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裏切り

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 ※※※

「え? な、何……? なん、……で……?」

「フッ、ハハ、アハハハハハハハハ!! やったぜ! 大成功だあああああ!!」

 両手を広げ大いに喜ぶバルバ。それを不審に思うミークだが、何故か身体がうつ伏せたまま動かない。すると、ミークのうなじが突如黒く光る。その形は何かしらの魔法陣。

「あ………、う……」

 それからミークは、言葉を発する事も出来ず、意識を失った。

「うっしゃああああああ!!! ギャハハハハハざまあないなあああ!!!」

 その様子を見て雄叫びの様な笑い声を上げ大喜びするバルバ。そして歓喜の表情のまま、ピクリとも動かず気を失ったミークをお姫様抱っこで抱き抱える。その際さらりと垂れる美しい黒髪を手に感じてミークの顔を見ていると、目を閉じていても分かる長い睫毛と整った顔立ち。ミークを至近距離で見て、改めて超絶美女だと認識すると、バルバは興奮冷めやらない様子。

「へへへ。やべぇ。本っ当良い女だ。こいつを手に入れるのに本当苦労したぜ」

 下卑た笑みを絶やさずミークを抱き抱えそのまま外へ出る。そしてバルバは一旦ダンジョン外でミークを地面に置いた。

「まさかこんなに早くチャンスが訪れるとは思ってなかったぜ。ミークならなんとかするって思ってはいたが……、まさか崩れたダンジョンの最下層から一気に突き抜けてくるとはな」

 驚き半分感心半分でそう呟くバルバの正面には、明らかに人とは言えない見姿の、だが魔物とも違う生き物が、歓喜するバルバの様子を見て呆れながら話しかけてきた。

「全く。お前という人間は、あくどいな」

「ヘッ! 俺にとっちゃ最高の褒め言葉だぜ」

 やれやれ、と言った表情のその生き物。どうやらバルバも顔見知りの様子。そしてバルバはピクリとも動かないミークを再び見て、またも嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべる。

「反省したフリして大人しくしてたのも全てこの為だ。したくもない謝罪までしたんだ。この俺様がよぉ? だがこうしてミークを見てみると、やっただけの価値はあるってもんだがなぁ」

 そこでその生き物がミークを見て「ん?」と何か思い出す。バルバはその生き物の様子に「あ? どうした?」と質問する。

「この人間の雌……、もしかしてあの時の人族の雌ではないか?」

「あの時? 何だそりゃ?」

 バルバの返事には答えず、その生き物はしげしげとミークを観察する。

「間違い無い。あの時の雌だ。実は1ヶ月程前、ダンジョン前に出てきた時、かなり遠くの場所から私を発見したのがこの雌だった筈だ」

 その生き物の説明に、バルバは「成る程な」と納得する。

「ミークはその時お前を発見してたって事か。ま、ミークなら可能だろうな」

 バルバがそう言うと、その生き物は怪訝な顔でミークの魔素を測る。

「何やら当たり前の様に言っているが、……この雌、魔素が無いではないか。何故そんな芸当が出来る?」

「俺も良く知らねぇが、ミークには特殊な能力があるんだよ。確かカガク? とか言ってたな。それを証拠にこの様に、最下層からここまでたった1人で戻って来やがっただろ? ダンジョンそのものが完全に破壊されてるそんな中でだぜ? 転移の魔法陣も無ぇのによ。だがどうやらパーティ組んでたラミーとノライは助けられなったみてぇだが」

 カガク……。その生き物はバルバの言葉を心の中で反芻し心当たりがあるか思い出してみようとするが、やはり思い当たる事は無い様子。

「魔族様でも知らねぇみてぇだな」

「これでも300年以上生きているが、初めて聞いた言葉だな」

 再び首を傾げ不思議そうにしている、バルバと気さくに会話しているその生き物こそ、ファリスのダンジョン内に潜んでいた魔族である。背丈180cm程でパッと見た目は人の様な出で立ち。だがその顔には蜘蛛の様な8つの複眼がついており、更に口の形も蜘蛛そのもの。だがその奥には鋭い牙が見え隠れしていて、人の様にタキシードを着ている。そして自分では抑えきれない、膨大な魔素をずっと垂れ流し続けており、明らかに人とは違う異質な存在だった。

※※※

 ダンジョン捜索の前日、バルバは1人ダンジョン前に来ていた。実はバルバはギルドでダンジョン捜索をすると集まった時以来、毎晩ずっとここダンジョン前を訪問していたのである。目的は魔族との面会。だが、バルバ自身魔族を見た事すら無いので手探り状態だったりする。

 そもそもこのダンジョンに魔族が潜んでいるというのはミークだけがもたらした情報で信憑性も危うい。もしかしたら眉唾の可能性すらある、とバルバは思っていたのだが。

 それでもバルバは一縷の望みに賭け、ある目的を達成したいが為に、人目がつかない様注意しながら、毎夜ファリスを出て迷いの森を駆け足で進みダンジョンの前までやって来ていた。そして今回、バルバ達がダンジョン捜索をする為に、中を捜索していた冒険者達は全てギルドの指示で撤収させていた事で、バルバが毎夜訪れている事は誰も知らなかった。

「明日から捜索だから来れるのは今日が最後だが……、本当に居るのかよ。居て貰わねぇと困るんだが。俺の努力が無駄になっちまう。おーい、魔族~、居るかあ~? 俺は敵じゃねぇ。話があるんだ~」

 今日も入り口から中に向かって声をかけてみるも返事は無い。こうなりゃダンジョンの中に入って声をかけてみようか、そう思い足を踏み出した時、

「何の用だ? ここ2~3日、ずっと私を呼んでいたが?」

 入り口と反対側の森の中、バルバの背中越しから声が聞こえてきた。途端、ゾワっと途轍も無い殺気をバルバは感じ身震いする。しかも強大な魔素までその身に感じ戦慄する。その強烈な殺気と魔素を当てられ、バルバは背筋に冷や汗を感じ怯みそうになるが、それでも勇気を振り絞り、声が聞こえた方向、森の方へゆっくり身体を向ける。だが森は闇に包まれている事もありその姿は見えない。それでもバルバは、出来るだけ敵意が無い事を伝えようと試みる。

「お、俺は敵じゃねぇ。話がある。聞いてくれねぇか?」

 そう言ってバルバは、自身が戦う意志が無い事を証明する為、着ていた鎧を脱ぎ武器を地面に置いた。

「愚かな。私を前にして武装を解くとは。まあ身に着けていても大した違いでは無いが」

「戦わない意思を示しただけだ。この通り俺は戦いに来た訳じゃねぇ。頼みがあって会いに来た」

「頼み? この私に? 人間が? どういう事だ?」

 殺気どころか戦意さえ全く感じないバルバの様子に、姿を見せず殺気も落とさないが、魔族はどうやら興味が沸いた模様。フシュル、と声にならない息を吐き、「話してみろ」とバルバに言った。

「おお。ありがてぇ。頼みってのはここのダンジョンコアが必要なんだよ。だから協力して欲しいって話だ」

「ダンジョンコア? 何に使うつもりだ?」

「魔法がかけられた、とある魔法の封印を解くのに必要なんだ」

 バルバの話に魔族は成る程、と呟く。確かに魔法がかけられた品の封印を解く為に、ダンジョンコアが使えるのは、長命の魔族も聞いた事があった。

「だが封印を解く為にダンジョンコアを使用すると、きっとダンジョンは崩壊するぞ?」

 魔族がそう言うと「そうなんだよな~」と呑気に語るバルバ。様子を見て、フハハ、と不覚にも笑ってしまう魔族。

「変わった人族だな。だからもし、お前がダンジョンコアまで辿り着き、目的を遂げたとしても、ダンジョンが崩れてしまったら、瓦礫の下敷きになって死んでしまうな」

 魔族がそう付け加えると、「だから協力して欲しいって話なんだがな」と返答するバルバ。成る程、と魔族が頷く。

「少し興が乗ったぞ。お前は運が良い。なら、ダンジョンコアの直ぐ裏に転移の魔法陣を造っておいてやろう。それを使えば死ぬ事無く地上に戻って来られる。但し使用出来るのは1回のみだがな」

「転移の、魔法陣? そんなのがあるのか。て事は協力してくれるって事で良いのか?」

「魔族の私に対して気後れしないその態度のせいだろう、私の気紛れが働いた様からな。協力してやる。但し、見返りも貰うぞ」

「分かった。俺の出来うる限りの事はする」

 バルバがそう返事すると、強烈な殺気を放っていた魔族はそれを沈め、闇の森の中から姿を現した。その異様な容姿を見てバルバはギョッとするも、悟られない様息を飲みグッと我慢する。

「先に確認しておくが、私への見返りというのは、お前と同じ人族や亜人、獣人を殺す手伝いをする、仲間を裏切る、という事になるが良いのか?」

「構わねぇよ。俺にとっちゃそれらに変わる位、とても価値のある事だからな」

「では交渉成立だな。だがもし、少しでも怪しい行動をしたら、即殺す」

 キシャァ、と蜘蛛の様な口の奥からギラリと牙を現し威嚇する魔族。それを見て慄きながらも、バルバは「判ってるよ」と返事した。

 
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