魔法使いの弟子になりたい

山法師

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第二章 師匠と弟子

9 主

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「調子どう?」

 老いた大木、この山のあるじの幹に手を当て、シャルプは軽く問いかける。

「……そんな変わんないかぁ」

 【真の者】であるシャルプは、この山に初めに魔法をかけた【真の魔法使い】と同格の力を持っている。
 それはその魔法を完璧に引き継げる事も意味し、昔の【真の者】によって山の主となった老木と、こういった意志の疎通も可能になる。

「ごめん、師匠はもうちょっとしてから連れてきたいんだ。ボクがまだ、なんとなく……」

 その先を言いよどむ。
 この場所は、清らかな場所だ。山の生命が集まり流れ出てくる、管理の縁よりも気にかけるべき場所。
 それに、シャルプ自身が逃げ込み助けられた場所でもある。
 呪具の中で死にかけたシャルプは、半ば無意識に強く願った。『魔法使いに会いたい』と。
 それによって引き出された力で空間を飛び越え、この老木の枝先に引っかかった。強い魔力を辿り、着いたのがここだった。
 そしてギニスタにも出会ったのだ。
 ──しかし。
 シャルプには、今まだ『ギニスタが死にかけた場所』という思いが残っていた。

「君のせいじゃないのにね。ごめん、ボクがなんか、まだ……怖くて」

 あのひとを失いそうで、怖くて。
 あの日の、ギニスタが大木に手を添え自身を粒子に変えていく光景。それからの、ギニスタを【蘇生】する作業の記憶は、シャルプの中に強く結びつけられて残っている。
 留めた魂がいつ消えてしまうか、もしかしたら自分が消してしまうかも。

(これまでの【管理者の情報】に、そんなものなかったんだもの)

 今までの管理者は誰も、蘇生そんなことはやっていなかった。
 管理者を継いだばかりの、四つの子供が初めて行う試み。失敗したら、自分がギニスタを殺してしまったも同然で。
 それを孤独に、揺らめく魂を隣に、十五年。

「……本当に、成功して良かった……」

 その瞳が潤み、口がひしゃげる。
 その頭上で光と陰を作る煌めく大木の、その枝葉が気遣うように揺れた。

「ありがと。君も優しいんだよなあ」

 その根元に座り込み、シャルプは僅かに口を尖らせる。

「なのにね、他の者達は師匠を悪く言うんだよ」

 死に損ない。
 非力な足手まとい。
 真の者の手を煩わせる。

「そんでそれを受け入れちゃうんだよ……師匠は……」

 はあぁ、と息を吐いて、立てた膝に額をつける。

「とても優しいひとだから……」

 自分を助けてくれた時もそう。
 己の事など二の次で、どこの誰とも分からない子供の命を繋ぎ、「帰すから、家を教えろ」とまで。

(覚えてなかったけど。でも、覚えてても言わなかった。多分)

