35 / 130
その三十五
しおりを挟む 久しぶりの隊はすっかり正月の準備ができていた。警備室の真新しい土嚢で囲まれた機関銃陣地の隣には門松が立っている。
「射撃場に来いって……なにすんだ?」
かなめは駐車場に停められたカウラのハコスカから降りるとそう言いながら伸びをした。
すでに射撃場には人だかりが出来ていた。訓練をサボって首からアサルトライフルをぶら下げた技術部員が背伸びをしている。手持ち無沙汰の整備班員はつなぎの尻をかきながら背伸びをしてレンジの中央を覗こうと飛び跳ねる。
「やってるな」
かなめはにんまりと笑って足を速める。それを見かけたブリッジクルーの女性隊員が人だかりの中央に向かって声をかけたようだった。
すぐに人垣が二つに割れて中央に立つ女性が誠達からも見えるようになった。
「あいつ……馬鹿だ」
立ち止まったかなめのつぶやき。こればかりは誠も同感だった。
テンガロンハット、皮のジャンバー、色あせたジーンズ。そして腰には二挺拳銃を下げる為の派手な皮製のガンベルトが光っている。西部劇のヒロインと言うよりもアメリカの田舎町の祭りに引っ張り出された女性である。
「ふ!」
わざと帽子のつばを下げたかと思うとすばやく跳ね上げてサラは誠達を見つめる。隣ではそんなサラをうれしそうに写真に取っているパーラの姿も見える。
「パーラ……溜まってたのよね」
さすがにあまりにも満面の笑みのサラとそれを夢中で撮影するパーラの態度にはアメリアも複雑な表情にならざるを得なかった。
「風が冷たいねえ……そういえばダコタで馬車強盗とやりあったときもこんな風が吹いていたっけ……」
そう言うとサラは射撃場の椅子にひらりと舞うようにして腰掛ける。手にしているのはかなめの愛用の葉巻。タバコが吸えないサラらしく、当然火はついていないし煙も出ない。
「何がしたいんだ?お前は?」
「お嬢さん?何かお困りで?」
そう言うとサラは胸に着けた保安官を示すバッジを誇らしげに見せ付ける。お嬢さん呼ばわりされたかなめはただ茫然とサラを見つめた。タンクトップにジーンズと言う明らかに常人なら寒そうな姿だが、それ以上にサラの雰囲気はおかしな具合だった。
「ああ、目の前におかしな格好の姉ちゃんがいるんで当惑しているな」
「ふっ……おかしな格好?」
「ああ、マカロニウェスタンに出てきそうなインチキ保安官スタイルの姉ちゃん」
そう言われてもサラはかなめから掠めたであろう火のついていない葉巻を咥えたままにんまりと笑って立ち上がるだけだった。
「そう言えばネバダで……」
たわごとをまた繰り返そうとするサラに飛び掛ったかなめがそのままサラの帽子を取り上げた。
「だめ!かなめちゃん!返してよ!」
サラがぴょんぴょん跳ねる。ようやく笑っていいという雰囲気になり、野次馬達も笑い始める。
「駄目よ!かなめちゃん!返してあげなさいよ」
上官と言うより保護者と言う雰囲気でアメリアはピシリとそう言った。ようやくその場の雰囲気が日常のものに帰っていくのに安心して誠達は射撃レンジに足を踏み入れた。
射撃場の机。サラが飛び跳ねている後ろには、小火器担当の下士官が苦い表情で手にした弾の入った箱を積み上げている。
「たくさん集めましたねえ」
誠も感心する。そこには時代物を装うようなパッケージの弾の他、何種類もの弾の箱が並んでいた。技術部の銃器担当班の下士官がそれを一つ一つ取り出しては眺めている。
「まあな。結構この手の銃は人気があるから種類は出てるから。特に今、サラの銃に入っている弾は特別だぜ。おい!サラ。いい加減はじめろよ」
下士官の言葉に渋々かなめは帽子をサラに返した。笑顔に戻ったサラはリラックスしたように静かに人型のターゲットの前に立つ。距離は30メートル。サラは一度両手を肩の辺りに上げて静止する。
「抜き撃ちだな」
カウラは真剣な顔でサラを見つめていた。
次の瞬間、すばやくサラの右手がガンベルトの銃に伸びた、引き抜かれた銃に左手が飛ぶ。そしてはじくようにハンマーが叩き落とされると同時に轟音が響き渡った。
「音がでけえなあ……それになんだ?この煙」
かなめがそう言うのももっともだった。誰もが弾の命中を確認する前にサラの銃から出るまるで秋刀魚でも焼いているような煙にばかり目が行った。風下に居た警備部員は驚いた表情で咳き込んでいる。
「これは?」
驚いているのはカウラも同じだった。ただ一人苦笑いの下士官にそう尋ねる。
