上 下
55 / 100

ジャミーさん有能

しおりを挟む
 ※※※

「……」

 1機のドローンがミークのうなじを撮影し、そしてそれを見ても居ないのに、ジャミーが奥から持って来た筆と紙を用い、左手が器用に魔法陣を描いていく。その不可思議な様子を呆然と見ているジャミー。

「もう何が何だか意味不明過ぎて、これ夢なのかしら? って思ってしまうわ」

 先程奴隷魔法の解除方法を伝えたジャミーは、眼の前のミークに起こっている現象について良く分からないといった表情で見ている。因みにその間もずっとミークは「外に出て」と繰り返している。

 奴隷魔法の解除方法、それは身体に描かれた魔法陣に対し、正確に左右線対称に描いた魔法陣との事だった。だが魔法陣はそもそも人の手で書かれており、しかも人体に描かれている為少し凹凸がある。正確に左右線対称に描くのは相当至難の業なのである。なので一度奴隷紋を付けられると、基本一生奴隷の状態から逃れられない、というのが通例なのである。

 だがどうやら、ミークに描かれた魔法陣の線対称の描写はうまく出来た様である。しかもものの数分で出来上がった。ジャミーは傍からその紙に描かれた魔法陣を覗き込むと、口に手を当て唖然とする。

「凄い精密だわ……。正直私も奴隷紋を見た経験は少ないけど、線対称のものをこんな正確に描くって到底無理ってのは分かるから、驚きしか無いわね」

 そして相変わらず「外に出て」を繰り返しているミークの左目が、またも映像で文字を壁に映し出す。

(次ハドウスレバ良イデスカ?)

 突如壁に文字が写り、唖然としていたジャミーはそれを見てハッとする。

「……あ、ああ、次ね? 次はえーっと確か、その線対称に描いた魔法陣を、うなじの奴隷紋に押し当てて魔素を流し込むのよ。だから奴隷紋の解除って魔法使いじゃないと出来ないわけ。仕方無いわ。私がやってあげるわよ」

 そう言ってジャミーはに線対称に描かれた魔法陣を、ミークのうなじに押し付け、魔素を流した。

 すると、パキィン、とガラスが割れる様な音がすると同時に、ミークのうなじに描かれた魔法陣と、紙の魔法陣両方がボゥ、と炎が立ち昇った様に消えた。するとミークは「外に出て」」と呟いていたのがピタ、と止まり、いきなりその場にうつ伏せにバッタリ倒れた。

「ちょっと! あんた大丈夫?」

 ジャミーが慌ててミークに近寄り支えようとする。だが、ミークは直ぐ自ら立ち上がる。

「……」

「ど、どう? 気分は悪くない?」

「……気持ち悪い」

「え?」

「気っもち悪ーーーーい! 何なのアイツ! 謝ってたし大人しかったから反省してたと思ったのにーー!! それより! それよりーー!!」

 突如大声で叫ぶミークにジャミーは驚きながら質問する。

「そ、それより? それよりなんなのよ?」

「私の髪触ったーーーー! お姫様抱っこもしやがったーーーー! 望仁にもやって貰った事無いのにーーーー! あーもうむかつくーーーー! 腹が立つーーーー!」

 ギャーギャー大声出しながら地団駄踏むミークに、ジャミーは傍から見て呆れる。

「い、いきなり大声出して何を言ってんのよ! ……ま、とりあえず、上手くいって良かったわ」

 こんなに感情を顕にするミークを見るのは初めてだったジャミー。呆れつつも奴隷紋の解除が上手くいった事にホッと胸を撫で下ろした。そしてどうやらミークは奴隷になっている間の記憶はあった様である。

「!」

 だが突然、ミークは何かに反応し外に目を向ける。そしていきなり左腕を音もなく切り離し、そのままドン、と何処かに飛ばした。そして片腕が無いままジャミーに向き直り、ペコリと頭を下げる。

「ジャミーさん、色々ありがとうございます。本当助かりました。でも私、ちょっと急がないといけないので行ってきます。あ、そうだ。彼等置いていきますのでお願いします」

「は? あんた急に何言ってるの?」

 意味が分からないジャミーの疑問に答えるより早く、ミークは異空間収納ポシェットから例のシュラフ2つと荷物を取り出した。そしてシュラフに左目で光を当てると、プシュー、と空気が抜ける音と共にシュラフが開いた。

「じゃ、後で」

 唖然としているジャミーにそう軽く挨拶した後、ミークは外に出て「身体能力5倍」とAIに指示をし、片腕が無いまま慌てて駆けて行った。

 ※※※

「油断してたよ。流石にAIも悪意までは気付けないもんね」

 静かに話すミークだが、その声色には明らかに怒気が孕んでいる。そして左腕を自身の傍らにふよふよ浮かばせながら、ギルドの中にゆっくり入っていくミーク。その先には四肢が全て肘膝から逆方向に向き、喉を潰され瀕死の状態の、余りの激痛で涙を流し失禁している金髪がいた。

 ミークは傍らで浮いていた左腕をバルバの元に移動させ、その金髪をグッと掴み持ち上げる。するとバルバ自身の重みでブチブチ、といくつか髪の毛が千切られるがミークは気にも止めない。その激痛に「……! ……!」と何か叫ぼうとしているが、喉をやられているので声が出せないズタボロのバルバ。

 それをミークはそのままポイ、とまるでゴミを投げ捨てるかの様にギルドの大広場にバルバを放り投げる。ドン、と地面に激突した際、バキ、と更にバルバの何処かの骨が折れてしまった。「……!」またもバルバは激痛に見舞われ、声にならない声を上げる。そして突然大広場に転がってきたその物体に、ミークが声掛けして集まっていた人達は驚いて、一斉にその物体、バルバの塊を中心に距離を取った。

 そしてミークはギルドの中から姿を表し、自身の身体左腕を戻してからバルバに向け、キュイィン、と白いビーム球を左手に生成する。だがそこで、一連の様子を固唾を飲んで見ていたラルがハッと気付く。

 ……不味い! ミークはバルバを殺す気だ!

「ま、待てミーク! 止めろ!」

 と、ギルドの中から慌てて飛び出し叫んだ。次いでネミルがギルド内から、服が破かれ肌がはだけているのも気にせずに、同じ様にギルドの外に飛び出しミークに向けて叫ぶ。

「そ、そうよ! 殺しちゃ駄目! ミーク!」

 そしてネミルはミークの元に駆けて行き、後ろからギュッと抱き締めた。

「そんな奴でもゴールドランクなの! 人族なの! 殺しちゃ面倒な事になるわ! 寧ろ生かして罪を償わせるべきよ!」

「ネミル……。酷い事されてたみたいなのに、それで良いの?」

「……正直物凄く腹が立ってるけど、それよりミークが大事なのよ」

「……」

 そんな2人の様子を激痛に喘ぎながら見ていたバルバは、息も絶え絶えながらも声が出ないので、ミークに目で必死に「殺さないでくれ」と訴えかける。

 ……この男は、私を陥れただけでなく、大事な友達、ネミルまでも襲った。しかもこうして意地汚く生きようとしてる。……本当に、許せない。

 涙目で命乞いをしているバルバを見れば見る程、腸が煮えくり返り怒りが増していく。

 元々ミークは穏やかな性格。そしてこれまでの人生で、それこそ地球に居た頃を含め、これ程の怒りを覚えたのは生まれて初めてだった。更にこれ程の悪意に出会った事も一度もない。なので今、初めて覚えるこの怒りの感情を自制するのに相当苦心している。

「……」

「ミ、ミーク?」

 未だしがみついているネミルが心配そうにミークを見る。ネミルから体温を感じる。その温かさに、必死になって自分の事を心配してくれている事を理解する。そう、本気で心配してくれているネミルを思いながら、ミークはふと空を見上げる。

