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まだ何かきな臭い
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※※※
ラルはブロンズランクの3人と共に、盗賊達のアジトだと噂されている元ゴブリンの塒に向かった。だが、案外その場所を探すのに手こずってしまい、発見した頃にはもう夕方近くまで時間が経っていた。ラルはギルドにて仕事があるので、仕方なくそこで先に帰る事にし、中の捜索は3人に任せる事にした。
馬を駆り町の入り口前まで戻って来たラル。するとそこには、町を出た時には無かった巨大な黒い塊があるではないか。慌てて馬を降りるラル。これは一体何なんだ? 何があった? 疑問を持ち辺りをキョロキョロ見回してみる。
その黒い塊の周りでは素材採取の作業を警備隊員達がせっせとやっている。という事はこれは魔物? そもそも素材採取の仕事は冒険者がやる筈だがどうなってる? と益々疑問が膨らんでいく。
そしてふと、その塊の上空を行き来する影を見つける。
何だ? 鳥か何かか? にしては大きさがおかしい、と訝し気にその黒い影を目で追いかけるも動きが不規則ではっきり分からない。だがその動き回っていた影が一旦塊の上にて止まってふわふわ浮かぶ。これチャンスと目を凝らしよーく見てみると、
それは魔族だと疑っていた、あの黒髪の美女だった。
「……は?」
何でミークが空を飛んでいる? どういう事だ? 全く意味が分からない。呆然としながら目が点になるラル。そこでラルを見つけたサーシェクが傍らにやって来た。
「やっぱり驚くよね?」
「お、おうサーシェクか……って、い、いやそりゃ驚くだろ! な、何なんだあれは! ミークが空飛んでるぞ! そもそもこの塊は何なんだ! 一体何があったんだ! 何が何だか訳が分からねぇ! 情報量が多過ぎるぞ!」
矢継ぎ早にまくし立てるラルが滑稽で、ついサーシェクはアハハと笑う。でもその気持ちもよく分かるので、サーシェクは、オルトロスが町を襲ってきた事、警備隊員達ではどうやっても歯が立たなかったが、でもそれをミーク1人で簡単に倒してしまった事を説明した。
全てを聞いてもラルは相変わらず不可解といった顔のまま。
「……オルトロス? これが? ゴールドランクでも手こずるっていう、あの?」
「そうだよ」
「そ、そんな強力な魔物が何でファリスに? いやそれもそうだが……。それをミークがたった1人で?」
「ああ、そうさ。俺も警備隊員達も皆、ミークとオルトロスが戦っているのを一部始終見てたし間違いないよ。それでも未だ信じられない。夢じゃないかってずっと疑ってる位には現実味が無い」
無表情な笑みを浮かべ本音を語るサーシェクに、ラルは唖然としながら再度塊とミークを見る。彼女は淡々と作業に勤しんでいる。何処か楽しげにさえ見える。
「ハハ……。もう笑いしか出ねぇな」
どうやら現実らしい。それを悟ったラルは絞り出す様に声を出しながら乾いた笑い。隣で「そうだね」と無表情に同意するサーシェク。
「でも空を飛べるって便利だよね。羨ましい」
「……もうお前は見慣れちまったようだな」
「彼女の戦闘を見ちゃったからね。そりゃあもう圧倒的で一方的だったよ。だから空飛ぶ程度じゃ驚かないさ」
手を開いてやれやれ、とゼスチャーするサーシェクに、ラルはハァ、と深いため息を吐く。
「で? ミークは魔族だと思うか?」
「いや。それは無いだろうね。本人にも確認したら違うって言ってたし。そもそも魔族なら、ひた隠しにしていた自分の能力を曝け出してまで、この町を守ろうとはしないだろうしね」
成る程確かに、とラルは安堵の表情でサーシェクに同意する。そしてもう1つ、さっきから気になっている事をサーシェクに確認する。
「で? 何でゴルガがそこに居る?」
そう。2人の直ぐ後ろには、縄で縛られたゴルガがしゅんとしたまま、大人しく地面に座っていた。
「俺達がオルトロスの相手している時も、ゴルガは影でずっと様子を見てたらしいよ。因みにゴルガは隠れてたんだけどミークが見つけた」
「へ~ぇ?」
ラルは胡乱げにゴルガの方へ首だけ向ける。その目は怒りを滲ませながら。視線が合ってしまったゴルガはビクッっと全身を震え上がらせる。そしてラルは目線に合わせる様に、しゃがんでゴルガの顎をクイと持ち上げる。
「何でお前がその場所にいたんだ? あ?」
「ぐ、偶然あそこに居ただけだ! 隠れてたんだ! あんな怪物が居たんじゃ出ている訳ねぇだろ!」
「偶然、ねぇ?」
ラルが訝し気にゴルガを睨む。その視線に耐えられないのか、ゴルガは目線を下に落とす。その様子を見てどうも怪しい、と直感が働くラル。
「そういやお前、昨日夕方頃だっけ? 町から出て行ってたそうじゃねぇか。何処に居たんだ? まさか迷いの森の中か? 確か武器も装備も持ってなかったよな? 売っぱらってたらしいからな。魔物が湧き出る夜の迷いの森に居たってのか? 丸腰で?」
ああん? と顎を持ったままゴルガを睨みつけるラル。その的確なツッコミにゴルガは尚の事目線を合わせ様としない。
そこへミークがやって来た。ラグビーボール大の乳白色に輝く魔石を抱えたリケルと共に。ゴルガはミークを見た瞬間、ガタガタブルブル全身を震わせ顔を青ざめながら大声で叫ぶ。
「うあああああ!! ば、化け物! こ、こっち来るなああああ!!」
そして未だ顎を持つラルを振り切り、何とかミークから離れようと縛られたまま藻掻く。だがすぐラルが抑え込む。それでもジタバタ暴れるゴルガ。 そんな、髭面禿頭の格好悪い様子に、ミークが深いため息を吐きながら「失礼が過ぎる」と一言。
「な、何が失礼だ! この化け物女め! オルトロス1人で倒しやがって! それだけじゃねぇ! 俺とボング達をも一瞬で倒しやがっただろうが! そんな芸当出来る奴が普通な訳ねーだろ!」
恐怖と怒りが混じった複雑な感情を爆発させ、ミークにがなり立てるゴルガ。それを聞いたラルがピクリと眉を上げる。
「ボング達を倒した? ミークが?」
そこでミークが「あ、そうだった」と思い出す。そしてあの時の出来事を話す事にした。もう色々バラたし今更誤魔化す方が怪しまれると思ったので。
「えーっとですね。元々はフォレストウルフに襲われてた3人組がいたんでそれを私が助けたんです。で、フォレストウルフを全部倒した後、その素材を3人組が採取しようとしたら、今度はこいつと盗賊達が一緒に現れまして。仕方なく再度盗賊達を私が倒しました。3人組を気絶させて。あ。倒したと言っても殺してませんよ? だって人を殺していいかどうか分からなかったから。盗賊達とこいつは気絶させてただけです。で、3人組が気付いた後、縄で縛っておいた方が良い、って話したんです」
ミークがそう説明すると、ラルが「成る程」と呟く。その3人組はきっと、今日ギルドにフォレストウルフ10匹分の素材を持って来たウッドランクの連中だな、と。
「そう言えば、その素材を持って帰ってきて盗賊達を捕まえたって報告してきたウッドランクの3人は、フォレストウルフは何処からともなくやって来た、腕が倒したって言ってたらしいが……」
「あー。じゃあ間違いなくミークだ。ミークは腕を切り離せるからね」
ミークが答えるより先にサーシェクが「だよね?」とウインクしながら確認する。ミークは美丈夫の何気無いその仕草に「うわぁ……」と寒気を感じたが、とりあえず「そうです」と正直に答える。
腕が切り離せる? さも当たり前の様に意味不明な事を話すサーシェクに違和感を感じるラル。だが別件で気になった事を話し出す。
「それで、だ。俺とブロンズランクの3人とで盗賊達を縛っておいたっていう場所にさっき行って来たんだ。だがそこには誰もおらず、しかもフォレストウルフの死骸も無かった。しかし血痕が見つかって後をつけたら、その先でボング達は殺されてた。その様子は食い千切られたって感じだった」
そこまで話すと、ゴルガが何かを思い出したかの様に歯をガタガタ言わせ震え始める。
「そ、そうだ……。あの時もし俺の縄が解けなければ……、俺もきっと……」
えらく怯えた様子のゴルガに、ラルは「ふむ成る程。フォレストウルフとボング達は、今肉の塊になっちまったオルトロスに襲われ食われた、って事だな」と結論づけようとするが、ゴルガは震えながら思い切り首を横に振る。
「ち、違う! ボング達を殺ったのはオルトロスじゃねぇ!」
「へ?」
※※※
既に夕闇が迫る頃合い。地平線の彼方に赤みがかったオレンジ色の太陽が沈んでいくのが見える。
町の外に鎮座していた巨大な塊は、漸く警備隊員達によって細分化され燃やされている。あちこちで肉の焼ける臭いが漂う。
そこでぞろぞろと冒険者達が帰って来た。主に迷いの森の中で討伐依頼や採取依頼を受けている彼らは、森の中で見かけた巨体についてそれぞれ話している。
「お前見たか?」「ああ。黒い岩山みたいにデカい奴だろ?」「あれ魔物だろうな」「迷いの森でそんなデカい魔物って出るのか?」「いや、あんな大きさは初めてだ。しかも日中は強い魔物は殆ど居ない筈」
やはりオルトロスは相当目立った様で、遠くからでもその存在は確認されていた様である。
「てか警備隊員達何やってんの?」「野焼き? いや、こんな町の入り口前でやるもんじゃないよな」「いや野焼きにしても何か臭いが違う」「おーい! お前ら何やってんのー?」
冒険者の1人が警備隊員に声をかける。すると「詳しい事はギルドで聞いてくれ」と言う返事。
冒険者達は皆「?」と首を傾げながら、とりあえず自分達の依頼の処理もあるので、言われた通り詳細はギルドで聞く事にした。
そしてギルド内では、既に戻っていた冒険者達が何やらいつも以上に騒がしい。それもその筈、これまで見た事も無い様な、ラグビーボール大の乳白色に輝く魔石が鎮座し、所狭しとオルトロスの黒い高級毛皮が積み上げられ、その横には等身大の牙が立て掛けられているからだ。
しげしげと物珍しそうに魔石を観察したり、羨ましそうに毛皮や牙を見ていたり。そして「はいはい邪魔邪魔」と受付嬢達が冒険者達をあしらいながら忙しなく作業していた。
「ふう。しかし薬草の事もあって、ミークがとんでもない子だってのはある程度理解してたけど、まさかオルトロス倒しちゃうなんてね」
ネミルが額の汗を拭いながら呟くと、赤毛のショートカットの受付嬢も慌ただしくしながら「本当本当。こりゃまた凄い子が来たもんだね」と返事した。
「それにしても、素材をどうするかはギルド長とミークとで相談しないとね」
※※※
ずっと平和だった辺境の町ファリス。30年程前にあった魔族との戦いでも、この町は襲われる事無く平穏だった。そこに突如現れた巨大な脅威。当然ながら町の人達も、この町が襲われるのではないかと心配し、警備隊員達との戦いを、遠目に固唾を飲んで見ていた。
ところがどうやら彼らでは全く刃が立たない様子。でもこの町を守れるのは警備隊員だけ。それが手こずっているとなるとこれはいよいよ町が危ない。そう人々が不安にかられていたその時、見慣れない黒髪の美女が黒い怪物の前に現れたと思ったら、その華奢な女性はたった1人で脅威を倒したのだ。
人々は皆、その結果に驚きと共に、安堵と喜びに溢れ歓喜した。
そんな喜びに沸いている町の様子を露程も知らないミークは、オルトロスの解体が終わり、リケルとゴルガを引き渡し、詳細もラルに説明し終えたので、これで漸く一息つけると安堵し町に戻ったのだが、中に入った途端町の人達に一斉に囲まれてしまった。
「うわっ! 何? どゆ事?」
戸惑うミークを他所に、人々は口々にミークを称える。
「ありがとう!」「本当に凄かったわ!」「お姉ちゃん空飛べるのカッコいい!」「俺と結婚してくれ!」「いや俺と!」「いやワシじゃ!」
最後の方はともかく、人々から称賛の嵐を受け、ミークは驚いたと同時に「うわあ勘弁してー」と呟く。ミークはネミルやその両親に一晩の恩があるので、その人達を守りたかっただけなのだが、結果それが街全体を守った事となり、しかもミークの強さを町中に知らしめてしまう事となってしまい、ある程度覚悟はしていたものの、ここまで大袈裟に扱われるのは面倒なのである。
称賛する町の人達に囲まれ身動きが取れなくなるミーク。空に逃げようかな? と考えていたところで、サーシェクが人垣を掻き分けミークのところにやって来た。そして大きく息を吸い、
「皆んな! 気持ちは分かるがミークはあの戦闘で疲れてる! もう日も暮れかけている! 今日のところは勘弁してやってくれ!」
と大声を出すと、人々は「確かにそうだな!」「ファリスの英雄様をこれ以上疲れさせる訳にはいかないわね」「よしじゃあ俺と飯行こう!」「いや俺と!」「いやワシが奢るのじゃ!」
と、最後の方はともかく、皆サーシェクの言葉に納得し皆ミークから離れていった。
ふう、とサーシェクが息を吐き「大丈夫かい?」と美丈夫スマイルをミークに浴びせる。ゾクリと背筋に寒気を感じつつも、一応は助けてくれたので「ありがとうございます」とお礼を言った。
「で、申し訳ないけど、ミークにはこれから来て貰いたい所があるんだ。悪いがこれは強制だ」
強制? どういう事だろ? と首を傾げ「何処に行くんですか?」と尋ねると、サーシェクは笑顔で「町長の所さ」と答えた。
ラルはブロンズランクの3人と共に、盗賊達のアジトだと噂されている元ゴブリンの塒に向かった。だが、案外その場所を探すのに手こずってしまい、発見した頃にはもう夕方近くまで時間が経っていた。ラルはギルドにて仕事があるので、仕方なくそこで先に帰る事にし、中の捜索は3人に任せる事にした。
馬を駆り町の入り口前まで戻って来たラル。するとそこには、町を出た時には無かった巨大な黒い塊があるではないか。慌てて馬を降りるラル。これは一体何なんだ? 何があった? 疑問を持ち辺りをキョロキョロ見回してみる。
その黒い塊の周りでは素材採取の作業を警備隊員達がせっせとやっている。という事はこれは魔物? そもそも素材採取の仕事は冒険者がやる筈だがどうなってる? と益々疑問が膨らんでいく。
そしてふと、その塊の上空を行き来する影を見つける。
何だ? 鳥か何かか? にしては大きさがおかしい、と訝し気にその黒い影を目で追いかけるも動きが不規則ではっきり分からない。だがその動き回っていた影が一旦塊の上にて止まってふわふわ浮かぶ。これチャンスと目を凝らしよーく見てみると、
それは魔族だと疑っていた、あの黒髪の美女だった。
「……は?」
何でミークが空を飛んでいる? どういう事だ? 全く意味が分からない。呆然としながら目が点になるラル。そこでラルを見つけたサーシェクが傍らにやって来た。
「やっぱり驚くよね?」
「お、おうサーシェクか……って、い、いやそりゃ驚くだろ! な、何なんだあれは! ミークが空飛んでるぞ! そもそもこの塊は何なんだ! 一体何があったんだ! 何が何だか訳が分からねぇ! 情報量が多過ぎるぞ!」
矢継ぎ早にまくし立てるラルが滑稽で、ついサーシェクはアハハと笑う。でもその気持ちもよく分かるので、サーシェクは、オルトロスが町を襲ってきた事、警備隊員達ではどうやっても歯が立たなかったが、でもそれをミーク1人で簡単に倒してしまった事を説明した。
全てを聞いてもラルは相変わらず不可解といった顔のまま。
「……オルトロス? これが? ゴールドランクでも手こずるっていう、あの?」
「そうだよ」
「そ、そんな強力な魔物が何でファリスに? いやそれもそうだが……。それをミークがたった1人で?」
「ああ、そうさ。俺も警備隊員達も皆、ミークとオルトロスが戦っているのを一部始終見てたし間違いないよ。それでも未だ信じられない。夢じゃないかってずっと疑ってる位には現実味が無い」
無表情な笑みを浮かべ本音を語るサーシェクに、ラルは唖然としながら再度塊とミークを見る。彼女は淡々と作業に勤しんでいる。何処か楽しげにさえ見える。
「ハハ……。もう笑いしか出ねぇな」
どうやら現実らしい。それを悟ったラルは絞り出す様に声を出しながら乾いた笑い。隣で「そうだね」と無表情に同意するサーシェク。
「でも空を飛べるって便利だよね。羨ましい」
「……もうお前は見慣れちまったようだな」
「彼女の戦闘を見ちゃったからね。そりゃあもう圧倒的で一方的だったよ。だから空飛ぶ程度じゃ驚かないさ」
手を開いてやれやれ、とゼスチャーするサーシェクに、ラルはハァ、と深いため息を吐く。
「で? ミークは魔族だと思うか?」
「いや。それは無いだろうね。本人にも確認したら違うって言ってたし。そもそも魔族なら、ひた隠しにしていた自分の能力を曝け出してまで、この町を守ろうとはしないだろうしね」
成る程確かに、とラルは安堵の表情でサーシェクに同意する。そしてもう1つ、さっきから気になっている事をサーシェクに確認する。
「で? 何でゴルガがそこに居る?」
そう。2人の直ぐ後ろには、縄で縛られたゴルガがしゅんとしたまま、大人しく地面に座っていた。
「俺達がオルトロスの相手している時も、ゴルガは影でずっと様子を見てたらしいよ。因みにゴルガは隠れてたんだけどミークが見つけた」
「へ~ぇ?」
ラルは胡乱げにゴルガの方へ首だけ向ける。その目は怒りを滲ませながら。視線が合ってしまったゴルガはビクッっと全身を震え上がらせる。そしてラルは目線に合わせる様に、しゃがんでゴルガの顎をクイと持ち上げる。
「何でお前がその場所にいたんだ? あ?」
「ぐ、偶然あそこに居ただけだ! 隠れてたんだ! あんな怪物が居たんじゃ出ている訳ねぇだろ!」
「偶然、ねぇ?」
ラルが訝し気にゴルガを睨む。その視線に耐えられないのか、ゴルガは目線を下に落とす。その様子を見てどうも怪しい、と直感が働くラル。
「そういやお前、昨日夕方頃だっけ? 町から出て行ってたそうじゃねぇか。何処に居たんだ? まさか迷いの森の中か? 確か武器も装備も持ってなかったよな? 売っぱらってたらしいからな。魔物が湧き出る夜の迷いの森に居たってのか? 丸腰で?」
ああん? と顎を持ったままゴルガを睨みつけるラル。その的確なツッコミにゴルガは尚の事目線を合わせ様としない。
そこへミークがやって来た。ラグビーボール大の乳白色に輝く魔石を抱えたリケルと共に。ゴルガはミークを見た瞬間、ガタガタブルブル全身を震わせ顔を青ざめながら大声で叫ぶ。
「うあああああ!! ば、化け物! こ、こっち来るなああああ!!」
そして未だ顎を持つラルを振り切り、何とかミークから離れようと縛られたまま藻掻く。だがすぐラルが抑え込む。それでもジタバタ暴れるゴルガ。 そんな、髭面禿頭の格好悪い様子に、ミークが深いため息を吐きながら「失礼が過ぎる」と一言。
「な、何が失礼だ! この化け物女め! オルトロス1人で倒しやがって! それだけじゃねぇ! 俺とボング達をも一瞬で倒しやがっただろうが! そんな芸当出来る奴が普通な訳ねーだろ!」
恐怖と怒りが混じった複雑な感情を爆発させ、ミークにがなり立てるゴルガ。それを聞いたラルがピクリと眉を上げる。
「ボング達を倒した? ミークが?」
そこでミークが「あ、そうだった」と思い出す。そしてあの時の出来事を話す事にした。もう色々バラたし今更誤魔化す方が怪しまれると思ったので。
「えーっとですね。元々はフォレストウルフに襲われてた3人組がいたんでそれを私が助けたんです。で、フォレストウルフを全部倒した後、その素材を3人組が採取しようとしたら、今度はこいつと盗賊達が一緒に現れまして。仕方なく再度盗賊達を私が倒しました。3人組を気絶させて。あ。倒したと言っても殺してませんよ? だって人を殺していいかどうか分からなかったから。盗賊達とこいつは気絶させてただけです。で、3人組が気付いた後、縄で縛っておいた方が良い、って話したんです」
ミークがそう説明すると、ラルが「成る程」と呟く。その3人組はきっと、今日ギルドにフォレストウルフ10匹分の素材を持って来たウッドランクの連中だな、と。
「そう言えば、その素材を持って帰ってきて盗賊達を捕まえたって報告してきたウッドランクの3人は、フォレストウルフは何処からともなくやって来た、腕が倒したって言ってたらしいが……」
「あー。じゃあ間違いなくミークだ。ミークは腕を切り離せるからね」
ミークが答えるより先にサーシェクが「だよね?」とウインクしながら確認する。ミークは美丈夫の何気無いその仕草に「うわぁ……」と寒気を感じたが、とりあえず「そうです」と正直に答える。
腕が切り離せる? さも当たり前の様に意味不明な事を話すサーシェクに違和感を感じるラル。だが別件で気になった事を話し出す。
「それで、だ。俺とブロンズランクの3人とで盗賊達を縛っておいたっていう場所にさっき行って来たんだ。だがそこには誰もおらず、しかもフォレストウルフの死骸も無かった。しかし血痕が見つかって後をつけたら、その先でボング達は殺されてた。その様子は食い千切られたって感じだった」
そこまで話すと、ゴルガが何かを思い出したかの様に歯をガタガタ言わせ震え始める。
「そ、そうだ……。あの時もし俺の縄が解けなければ……、俺もきっと……」
えらく怯えた様子のゴルガに、ラルは「ふむ成る程。フォレストウルフとボング達は、今肉の塊になっちまったオルトロスに襲われ食われた、って事だな」と結論づけようとするが、ゴルガは震えながら思い切り首を横に振る。
「ち、違う! ボング達を殺ったのはオルトロスじゃねぇ!」
「へ?」
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既に夕闇が迫る頃合い。地平線の彼方に赤みがかったオレンジ色の太陽が沈んでいくのが見える。
町の外に鎮座していた巨大な塊は、漸く警備隊員達によって細分化され燃やされている。あちこちで肉の焼ける臭いが漂う。
そこでぞろぞろと冒険者達が帰って来た。主に迷いの森の中で討伐依頼や採取依頼を受けている彼らは、森の中で見かけた巨体についてそれぞれ話している。
「お前見たか?」「ああ。黒い岩山みたいにデカい奴だろ?」「あれ魔物だろうな」「迷いの森でそんなデカい魔物って出るのか?」「いや、あんな大きさは初めてだ。しかも日中は強い魔物は殆ど居ない筈」
やはりオルトロスは相当目立った様で、遠くからでもその存在は確認されていた様である。
「てか警備隊員達何やってんの?」「野焼き? いや、こんな町の入り口前でやるもんじゃないよな」「いや野焼きにしても何か臭いが違う」「おーい! お前ら何やってんのー?」
冒険者の1人が警備隊員に声をかける。すると「詳しい事はギルドで聞いてくれ」と言う返事。
冒険者達は皆「?」と首を傾げながら、とりあえず自分達の依頼の処理もあるので、言われた通り詳細はギルドで聞く事にした。
そしてギルド内では、既に戻っていた冒険者達が何やらいつも以上に騒がしい。それもその筈、これまで見た事も無い様な、ラグビーボール大の乳白色に輝く魔石が鎮座し、所狭しとオルトロスの黒い高級毛皮が積み上げられ、その横には等身大の牙が立て掛けられているからだ。
しげしげと物珍しそうに魔石を観察したり、羨ましそうに毛皮や牙を見ていたり。そして「はいはい邪魔邪魔」と受付嬢達が冒険者達をあしらいながら忙しなく作業していた。
「ふう。しかし薬草の事もあって、ミークがとんでもない子だってのはある程度理解してたけど、まさかオルトロス倒しちゃうなんてね」
ネミルが額の汗を拭いながら呟くと、赤毛のショートカットの受付嬢も慌ただしくしながら「本当本当。こりゃまた凄い子が来たもんだね」と返事した。
「それにしても、素材をどうするかはギルド長とミークとで相談しないとね」
※※※
ずっと平和だった辺境の町ファリス。30年程前にあった魔族との戦いでも、この町は襲われる事無く平穏だった。そこに突如現れた巨大な脅威。当然ながら町の人達も、この町が襲われるのではないかと心配し、警備隊員達との戦いを、遠目に固唾を飲んで見ていた。
ところがどうやら彼らでは全く刃が立たない様子。でもこの町を守れるのは警備隊員だけ。それが手こずっているとなるとこれはいよいよ町が危ない。そう人々が不安にかられていたその時、見慣れない黒髪の美女が黒い怪物の前に現れたと思ったら、その華奢な女性はたった1人で脅威を倒したのだ。
人々は皆、その結果に驚きと共に、安堵と喜びに溢れ歓喜した。
そんな喜びに沸いている町の様子を露程も知らないミークは、オルトロスの解体が終わり、リケルとゴルガを引き渡し、詳細もラルに説明し終えたので、これで漸く一息つけると安堵し町に戻ったのだが、中に入った途端町の人達に一斉に囲まれてしまった。
「うわっ! 何? どゆ事?」
戸惑うミークを他所に、人々は口々にミークを称える。
「ありがとう!」「本当に凄かったわ!」「お姉ちゃん空飛べるのカッコいい!」「俺と結婚してくれ!」「いや俺と!」「いやワシじゃ!」
最後の方はともかく、人々から称賛の嵐を受け、ミークは驚いたと同時に「うわあ勘弁してー」と呟く。ミークはネミルやその両親に一晩の恩があるので、その人達を守りたかっただけなのだが、結果それが街全体を守った事となり、しかもミークの強さを町中に知らしめてしまう事となってしまい、ある程度覚悟はしていたものの、ここまで大袈裟に扱われるのは面倒なのである。
称賛する町の人達に囲まれ身動きが取れなくなるミーク。空に逃げようかな? と考えていたところで、サーシェクが人垣を掻き分けミークのところにやって来た。そして大きく息を吸い、
「皆んな! 気持ちは分かるがミークはあの戦闘で疲れてる! もう日も暮れかけている! 今日のところは勘弁してやってくれ!」
と大声を出すと、人々は「確かにそうだな!」「ファリスの英雄様をこれ以上疲れさせる訳にはいかないわね」「よしじゃあ俺と飯行こう!」「いや俺と!」「いやワシが奢るのじゃ!」
と、最後の方はともかく、皆サーシェクの言葉に納得し皆ミークから離れていった。
ふう、とサーシェクが息を吐き「大丈夫かい?」と美丈夫スマイルをミークに浴びせる。ゾクリと背筋に寒気を感じつつも、一応は助けてくれたので「ありがとうございます」とお礼を言った。
「で、申し訳ないけど、ミークにはこれから来て貰いたい所があるんだ。悪いがこれは強制だ」
強制? どういう事だろ? と首を傾げ「何処に行くんですか?」と尋ねると、サーシェクは笑顔で「町長の所さ」と答えた。
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
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