魔法使いの弟子になりたい

山法師

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第二章 師匠と弟子

6 妖精

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 ギニスタが目覚めてから、十日あまりというある日。

「……なあ、シャルプ」
「はい師匠」
「……」

 絶対に自分を師匠と呼ぶシャルプに、

「それ、どうにかならないか?」
「それ?」
「アタシが師匠である必要はないと思うんだ。やっぱり」

 ギニスタはなんとか説得を試みていた。

「そんな事ないです!」
「でもな。アタシは君に、何も教えられていない」

 テーブルに着いていたギニスタは腕を組み、対面のシャルプも同じ様にする。

「そんな事ないんですってば! ……この前の“使役獣”だって」

 もごもごと、少し喋りにくそうにその口が動く。

「ボクは、……師匠が言わなきゃそのままにしてただろうし……翼折っちゃったし……」
「ぁー……それは」

 そうだが、そもそも自分が居なければ始めの問題も起こらなかったのではと、ギニスタにはそんな思いもある。

「だが、その後はしっかりしていたじゃないか」

 言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「アタシは戻れと言っただけだが、あの大鷲にこの山を餌場とするなと教え、しっかり治癒を施してから空へ帰した。周りも宥めて山の流れを淀ませなかった」

 他の仕事も、初手以外はどれも見事なものだった。

「だから、アタシがお前に教えられる事など──」

 ギニスタはそこで話を止め、窓を見やった。
 シャルプはそれを静かに見つめる。

「シャルプ」
「はい師匠」
「だからそれは……いやいい。今、何かあったな?」

 窓を見つめたまま確信したように言うギニスタに、シャルプはほんの少し肩を竦めた。

「はい。あいつらがはっちゃけたみたいです」

 あいつらとは、山の者達ようせいの事。
 なんという呼び方だと思いつつ、ギニスタはシャルプに向き直る。

「彼らに何かあった……なら、早く」
「…………はぁい…………」

 肩を落とし、それはそれは緩慢な動作で椅子から立ち上がるシャルプ。

(なんでそんなにやる気が出ない……)

 管理者であれば、常時意識の何割かは山へ向いてる筈なのに。
 これも真の者故だろうかと、ギニスタは内心首を捻りながら急かす。

「ほら頑張れ。何かあってからじゃ遅い」
「……あんなやつら、」
「シャルプ!」

 続きは言わせまいと声を上げる。
 いつもより険しい眼差しに、流石にシャルプも口を閉じた。

「早く」
「……はい……」

 やっとドアノブに手をかけたシャルプは、そこでギニスタに向き直り。

「……行ってきます」
「あぁ」
「……行ってきます!」
「?! あ、行ってらっしゃい……」

 それにはにかんで、出て行った。

「…………大丈夫なのか……?」

 ◇◇◇◇◇

〈ああ! 真の者!〉

 隣の山との境にシャルプが到着すると、涙目の妖精達が集まってきた。

〈助けて!〉
〈助けてくれ!〉
〈消えてしまう!〉
「はい大丈夫だから」

 そう言いつつ視線を妖精達から外し、境の外・・・へ向ける。

 そこには、

〈あ、ぅ……! アァッ!〉

 下草に埋もれそうになりながら苦しげに喘ぐ、一体の妖精。

(なんで出ちゃうかなぁ)

 今までも同じ事があったのにと、呆れ混じりに頭を振る。
 妖精は、主の山と共に在る。主の生命の流れ、その管理の外側では存在を保てない。

「ほら、戻るよ」

 なのに、勢いあまって管理外に出てしまう事がある。そういったものは大抵、妖精として形を取ったばかりのものだ。

(また生まれたてのヤツかぁ)

 自分と周りの認識が朧な事で起こる事故。今回も例に漏れずそれだった。
 シャルプは境を躊躇い無く越え、身体が半分以上消えている妖精を抱えた。

〈あ……ま、ことっ……の……!〉

 そしてすぐさまその身体を戻し、山に戻る。
 存在が安定した妖精は、ほぅ、と息を吐く仕草をし、

〈あぁ、ああ! 真の者よ!〉
〈ありがとう!〉
〈ありがとう!!〉

 その周りを同じ存在である妖精達かれらが取り囲む。

「うんどういたしまして。もう大丈夫──」
〈流石は真の者!〉

 シャルプの言葉を遮って、抑えきれないといった声が響く。

〈やはり真の者が居ればこそ!〉
〈この場所は安泰なのだ!〉
〈今までの者達とは比べものにならない!〉
「……」

 その言葉に少し冷ややかな目をするシャルプだが、彼らは気にせず口を動かす。

〈これまで、何もせずとも消える事すらあったのに!〉
〈真の者のおかげでそのような事は無くなった!〉
〈今までの管理者はどれも、……〉

 そこまで迷い無く紡がれていた言葉が、止まる。

「どれも?」

 シャルプが、底冷えのする笑みを浮かべていた。

「どれも? なに?」
〈……い、や……まことの……〉

 彼らは竦み上がり、惑うように互いを見る。
 誰が言ったかは問題にならない。彼らは互いに同一なのだ。

「……ねえ。ボクが来るまで、ここを管理まわしていたのは誰?」

 シャルプからが零れ出る。

「そのひとを侮辱するなと、ボクは何度も言ったよね?」

 その力は少しずつ強く大きくなり、辺りを揺らめかせ。

「なのに、ねえ?」

 山の流れと引き合い、混ざり合い、透明な不協和音を響かせる。

「君達はいつまで、そんな風に言うのかな?」

 辺り一帯にかかる重圧は、妖精達に容赦なく降りかかった。
 動けなくなった彼らから、焦りと悲壮感が漂う。

「ねえ?」
「何がどうしたんだ?!」
「っえ」

 そこに響いた声にシャルプは目を瞬き、妖精達はびくりと震えた。

「凄い圧を感じたが、何かが侵入したか?!」
「師匠?!」
(なんでここ、いつの間に?!)

 さっきまで、気配はとても遠かったのに。
 ギニスタは辺りを見回して、

「……何があったんだ?」

 驚くシャルプと妖精達に、固い声で問いかけた。

「あ、えぇと。彼らのひとりが外に出てしまって……」

 シャルプは言いながら、妖精達へと目を向ける。彼らは一塊になって自分達から距離を取り、また顔を見合わせていた。

「……ああ、なるほど。生まれたばかりの」
「そうです」

 シャルプの言葉に、ギニスタが納得したように頷く。
 ギニスタも何度もそれを助けたと、シャルプは植え付けられた【情報】から得ている。

(……そう、何度も危ういところを救われているのに)

 妖精達かれらは師匠を傷つけようとする。そう思い返し、僅かながら怒りが戻ってきたシャルプは、

「で、無事助けられたんだろ? お疲れ様」

 その言葉と、柔らかな声と、足に添えられた小さな手に、

「……ぃぇ……」

 たちまちその牙を引っ込めさせられてしまう。

「……だが、それなら彼らのあの怯えようは……?」
「あー……」

 眉を寄せたギニスタに、なんと言おうか迷う。素直に言えば、またこのひとを傷つけかねないと。
 しかしその反応で、ギニスタは察しがついたようだった。

「あぁ、うん……まあ、何事もなかったようでなによりだ」

 そう言って苦笑する。

「んぐぅ」

 シャルプの口から、言葉にならない呻きが漏れる。そしてそのまましゃがみ込む。

「はっ? どうした?!」
「……いえ」

 どうしてそう、自分の事を二の次のように扱うのか。

「……師匠は、もっと……あれ?」

 はた、と顔を上げると、少し狼狽えた水色の瞳と目があった。

「なっ、なんだ、どこか怪我でもしてたのか」
「いえ、どうしてここにって」

 思って、と続けると、ギニスタの動きが一瞬止まり、

「あっ、や、……少々心配になってな」

 そう言いながら、赤と銀の混じるその毛先を指に巻き付ける。

「なんとも気怠そうだったから……ついて行ったんだよ……悪い」

 ばつが悪そうな表情をされ、シャルプもそれ以上聞くのは止めにした。

「……そうでしたか。……じゃ、終わったし、帰りましょう!」
「えっ、わぁっ!」

 立ち上がると同時に抱き上げられたギニスタは、驚きに目を瞬かせた。
 そして後方の妖精達と視線がぶつかる。

「……」

 彼らは何も言ってこない。しかし、その顔は険悪そのもので、ギニスタを敵のように睨みつけてくる。

「……なぁ、彼らは良いのか」
「え? はい。もう終わりましたし」

 横の顔に囁き声でそう聞けば、あっけらかんとした返答が返される。

「そうか……」

 この場に自分がいても、問題は解決しない。
 ギニスタもそう考え、シャルプの言葉に従う事にした。

(しかし、このままでは……)

 歩き出したシャルプに、咄嗟に手を伸ばす妖精達。しかし結局、彼らがこちらに来る事はなかった。

(マズいな、相当に)

 やはり妖精達かれら管理者シャルプの絆が、解けかけているのではないか。それもシャルプ側から、しかも自分のせいで。

(主との絆と同じく、彼らとの絆も大切なもの。なんとかしなければ……)

 シャルプに抱えられ揺れながら、ギニスタはそんな事を思った。
 

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