赤ずきんはオオカミを救いたいし狙ってるし結婚したい【第三章了◆第四章準備中】

山法師

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第二章 奴隷文化と身の危険

1 『ワーウルフ』を恐れる人々

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 山を下りて早々、問題が発生しました。

「わ、ワーウルフ?!」
「逃げろ! 食われるぞ! 女子供を隠せ!」
「ああ! そこの神父様! お助けください!」

 ミーティオルは黙ったままで、私はミーティオルの手を握って、ミーティオルを光らせる。
 キリナが、ミーティオルは聖獣だと周りに言っても、誰も信じてくれなくて。

「貴方がたの力を、あの『聖獣』にぶつけてください」

 騒ぎを聞きつけてやってきた、街の警護兵たちと神父たちに、身分証だという金属プレートを見せたあと、キリナが言う。

「っ……」

 一人の警護兵の、神の加護が付与されてるっていう剣は、ミーティオルに届かず。

「……本当に、弾かれた……」

 そしてまた一人の神父の、神の加護付与拳銃の銃弾も、弾かれた。

「はい。信じてもらえましたか? 彼には敵意もなく、聖獣で、そこの聖女候補のお嬢さんとともに、大神殿に連れて行かなければならないんです。貴方がたの反応はもっともですが、だからこそ、僕らは先を急がないといけない。……まあ、日が暮れそうなので、教会に泊まるか、宿を紹介して貰えると、有り難いんですがね」

 警護兵たちと神父たちは、渋々と言った様子で、私たちを宿に連れて行った。

 ◇

「絶対これ、三ヶ月以上かかる。山から下りてもう……何回目? アレ。初日が四回なのは覚えてるけど」
 宿のベッドに座って、ぶーたれて言う。
「二十六ですね。ですから、言ったんです。奴隷の首輪でも嵌めるべきだと」
「それは嫌」

 キリナの疲れた声に、即答する。

「なんでそこまで嫌がるんですかね。奴隷も見せかけですよ。説明しましたよね? 人にも魔獣にも、奴隷は居ると。犯罪奴隷でなく、側仕えの奴隷の首輪なら、ある程度の自由も効くと」
「聞いた。覚えてる。でも嫌。……見せかけでも、イヤ」

 私は言って、隣に座ってるミーティオルに抱きつく。
 奴隷。
 この世界にもあるんだっていうより、それを当たり前に受け入れてることに、驚く。
 地球でも、映画とかでしか見たことないけど、奴隷が当たり前の時代は、こんなんだったのかな……。

「ニナ」

 ミーティオルが、頭に手を乗せてくれる。

「ニナの気持ちは嬉しい。けど、このままじゃ、さっきニナが言った通りに、目的地まで時間がかかっちまう。当初の予定じゃ、もう次の街に着いてる筈だろ。……俺は、首輪、大丈夫だから」

 ミーティオルまで言う……。
 そりゃさ、七日も、最初の街で足止め食うとは思わなかったけど。でも、首輪……ミーティオルが奴隷……。

「ニナさん。このままだと、次の街に入れるかも怪しいですよ」
「なんで」
「ワー……ライカンスロープがこの街にいると、情報が回るでしょうからね。その情報の中に、ライカンスロープが聖獣であるとあったとしても、それをどれだけ信じるか。この一週間、毎回毎回、証明をしているんですから、信じないで厳戒態勢を取られて、街に入ることを拒否される可能性は大いにあります」

 そんなにか。

「それに、街と街までの道中には、警護の人間や傭兵が居たとしても、教会が建っている場所は稀でしょう。問答無用で襲われる──まあ、あちらからすると、危険を排除、でしょうが。そうなる可能性もありますよ」

 そんなになのか。
 奴隷っていうだけで、そんなに周りの態度が変わるのか。
 ……気分、悪い。ムカムカしてくる。

「このまま、迎えを待ってるのは?」

 それなら時間がかかっても、少しは、ミーティオルの負担が減るんじゃないかって、思うんだけど。

「どうでしょうね……」

 隣のベッドに座ってるらしいキリナが、ため息を吐いた。

「手紙は、ダンデン……この国の大神殿と、教皇のいらっしゃるセラム・カーリナの正大神殿に、最速の便で送りましたが……そもそも、信じてもらえるかも分かりませんし、信じて、迎えを寄越してもらえるとしても、その場合、あなたは教皇の親類と認められている筈ですから、あちらも相応の準備をしてから迎えに来る筈です。素早い対応をしてくれるかも知れませんが、一、二年、待つ可能性も、出てきますよ」
「ならもう家に帰りたい……」
「だからそれは使命に……ハァ……まあ、今日は休みましょう。下から、夕食を買ってきます。ニナさんはともかく、ミーティオルさんが出てくるとまたややこしくなりますから、そのままでいて下さいね」

 キリナがそう言ったあと、立ち上がるような音がして、足音がして、扉が開いて閉まる音がした。

「ニナ」

 ミーティオルの、優しい声が降ってきて、私の頭を撫でてくれる。

「ニナは、奴隷、見たことないんだよな」
「……ない」

 この世界のは。

「ミーティオルは、あるんだよね……」
「まあな。ライカンスロープは基本、隠れ住んでるけど。俺は追放されたからな。食いもんを求めて彷徨ってる時、見たよ。犯罪奴隷はアレだが、側仕えの奴隷は、……まあ、主人にもよるが、大抵は良い扱いを受けてた」

 大抵……。

「それに、俺はニナの聖獣だしな。奴隷に扮しても、主人はニナだ。ニナは俺に、酷いことするか?」
「しない!」
「なら、大神殿に着くまで、ニナの側仕えにさせてくれないか?」
「……しなきゃ駄目……?」

 上を見れば、ミーティオルが困ったように微笑んでて。

「駄目っていうかな、ニナ、お前、奴隷も嫌がってるけど、この状況も嫌だって、思ってるだろ。俺を見た人間が逃げていって、兵や神父たちに囲まれて。ニナのおかげで光ってても、証明のために何回か攻撃される。首輪があるだけで、お前がそれを目にする機会はぐんと減る」

 ミーティオルは、私のために、言ってくれてる。……分かるよ、分かるけど……。

「……考えさせて……」

 顔を下に向けて、ミーティオルに回してる腕に、八歳児が出せる全力で、力を込めた。

 ◇

 入りますよ、と部屋に戻ってきたキリナは、ベッドにニナを寝かせているミーティオルを見て、

「また、気力を使い果たして寝ましたか。まあ、八歳ですし、その気持ちも分からないでもないですが」

 と、言った。

「人権だのなんだの、それらしい教育を受けていないのに、ニナさんはどこでその知識を手に入れたんでしょうね。赤子の頃の記憶でしょうかね」

 宿には着いた時に話を通していたため、宿の食堂から、それなりにスムーズに──相場以上のチップを払うことになったが──三人分の夕食を手に入れたキリナは、サイドテーブルにそれらを置く。

「そこも気になるが……お前も、苦労してるよな、キリナ」

 苦笑しながらのミーティオルの言葉に、

「苦労は得難い経験ですよ。それに、こんな前代未聞の事態、相手が僕じゃなきゃ、貴方がた、最初の時点で増援を呼ばれて、今頃どうなっていたか」
「真面目だな。ワーウルフを専門にしてんのに、そのワーウルフを守らないといけない立場になっちまって。けど、仕事だからって、それを放り投げずに、ここまでしてる」
「そっちこそどうなんですかね。あなたの仲間を大量に始末してきた実績がありますよ、僕には」

 キロリと睨むキリナに、ミーティオルは静かに言う。

「俺らも似たようなもんだ。里に感づいた人間は、即座に始末してきた。お前の手が汚れてんなら、俺の手も汚れてんだよ」
「……年下が、分かったふうに」
「四つ違いだろ。それほど離れてないと思うがな」
「……見解の相違ですね」

 キリナはベッドに座り、

「それで、どうするんです? ニナさんを起こしますか? 寝かせておきますか?」
「もう少し、このまま休ませたい。先に食べててくれ」

 ニナを寝かせたベッドの端に腰を下ろしたミーティオルの言葉に、

「なら、飲み物だけ、いただいてます」

 キリナは果実水が入った、木製のコップを取る。

「……なんだかんだ、良い奴だよな、お前」
「はい?」

 ミーティオルの言葉に、不愉快そうに眉をひそめたキリナへ、

「いや、飲み物だけってのがな。この前、先にお前だけ食べた時、起きたニナが残念そうしてたの、気にしてんのかなって」
「……」

 キリナは果実水を一口飲むと、

「ニナさんは聖女候補ですからね。気を遣うに値する存在です」


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