「ブラックパウダーと言って、黒色火薬の炸薬入りの弾ですよ。時代的にはこれが正しいカウボーイシューティングのスタイルですから。このコルト・シングルアクション・アーミーの時代はまだ無煙火薬は発明されてないですからね。まあ俺も使ってみるのは初めてだったんですが……」
そう言う説明を受けて納得した誠だが、撃ったのはいいが煙を顔面にもろに浴びてむせているサラに同情の視線を送った。
「でもこれじゃあ……」
「ああ、ちゃんと無煙火薬の弾もあるから。ブラックパウダーはそちらの一箱だけ。あとはちゃんと普通に撃てる奴ばかりだよ」
誠はようやく安心する。だが、弾丸はどれもむき出しの鉛が目立つ巨大な姿。警察組織扱いになっている司法局実働部隊だから使えると言うような鉛むき出しのホローポイント弾に苦笑いを浮かべた。
「射撃場に来いって……なにすんだ?」
かなめは駐車場に停められたカウラのハコスカから降りるとそう言いながら伸びをした。
すでに射撃場には人だかりが出来ていた。訓練をサボって首からアサルトライフルをぶら下げた技術部員が背伸びをしている。手持ち無沙汰の整備班員はつなぎの尻をかきながら背伸びをしてレンジの中央を覗こうと飛び跳ねる。
「やってるな」
かなめはにんまりと笑って足を速める。それを見かけたブリッジクルーの女性隊員が人だかりの中央に向かって声をかけたようだった。
すぐに人垣が二つに割れて中央に立つ女性が誠達からも見えるようになった。
「あいつ……馬鹿だ」
立ち止まったかなめのつぶやき。こればかりは誠も同感だった。
テンガロンハット、皮のジャンバー、色あせたジーンズ。そして腰には二挺拳銃を下げる為の派手な皮製のガンベルトが光っている。西部劇のヒロインと言うよりもアメリカの田舎町の祭りに引っ張り出された女性である。
「ふ!」
わざと帽子のつばを下げたかと思うとすばやく跳ね上げてサラは誠達を見つめる。隣ではそんなサラをうれしそうに写真に取っているパーラの姿も見える。
「パーラ……溜まってたのよね」
さすがにあまりにも満面の笑みのサラとそれを夢中で撮影するパーラの態度にはアメリアも複雑な表情にならざるを得なかった。
「風が冷たいねえ……そういえばダコタで馬車強盗とやりあったときもこんな風が吹いていたっけ……」
そう言うとサラは射撃場の椅子にひらりと舞うようにして腰掛ける。手にしているのはかなめの愛用の葉巻。タバコが吸えないサラらしく、当然火はついていないし煙も出ない。
「何がしたいんだ?お前は?」
「お嬢さん?何かお困りで?」
そう言うとサラは胸に着けた保安官を示すバッジを誇らしげに見せ付ける。お嬢さん呼ばわりされたかなめはただ茫然とサラを見つめた。タンクトップにジーンズと言う明らかに常人なら寒そうな姿だが、それ以上にサラの雰囲気はおかしな具合だった。
「ああ、目の前におかしな格好の姉ちゃんがいるんで当惑しているな」
「ふっ……おかしな格好?」
「ああ、マカロニウェスタンに出てきそうなインチキ保安官スタイルの姉ちゃん」
そう言われてもサラはかなめから掠めたであろう火のついていない葉巻を咥えたままにんまりと笑って立ち上がるだけだった。
「そう言えばネバダで……」
たわごとをまた繰り返そうとするサラに飛び掛ったかなめがそのままサラの帽子を取り上げた。
「だめ!かなめちゃん!返してよ!」
サラがぴょんぴょん跳ねる。ようやく笑っていいという雰囲気になり、野次馬達も笑い始める。
「駄目よ!かなめちゃん!返してあげなさいよ」
上官と言うより保護者と言う雰囲気でアメリアはピシリとそう言った。ようやくその場の雰囲気が日常のものに帰っていくのに安心して誠達は射撃レンジに足を踏み入れた。
射撃場の机。サラが飛び跳ねている後ろには、小火器担当の下士官が苦い表情で手にした弾の入った箱を積み上げている。
「たくさん集めましたねえ」
誠も感心する。そこには時代物を装うようなパッケージの弾の他、何種類もの弾の箱が並んでいた。技術部の銃器担当班の下士官がそれを一つ一つ取り出しては眺めている。
「まあな。結構この手の銃は人気があるから種類は出てるから。特に今、サラの銃に入っている弾は特別だぜ。おい!サラ。いい加減はじめろよ」
下士官の言葉に渋々かなめは帽子をサラに返した。笑顔に戻ったサラはリラックスしたように静かに人型のターゲットの前に立つ。距離は30メートル。サラは一度両手を肩の辺りに上げて静止する。
「抜き撃ちだな」
カウラは真剣な顔でサラを見つめていた。
次の瞬間、すばやくサラの右手がガンベルトの銃に伸びた、引き抜かれた銃に左手が飛ぶ。そしてはじくようにハンマーが叩き落とされると同時に轟音が響き渡った。
「音がでけえなあ……それになんだ?この煙」
