30 / 130
その三十
しおりを挟む
※※※
「セイヤ!」「チィ!」
俺の正拳突きをうまく後ろへ流しながら、「チェストォ!」と今度は左正拳突きを見舞おうとする顧問。当然俺は読んでたので、ガシィ、とみぞおちを狙ったそれを、膝を高く上げ防ぎ、そのままその足を思い切り踏み降ろし、「ハア!」と今度は俺が左正拳突き。だがその流れは当然読まれているので、顧問は俺の左正拳突きをいなそうとする瞬間、下ろした右足を軸に反回転し、顧問の左こめかみにヴォンと後ろ回し蹴りを見舞う。
「くっそ!」俺のフェイントに驚いた顧問だが、何とか腕で俺の後ろ回し蹴りを止めた。だが、俺はその反動を利用して、ダン、と思い切り足を踏み降ろし反対側の足で回し蹴りを見舞ってやる。「なにぃ!」またも驚いた顧問、それはさすがに躱せなかったようで、顧問の右こめかみにヒットし、ズダーン、と顧問のでかい図体が倒れた。
だが、これはあくまで練習。それでもフルコンタクトなので、当たった瞬間、俺も蹴りの勢いを止めた。だから然程ダメージはないはずだ。因みにフルコンタクトで顧問と練習するのは、空手部では俺だけだったりする。
「押忍! ありがとうございました!」息を切らしながら一礼をし、顧問に手を差し出す俺。苦笑いしながら、床に倒れている顧問は俺の手を取り、「あんなアクロバティックな事できんのはお前くらいなもんだ」と呆れた顔で称賛? した。
どうも、とお礼を言いながら、倒れた顧問を引っ張り上げる。そして道着を直し、パンパン、と埃をはたきつつ、「しかし武智。昇段試験は本当にいいのか?」と俺に聞く顧問。
「だって時間ないじゃないですか。もうすぐ団体予選始まるんですから」「しかしなあ……。お前ならスポーツ推薦も狙えると思うぞ?」
「いや。それはいいです」「そうなのか。勿体無いなあ」
別に空手で全国大会出たいとか思ってないからね。という本音は言わず、すみません、と顧問に頭を下げる俺。
既に六月も中旬。今空手部の道場で練習中。俺達高校三年生はこの夏で引退だから、他の同学年の部員達含め、最近はかなり気合が入ってきている。梅雨真っ只中なので、外は今日も雨だけど、しとしとと静かに降ってるから静かだ。普段外でやかましく号令かけたりして駆けずり回ってる、野球部やサッカー部の喧騒が聞こえないからね。
もう少ししたら定期テストだ。また母さんに怒られるのは嫌だから、今回は頑張らないと。でも、前のように落ち込んでるわけじゃないし、寧ろ疋田さんと約束を取り付けたのもあって、テストも気合入ってる。絶対TOP10に返り咲いてやろうと、こっちも結構気合入ってるんだよな。
……そして、ありがたいのかどうなのか、最近は柊さんが昼飯の時に勉強を教えてくれてたりするし。
あの雷の一件のすぐ後は、さすがに二人共ぎこちなかったけど、逆にあの件以来、ほぼ毎日にように柊さんと会うようになった。俺は疋田さんとの約束が叶ったのもあって、前みたいに、余り柊さんを意識する事がなくなったっぽい。だから以前より気軽に会えるようになってるってのもある。
柊さんは相変わらず可愛いし、未だちょっとした仕草にドギマギしてしまうけど、それはもうこの人の体質だと思うようにした。そう思ったら、このドギマギは恋煩いじゃないって思えて、ある程度平常心でいられるようになった。
まあこれくらい会って色々話したり勉強したりするんだから、柊さんとはもう友達と言っていいだろうな。朝のあの嫌われ演技は相変わらず続いてんだけど。本当、変な関係だ。
「悠斗、終了だってよ」「おう」雄介に声を掛けられ、一緒に後片付けを始める。そういや最近、雄介とあまり話さなくなったなあ。雄介は休みごとに安川さんに会いに行ってるから仕方ないんだけど。疋田さんの件とか話したいんだけどなあ。そんな話出来んの、雄介だけだし。
「なあ。今日も安川さん待ってんの?」「え? ああ、まあな」