 魔法使いにもなりたかったけれど、あのひとの傍にいたかった。美しく、優しく、温かなあのひとギニスタの傍に。

「けど分かってくれないんだぁ……ボクの言ってる事……」

 輝く枝葉がさわさわと応える。それにシャルプは苦笑を返した。

「うん……言い方があれなのは、そうなんだけど……」

 なんというか、照れくささがある。
 それに、それを踏まえても、それなりにまっすぐ伝えているつもりではある。

「周りもさぁ、師匠の事認めないしさぁ……」

 今まで立派に、それこそ他の【仮の管理者】よりしっかり仕事をしていたのに。

「力が弱くなったとかいうなら、皆で助け合えば良かったのに」

 嵐の時も、山火事の時も、調査隊とかいう人間の集団がやってきた時だって。

「ぜぇんぶ師匠だけに任せるんだもの」

 ハァァ、と少し重めの溜め息を吐く。
 それを聞いていた幹の光が、流れるように揺らめいた。

「ああ、君のせいじゃないよ。君はここにいる事が大事なんだもの」

 言って、老いてもなお滑らかなその表皮を撫でる。

「なのに……その、ちょっと、ボクも浮かれてたのは自覚してるよ? けどさ」

 シャルプの相談、というより愚痴はその場に染み入っていく。
 おおきな老木も、静かにそれを聞いていた。

 ◇◇◇◇◇

「やるか」

 ギニスタはそう言って、戸棚からヤドリギを取り出した。
 管理者の仕事に使うからと常備していたそれは、やはりというか十五年経っても使える状態にあった。

(あの子は使わないだろうに。アタシが集めていたからと、質を保っていた……)

 その行いを想像し、チクリと胸が痛む。
 これからしようとしている事は、シャルプを悲しませるだろうから。

(しかし、もう他に思いつかない)

 ギニスタは、この山を下りようとしていた。
 それも、シャルプに気付かれないようにこっそりと。

(掬われた命を粗末にするようで、なんとも心苦しいが)

 だが、ある意味師匠らしい行動ではないか、とも考える。
 もう教える事はないと行方をくらまし、残された弟子は自らの力で一人前となる。

(いや、もう一人前な筈なんだが)

 真の者であり、現管理者であるからして。
 頭の中でぶつぶつと、そんな事を考えながらギニスタの手が動く。
 取り出したヤドリギを組み合わせ、頭が通るくらいの輪を作る。自分のハンモックに乗って、それを首にかけ、ヤドリギに魔力を巡らせると──

「……ふぅ」

 ヤドリギは溶けるように消え、代わりにもう一人のギニスタが現れた。
 瞼を閉じたその子供は、ギニスタにしなだれかかるようにして動かない。これは【ダミー】であり、生きているように見えるただの幻だ。

「……アタシって、こんな顔だったか?」

 【ダミー】は、ギニスタが管理者時代に作り出した魔法だった。一人で手いっぱいだった当時、自分がもう一人いればと思っての事だった。

(しかし、生き物じゃないからな。動かすのも一苦労だ)

 そもそも思念が生まれなかった。魔力を巡らせ動かす事は出来たが、それは並列思考をするような、神経をすり減らすものだった。

(それが、こんなところで役立つとは)

 ギニスタはダミーをハンモックになんとか寝かせ、また自分もそこから降りる。
 そして、今ある体内魔力をありったけ、そのダミーに移した。これで、ギニスタの気配はダミーに移動する。

(ここまですんなり操作できるのも、この身体のおかげか)

 力が戻ってくるのも、そもそも消えかけた魂が定着したのも、シャルプの作った身体だから。ギニスタはそう考える。
 姿こそ以前のギニスタのものでないが、その性質は殆ど変わらない。そのように組み上げたと、シャルプ自身から聞いていた。

「……よし」

 小さく呟く。
 準備は整った。後は山を下りるだけだ。

 ◇◇◇◇◇

(誰かに何かしら言われるかと思ったが)

 一人山を下りつつ、ギニスタは辺りを見回す。
 動物達や妖精が、そこかしこから視線を投げてくる。しかし誰も声をかけてこない。
 彼らはとても静かに、見守るというより観察するようにギニスタの行動を追っていた。

(早く居なくなって欲しい、という事か)

 シャルプは今、主の元にいる。なのにギニスタは家から出ている。
 その上いつもは着ない上着を羽織り、どう見ても人里に向かっているとなれば、何をしているかすぐ推測が立つ、という訳だろう。

(まあ、動きやすくて良いか)

 ダミーに魔力を殆ど移した事で、歩いて下山したギニスタ。

(なるべく早く行きたいんだが、これはどうにもならん)

 そのまま歩けるだけ遠くへ、と思っていた。
 しかし、以前より寂れた気のする街を抜けたところで。

(まあ、そんな気はしていたが)

 奴隷狩りに遭った。


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