かなめがそう言うのももっともだった。誰もが弾の命中を確認する前にサラの銃から出るまるで秋刀魚でも焼いているような煙にばかり目が行った。風下に居た警備部員は驚いた表情で咳き込んでいる。
「これは?」
驚いているのはカウラも同じだった。ただ一人苦笑いの下士官にそう尋ねる。
「ブラックパウダーと言って、黒色火薬の炸薬入りの弾ですよ。時代的にはこれが正しいカウボーイシューティングのスタイルですから。このコルト・シングルアクション・アーミーの時代はまだ無煙火薬は発明されてないですからね。まあ俺も使ってみるのは初めてだったんですが……」
そう言う説明を受けて納得した誠だが、撃ったのはいいが煙を顔面にもろに浴びてむせているサラに同情の視線を送った。
「でもこれじゃあ……」
「ああ、ちゃんと無煙火薬の弾もあるから。ブラックパウダーはそちらの一箱だけ。あとはちゃんと普通に撃てる奴ばかりだよ」
誠はようやく安心する。だが、弾丸はどれもむき出しの鉛が目立つ巨大な姿。警察組織扱いになっている司法局実働部隊だから使えると言うような鉛むき出しのホローポイント弾に苦笑いを浮かべた。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
脅され彼女~可愛い女子の弱みを握ったので脅して彼女にしてみたが、健気すぎて幸せにしたいと思った~
みずがめ
青春
陰キャ男子が後輩の女子の弱みを握ってしまった。彼女いない歴=年齢の彼は後輩少女に彼女になってくれとお願いする。脅迫から生まれた恋人関係ではあったが、彼女はとても健気な女の子だった。
ゲス男子×健気女子のコンプレックスにまみれた、もしかしたら純愛になるかもしれないお話。
※この作品は別サイトにも掲載しています。
※表紙イラストは、あっきコタロウさんに描いていただきました。
約束へと続くストローク
葛城騰成
青春
競泳のオリンピック選手を目指している双子の幼馴染に誘われてスイミングスクールに通うようになった少女、金井紗希(かないさき)は、小学五年生になったある日、二人が転校してしまうことを知る。紗希は転校当日に双子の兄である橘柊一(たちばなしゅういち)に告白して両想いになった。
凄い選手になって紗希を迎えに来ることを誓った柊一と、柊一より先に凄い選手になって柊一を迎えに行くことを誓った紗希。その約束を胸に、二人は文通をして励まし合いながら、日々を過ごしていく。
時が経ち、水泳の名門校である立清学園(りっせいがくえん)に入学して高校生になった紗希は、女子100m自由形でインターハイで優勝することを決意する。
長年勝つことができないライバル、湾内璃子(わんないりこ)や、平泳ぎを得意とする中條彩乃(なかじょうあやの)、柊一と同じ学校に通う兄を持つ三島夕(みしまゆう)など、多くの仲間たちと関わる中で、紗希は選手としても人間としても成長していく。
絶好調かに思えたある日、紗希の下に「紗希と話がしたい」と書かれた柊一からの手紙が届く。柊一はかつて交わした約束を忘れてしまったのか? 数年ぶりの再会を果たした時、運命の歯車が大きく動き出す。
※表示画像は、SKIMAを通じて知様に描いていただきました。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
青春
2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について
塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。
好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。
それはもうモテなかった。
何をどうやってもモテなかった。
呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。
そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて――
モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!?
最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。
これはラブコメじゃない!――と
<追記>
本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる