赤ずきんはオオカミを救いたいし狙ってるし結婚したい【第三章了◆第四章準備中】

山法師

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第一章 出逢いと旅立ち

5 聖獣……?

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「──……ナ、ニナ!」

 声が、聞こえる。大切なひとの声。

「ん……うん……?」
「ニナ! 目が覚めたか! 大丈夫か?!」

 目の前に、金の瞳のオオカミ……。

「っミーティオル! だっ!」
「いだっ!」

 うおお……痛い……勢いで起きようとして、ミーティオルの鼻とごっつんこしてしまった……。

「ごめん……ミーティオル……大丈夫……?」
「いや、お前、ニナこそ……」

 おでこを押さえながら聞けば、ミーティオルは顔を横に向けて、鼻を押さえて、でも安心したように、

「泣きつかれて寝たのかと思ったら、一向に起きないから……もしかしてこのまま起きないかと……」

 ふぅ、と息を吐いて、鼻から手を離し、ミーティオルがこっちを向く。

「でも、安心した。ちゃんと起きたから」

 本当に安心した、そんな顔をされて……されて……正気でいられると思いますか?!

「目が潰れる……!」
「えっ?! なんで?!」
「ミーティオルが眩しい……」
「俺が眩しい……??」

 ……あっ! 背中の傷!

「ミーティオル! 背中、背中見せて!」

 私を抱きかかえて座っていたミーティオルの腕から抜け出すと、その背中側に回る。バツ印は──

「無い……」

 綺麗さっぱり消えていて、毛並もさらりと、首から腰まで引き攣れもなく流れていた。

「無い……なくなってるよ……良かった……」

 背中を手で触って、皮膚の引き攣れが本当に跡形も無くなってるか確かめてると、

「に、ニナ……もう、そのくらいでいい……」
「あ、ごめん」

 触りすぎるのも失礼だもんね。

「……あの、さ。ミーティオル」
「なんだ?」

 ミーティオルの前に回って、体育座りして聞く。

「あの傷……どこで……? あ、言いたくないならいいよ!」
「──あれは、仲間だと思ってた奴らにやられた」

 ミーティオルが苦笑して言う。

「里──縄張りでな、ちょっとした諍いがあったんだ。俺は中立の立場だったんだが、中立だからこそか、双方から怒りを買ったらしい」

『お前が生贄だ』
『これで丸く収まる』

「ってんで、背中にバツ印──罪人の印をつけられて、里を放り出されて、……最終的に死にかけて、お前を……すまん」

 ミーティオルが頭を下げた。

「誰だって死にたくないもん。そこは気にしてない。ベーコンと魚とカニで事なきを得たし」
「だが……」

 そろりと上げられる顔は、不安が見て取れた。

「私はミーティオルに生きててほしい。それだけ。だから、なんの心配もいらない」

 ミーティオルの首に抱きついて、言う。

「どうしていつも、俺に生きてて欲しいって言うんだ」
「好きだから」

 最初はオオカミが好きだったから。でも、今は、ミーティオルが好きだから。

「ミーティオルが好き」
「……そっか」

 ミーティオルは私を抱き上げ、膝の上に横向きに乗せた。そして、抱え込むように、背中を撫でてくれる。
 ……まあ、八歳の言葉ですし? ガチ恋だとは思われてないでしょうね、確実に。いいもん。年を追う毎にガチだって思い知らせてやるもん。
 ……あれ、そういえば。

「ミーティオルって、何歳?」
「十五」
「じゅうご?!」
「うわっ?! っんだよびっくりさせんな」
「だ、だって、もっといってると思ってたから……。あれ? でも、ライカンスロープの十五って、人間の何歳?」
「ほぼ同じ換算なはずだ」

 ガチの十五……十五引く八で七……七歳差か……あ、でも、私が二十歳になったらミーティオルは二十七か。現代日本で考えると、そんなに変でもないかも……?

「ライカンスロープって、婚約とかするの?」
「え? ああ。するぞ。互いの毛で作った装飾品を渡して、身に付ける」

 互いの……私だったら髪の毛になるのかな。

「ちなみに、ミーティオルはどんなものを身に着けたいですか?」
「どんなもの……」

 と、横の方で「ん゛ん゛ん゛……ん゛?!」という声がした。キリナが起きたっぽい。
 チッ。話してる時に。
 キリナはすぐに縛られていることに気づき、次に私たちに気づき、嫌悪と警戒の表情を向けてきた。

「……なあ、キリナ」

 ミーティオルが口を開く。

「今後一切関わらないでくれないか。お前も、カーラナンも。それを約束してくれるなら、お前に何もしないで逃がす。どうだ?」

 キリナは余計睨んできた。

「どうする?」

 ミーティオルは私に聞いてくる。

「人殺しはしたくない。けどこいつを野放しにもできない。説得する」

 と、キイィィィン! と耳障りな音がして、ブチブチッ、とキリナの手と足を縛っていた蔓が千切れた。うそっ?! 取ってきたばっかの、太い野ぶどうの蔓だよ?!
 キリナは自由になった手で、ハンカチも外して、

「貴方がたに説得なんかされたくないですねぇ!」
「ニナ、俺の後ろに」
「駄目だよミーティオル死んじゃうよ!」
「今はもう、大丈夫だ。お前が印を消してくれたからな」
「何の話か知りませんが、武器をあれ一つだと思わないことですね!」

 立ち上がったキリナの手には、また大きな拳銃。
 それをこっちに向けて、キリナは引き金をすかさず引いた。

 カチン

「?!」

 なのに。

 カチン、カチン!

「な、なぜ反応しない?!」

 どうやら不発に終わったらしい。

「……ビビらせないでよ……」

 キリナはキッ! と私を睨む。

「……またあなたですか。聖女もどきさん」
「私なんにもしてないもん」
「ならなぜ! 神のご加護が何重にも付与され、悪を滅するまで弾切れのしないこの銃が、正常に作動しないのです」
「そんなの知らない。……ミーティオル何かした?」
「いや……」

 ミーティオルは私を膝から下ろすと、何かを考えている顔で、キリナに向かってく。

「ミーティオル?!」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないよ!」

 キリナが拳銃をミーティオルへ投げ飛ばす。

「ミーティオル! え?」

 拳銃が、ガキンって、弾かれた。

「っ!」

 目を見開いたキリナは、大ぶりのナイフを取り出して、素早くミーティオルと対峙する。そして、ミーティオルへ飛びかかった。

「クソッ!」「え?」

 だけど、その刃はミーティオルに到達する前に止まり、ミーティオルを傷つけない。キリナが何度斬りつけようとしても、ミーティオルにその刃は届かない。

「なあ、キリナ」
「名前を呼ばないでくれませんかね!」
「俺は今、力を使ってない。まあ、使っても、防げるもんでもないらしいが」

 その言葉に、キリナが悔しそうな顔をした。

「お前も、もう、気づいてんだろ」
「っ……!」

 キリナは顔を歪めて、ミーティオルから距離を取る。

「……なぜ」

 キリナは、あり得ないというように、

「なぜワーウルフが聖獣になっているんです?! 貴方がた、何をしたんですか!」

 そう叫んだ。……ワーウルフが、聖獣に?

「……そもそも、聖獣ってなんなの」
「あぁもういちいち面倒ですね! 聖獣というのは! 神の加護を賜り! 聖女を護る役目を天から任された生物です!」
「へー」
「それが! 異教徒であるワーウルフだなどと! あり得ない!」
「へー」
「へえじゃないんですよお嬢さん! これは一大事だ! あり得てはならないことだ!!」

 叫び終えたキリナは、肩で息をする。

「あり得ないあり得ないってうるさい。つまり、あなたが信仰する神様は、ミーティオルをあなたの……同僚? みたいなものだって決めたってことでしょ? 素直に認めたら?」

 この世界の神様が、どんな神様かは知らない。一人か複数かも知らない。でも、

「……神様。……たぶん、神様。聖女とか聖獣とか分からないけど、ミーティオルが傷つかないようにしてくれたのなら、ありがとうございます」

 そしたら、今度は私が光った。……はい?

「! ニナ!」

 ミーティオルが駆け寄ってきてくれる。

「あっ! 待ちなさい!」

 キリナは別にいらないんだけど。

「ニナ……! そんなにぽんぽん力を使うな! また倒れるかもしれない!」
「倒れる?! 聖女もどきさんは倒れたのですか?! 外傷は?! 精神は?!」
「あなたに心配されたくなぁい……」
「聖女の可能性がある子女を保護し、神殿に連れて行く。僕の仕事の一つです。嫌がってもどうしようもないんですよ」
「さっき拳銃向けてきたくせに」
「だからあれは悪にしか効果が無いので……いえ……もういいです……」

 キリナは大仰にため息を吐き、ドサリと座って、光が収まってきた私へまた顔を向けた。

「なんにしろ、親御さんに会わせてください。聖女候補になるだろうあなたを、神殿へ連れて行く話をしなければ」
「そんなとこ行きたくない」
「今より良い暮らしができますよ」
「今、幸せだもん」
「あなただけでなく、あなたの親御さんも良い暮らしができる、と言っているのです」
「だとしても、あなたについて行きたくない」
「では、別の者を派遣しましょう」

 ……。

「どうしてそこまでこだわるの? 私一人置いていったって、特に何も変わらないでしょ?」

 するとキリナは目を見開き、額に手を当て深くため息を吐き、

「これも教わってないのか……」
「なんの話」
「五百年戦争ですよ。ミーティオルとかいうあなた、あなたは流石に知っていますよね?」

 問われたミーティオルは、しゃがんだ状態のまま、

「五百年に一度、漆黒の闇が世界を包む。世界には悪が溢れ、人々は滅ぶ。ていう予言だろ」


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