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第二章 師匠と弟子
13 帰ろう
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〈ああ、山だ!〉
〈戻ってこれた!〉
〈生きてここへ帰ってこれた!〉
夕日に照らされる山へ、その木々の奥へと、妖精達は我先に泳ぎ去っていく。
「……良いんですか?」
上空からそれを眺めながら、横の顔へ呟くシャルプ。
抱き上げられたまま、ギニスタはそれに苦笑を返し、頷いた。
「あぁ、ほらアタシ達も行こう」
主である、大きな老木の元へ。
「……はぁい」
シャルプ達が山へと降りる。
晴れていた霧がまた山の周りに巻き始め、山頂から山裾までを覆っていく。
【管理者】という仕組みが、再び作動し始めた。
◇◇◇◇◇
山頂付近に在する、小山のように巨大な『主』。
その太い幹は淡く光り輝き、枝先から茂る葉はより強く、それこそそれぞれが小さな太陽のように煌めいている。
「──主」
穏やかな風に吹かれ、ギニスタの声に応えるように、さわさわとその枝葉が揺れた。
「ご挨拶にも伺えず、失礼いたしました」
シャルプから降りたギニスタは、その小さな手を幹に当てる。
「……っ」
それを見たシャルプの目が、不安げに揺れた。
「? どうした? ……あぁ」
首を傾げたギニスタは、ややあってそれを戻す。
「アタシはもう管理者じゃないからな。【還元】は、不完全ながらあの時終えられたと見なされている」
だからもう、命はこちら側にある、と。
「……それは、そうですけど」
それを聞いて、逆にシャルプは頬を少し膨らませた。
(ボクばっかり気にしてて、なんかこう、悔しい……)
危険がないとは分かっているし、友がギニスタをどうこうする気がないのも知っている。
けれど、一度死にかけた場面を見た手前、こちらとしては軽くトラウマになっているのだと、
(言えたらこんなに悩んでない)
ぶすくれたままのシャルプにちょっと疑問を抱きつつ、
「……すみません、主。こんな形にはなってしまいましたが」
ギニスタは大木に語りかける。
「アタシには、やるべき事が出来てしまいました。それがどれほどのものか、いつまでなのか、皆目見当もつきません」
目元を和らげ、柔らかな声で紡いでゆく。
「……ですがどうか、この役目を終えるまでは、シャルプの傍に。──っ?」
不意に、伏せていた瞳を瞬かせ、ギニスタは主を見上げた。
煌めく枝葉が優しく揺れ、そのさざめきが辺りに満ちる。
「…………友……そうなのですね」
ギニスタが穏やかに微笑む。それに応えるように、老木の輝きが僅かに増した。
「うぇっ?」
「は?」
そこに奇声が被さり、思わずギニスタの眉が寄る。
振り返れば、なんだか間の抜けた顔をしたシャルプが、こちらを見つめて固まっていた。
「……シャルプ?」
「……師匠? 聞こえたんですか?」
僅かにぎこちなく、視線を逸らし気味に聞いてくる。
「聞こえたというか……あれは思念だろう? 主の。ここまではっきりお受けできたのは初めてだが」
何故そんな表情をする? と首を傾げられ、シャルプの方が困惑した。
「え、だって、その……なんで、急に?」
主と明確な意志疎通が出来るのは、これまで【真の者】だけだった。なのにここに来て、そこから外れたギニスタが突然、その大木と言葉を交わせた。
「何故って、君のおかげだろう? この身体を創ったのは君だ。当然、以前よりも力が強いし、頑丈だし、今までより真の者に近い事が出来る訳だ」
「うそぉ……」
「分かってなかったのか……」
(だから、あんなにあっさりと下山出来たのか)
シャルプは、ギニスタが魔法が使えると分かっていなかった。
もしもギニスタの力に気付いていたら、それこそ半日と保たずに、【ダミー】を用意している時点で気付かれていただろう。
(この子は、自分の力をそんなに把握していないのか……?)
頭を抱えそうになったギニスタの横で、シャルプもまた頭を抱えたくなっていた。
(師匠が! ヴェアンと話せるのは嬉しい! 嬉しいけど!)
ヴェアンとは、光輝く主の名前。
その昔、最初の管理者になった【真の者】に、若木の頃に貰った宝。
(でもそうなると! ボクの話筒抜けにならない?! ならない、よね?! 師匠の事とか師匠の事とか、師匠の事しかないけど!)
微かに唸る二人の周りに、大木が朗らかに笑うように煌めきを零す。
「……まぁ、まずは、帰ろうか……」
この問題は追々、とギニスタが呟く。
「ぅ……はい……あ」
ゆるゆると頭を持ち上げたシャルプは頷き返し、少ししてはっとしたように目を見開いた。
「ん? ………………シャルプ?」
みるみる頬がゆるんでいくその顔へ、ギニスタが怪訝そうな眼差しを向ける。
「いえ、一緒に帰れるって嬉しいなぁって……なんか、ぇへへ」
そこに珍しく紅が混じり、シャルプは肩口の髪を指先でいじる。
「……」
なにやら空気が変わったようで、ギニスタはなんとも据わりが悪い。
それに、帰ってからもやる事はあるんだと、言って良いものか少し悩んでしまった。
「あー……シャルプ」
「はい」
「帰ってな、休憩したら見回りに──」
「えー!」
妙な空気が霧散して、抗議の声が辺りに響く。
「ゆっくりしましょうよ! 明日でも良いじゃないですか!」
「本当は今すぐにでもやるべきだと、アタシは思うんだが、なぁ……」
腕を振るシャルプの顔を見上げ、ギニスタは頭を捻る。
(一時でも管理者が不在だったんだ。山の者達に「もう安心だ」と言って回るのは、管理者としての務め……)
そう考えるが、それをただ押しつけても駄目なんだろう。
「むー……」
不満を身体全体で表すこの弟子に、どう言えば上手く伝わるのか。
「シャルプ。君がとても不安な時、誰に「もう大丈夫」と言って欲しい?」
「師匠です」
「……山の者達にとってのそれが、君なんだ。君が「もう安心だ」と皆に伝える事は、山の淀みを無くす事にも繋がる」
「……むぅー……」
シャルプは腕を組み、また唸る。頭を右に傾け、左に倒し、目を一度瞑ってから、
「…………分かりました……」
しぶしぶ、といった風に頷いた。
ギニスタはほっと息を吐き、
「でも、きちんと休憩取ってからです! 一緒に! 帰って! から!」
「お、おう……」
中腰になって一気に近付いてきた顔に、気圧されつつ首を縦に振る。
「じゃあ帰りましょう! ヴェアン、またね」
言って振り仰いだ大木に、ギニスタも頭を下げる。
「主、失礼します」
「はい、師匠」
そして向き直り、
「おぉ、……ん?」
自然と手を脇に入れられ、抱き上げられる。
反射的に合わせて動いてから、この動作が身体に染み付いてしまっている事に、ギニスタは気が付いた。
「……」
「師匠?」
「……いや」
今の自分は幼子であるから、これもしょうがない事か。そう思って口を噤む。
(早く成長したい)
そもそもとして、この身体は成長するんだろうか。
真の者が創った──しかも真の者自身にも把握できていない部分がある──代物、何か規格外な所があってもおかしくない。
(…………要検証、だな)
この身体で目覚めてから、まだ二十日と経っていない。
これから何が起こるかと、内心穏やかでなくなったギニスタだった。
終
〈戻ってこれた!〉
〈生きてここへ帰ってこれた!〉
夕日に照らされる山へ、その木々の奥へと、妖精達は我先に泳ぎ去っていく。
「……良いんですか?」
上空からそれを眺めながら、横の顔へ呟くシャルプ。
抱き上げられたまま、ギニスタはそれに苦笑を返し、頷いた。
「あぁ、ほらアタシ達も行こう」
主である、大きな老木の元へ。
「……はぁい」
シャルプ達が山へと降りる。
晴れていた霧がまた山の周りに巻き始め、山頂から山裾までを覆っていく。
【管理者】という仕組みが、再び作動し始めた。
◇◇◇◇◇
山頂付近に在する、小山のように巨大な『主』。
その太い幹は淡く光り輝き、枝先から茂る葉はより強く、それこそそれぞれが小さな太陽のように煌めいている。
「──主」
穏やかな風に吹かれ、ギニスタの声に応えるように、さわさわとその枝葉が揺れた。
「ご挨拶にも伺えず、失礼いたしました」
シャルプから降りたギニスタは、その小さな手を幹に当てる。
「……っ」
それを見たシャルプの目が、不安げに揺れた。
「? どうした? ……あぁ」
首を傾げたギニスタは、ややあってそれを戻す。
「アタシはもう管理者じゃないからな。【還元】は、不完全ながらあの時終えられたと見なされている」
だからもう、命はこちら側にある、と。
「……それは、そうですけど」
それを聞いて、逆にシャルプは頬を少し膨らませた。
(ボクばっかり気にしてて、なんかこう、悔しい……)
危険がないとは分かっているし、友がギニスタをどうこうする気がないのも知っている。
けれど、一度死にかけた場面を見た手前、こちらとしては軽くトラウマになっているのだと、
(言えたらこんなに悩んでない)
ぶすくれたままのシャルプにちょっと疑問を抱きつつ、
「……すみません、主。こんな形にはなってしまいましたが」
ギニスタは大木に語りかける。
「アタシには、やるべき事が出来てしまいました。それがどれほどのものか、いつまでなのか、皆目見当もつきません」
目元を和らげ、柔らかな声で紡いでゆく。
「……ですがどうか、この役目を終えるまでは、シャルプの傍に。──っ?」
不意に、伏せていた瞳を瞬かせ、ギニスタは主を見上げた。
煌めく枝葉が優しく揺れ、そのさざめきが辺りに満ちる。
「…………友……そうなのですね」
ギニスタが穏やかに微笑む。それに応えるように、老木の輝きが僅かに増した。
「うぇっ?」
「は?」
そこに奇声が被さり、思わずギニスタの眉が寄る。
振り返れば、なんだか間の抜けた顔をしたシャルプが、こちらを見つめて固まっていた。
「……シャルプ?」
「……師匠? 聞こえたんですか?」
僅かにぎこちなく、視線を逸らし気味に聞いてくる。
「聞こえたというか……あれは思念だろう? 主の。ここまではっきりお受けできたのは初めてだが」
何故そんな表情をする? と首を傾げられ、シャルプの方が困惑した。
「え、だって、その……なんで、急に?」
主と明確な意志疎通が出来るのは、これまで【真の者】だけだった。なのにここに来て、そこから外れたギニスタが突然、その大木と言葉を交わせた。
「何故って、君のおかげだろう? この身体を創ったのは君だ。当然、以前よりも力が強いし、頑丈だし、今までより真の者に近い事が出来る訳だ」
「うそぉ……」
「分かってなかったのか……」
(だから、あんなにあっさりと下山出来たのか)
シャルプは、ギニスタが魔法が使えると分かっていなかった。
もしもギニスタの力に気付いていたら、それこそ半日と保たずに、【ダミー】を用意している時点で気付かれていただろう。
(この子は、自分の力をそんなに把握していないのか……?)
頭を抱えそうになったギニスタの横で、シャルプもまた頭を抱えたくなっていた。
(師匠が! ヴェアンと話せるのは嬉しい! 嬉しいけど!)
ヴェアンとは、光輝く主の名前。
その昔、最初の管理者になった【真の者】に、若木の頃に貰った宝。
(でもそうなると! ボクの話筒抜けにならない?! ならない、よね?! 師匠の事とか師匠の事とか、師匠の事しかないけど!)
微かに唸る二人の周りに、大木が朗らかに笑うように煌めきを零す。
「……まぁ、まずは、帰ろうか……」
この問題は追々、とギニスタが呟く。
「ぅ……はい……あ」
ゆるゆると頭を持ち上げたシャルプは頷き返し、少ししてはっとしたように目を見開いた。
「ん? ………………シャルプ?」
みるみる頬がゆるんでいくその顔へ、ギニスタが怪訝そうな眼差しを向ける。
「いえ、一緒に帰れるって嬉しいなぁって……なんか、ぇへへ」
そこに珍しく紅が混じり、シャルプは肩口の髪を指先でいじる。
「……」
なにやら空気が変わったようで、ギニスタはなんとも据わりが悪い。
それに、帰ってからもやる事はあるんだと、言って良いものか少し悩んでしまった。
「あー……シャルプ」
「はい」
「帰ってな、休憩したら見回りに──」
「えー!」
妙な空気が霧散して、抗議の声が辺りに響く。
「ゆっくりしましょうよ! 明日でも良いじゃないですか!」
「本当は今すぐにでもやるべきだと、アタシは思うんだが、なぁ……」
腕を振るシャルプの顔を見上げ、ギニスタは頭を捻る。
(一時でも管理者が不在だったんだ。山の者達に「もう安心だ」と言って回るのは、管理者としての務め……)
そう考えるが、それをただ押しつけても駄目なんだろう。
「むー……」
不満を身体全体で表すこの弟子に、どう言えば上手く伝わるのか。
「シャルプ。君がとても不安な時、誰に「もう大丈夫」と言って欲しい?」
「師匠です」
「……山の者達にとってのそれが、君なんだ。君が「もう安心だ」と皆に伝える事は、山の淀みを無くす事にも繋がる」
「……むぅー……」
シャルプは腕を組み、また唸る。頭を右に傾け、左に倒し、目を一度瞑ってから、
「…………分かりました……」
しぶしぶ、といった風に頷いた。
ギニスタはほっと息を吐き、
「でも、きちんと休憩取ってからです! 一緒に! 帰って! から!」
「お、おう……」
中腰になって一気に近付いてきた顔に、気圧されつつ首を縦に振る。
「じゃあ帰りましょう! ヴェアン、またね」
言って振り仰いだ大木に、ギニスタも頭を下げる。
「主、失礼します」
「はい、師匠」
そして向き直り、
「おぉ、……ん?」
自然と手を脇に入れられ、抱き上げられる。
反射的に合わせて動いてから、この動作が身体に染み付いてしまっている事に、ギニスタは気が付いた。
「……」
「師匠?」
「……いや」
今の自分は幼子であるから、これもしょうがない事か。そう思って口を噤む。
(早く成長したい)
そもそもとして、この身体は成長するんだろうか。
真の者が創った──しかも真の者自身にも把握できていない部分がある──代物、何か規格外な所があってもおかしくない。
(…………要検証、だな)
この身体で目覚めてから、まだ二十日と経っていない。
これから何が起こるかと、内心穏やかでなくなったギニスタだった。
終
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