そうか、とつい寂しそうに返事してしまってハッとした。これじゃ何だか安川さんに嫉妬してるみたいに思われちまう。慌てて取り繕うとするも遅かった。雄介が俺を見てニヤニヤしてる。
「悠斗く~ん? 今日は雄介兄ちゃんが一緒に帰ってあげようか?」「うっせぇ、うぜぇ」
「寂しいんでちゅよねー?」「なんで赤ちゃん言葉なんだよ?」
「素直じゃない悠斗先輩、カッコ悪いっすよ」「今度は後輩面かよ」
しっかし雄介のやつ、最近明らかにキャラ変わった。以前はこんなノリの良いやつじゃなかったし、こんなくだらない冗談も言わなかった。間違いなく安川さんのせいだ。つか、雄介の性格が変わるほど、安川さんに影響されてるって事は、もう雄介、安川さんにゾッコンなんだな、ほんと。で、きっと安川さんも雄介が大好きなんだろうな。
相思相愛。はいはい、ごちそう様。正直羨ましいっすよ。俺と比べたら雲泥の差だよ。ったく。
「もういいからさっさと帰れよ。安川さん待たせてんだろ?」「おー、今度は逆ギレかよ」
俺が鬱陶しい、って返そうとしたら、後輩が雄介のところにやってきた。「三浦先輩。あれ」と、えらくぶっきらぼうに指をさす。俺と雄介が不思議に思って後輩が指さした方向を見ると、物凄い満面の笑みでブンブン大きく手を振る安川さんが、道場の入り口にいた。
ああ、成る程ね。後輩がブスっとしてる理由がわかったよ。安川さん程の美人の彼女が雄介を迎えに来てるのが気に入らなくて嫉妬してるわけね。後輩よ、気持ちはよーく分かるぞ。
で、安川さんの嬉しそうな様子を見た雄介も、思い切り笑顔に変わって手を振り返した。……いやお前、そんな満面の笑みしてそんな事するキャラだったっけ? 正直気持ち悪い。
でもすぐに、安川さんの後ろの人影を見つけて、俺は固まってしまった。
安川さんに隠れるように道場内を覗きながら、ペコリ、と小さく頭を下げるその人影は、柊さんだったからだ。
※※※
とりあえず安川さんと柊さんは、俺と雄介以外の部員と顧問全員が道場からいなくなるまで外で待ってた。降ってた雨はほぼ止んだみたいで、外で待つのは問題なかったようだけど。で、雄介がもう大丈夫、と言って、二人を道場の入り口に招き入れた。
「柊さん、久しぶり」「そうね。相変わらず明歩と仲いいみたいで」
「そうだよー。もうラブラブなんだよー」「おう。ラブラブだ」
安川さんがそう言いながら、まだ汗臭い道着のままの雄介の腕に絡みつく。……つか、お前本当に雄介か? 雄介今、ラブラブとか言いやがった。そして遠慮する事なく目の前でいちゃつく二人。お前らなあ、一応まだ学校の中なんだが?
「つか、柊さん。皆帰った後とは言え、俺と会っちゃまずいだろ?」「そ、そうなんだけど……」
「アタシが連れてきたのよーん!」よーん! じゃねえよ。あんた何やってんの? 柊さんが朝、俺を嫌ってる演技してんの、知ってるだろ?
「だーかーらー! 皆帰るまでこうやって待ってたじゃん!」「いや、そういう問題じゃない」
全く何考えてんだか。どうやら俺達とこうやって話してんのは、誰にもバレてないみたいだけど。もっと慎重に行動して欲しい。理由はわからないけど、柊さんの嫌われ演技が無駄になるだろうに。
「こら悠斗。俺の明歩に文句言うつもりかよ?」「ややこしくなるからお前は黙ってろ」
「キャー! やーんもう! 雄介ったら~ん! 俺の明歩だって! キャー!」……いや、あんたも黙っててくれ。いや違う。質問しないと。
「つーか、なんで柊さん連れてきたの?」「んー? 一人で空手道場行くの何だか怖かったから? ほら、ここ男部員しかいないし。美久は何度か来た事あったみたいだし?」
「「え?」」俺と雄介がつい声を出してしまった。すると柊さんは顔を真っ赤にして安川さんをバンと叩く。そして怒った顔で安川さんに何か耳打ちした後、ゴメーン、安川さんが手を合わせて柊さんに謝った。何だ一体? つか、柊さん、空手道場来た事あんの? なんで?
「え、えと。昔入部しようとか、ね?」ああ。そういう事ね。まあ確かに、安川さんは空手部ってガラじゃないしなあ。運動神経抜群の柊さんなら、格闘系の部活入部を考える可能性はあるか。その時に来た事があったって事ね。でもどうして顔真っ赤にしてんだろ?
そこで、ブブブ、と誰かのスマホがバイブした。「あ。ごめん」そう言って柊さんはスマホを手に取り、慌てて道場から出ていった。柊さんのだったか。因みにうちの学校では、スマホを各教室ごとで朝回収され、下校時に返却されるようになってる。だけど、俺と雄介はまだ着替えてないから更衣室の中に置いてある。
「ごめん。私行くね」「あ、じゃあ雄介。アタシ校門前まで美久と行くから、後でねー」
おう、とにこやかに返事する雄介。はあ全く。ラブラブなのか勝手だけど、見せつけんなよな。
※※※
「今日はちょっと遅いからここまで来ちゃったわよ」「すみません」
そう言って恩田さんが珍しく、車から降りて校門前にいた。確かに今日は遅くなった。テスト準備もしたくて、教室で明歩と勉強してたのも理由の一つだけど。でも、普段なら車から出る事さえしないんだけど。……遅いのが気になったのかな?
「えと、美久? この人どちら様?」
そう。だから今、この校門前で恩田さんと明歩が対面してしまっている。ここの生徒で私以外恩田さんに会うのは、明歩が初めてのはずだ。あまり良い予感がしないけど、会ってしまったから仕方ない。
「美久。その子が……」「はい。そうです。私の友達です」
「そう。初めまして。私はその子の保護者でもあり、協力者でもある、恩田といいます」
「ほ、保護者? お母さんではなくて? え、えと、アタシは安川です」ビシッとスーツを着た、ただならぬ雰囲気の恩田さんを前に、急に明歩は緊張したみたい。ガラにもなく気をつけして、ペコリと頭を下げた。
「……ふーむ。あなたも結構綺麗な顔してるわね。スタイルもいいし。でも髪の毛、もっといたわったほうがいいわね」
「え? へ? あ、は、はひ! 気をつけまするぅ~」と何だか時代劇で殿様に、ははあ~、って感じでまたも頭を下げる明歩。怖がり過ぎ。でもちょっと可愛いけど。
「とにかく美久。行くわよ。安川さん、あなたとはまた改めて話したいわね」
「「え?」」豆鉄砲食らったような顔で固まる明歩。そして私も恩田さんのその言葉に驚く。まさか……。
「あ、あの。明歩は……」「それを決めるのはあの子自身でしょ? 私は逸材を見つけたら、とりあえず動かないと気が済まない性格なのよ」
まさか明歩にも? しまった。やはり悪い予感が的中した。まさか恩田さんが車から出ているとは思っていなかったから、明歩と会うなんて思っても見なかった。
……明歩には、ある程度話しておいたほうがいいかも。
「セイヤ!」「チィ!」
俺の正拳突きをうまく後ろへ流しながら、「チェストォ!」と今度は左正拳突きを見舞おうとする顧問。当然俺は読んでたので、ガシィ、とみぞおちを狙ったそれを、膝を高く上げ防ぎ、そのままその足を思い切り踏み降ろし、「ハア!」と今度は俺が左正拳突き。だがその流れは当然読まれているので、顧問は俺の左正拳突きをいなそうとする瞬間、下ろした右足を軸に反回転し、顧問の左こめかみにヴォンと後ろ回し蹴りを見舞う。
「くっそ!」俺のフェイントに驚いた顧問だが、何とか腕で俺の後ろ回し蹴りを止めた。だが、俺はその反動を利用して、ダン、と思い切り足を踏み降ろし反対側の足で回し蹴りを見舞ってやる。「なにぃ!」またも驚いた顧問、それはさすがに躱せなかったようで、顧問の右こめかみにヒットし、ズダーン、と顧問のでかい図体が倒れた。
だが、これはあくまで練習。それでもフルコンタクトなので、当たった瞬間、俺も蹴りの勢いを止めた。だから然程ダメージはないはずだ。因みにフルコンタクトで顧問と練習するのは、空手部では俺だけだったりする。
「押忍! ありがとうございました!」息を切らしながら一礼をし、顧問に手を差し出す俺。苦笑いしながら、床に倒れている顧問は俺の手を取り、「あんなアクロバティックな事できんのはお前くらいなもんだ」と呆れた顔で称賛? した。
どうも、とお礼を言いながら、倒れた顧問を引っ張り上げる。そして道着を直し、パンパン、と埃をはたきつつ、「しかし武智。昇段試験は本当にいいのか?」と俺に聞く顧問。
「だって時間ないじゃないですか。もうすぐ団体予選始まるんですから」「しかしなあ……。お前ならスポーツ推薦も狙えると思うぞ?」
「いや。それはいいです」「そうなのか。勿体無いなあ」
別に空手で全国大会出たいとか思ってないからね。という本音は言わず、すみません、と顧問に頭を下げる俺。
既に六月も中旬。今空手部の道場で練習中。俺達高校三年生はこの夏で引退だから、他の同学年の部員達含め、最近はかなり気合が入ってきている。梅雨真っ只中なので、外は今日も雨だけど、しとしとと静かに降ってるから静かだ。普段外でやかましく号令かけたりして駆けずり回ってる、野球部やサッカー部の喧騒が聞こえないからね。
もう少ししたら定期テストだ。また母さんに怒られるのは嫌だから、今回は頑張らないと。でも、前のように落ち込んでるわけじゃないし、寧ろ疋田さんと約束を取り付けたのもあって、テストも気合入ってる。絶対TOP10に返り咲いてやろうと、こっちも結構気合入ってるんだよな。
……そして、ありがたいのかどうなのか、最近は柊さんが昼飯の時に勉強を教えてくれてたりするし。
あの雷の一件のすぐ後は、さすがに二人共ぎこちなかったけど、逆にあの件以来、ほぼ毎日にように柊さんと会うようになった。俺は疋田さんとの約束が叶ったのもあって、前みたいに、余り柊さんを意識する事がなくなったっぽい。だから以前より気軽に会えるようになってるってのもある。
柊さんは相変わらず可愛いし、未だちょっとした仕草にドギマギしてしまうけど、それはもうこの人の体質だと思うようにした。そう思ったら、このドギマギは恋煩いじゃないって思えて、ある程度平常心でいられるようになった。
まあこれくらい会って色々話したり勉強したりするんだから、柊さんとはもう友達と言っていいだろうな。朝のあの嫌われ演技は相変わらず続いてんだけど。本当、変な関係だ。
「悠斗、終了だってよ」「おう」雄介に声を掛けられ、一緒に後片付けを始める。そういや最近、雄介とあまり話さなくなったなあ。雄介は休みごとに安川さんに会いに行ってるから仕方ないんだけど。疋田さんの件とか話したいんだけどなあ。そんな話出来んの、雄介だけだし。
「なあ。今日も安川さん待ってんの?」「え? ああ、まあな」
そうか、とつい寂しそうに返事してしまってハッとした。これじゃ何だか安川さんに嫉妬してるみたいに思われちまう。慌てて取り繕うとするも遅かった。雄介が俺を見てニヤニヤしてる。
「悠斗く~ん? 今日は雄介兄ちゃんが一緒に帰ってあげようか?」「うっせぇ、うぜぇ」
「寂しいんでちゅよねー?」「なんで赤ちゃん言葉なんだよ?」
「素直じゃない悠斗先輩、カッコ悪いっすよ」「今度は後輩面かよ」
しっかし雄介のやつ、最近明らかにキャラ変わった。以前はこんなノリの良いやつじゃなかったし、こんなくだらない冗談も言わなかった。間違いなく安川さんのせいだ。つか、雄介の性格が変わるほど、安川さんに影響されてるって事は、もう雄介、安川さんにゾッコンなんだな、ほんと。で、きっと安川さんも雄介が大好きなんだろうな。
相思相愛。はいはい、ごちそう様。正直羨ましいっすよ。俺と比べたら雲泥の差だよ。ったく。
「もういいからさっさと帰れよ。安川さん待たせてんだろ?」「おー、今度は逆ギレかよ」
俺が鬱陶しい、って返そうとしたら、後輩が雄介のところにやってきた。「三浦先輩。あれ」と、えらくぶっきらぼうに指をさす。俺と雄介が不思議に思って後輩が指さした方向を見ると、物凄い満面の笑みでブンブン大きく手を振る安川さんが、道場の入り口にいた。
ああ、成る程ね。後輩がブスっとしてる理由がわかったよ。安川さん程の美人の彼女が雄介を迎えに来てるのが気に入らなくて嫉妬してるわけね。後輩よ、気持ちはよーく分かるぞ。
で、安川さんの嬉しそうな様子を見た雄介も、思い切り笑顔に変わって手を振り返した。……いやお前、そんな満面の笑みしてそんな事するキャラだったっけ? 正直気持ち悪い。
でもすぐに、安川さんの後ろの人影を見つけて、俺は固まってしまった。
安川さんに隠れるように道場内を覗きながら、ペコリ、と小さく頭を下げるその人影は、柊さんだったからだ。
※※※
とりあえず安川さんと柊さんは、俺と雄介以外の部員と顧問全員が道場からいなくなるまで外で待ってた。降ってた雨はほぼ止んだみたいで、外で待つのは問題なかったようだけど。で、雄介がもう大丈夫、と言って、二人を道場の入り口に招き入れた。
「柊さん、久しぶり」「そうね。相変わらず明歩と仲いいみたいで」
「そうだよー。もうラブラブなんだよー」「おう。ラブラブだ」
安川さんがそう言いながら、まだ汗臭い道着のままの雄介の腕に絡みつく。……つか、お前本当に雄介か? 雄介今、ラブラブとか言いやがった。そして遠慮する事なく目の前でいちゃつく二人。お前らなあ、一応まだ学校の中なんだが?
「つか、柊さん。皆帰った後とは言え、俺と会っちゃまずいだろ?」「そ、そうなんだけど……」
「アタシが連れてきたのよーん!」よーん! じゃねえよ。あんた何やってんの? 柊さんが朝、俺を嫌ってる演技してんの、知ってるだろ?
「だーかーらー! 皆帰るまでこうやって待ってたじゃん!」「いや、そういう問題じゃない」
全く何考えてんだか。どうやら俺達とこうやって話してんのは、誰にもバレてないみたいだけど。もっと慎重に行動して欲しい。理由はわからないけど、柊さんの嫌われ演技が無駄になるだろうに。
「こら悠斗。俺の明歩に文句言うつもりかよ?」「ややこしくなるからお前は黙ってろ」
「キャー! やーんもう! 雄介ったら~ん! 俺の明歩だって! キャー!」……いや、あんたも黙っててくれ。いや違う。質問しないと。
「つーか、なんで柊さん連れてきたの?」「んー? 一人で空手道場行くの何だか怖かったから? ほら、ここ男部員しかいないし。美久は何度か来た事あったみたいだし?」
「「え?」」俺と雄介がつい声を出してしまった。すると柊さんは顔を真っ赤にして安川さんをバンと叩く。そして怒った顔で安川さんに何か耳打ちした後、ゴメーン、安川さんが手を合わせて柊さんに謝った。何だ一体? つか、柊さん、空手道場来た事あんの? なんで?
「え、えと。昔入部しようとか、ね?」ああ。そういう事ね。まあ確かに、安川さんは空手部ってガラじゃないしなあ。運動神経抜群の柊さんなら、格闘系の部活入部を考える可能性はあるか。その時に来た事があったって事ね。でもどうして顔真っ赤にしてんだろ?
そこで、ブブブ、と誰かのスマホがバイブした。「あ。ごめん」そう言って柊さんはスマホを手に取り、慌てて道場から出ていった。柊さんのだったか。因みにうちの学校では、スマホを各教室ごとで朝回収され、下校時に返却されるようになってる。だけど、俺と雄介はまだ着替えてないから更衣室の中に置いてある。
「ごめん。私行くね」「あ、じゃあ雄介。アタシ校門前まで美久と行くから、後でねー」
おう、とにこやかに返事する雄介。はあ全く。ラブラブなのか勝手だけど、見せつけんなよな。
※※※
「今日はちょっと遅いからここまで来ちゃったわよ」「すみません」
そう言って恩田さんが珍しく、車から降りて校門前にいた。確かに今日は遅くなった。テスト準備もしたくて、教室で明歩と勉強してたのも理由の一つだけど。でも、普段なら車から出る事さえしないんだけど。……遅いのが気になったのかな?
