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第二章 師匠と弟子
11 檻の中-1
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(さて、これからどうされるのか)
薄暗い、どこかの地下牢にも似た檻の中で、ギニスタは溜め息を吐く。
その手首と足首には枷がはめられ、動く度にじゃらりと鳴った。首にもはめられた枷から伸びる鎖は、同じ檻の中にいる何人もの者達と繋がれている。
(もう少しすれば、何かしら起こせる程度には魔力が回復するんだが)
幸い、辺りに見張りはいない。
(有り難いが不用心……だが、そうしたくなるのも頷ける)
同じ檻の中、対面の檻の中。
見える範囲での鎖に繋がれた人々は、皆座って顔をうずめるか、寝転んで身体を丸めるかだった。誰一人、喋りもしなければ動きもしない。
(いつからここにいるのか……)
生きる事を諦め、死んだようになるくらいには。
(アタシが一番元気なのかね)
“色混じり”と揶揄する者もいない。
(そもそも色混じりに買い手が付くとも思えないんだが)
捕らえた者達も、そのあたりを気にしなかったのだろうか。それほどモノ不足だったりするのか。
(まぁなんにしろ、もう少しこのままでいなきゃならない)
つらつらと考えながら、視界の端に映った蒼が揺れるのを、無意識に目で追った。
「……?!」
驚きに、口が開く。
ここにいる筈のない【妖精】が、ひらひらとひとり、漂っていた。
〈……ぜ、前管理者よ〉
その妖精は怯えたように首を竦め、辺りを窺いつつこちらに寄ってくる。
「……な、」
〈真の者が、お前を助けにいらっしゃったのだ〉
「は?!」
あまりの事に、素っ頓狂な声が上がる。
そこに、カツン、と靴音が響いた。
「……ッ!」
ギニスタは一瞬身を堅くし、
「師匠?」
次に聞こえた声に、また一瞬で気が抜ける。
(本当、に)
〈真の者よ。ここに〉
妖精が言うやいなや、駆け足の音が迫ってきて、ギニスタはその姿を格子越しに捉えた。
「ししょう!」
声の主は、ガシャン! と檻にぶち当たるようにして身を寄せ、その顔をほころばせる。
「居た! ギニスタ師匠! 見つけた!」
(まだ半日も、経っていないのに……いや、それより)
管理者は良いとしても、何故妖精がここに居る? 居られる?
〈上にいた者共は眠ったぞ!〉
〈真の者よ!〉
〈我らは助けになっただろう?!〉
〈共に、我らが山に帰ろうではないか!〉
きゃらきゃらとした、けれど切羽詰まった声が沢山響いた。それとともに、波のような蒼が押し寄せてくる。
「はあ?!」
その言葉と、光景とに圧倒され、ギニスタはまた目を剥きかけた。
「それは……」
ちらりと妖精達に目を向けながら、シャルプの手が檻の格子にかかる。
「師匠次第、かなあ」
鉄の格子はそこからボロボロと崩れ去り、人一人が優に通れる広さの穴が出来た。
「師匠」
よいしょ、と言いながらそれをくぐり、全く身じろぎもしない人々をまたぎ越しながらギニスタの元へ。
「酷い事、されました?」
目の前まで来るとしゃがみ込み、さっきと同じようにボロボロと、鎖と枷を外していく。
「え?」
「上のヤツら、師匠に枷をはめるなんて。これ奴隷ってモノでしょう? ヒトをヒトとも思わないモノだって」
手を取られ、俯きがちにシャルプが言う。
「あ、あぁ……あ、いや、大丈夫だ。まだ何もされてない」
「まだ?」
「されてないから! 大丈夫だ!」
目つきが鋭くなったシャルプに、慌てて強く繰り返す。
シャルプはほっとしたように息を吐き、次いで泣きそうな顔になり、
「……は?」
「良かったぁ」
ぎゅう、とギニスタを抱きしめた。
「師匠、急に居なくなるんですもん……あそこが嫌ならボクも一緒に出て行ったのに」
「……」
「ボクはあなたの弟子なのに、なんで何も言わないで出て行っちゃうんですか……?」
「……」
妖精の光で淡く光る檻の中、涙声が反響する。
〈ま、真の者よ!〉
〈約束はどうなったのだ?!〉
〈山に、管理者に!〉
〈またお戻りいただけますか?!〉
光る蒼が舞う。そこには悲痛な声と表情が、とてもくっきりと映っていた。
「……煩いな」
少しだけギニスタから身体を離したシャルプが、低く、冷たい声を出す。
「そもそも、誰のせいだと思ってるの?」
〈……ッ!〉
妖精達に向けられた顔は、冷え冷えとした怒りを湛え。
それが自分に向けられてないと分かっていても、ギニスタの背筋にも緊張が走った。
「事ある毎に師匠を悪し様に言って、止めろと言っても止めなくて。それがこんな──」
「……違うぞ。シャルプ」
遮って、ギニスタは続ける。
「アタシが山を下りたのは、君の事を考えてだ」
「……え」
バッと振り向いたその顔は一転して困惑に染まり、そしてまた、泣きそうにもなっていた。
「な、ど、」
「君の独り立ちを促そうと思ったんだが、まさか半日と経たず見つかるとはな」
「……独り、立ち……? 何言ってるんですか?!」
混乱したシャルプに揺さぶられ、視界がガクガクと揺れる。
「……あのな、」
「ひ、独り立ち、独り立ちって! なんで?!」
「シャル──」
「ボクはあなたの弟子です! あなたと居るんです! 独り立ちしても一緒なんです、ずっと!!」
(それは、師弟とは言わないよ)
シャルプが自分へ向けるのは、執着心だ。ギニスタはそう、分析した。
執着心は十五年で肥大化し、今や絡まり解けない糸玉のようになりながら、自身の精神にへばりついている。
「ねえ師匠!」
「シャルプ!!!」
びくりと肩を震わせて、シャルプの手が止まる。そこに自分の手を添えて、ギニスタはゆっくりと言葉を発した。
「……ここから、助け出そうとしてくれた事には、感謝する。だが」
重々しい口調と厳格な表情に、シャルプの喉がこくりと鳴った。
「そこまでで、聞きたい事がある。アタシが出て行った後、君はどうやってここまで来た?」
「……ぇ、えっと」
シャルプもゆっくりと、そしてどこか恐々と答える。
「……山を出て、すぐに師匠を探しに行こうとしたんです。あなたを見つけたら、一緒にどこかへ行こうとも思ってました。だって、師匠にとってあそこは、あまり良い所ではないと思ったから……」
表情を変えず、ギニスタは続きを促す。
「……けど、……彼らが行かないでと、戻ってくれと言うから『じゃあ師匠を探すのを手伝って、何か貢献したら考えても言いよ』って……」
だんだんと、その二色の瞳が揺らぎ始める。
心許ないようなカオになり、その声も細くなってゆく。
「力は補助するからって……それで、師匠を探して……ここまで……騒ぎになると面倒だから、上にいた元気そうなヤツらは全員眠らせましたけど……」
「なるほどな」
ギニスタは頷いて、シャルプをまっすぐに見る。
「すると、管理者という立場を置いてきたんだな?」
「っ……そんなもの! あなたに比べたら!」
「比べるな。【管理者】は山の大事な歯車だ。おいそれと外して良いものではない。それは【真の者】であろうと【仮の者】であろうと同じ事だ」
乱暴に無くせば、守りが消えるどころか山が荒廃しかねない。
薄暗い、どこかの地下牢にも似た檻の中で、ギニスタは溜め息を吐く。
その手首と足首には枷がはめられ、動く度にじゃらりと鳴った。首にもはめられた枷から伸びる鎖は、同じ檻の中にいる何人もの者達と繋がれている。
(もう少しすれば、何かしら起こせる程度には魔力が回復するんだが)
幸い、辺りに見張りはいない。
(有り難いが不用心……だが、そうしたくなるのも頷ける)
同じ檻の中、対面の檻の中。
見える範囲での鎖に繋がれた人々は、皆座って顔をうずめるか、寝転んで身体を丸めるかだった。誰一人、喋りもしなければ動きもしない。
(いつからここにいるのか……)
生きる事を諦め、死んだようになるくらいには。
(アタシが一番元気なのかね)
“色混じり”と揶揄する者もいない。
(そもそも色混じりに買い手が付くとも思えないんだが)
捕らえた者達も、そのあたりを気にしなかったのだろうか。それほどモノ不足だったりするのか。
(まぁなんにしろ、もう少しこのままでいなきゃならない)
つらつらと考えながら、視界の端に映った蒼が揺れるのを、無意識に目で追った。
「……?!」
驚きに、口が開く。
ここにいる筈のない【妖精】が、ひらひらとひとり、漂っていた。
〈……ぜ、前管理者よ〉
その妖精は怯えたように首を竦め、辺りを窺いつつこちらに寄ってくる。
「……な、」
〈真の者が、お前を助けにいらっしゃったのだ〉
「は?!」
あまりの事に、素っ頓狂な声が上がる。
そこに、カツン、と靴音が響いた。
「……ッ!」
ギニスタは一瞬身を堅くし、
「師匠?」
次に聞こえた声に、また一瞬で気が抜ける。
(本当、に)
〈真の者よ。ここに〉
妖精が言うやいなや、駆け足の音が迫ってきて、ギニスタはその姿を格子越しに捉えた。
「ししょう!」
声の主は、ガシャン! と檻にぶち当たるようにして身を寄せ、その顔をほころばせる。
「居た! ギニスタ師匠! 見つけた!」
(まだ半日も、経っていないのに……いや、それより)
管理者は良いとしても、何故妖精がここに居る? 居られる?
〈上にいた者共は眠ったぞ!〉
〈真の者よ!〉
〈我らは助けになっただろう?!〉
〈共に、我らが山に帰ろうではないか!〉
きゃらきゃらとした、けれど切羽詰まった声が沢山響いた。それとともに、波のような蒼が押し寄せてくる。
「はあ?!」
その言葉と、光景とに圧倒され、ギニスタはまた目を剥きかけた。
「それは……」
ちらりと妖精達に目を向けながら、シャルプの手が檻の格子にかかる。
「師匠次第、かなあ」
鉄の格子はそこからボロボロと崩れ去り、人一人が優に通れる広さの穴が出来た。
「師匠」
よいしょ、と言いながらそれをくぐり、全く身じろぎもしない人々をまたぎ越しながらギニスタの元へ。
「酷い事、されました?」
目の前まで来るとしゃがみ込み、さっきと同じようにボロボロと、鎖と枷を外していく。
「え?」
「上のヤツら、師匠に枷をはめるなんて。これ奴隷ってモノでしょう? ヒトをヒトとも思わないモノだって」
手を取られ、俯きがちにシャルプが言う。
「あ、あぁ……あ、いや、大丈夫だ。まだ何もされてない」
「まだ?」
「されてないから! 大丈夫だ!」
目つきが鋭くなったシャルプに、慌てて強く繰り返す。
シャルプはほっとしたように息を吐き、次いで泣きそうな顔になり、
「……は?」
「良かったぁ」
ぎゅう、とギニスタを抱きしめた。
「師匠、急に居なくなるんですもん……あそこが嫌ならボクも一緒に出て行ったのに」
「……」
「ボクはあなたの弟子なのに、なんで何も言わないで出て行っちゃうんですか……?」
「……」
妖精の光で淡く光る檻の中、涙声が反響する。
〈ま、真の者よ!〉
〈約束はどうなったのだ?!〉
〈山に、管理者に!〉
〈またお戻りいただけますか?!〉
光る蒼が舞う。そこには悲痛な声と表情が、とてもくっきりと映っていた。
「……煩いな」
少しだけギニスタから身体を離したシャルプが、低く、冷たい声を出す。
「そもそも、誰のせいだと思ってるの?」
〈……ッ!〉
妖精達に向けられた顔は、冷え冷えとした怒りを湛え。
それが自分に向けられてないと分かっていても、ギニスタの背筋にも緊張が走った。
「事ある毎に師匠を悪し様に言って、止めろと言っても止めなくて。それがこんな──」
「……違うぞ。シャルプ」
遮って、ギニスタは続ける。
「アタシが山を下りたのは、君の事を考えてだ」
「……え」
バッと振り向いたその顔は一転して困惑に染まり、そしてまた、泣きそうにもなっていた。
「な、ど、」
「君の独り立ちを促そうと思ったんだが、まさか半日と経たず見つかるとはな」
「……独り、立ち……? 何言ってるんですか?!」
混乱したシャルプに揺さぶられ、視界がガクガクと揺れる。
「……あのな、」
「ひ、独り立ち、独り立ちって! なんで?!」
「シャル──」
「ボクはあなたの弟子です! あなたと居るんです! 独り立ちしても一緒なんです、ずっと!!」
(それは、師弟とは言わないよ)
シャルプが自分へ向けるのは、執着心だ。ギニスタはそう、分析した。
執着心は十五年で肥大化し、今や絡まり解けない糸玉のようになりながら、自身の精神にへばりついている。
「ねえ師匠!」
「シャルプ!!!」
びくりと肩を震わせて、シャルプの手が止まる。そこに自分の手を添えて、ギニスタはゆっくりと言葉を発した。
「……ここから、助け出そうとしてくれた事には、感謝する。だが」
重々しい口調と厳格な表情に、シャルプの喉がこくりと鳴った。
「そこまでで、聞きたい事がある。アタシが出て行った後、君はどうやってここまで来た?」
「……ぇ、えっと」
シャルプもゆっくりと、そしてどこか恐々と答える。
「……山を出て、すぐに師匠を探しに行こうとしたんです。あなたを見つけたら、一緒にどこかへ行こうとも思ってました。だって、師匠にとってあそこは、あまり良い所ではないと思ったから……」
表情を変えず、ギニスタは続きを促す。
「……けど、……彼らが行かないでと、戻ってくれと言うから『じゃあ師匠を探すのを手伝って、何か貢献したら考えても言いよ』って……」
だんだんと、その二色の瞳が揺らぎ始める。
心許ないようなカオになり、その声も細くなってゆく。
「力は補助するからって……それで、師匠を探して……ここまで……騒ぎになると面倒だから、上にいた元気そうなヤツらは全員眠らせましたけど……」
「なるほどな」
ギニスタは頷いて、シャルプをまっすぐに見る。
「すると、管理者という立場を置いてきたんだな?」
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