 そして、すう、はあ、と大きな深呼吸をしてから、ずっとバルバに向け白い球を生成していたのをシュン、と消し去って、腕を下ろしグッと拳を握りしめた。

 それからミークはバルバに歩みを進めようとする。ネミルは行かせまい、とひっしとミークに縋り付くが、「大丈夫」と穏やかな笑顔でネミルを見つめ、優しく頭を撫でた後ゆっくり引き離し、バルバの元に歩み寄った。

 それからポシェットからポーションを取り出しバルバに飲ませる。すると徐々にバルバの喉が治っていった。

「グッ! ガ、ガハッ!」

 喉に溜まっていたであろう血を咳き込みながら吐き出すバルバ。少しして、バルバは少しずつ回復してきたからか、ひゅう、ひゅう、と歪な呼吸音を出し始め、「あ……、あう……」と声も出てくる様になった。

 そんなバルバをミークは冷たい目で見下ろしている。その視線に恐怖しながら、バルバはミークに声をかける。

「はあ、はあ……。な、何で……」

「何で奴隷紋が効いてないか、って言いたいの?」

「グハッ! そ、そう……だ……!」

「解除したからだよ」

「な……! そ、そんな、バ、馬鹿、な……! ど、どうやっ……って?」

「運が良かった。それだけ。因みにラミーとノライも元気だから」

「はあ……、はあ……。運が、良かった、だと?」

 ミークの返事にバルバは激痛に耐えながら眉をひそめる。そもそも奴隷紋はそう簡単に解除できない代物だと、バルバも知っていたからだ。

 だが確かにミークは幸運だった。バルバの命令でミークが各家に飛び込みジャミーの店に入り、そしてジャミーがミークの奴隷紋に気付いただけでなく、解除の方法まで知っていたからこそミークは助かったのだから。

 ポーションのお陰でバルバの四肢も少しずつ治りつつあるバルバ。それに気付いたミークは、ポシェットから2機のドローンを取り出し、そしてワイヤーを出す様指示すると、2機から細い超硬質ワイヤーが2本現れ、バルバの手と足を縛った。

「それ、ちょっとやちょっとじゃ絶対に切れないからね」

 そうバルバに釘を差した後、心配そうに見ているネミルに駆け寄り抱き締めるミーク。

「ごめんね。もっと早く助けたかった」

「何言ってるのよ。充分よ。それより奴隷紋って?」

 ネミルの疑問を聞いてミークはバルバに振り返りキッと睨む。バルバは視線に気付き、ビクっと怯える様に反応する。

「ギルドで説明するよ。他に報告しなきゃいけない事があるし」

 そう言ってミークはネミルと共にギルドに向かおうとすると、突如、バルバの辺りから膨大な魔素を感じ取った。驚いてミークは振り返る。

「今度は何?」

 すると、バルバの傍から徐々に何かしらの大きな影が広がっていく。途端、大広場に居た人達の悲鳴があちこちで上がる。

「な、何よあれ!」「キャーー! ま、魔物よーー!」「逃げろー! 町の中に魔物が現れたぞー!」

 そして町の人達は慌てて大広場から逃げ惑う。その大きな影の正体は、背丈10mはある大きな蜘蛛の魔物だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

【第一部完結】保健室におっさんは似合わない!

ウサギテイマーTK
キャラ文芸
加藤誠作は私立男子校の養護教諭である。元々は、某旧帝大の医学部の学生だったが、動物実験に嫌気がさして、医学部から教育学部に転部し、全国でも70人くらいしかいない、男性の養護教諭となった、と本人は言っている。有名な推理小説の探偵役のプロフを、真似ているとしか言えない人物である。とはいえ、公立の教員採用試験では、何度受けても採点すらしてもらえない過去を持ち、勤務態度も決して良いとは言えない。ただ、生徒の心身の問題に直面すると、人が変わったように能力を発揮する。これは加藤と加藤の同僚の白根澤が、学校で起こった事件を解決していく、かもしれない物語である。 第一部完結。 現在エピソード追加中。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。 左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。 この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。 しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。 彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。 その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。 遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。 様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...