「えと、美久? この人どちら様?」
そう。だから今、この校門前で恩田さんと明歩が対面してしまっている。ここの生徒で私以外恩田さんに会うのは、明歩が初めてのはずだ。あまり良い予感がしないけど、会ってしまったから仕方ない。
「美久。その子が……」「はい。そうです。私の友達です」
「そう。初めまして。私はその子の保護者でもあり、協力者でもある、恩田といいます」
「ほ、保護者? お母さんではなくて? え、えと、アタシは安川です」ビシッとスーツを着た、ただならぬ雰囲気の恩田さんを前に、急に明歩は緊張したみたい。ガラにもなく気をつけして、ペコリと頭を下げた。
「……ふーむ。あなたも結構綺麗な顔してるわね。スタイルもいいし。でも髪の毛、もっといたわったほうがいいわね」
「え? へ? あ、は、はひ! 気をつけまするぅ~」と何だか時代劇で殿様に、ははあ~、って感じでまたも頭を下げる明歩。怖がり過ぎ。でもちょっと可愛いけど。
「とにかく美久。行くわよ。安川さん、あなたとはまた改めて話したいわね」
「「え?」」豆鉄砲食らったような顔で固まる明歩。そして私も恩田さんのその言葉に驚く。まさか……。
「あ、あの。明歩は……」「それを決めるのはあの子自身でしょ? 私は逸材を見つけたら、とりあえず動かないと気が済まない性格なのよ」
まさか明歩にも? しまった。やはり悪い予感が的中した。まさか恩田さんが車から出ているとは思っていなかったから、明歩と会うなんて思っても見なかった。
……明歩には、ある程度話しておいたほうがいいかも。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
脅され彼女~可愛い女子の弱みを握ったので脅して彼女にしてみたが、健気すぎて幸せにしたいと思った~
みずがめ
青春
陰キャ男子が後輩の女子の弱みを握ってしまった。彼女いない歴=年齢の彼は後輩少女に彼女になってくれとお願いする。脅迫から生まれた恋人関係ではあったが、彼女はとても健気な女の子だった。
ゲス男子×健気女子のコンプレックスにまみれた、もしかしたら純愛になるかもしれないお話。
※この作品は別サイトにも掲載しています。
※表紙イラストは、あっきコタロウさんに描いていただきました。
約束へと続くストローク
葛城騰成
青春
競泳のオリンピック選手を目指している双子の幼馴染に誘われてスイミングスクールに通うようになった少女、金井紗希(かないさき)は、小学五年生になったある日、二人が転校してしまうことを知る。紗希は転校当日に双子の兄である橘柊一(たちばなしゅういち)に告白して両想いになった。
凄い選手になって紗希を迎えに来ることを誓った柊一と、柊一より先に凄い選手になって柊一を迎えに行くことを誓った紗希。その約束を胸に、二人は文通をして励まし合いながら、日々を過ごしていく。
時が経ち、水泳の名門校である立清学園(りっせいがくえん)に入学して高校生になった紗希は、女子100m自由形でインターハイで優勝することを決意する。
長年勝つことができないライバル、湾内璃子(わんないりこ)や、平泳ぎを得意とする中條彩乃(なかじょうあやの)、柊一と同じ学校に通う兄を持つ三島夕(みしまゆう)など、多くの仲間たちと関わる中で、紗希は選手としても人間としても成長していく。
絶好調かに思えたある日、紗希の下に「紗希と話がしたい」と書かれた柊一からの手紙が届く。柊一はかつて交わした約束を忘れてしまったのか? 数年ぶりの再会を果たした時、運命の歯車が大きく動き出す。
※表示画像は、SKIMAを通じて知様に描いていただきました。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
青春
2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~
メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」
俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。
学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。
その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。
少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。
……どうやら彼は鈍感なようです。
――――――――――――――――――――――――――――――
【作者より】
九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。
また、R15は保険です。
毎朝20時投稿!
【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる