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悪意は抑えられない

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※※※

「ミーク。命令だ。町の連中に声かけして全員表に出せ」

 ギルドの大広場前でバルバはミークにそう命令する。それを受けミークは無表情のまま、近くの家へ向かって行った。そしていきなり家の扉をバン、と開け、丁度目があったその家の主に「外に出て」とぶっきらぼうに声を掛けた。

 いきなりの事に驚いたその家の主の女性。だがその正体がミークだと分かると、「何だミークなのね。一体どうしたの?」とにこやかに答える。

 だがミークは再び「外に出て」と繰り返す。女性は怪訝な顔をして「外? 何かあるの?」と言いながらも、とりあえず言われた通り外に出た。

 それを確認すると、ミークは直ぐ隣の家の扉をまたも突然バン、と開き「外に出て」と同じ様に声掛ける。それをどんどん繰り返していく。言われた人達は皆不思議そうにしていたが、ミークにはこれまで何度も助けられたし、ミークの人柄が良い事も知っていたので、今回も何か事情があるのだろう、と町の人達は詮索せず皆素直に従った。

 その様子を見ながら、バルバは「やるじゃねぇか」とほくそ笑む。

「だがギルド長のラルは俺が奴隷紋を持って来てた事を知ってる。ミークに行かせて変に勘ぐられても面倒だ。……仕方無ぇ。ギルド内の連中は俺が外に誘い出すか」

 そう呟いてからバルバはギルドへ飛び込み、ネミル他受付嬢2人に向かって「急いで外へ出てくれ!」と叫ぶ。突然の事に驚きながら、受付嬢達3人は揃って顔を見合わせる。

「どうしたのゴールドランク樣? 確かダンジョンに行ってたわよね? もう帰って来たの?」

「ああ! ダンジョンには間違いなく行ったさ。だがダンジョンが崩れちまったんだ!」

 そこで、バルバの大声が聞こえたからか、ギルド長のラルが2階から降りて来た。

「おいおいどうしたゴールドランク樣よお? まさか1人逃げ帰ってきたんじゃ無いだろうな?」

 からかう様に声をかけるラルに「違ぇよ! ダンジョンが崩れたんだ!」と苛立ちながら叫ぶバルバ。その言葉にラルは怪訝な顔をする。

「ダンジョンが崩れただあ? そりゃまた何でだ?」

「ダンジョンコアが壊れたんだよ!」

 バルバの返事にラルは「は?」と首を傾げる。

「ダンジョンコアが壊れた? て事は最下層まで行ったのか? それ何階層だ?」

「30階層だ! それがどうした!」

「30階層まで行ったのに、何でこんな早く戻って来れたんだ? 短く見積もっても2週間はかかるだろ?」

 不審に思うラルに、下の受付で作業していたネミルが更に疑問を口にする。

「ていうか、ダンジョンが崩れたからって、どうして私達が表に出ないといけないの?」

 ネミルの言葉に「何だそりゃ?」と質問するラル。

「バルバが急に飛び込んできて、急いで私達に外に出ろって言うんです」

 ネミルの言葉を聞いた他の受付嬢2人も同様に不思議そうにバルバを見ている。更にラルが疑問を呈する。

「そもそもダンジョンコアが壊れたって、あれはそんな柔いもんじゃねーだろ。物理攻撃では決して壊れない筈だ。それが崩れた? 信じられねぇよ。てか、他の面子はどうした?」

 全く慌てる事もなく、寧ろ冷静なラルを始めとするギルドの面々。勢いで外に出る様に促せば上手くいくと思ったバルバは、明らかに苛立ち舌打ちをする。

「チッ! うるっせぇ! 良いから早く外に出ろってんだ!」

 もう力づくで表に出そう。そう切り替えたバルバは腰に下げていた剣をスラリと抜く。それを見た受付嬢3人は驚き慌てて受付カウンターの後ろに避難する。バルバの様子を明らかにおかしいと感じながらも、ラルは目を細め受付嬢達が隠れたカウンターの前に立つ。

「おい。こんなとこで剣抜くってのはどういう事か分かってんのか?」

「お前らが大人しく言う事聞かねぇから悪いんだよ!」

 こいつは一体何を焦ってんだ? ラルは益々不審に思うも、とりあえずこの状況を打開する為、ラル自身も腰に付けていた、新たに仕立てて貰った漆黒の剣を抜いた。

 だがバルバはラルへは向かわず、後ろに隠れていた女性3人のカウンター目掛けて斬り掛かる。「うらあ!」上段から思い切り斬りつけるバルバ。だがラルがその間に入ってバルバの一撃を漆黒の剣で受け止めた。

「何しやがる!」

「煩ぇ! さっさと外に出ねぇからだろ!」

 ラルの叫びにバルバも怒鳴り返す。今度はラルに横一閃斬り裂く様に剣を振るうバルバ。だがラルはそれもまたガシィ、と漆黒の剣で受け止めた。その事に驚くバルバ。

「……シルバーランクのお前が俺様の剣を立て続けに受け止めた? ……そうか。それがオーガキングの角で出来た剣なんだな?」

「ご名答だがそんな事より、お前自分が何やってるか分かってんのか?」

 ガイン、と鈍い金属音を響かせ、ラルはバルバを剣で押し返し距離を取り身構えた。

 ※※※

 ミークはどんどん家の扉を開け「外に出て」と声掛けをしていく。皆当然ながら不思議に思うも、ミークが言うなら、と素直に外に出て行った。そして自然と人が大勢集まる事の出来るギルドの大広場前に人だかりが出来て行く。

 そして次の扉をバン、と開ける。すると奥の方から「煩いわね。静かに開けなさいよ」としゃわがれた太い声が聞こえてきた。

 だがミークはそれに構わず「外に出て」とだけ伝える。

「はあ? 私に外に出ろって? あんたここが誰の店か分かってて言ってるのかい?」

 怪訝な顔で薄暗い店の奥から枯れた大声で言うも、ミークは「外に出て」としか言わない。

 不審に思った魔石屋の主、ジャミーは、面倒臭そうに巨体を揺らしながら、ミークが立っている店の入口までやってくる。それでもミークは無表情に相変わらず「外に出て」とだけ告げる。

「あんた一体どうしたのよ? 元々愛想無い女だったけど、今日は特におかしいわよ」

 そう言ってよく見ようとミークの顔を覗き込む。するともう一度無表情のまま「外に出て」と繰り返す。それを見てジャミーはハッと何かに気付き、徐ろにミークのうなじを見る。

「あんた……! これ、奴隷紋じゃない!」

 ジャミーが驚きそう言葉を発した所で、急に無表情のミークの左目からピカ、と壁に映像が映し出された。

「うぎゃ! な、何が起こったの?」

 びっくりしたジャミーはその巨体がひっくり返りそうになるのを何とか持ちこたえ、驚きながらも映された壁を見る。

 そこには、

(コノ魔法ノ解除ノ方法、分カリマスカ?)

 と、壁面に文字が浮き出ていた。その間もミークは左目で映写しながら「外に出て」を繰り返す。どうやら家の住人が外に出ない限り、ずっと言葉が繰り返される様である。

 ジャミーはその映像を見て唖然としながら、口頭で答える。

「……い、一応、知ってるわよ。私も魔法使いの端くれだし。でも奴隷紋は禁忌の魔法だから私の書物庫にはその事記載した本は置いて無いけど、解除の方法は覚えてるわ。だけどとても難しいわよ?」

 すると映写された先の文字がパッと消え、新たに、

(難シクテモ構ワナイノデ、教エテ下サイ)

 と言う文字に変わった。

「……この文字なんだか、ミークの意思じゃない感じだわね。何て奇妙な……。にしても、ミークをこのままにしておく訳には行かないわね。分かったわ。ちょっと待ってて頂戴」

 そう言ってジャミーは、巨体を大きく揺らしながら、慌てて奥へ引っ込んだ。

 ※※※

「うらあ!」

「何の!」

 ギャリリ、とバルバとラルの剣が重なり合い金属音がギルド内に響き渡る。ガイン、と音を立てバルバを鍔迫り合いから弾き飛ばし一旦距離を取ったラルは、「これでも喰らえ!」と漆黒の剣を上段に構えると、剣先からバリバリと雷が発生する。そして剣を振り下ろすと、雷光がバルバを襲った。

「な!? くそっ!」

 金属の鎧に雷は大敵。バルバは驚きながらも何とか転がって避ける。すると避けたギルドの床に、雷がガガーン、と落ちて穴が空いた。

「これがオーガキングの剣の特殊能力か。まるで魔法使ってるみてぇだな」

 嬉しそうに漆黒の剣を眺めるラル。

「鎧を着ているお前とは相当相性悪いぞ? ゴールドランクと言っても降参した方が良いと思うぞ?」

「煩ぇ! おらあ!」

 お構いなしにバルバはラルに再び襲い掛かる。だが、またもそれを受け止めるラル。

「グッ! いくら性能の良い剣だからと言って、俺の攻撃をこうも簡単に受け止めるってな、どういう事だよ?」

「忘れたか? この剣は魔素を通せんだ。そうすると攻撃力強化の付与が付くんだよ」

「チッ! 卑怯者が!」

「戦いに卑怯もクソもあるかよ!」

 再度受け止めていたバルバの剣を突き放すラル。「クソ!」と舌打ちをする。

「何企んでるのか知らねぇが、そろそろ眠って貰おうか」

 ラルが再びバルバに雷を打ち込もうと剣を上段に構える。それに気付いたバルバは焦りの表情を浮かべるが、直ぐニヤリと口角を上げる。いつの間にかカウンターの直ぐ傍に移動していたのだ。バルバはそれを飛び越え受付嬢達を捕らえようとする。

 だがネミルが咄嗟に機転を利かせ、他の2人を押して逃した。その為捕まったのはネミル1人。

「「ネミル!」」

「しまった!」

 パリパリ、と剣先から小さく雷がスパークしているが、このままバルバを狙い雷を打ち込めば、当然ネミルも巻き添えになる。ラルは悔しそうに雷を霧散させ、漆黒の剣を下ろした。

「ギャハハハハ! 最初からこうすりゃ良かったぜ! ああ、そういやお前も、俺の女にしてやる予定だったなぁ?」

 床に座り後ろから抱く様にネミルの首元に剣を当てているバルバ。そしてニヤリとしながらネミルの頬を撫でる。

「や、止めなさい! 気持ち悪い!」

「そんな偉そうな態度取って良いのかぁ? お前を助けられる奴居ねぇんだぞぉ?」

 ニタニタ嫌らしく笑いながらバルバはネミルの両頬を手で掴み、グイと強引に自身の顔に向かせる。無理矢理顔を近づけられるも抗えないネミルは、必死に視線だけを他所に向ける。

「改めて見て思ったが、お前も中々良い女だったよなぁ?」

「おい! 何する気だ!」

「そうよネミルを離しなさい!」

「こんな事王都に知れたらどうなるか分かってるでしょ!」

 人質を取られ身動きを止めたラルと、受付嬢2人がバルバを引き止め様と怒鳴るも、バルバは「煩ぇ黙ってろ。少しでもおかしな事したらこの女を殺すぞ」と脅す。

 するとバルバが抱きかかえていたもう片方の腕がネミルの豊満な胸に当たる。それをきっかけにバルバは抑えが効かなくなり、いきなりネミルの衣服を切り裂いた。

「キャア! な、何するのよ!」

「さっきからずっとお預け食らってんだ。お前で発散させて貰うぜ」

「貴様!」

 バルバの蛮行にラルの怒りが最高潮に達する。こめかみに血管を浮かび上がらせ怒りを滲ませる。そして剣を構えバルバに向かっていこうとすると、咄嗟にバルバは自身の剣をネミルの喉元に当てる。

「お前馬鹿なのか? 少しでも近づいたらこうなるって分かってんだろ?」

「く、クソ!」

「ギルド長! 私の事は良いからバルバを攻撃して……、キャア!」

 ネミルが自身の犠牲を厭わず攻撃する様ラルに伝えようとしたところで、バルバはネミルの頬を張った。

「余計な事考えんな。俺が楽しめなくなるだろ?」

 突然頬を張られ涙ぐむネミル。更にバルバは、はだけたネミルの衣服を引きちぎる。顕になるネミルの柔肌。「嫌! 止めて! 止めなさい!」と涙目ながらジタバタ抵抗するも、バルバの力には敵わないネミル。

「ギ、ギルド長! このままじゃ!」

「分かってる! だがネミルまで巻き添えに出来ねぇ……!」

 雷の攻撃はネミルをも巻き添えにしてしまう。剣で攻撃を仕掛けるにしても、その前にネミルがバルバに殺されてしまうかも知れない。それでも何とか助け出そうと必死で考えるラル。受付嬢2人も何か出来ないかキョロキョロするも、やはりバルバに抵抗出来る術は無い。

 そう、ネミルがなすがままにされているのを、3人が悔しそうに見ている最中、

 突如、何かが開けっ放しになっていたギルドの扉からヒュン、と飛んできた。

「え? ウグホッ!!」

 そしてその飛んできた何かは、バルバの喉に激突、そのままネミルからバルバを引き離し、その先の壁にドーンと、大きな音を立て叩きつけた。

「グ、グハッ! ゴホッ!」

 バルバの喉から血飛沫がプシャアと飛び散る。よく見るとバルバの喉が半分程無くなっている。それ程の衝撃。そして更に、その飛来物はスッと音も無くバルバの喉から離れたかと思うと、

 バキ、ドゴ、ベキ、ガキ、とバルバの鎧ごと両腕両足の肘膝全てを叩き折った。

「フ! フギギュゲヘェアァアアアア!!!」

 喉をやられているので血飛沫未だ飛び散りながら、声にならない叫び声を上げるバルバ。そしていきなりそれを成した飛来物、左腕は、ふわふわとゆっくりギルドの扉で外に出ていく。その先には、あの黒髪の超絶美女が片腕がないまま、怒りを滲ませ仁王立ちで立っていた。
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