さん。今更清田を処分したところで、柊さんの心の傷は癒やされるわけじゃないけど、当然こいつは処分されなきゃならない。それが出来るのはやっぱり校長だけだしな。
「柊さん。今日はもう帰る? 何なら私が付き添うけど」柊さんを挟んで、俺の反対側に保健の先生が座り、柊さんに優しく話しかける。
「一旦、教室に戻りたいです」「そう? じゃあ武智君。付き添ってあげて」「え? あ、はい」
保健の先生にそう指示されるも、悩む俺。……俺は柊さんに嫌われている事になってるから、一緒にいるところを柊さんのクラスの連中に見られないほうがいいんだけどなあ。あ、そうだ。
「あの、俺より柊さんのクラスメイトの、女子の方がいいと思います」「あ、そうね。じゃあ私呼んでくるわ。誰がいい?」
「……安川さんで」「了解。じゃあちょっと待っててね」そう言って保健の先生は校長室から出ていった。
「じゃあ、私と清田先生は席を外すから、ここで待っててくれ」そして校長と清田も、校長室から出ていった。
二人きりになる俺と柊さん。するとすぐに、柊さんが「ヒック、ヒック」と泣き始めた。多分緊張の糸が切れたんだな。
「柊さん……」「怖かった、怖かった……」そして俺の胸に顔を埋める。俺もさすがにそれを拒否できない。弱ってる女の子を受け止めてあげるのも、俺の役目だと思うから。
「武智君が来てくれなかったら私……うええ~ん!」「……」そして心のタガが外れたように、大泣きする柊さん。そりゃあ、大人の男、しかも先生に襲われるなんて経験したら、怖くて恐ろしくて泣きたくなるよな。まるで小さな子どものように、俺の胸で泣き続ける柊さんの頭を、何となく撫でる。何だか弱々しくて折れそうだったから、そうしてあげないといけない気がしたから。
「ヒック、ヒック。ごめん、なさい。私また、迷惑かけて」「いやいや。全然迷惑じゃないよ。俺の胸で良かったらドンドン使って」ほらほら、と両腕を開いてどうぞ、とする俺。それがどうやらおかしかったみたいて、柊さんはクスリと笑う。
「グス。フフ。じゃあ甘える」
そして今度は俺の首に腕を回し、抱きついてきた。
……え? いやいや柊さん? それはやり過ぎ! そういう事じゃないよ!
「てか、もう泣き止んでるじゃん」「あ、本当だ」そしてちょっと恥ずかしそうに俺から離れる柊さん。目が真っ赤だけど、それでも整った顔。今は弱っているからか、どこか儚げで、壊れそうで、でも凛とした顔。
ヤバい。メチャクチャ可愛い。一気に心臓がバクバクしてきた。そういやこうやって二人きりになるの久々だ。だから尚更そう思うのか? ……そう、なのか?
そして、目は赤いけどその綺麗で可愛い顔のまま、俺をじっと見つめる。俺もその眼力のせいか、視線を反らせない。
「……とても、とってもカッコ良かった。まるで白馬の王子様みたいだったよ」「んな大げさな」
「……心の中でね、私ずっと武智君の事呼んでたの」「ハハ、何でまた」
「だから……、来てくれて本当に嬉しかった」「どういたしまして」
「いつも、私を助けてくれて、ありがとう」「……」
話しながらもずっと俺から視線を外さない柊さん。俺も視線を外せない。何だかそれが、失礼な気がしたから。そして、柊さんの顔が俺の顔に徐々に近づいてきた。その顔は何処か覚悟を決めたような表情。
外からずっと、ミーンミーンと蝉のけたたましい鳴き声が二人きりの校長室に届いてる。さすが校長室というか、エアコンが効いてて暑くはない。少しの沈黙。蝉の鳴き声だけが響く校長室。
そこで柊さんの手が、向かい合ってる俺の両肩に添えられる。鈍感な俺も、さすがに柊さんが何をするか理解できてる。
俺は、柊さんの事……。
「おい悠斗」「……」
「おいこら悠斗」「……」
そしていきなり俺の頭をバシっと叩く雄介。「いってーな! 何だよ!」「何だよ、じゃねーよ! 何度も呼んでんだよ!」
「は? 嘘つけ」「そんな嘘ついて俺に何の得があるんだよ?」雄介の顔が明らかに怒ってる。そっか。俺またぼーっとしてたのか。雄介に諭されシュンとなる俺を見た雄介は、頭をボリボリ掻きながら「柊さん、保健室にいるんだってよ」と耳打ちした。
「へ? 何で?」「体調は問題ないらしいんだが、元気がなかったから明歩が保健室に連れて行ったんだってよ」
「そ、そう」「何が、そ、そう。だよ。ほら、行ってこいよ」
「え? 何で?」「何で? じゃねーよ。どうせお前ずっと、柊さんの事考えてたんだろ?」
「でも……」「まあ、友達なんだろ? その友達が心配で会いに行く。それでいいじゃねーか」
「そ、そうだな」俺が立ち上がると、雄介はぽん、と肩を叩く。今は授業が始まる合間の休憩時間。だからそんなに時間はないんだけど。
「何にせよ、今日お前が会いに行かなかったら後悔する気がしたんだよ。保健室の先生もいるだろうし、大した話はできないだろうけど」
そうだ。俺、このまま柊さんとさよならするのが嫌だったんだ。その気持ちの根源が何かは分からない。でも、昼間ずっと一緒に飯食ってた友達である事は違いないんだ。だから、会いに行っても問題ないよな?もし必要なら、保健室の先生の前での嫌われ演技をするかも知れないけど、それも柊さんに目配せして確認すれば出来なくはないだろう。
「ありがとな、雄介」「おう」背中を押してくれた雄介にお礼を言う俺に、ニカっと笑いかけるイケメン雄介。とにかく時間もない事だし、俺は急いで保健室に向かった。
※※※
「せ、先生?」「ああ、お前が可愛すぎるのが問題なんだ」そう言いながら清田先生は、一度ベッドから離れ、保健室の入口の鍵をかけてから、またも私がいるベッドに戻ってきて座った。しまった。この時ベッドから離れてれば良かったかも。
「ど、どういう意味ですか?」私は未だベッドの上。後ろの壁に凭れて座ってる。だからこれ以上後ずさり出来ない。一体何? どういう事なの?
保健室の先生が戻ってきたと思って、泣いてたのを無理やり押し込め、ベッドシーツで顔を隠してたら、男の人の声がした。そう思ってたら突然カーテンを開けられて、そこにいたのは清田先生だった。でも問題はそこじゃない。
清田先生の顔が何だか怖い。ニタニタと嗤って私が座ってるところにすり寄る。その距離が近づいて私の顔を触った。「!」私はその手を払いのける。今度はベッドにドカっと乗りかかった。
「な、何するんですか?」「ほら、おとなしくしろって。すぐに終わるから」そして私の肩を掴み、無理やりベッドに寝かせ、ガバっと私の体にまたがった。
何これ、怖い!
「いや! やめて!」「うるさい口だな」
ドタバタ暴れる私の口を、タバコ臭い大きなゴツゴツした手で塞ぐ。
「フ、フグ!」「へへ」いや、いやだ。どうしてこうなったの? いやらしくニヤける清田先生が、私のセーラー服のリボンをほどこうと手をかける。私は必死に抵抗するけど、大人の男の人ってこんなに力強いの? ビクともしない。
怖い、怖いよ。武智君、助けて!
そこへ、
「すみませーん」と保健室の外からドアをノックしながら声が聞こえた。……この声、もしかして!
私は塞がれた手に思い切り噛み付いた。「いてぇ!」思わず手を離す清田先生。
「武智君! 助けて! 助けてぇぇ!!」大声で名前を叫ぶ私。そう、この声。絶対武智君だ!
「え? 柊さん? どうしたの?」「お願い! 襲われ……ムグ」そこでまたも口を塞がれる。
「お前、思ったよりおてんばだな。くっそ、血が出たじゃねーか」清田先生は今度は反対の手で私の口を塞ぐ。
ああ、このまま武智君が気づかず行ってしまったら、私……。しかも今度は手を噛まれないよううまく塞がれてるし。
怖い、嫌だ、お願い、助けて!
そう願っていた時、突如ガシャーン、と、保健室のガラス戸が割れた。そして割れた窓から腕が入ってきて鍵をカチャリと開けた。
ガラッと扉を開け入ってきたのはやっぱり武智君!
だけど、すぐにその武智君に殴りかかる清田先生。保健室に武智君が入ってくるのを察知して、一旦私から離れて扉の前で待ち伏せしてた。不意打ちだ。
だけど、武智君はそれを難なく受け止めた。
「何してんすか?」「チッ」更に清田先生は、反対の拳を武智君に浴びせる。けど、それをひょいと躱す武智君。凄い。私があんなに怖かった大人の拳なのに。
「この野郎!」更に武智君に殴りかかる清田先生だけど、武智君はカウンターでみぞおちに拳を入れた。「グハア!」とその場で蹲る清田先生。
「いきなり襲いかかるから正当防衛っすよね……、って、柊さん? そのカッコ……」私のセーラー服はリボンを取られ、少しはだけていた。そこで武智君は、何があったか察知したみたい。
だけど、私のピンチに現れてくれたヒーローに、私がつい抱きついてしまった。そして、そのまま武智君の胸で泣いてしまった。
「うわああ~~ん! 武智君、怖かった。怖かったよおお」「……」
武智君は私の頭に優しく手をぽんと乗せた。つい顔が熱くなる。そして武智君を見上げると、いつもの優しい雰囲気じゃなく、正に鬼の形相だった。
「あんた、俺の大事な柊さんに、何してくれてんだあああ!!!」大声で怒鳴った後、蹲ってる清田先生の顎を思い切り蹴り上げた。グルンと反回転して吹っ飛ぶ清田先生。……凄い。人間ってあんな風に吹っ飛ぶんだ。
そして仰向けで口から血と泡を吹き、ピクピクと気絶している清田先生を、今度は鬼の形相のまま胸ぐらに掴みかかった。
「一体何があったの?」そこで、保健室の先生が騒ぎを聞きつけやってきた。
※※※
「グス、武智君、もう、大丈夫だから」「……」
きっと柊さんは、俺が未だ怒りに震えているのを察してそう言ってるんだろう。大丈夫なわけないのにさ。
俺は相当怒り狂った。ここまで腸煮えくり返ったのは生涯で初めてかも知れない。だからもし、あそこで保健の先生が来なければ、俺は最悪人殺しになってたかも知れない。それ程だ。
柊さんは片時も俺の腕を離さない。そりゃそうだ。あんな事されちゃ怯えて当然だ。つか、俺がもし来なかったらどうなってたんだ? そう考えると、怒りが一向に収まりそうにない。
清田先生……、つか、もうこいつは先生じゃねーな。清田はとんでもない事をやらかした。保健室で休んでいた柊さんを襲いやがった。先生が生徒を襲うなんてあるまじき行為。保健室の先生もその現場を見たので、この件はすぐに校長先生に伝わった。そして今、状況確認のため、俺と柊さん、そして清田と保健室の先生は校長室にいる。
丁度授業と授業の合間の出来事だったのもあって、この件は他の生徒や先生には、まだ知られてないようだけど。
「全く。何て事をしでかしてくれたんですか清田先生」「……」こめかみに青筋を立てながら呆れた言い方で清田を窘める校長。清田は俺にやられたせいで顎は歪み、歯が数本無くなってるけど、知った事か。
「柊さん。とりあえずこの件はこちらで預からせて貰っていいかな? 当然清田先生には相応の処分をする」「……はい」ずっと俺の腕に捕まり、目を合わさず俯いたまま返事をする柊さん。今更清田を処分したところで、柊さんの心の傷は癒やされるわけじゃないけど、当然こいつは処分されなきゃならない。それが出来るのはやっぱり校長だけだしな。
「柊さん。今日はもう帰る? 何なら私が付き添うけど」柊さんを挟んで、俺の反対側に保健の先生が座り、柊さんに優しく話しかける。
「一旦、教室に戻りたいです」「そう? じゃあ武智君。付き添ってあげて」「え? あ、はい」
保健の先生にそう指示されるも、悩む俺。……俺は柊さんに嫌われている事になってるから、一緒にいるところを柊さんのクラスの連中に見られないほうがいいんだけどなあ。あ、そうだ。
「あの、俺より柊さんのクラスメイトの、女子の方がいいと思います」「あ、そうね。じゃあ私呼んでくるわ。誰がいい?」
「……安川さんで」「了解。じゃあちょっと待っててね」そう言って保健の先生は校長室から出ていった。
「じゃあ、私と清田先生は席を外すから、ここで待っててくれ」そして校長と清田も、校長室から出ていった。
二人きりになる俺と柊さん。するとすぐに、柊さんが「ヒック、ヒック」と泣き始めた。多分緊張の糸が切れたんだな。
「柊さん……」「怖かった、怖かった……」そして俺の胸に顔を埋める。俺もさすがにそれを拒否できない。弱ってる女の子を受け止めてあげるのも、俺の役目だと思うから。
「武智君が来てくれなかったら私……うええ~ん!」「……」そして心のタガが外れたように、大泣きする柊さん。そりゃあ、大人の男、しかも先生に襲われるなんて経験したら、怖くて恐ろしくて泣きたくなるよな。まるで小さな子どものように、俺の胸で泣き続ける柊さんの頭を、何となく撫でる。何だか弱々しくて折れそうだったから、そうしてあげないといけない気がしたから。
「ヒック、ヒック。ごめん、なさい。私また、迷惑かけて」「いやいや。全然迷惑じゃないよ。俺の胸で良かったらドンドン使って」ほらほら、と両腕を開いてどうぞ、とする俺。それがどうやらおかしかったみたいて、柊さんはクスリと笑う。
「グス。フフ。じゃあ甘える」
そして今度は俺の首に腕を回し、抱きついてきた。
……え? いやいや柊さん? それはやり過ぎ! そういう事じゃないよ!
「てか、もう泣き止んでるじゃん」「あ、本当だ」そしてちょっと恥ずかしそうに俺から離れる柊さん。目が真っ赤だけど、それでも整った顔。今は弱っているからか、どこか儚げで、壊れそうで、でも凛とした顔。
ヤバい。メチャクチャ可愛い。一気に心臓がバクバクしてきた。そういやこうやって二人きりになるの久々だ。だから尚更そう思うのか? ……そう、なのか?
そして、目は赤いけどその綺麗で可愛い顔のまま、俺をじっと見つめる。俺もその眼力のせいか、視線を反らせない。
「……とても、とってもカッコ良かった。まるで白馬の王子様みたいだったよ」「んな大げさな」
「……心の中でね、私ずっと武智君の事呼んでたの」「ハハ、何でまた」
「だから……、来てくれて本当に嬉しかった」「どういたしまして」
「いつも、私を助けてくれて、ありがとう」「……」
話しながらもずっと俺から視線を外さない柊さん。俺も視線を外せない。何だかそれが、失礼な気がしたから。そして、柊さんの顔が俺の顔に徐々に近づいてきた。その顔は何処か覚悟を決めたような表情。
外からずっと、ミーンミーンと蝉のけたたましい鳴き声が二人きりの校長室に届いてる。さすが校長室というか、エアコンが効いてて暑くはない。少しの沈黙。蝉の鳴き声だけが響く校長室。
そこで柊さんの手が、向かい合ってる俺の両肩に添えられる。鈍感な俺も、さすがに柊さんが何をするか理解できてる。
俺は、柊さんの事……。
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