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第二章 師匠と弟子
3 癒しの薬-1
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シャルプは元々、近くの人里──人が言う『領地』の、その領主の子供だ。
そして実の親である領主の、彼の用いる呪具からその情報を読み取った際、ギニスタは非常に不愉快な気分にさせられた。
幼気な子供を、己の利のために殺そうとするとは、と。
◇◇◇◇◇
「ここです」
「……これは、だいぶ酷いな」
空中に浮かんだシャルプに抱き上げられた状態で、ギニスタは谷間の土地を見下ろす。
抱えて移動すると言われた時は抵抗があったが、今はそれより目の前のものに意識がいった。
緑溢れるそこは、一見変わらずにあるように見える。しかし、草木は立ち枯れ土は汚され、そこは荒れ地と化していた。
「……」
その辺りには生物も妖精もいない。遠くから不安そうに揺らめく彼らを視界に捉え、ギニスタの眉根が寄った。
「なんか、遠くの方で戦争があったっぽいんですよね」
軽い口調のシャルプは、高度を少しずつ下げていく。
(戦争……飽きもせず……)
それを聞くギニスタの眉間の皺が深くなる。
「それほど大きかったり長かったりは……してない、みたいなんですけど……」
枯れ草枯れ木の大地の真ん中に降り立ち、
「その“流れ”がここに来ちゃった、らしくて。吹き溜まりに……」
説明しつつ、シャルプの視線は上方へ彷徨う。
(なんで気付かなかったって……怒られるかな……?)
ギニスタが静かになった事で、ここに来て、そんな考えが脳裏をよぎった。
前々から、何か“良くないもの”がこの辺りに流れ込んでいたのは認識していた。しかし、まだ大丈夫だろうとも思っていた。
ギニスタの【蘇生】の大詰めで、そちらに集中していたのもある。肉体に魂を染み込ませ、それが定着するまで一瞬たりとも気は抜けなかった。
『……?』
開いた瞼から薄く覗く、水色の瞳が自分を捉え。
安堵し、有頂天になり、気付いたらここまで進行していた。
「シャルプ」
「ぃっ、はい」
「下ろしてくれ」
「あっはい……」
言われるままに、そっとギニスタを地面に下ろす。
ギニスタは地面に手をついてしゃがみ込み、目を閉じて意識を集中させる。
(……。意図的なものでないからか。あの時より生命力自体は削られてない……)
以前の、畑に蒔くだの何だのでごっそり持って行かれた時より、傷は浅い。けれど傷は傷だ。
あの時は肉を引き千切られるようなものだったが、今回は異物──毒物での壊死。その数歩手前。
(思ったより読めるものだな。この残り滓、どこまで保つか)
立ち上がり、掌の土埃を落とす。
「師匠……?」
「【癒しの薬】で一度全体を鎮め、ある程度期間をかけて治していくのか?」
「えっ」
「?」
意表を突かれた。そんな顔のシャルプへ、ギニスタは首を傾げた。
「ぁいやっと、えーと。薬はこう、呼び水みたいにして……ボクの力でそのまま押し流しちゃおうかなぁ、とか」
「は」
それに水色が瞬くが、見上げた先の口は事も無げに続ける。
「それで、流しきってから元の力を満たそうかなって」
「……それを、今から?」
「? はい」
「やりきるのか?」
「はい」
絶句したギニスタは、ややあって思い直す。
(ああ、そうだ。この子は真の者なのだから)
それくらい出来て当たり前なのだ。
(仮の者にはそこまでの力は無い……特にアタシは弱かった)
だから道具やらにも頼ったのだ。
文字通りに、規格が違う。
「そうか……アタシは、見てればいいか?」
「! はい! お願いします!」
姿勢を正した自称『弟子』は、緊張した面持ちになり、
「……じゃ、……いきます……」
「うん」
どこか遠くを見るように、ギニスタはそれを眺めた。
「……」
空間に仕舞われていた【癒しの薬】が中空に、シャルプの前に湧き出てくる。
流動性を持つそれは渦を巻き、様々な形を成す。
そして一際高く、一直線に伸びたかと思うと、
「──!」
一瞬にして空間に溶け、目に見えないほどの粒子となって地面に染み渡った。
(精密な操作を、脳内だけで)
腕を振りもしないシャルプを見て、ギニスタはまた力の差を思い知る。
(本当に見ているだけだな………)
深層まで一気に浸透させ、自身の力も流れ込ませる。言っていた通りに“淀んだもの”を押し流していく。
もう少し丁寧でも、しかし手際はいい。
そう思って噤んでいた口から、無意識に声が漏れた。
「ぁ」
そして実の親である領主の、彼の用いる呪具からその情報を読み取った際、ギニスタは非常に不愉快な気分にさせられた。
幼気な子供を、己の利のために殺そうとするとは、と。
◇◇◇◇◇
「ここです」
「……これは、だいぶ酷いな」
空中に浮かんだシャルプに抱き上げられた状態で、ギニスタは谷間の土地を見下ろす。
抱えて移動すると言われた時は抵抗があったが、今はそれより目の前のものに意識がいった。
緑溢れるそこは、一見変わらずにあるように見える。しかし、草木は立ち枯れ土は汚され、そこは荒れ地と化していた。
「……」
その辺りには生物も妖精もいない。遠くから不安そうに揺らめく彼らを視界に捉え、ギニスタの眉根が寄った。
「なんか、遠くの方で戦争があったっぽいんですよね」
軽い口調のシャルプは、高度を少しずつ下げていく。
(戦争……飽きもせず……)
それを聞くギニスタの眉間の皺が深くなる。
「それほど大きかったり長かったりは……してない、みたいなんですけど……」
枯れ草枯れ木の大地の真ん中に降り立ち、
「その“流れ”がここに来ちゃった、らしくて。吹き溜まりに……」
説明しつつ、シャルプの視線は上方へ彷徨う。
(なんで気付かなかったって……怒られるかな……?)
ギニスタが静かになった事で、ここに来て、そんな考えが脳裏をよぎった。
前々から、何か“良くないもの”がこの辺りに流れ込んでいたのは認識していた。しかし、まだ大丈夫だろうとも思っていた。
ギニスタの【蘇生】の大詰めで、そちらに集中していたのもある。肉体に魂を染み込ませ、それが定着するまで一瞬たりとも気は抜けなかった。
『……?』
開いた瞼から薄く覗く、水色の瞳が自分を捉え。
安堵し、有頂天になり、気付いたらここまで進行していた。
「シャルプ」
「ぃっ、はい」
「下ろしてくれ」
「あっはい……」
言われるままに、そっとギニスタを地面に下ろす。
ギニスタは地面に手をついてしゃがみ込み、目を閉じて意識を集中させる。
(……。意図的なものでないからか。あの時より生命力自体は削られてない……)
以前の、畑に蒔くだの何だのでごっそり持って行かれた時より、傷は浅い。けれど傷は傷だ。
あの時は肉を引き千切られるようなものだったが、今回は異物──毒物での壊死。その数歩手前。
(思ったより読めるものだな。この残り滓、どこまで保つか)
立ち上がり、掌の土埃を落とす。
「師匠……?」
「【癒しの薬】で一度全体を鎮め、ある程度期間をかけて治していくのか?」
「えっ」
「?」
意表を突かれた。そんな顔のシャルプへ、ギニスタは首を傾げた。
「ぁいやっと、えーと。薬はこう、呼び水みたいにして……ボクの力でそのまま押し流しちゃおうかなぁ、とか」
「は」
それに水色が瞬くが、見上げた先の口は事も無げに続ける。
「それで、流しきってから元の力を満たそうかなって」
「……それを、今から?」
「? はい」
「やりきるのか?」
「はい」
絶句したギニスタは、ややあって思い直す。
(ああ、そうだ。この子は真の者なのだから)
それくらい出来て当たり前なのだ。
(仮の者にはそこまでの力は無い……特にアタシは弱かった)
だから道具やらにも頼ったのだ。
文字通りに、規格が違う。
「そうか……アタシは、見てればいいか?」
「! はい! お願いします!」
姿勢を正した自称『弟子』は、緊張した面持ちになり、
「……じゃ、……いきます……」
「うん」
どこか遠くを見るように、ギニスタはそれを眺めた。
「……」
空間に仕舞われていた【癒しの薬】が中空に、シャルプの前に湧き出てくる。
流動性を持つそれは渦を巻き、様々な形を成す。
そして一際高く、一直線に伸びたかと思うと、
「──!」
一瞬にして空間に溶け、目に見えないほどの粒子となって地面に染み渡った。
(精密な操作を、脳内だけで)
腕を振りもしないシャルプを見て、ギニスタはまた力の差を思い知る。
(本当に見ているだけだな………)
深層まで一気に浸透させ、自身の力も流れ込ませる。言っていた通りに“淀んだもの”を押し流していく。
もう少し丁寧でも、しかし手際はいい。
そう思って噤んでいた口から、無意識に声が漏れた。
「ぁ」
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