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21 ありがとう

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 翌日の朝方、炎の塔に戻ってきたシェリーとユルロは、特にユルロは、

『これ確認してもらっていい?』
『ああ、ありがとう』

 仕事をしているリアナの横でニコニコとその仕事を手伝っているヴィエルカを見て、盛大にため息を吐いた。

「色々言いたいが……まずペナルティだ、バカ兄が」

 ユルロはヴィエルカを大隊長室の外──窓から空中──へ連れ出し、厳しい口調でそう言った。

「なーんだよー。俺頑張ってるよ? 無理やりとかしてないよ?」
「それ以前の話だろうが。取り決めを破ったら、半年禁止。以前に決めただろうが。それを破ったら更に半年だぞ」
「分かってます覚えてます。その半年の間に落とすんですー」
「逆手に取るな」

 ユルロは再びため息を吐き、髪をかき上げる。

「そもそもだ。なんで来た? ……本当に、あの言葉を真に受けたんじゃないだろうな」
「え? 他になんかある?」

 赤い瞳を瞬かせた兄を見て、

「この……頭より先に体が動くタイプのバカが……」
「中々な言い草だなオイ。その通りだけど」
「周りになんと言ってこっちに来た?」
「ちょっと口説いてくる」
「ハァ……」

 腕を組んで呆れ顔を向けるユルロに、

「なんだよ。お前も似たような状況だろ」

 ヴィエルカが不満そうに言う。

「……また見てたのか」
「見てはいない。リアナのために頑張ってたから。そうじゃなくてさ、お前の雰囲気だよ、ユアルカ」
「雰囲気?」

 僅かに首を傾げるユルロに、

「そうだよ? あの子を存在ごと欲してるだろ。その気配が読めないほど、お前のお兄様は無能じゃないぞ」
「……」
「俺、最低半年はこっちに居るんだし? 一緒に頑張ろうぜ?」
「……」

 笑顔で言うヴィエルカを見て、ユルロはまた、大きくため息を吐き、

「嫌な共同戦線だ……」

 呟くように言った。

 ◆

「え、短くとも半年はここに?」

 昨日の情報共有をしていたシェリーは、思わずといったふうに聞き返してしまう。

「ああ。そう言われたよ。口説く、が、どこまで本気かは知らないがな。だが、ヴィエアルカ殿のおかげで、仕事がとても捗っている」

 リアナは笑いながら言うが、恐らく完全に本気だろうなと、シェリーは思う。
 窓から見える、二人の様子からして。
 聖ジュールの最高神とされるティクリードケンリーは、

『あ、俺、ヴィエアルカ・ディーン・クスケッド・アラルケル=サエカルトルって名前だから』

 と、これまた神話とは全然違う名を名乗り、場を混乱させたらしい。
 そのおかげで今、というか、昨日から、悪魔の件と同時進行で、聖ジュールの本部では緊急会議が開かれているそうだ。

(まあ、気持ちは分かるわ)

 最高神とされる神からの、嘘偽りない情報は、聖典を根本からひっくり返すような内容で。
 宗教戦争とか起こらなきゃいいけど。シェリーはそんなことを思う。
 頭の片隅でそれらについてを考えながら情報共有を終えたシェリーは、最上位悪魔の報告書作成と通常業務に移り、仕事を片付けていく。
 トワニー皇国の話は、まだ最終決定こそなされていないが、従属国に近い存在になるという。バグウェル領についても、国が後ろ盾になりながら、ディック・バグウェルの遠縁にあたる人間が、辺境伯を引き継ぐ予定だ。

「シェリー、この書類、頼むよ」
「ええ、分かった。置いておいて」

 仕事を捌き、訓練をし、また書類作業に戻る。
 その近くには、ブローチ姿でないユルロが居る。隠す必要はなくなっただろうと、ユルロが言ってきて、こうなっている。
 リアナのそばにもヴィエアルカが居て、書類作業を手伝いながら──ユルロが言うにはある程度控えめに──リアナに愛の言葉を伝えている。リアナはそれを、軽くあしらいながら仕事をする。ヴィエアルカはとても残念そうにするけれど、すぐに、応えてくれたことを喜び、またその想いを伝える。

「……シェリー、俺も手伝っていいか、ユーケン大隊長に聞いていいだろうか」

 ユルロが渋い顔をして言ってきて、

「え、手伝う、……て、仕事を? さあ……まあ、聞いてみたら?」
「聞いてくる」

 ユルロはリアナのもとへ行き、本当に交渉を始めた。

「なに? 羨ましくなった?」
「うるさいバカ兄」

 そんな会話を挟みながら、交渉は成立。渡された書類を持って、ユルロはこちらへと戻ってきて、シェリーのそばに浮かび、仕事を始める。

「また……神が……また……ウチの仕事をし始めた……」
「これさ、給金の割り振り、どうなるんだ?」
「なあ、これマジ、他の隊になんて言われる?」

 仕事をしながらも戸惑いを抑えきれない隊員たちは、ぽろぽろと心の声をそのまま零す。
 聞こえているだろうに、ヴィエアルカは嬉しそうな顔のまま、ユルロは真剣な表情で、仕事を捌いていく。神だからなのかなんなのか、本当に、仕事を進めるのが早い。シェリーは感心してしまう。
 けれど、感心している場合ではない。考えなければならないことは、山のようにある。
 魔界の穴の蓋の強化についても。周りが言うように、二柱の神が炎の大隊に居ることについても。ユルロとの関係をどう説明するかだったり、甥と姪が無事に生まれるかどうかだって、心配だ。
 そして。

『シェリー、お前を愛してる』
『お前が死んだら、魂をそのまま連れ帰りたいくらいに愛してる。分かるか? この意味を理解できるか? お前を神界へ連れて行って、そのまま伴侶にしたいと、そういう意味だ分かったか? 分かったなら離れてくれ。言葉にしたせいで、今すぐにでも連れ帰りたくなった』

 腹をくくれと自分が言ったのだから、真剣に答えなければと、シェリーは思う。
 思うが、呪いのおかげで、恋愛経験など皆無の身だ。何をどう、真剣に考えれば良いのかすら分からない。
 母やクラリッサに、相談の手紙を書こうか。
 そう考え、考えた自分に驚き、自分から手紙を出しても良いのだと、怯えなくて良い状態なのだと、呪いなど気にせず生きていけるのだと、改めて、実感が湧いた。

(全部、本当、ユルロのおかげね)

 感慨深くそっちへ顔を向ければ、視線に気付いたらしいユルロと目が合った。

「ありがとう、ユルロ」

 笑顔で言えば、ユルロは目を瞬かせ、

「……急になんだ」

 怒ったような顔で言う。

「ああ、ごめんなさい。日頃の感謝よ、それだけ」
「……」

 ユルロは怒ったような表情のまま、シェリーに顔を寄せてきて、

「だから、そういう、無防備な笑顔を不意に向けるな」

 小声で言って、すぐさま元の位置に戻り、仕事を再開した。

「ユアルカずるいぞー。俺には制限かけてくるくせに」
「ただの注意喚起だ。それに、兄さんは制限を設けないと暴走するだろうが」
「そのとーりだけどさー」

 呆気に取られていたシェリーは、ハッとして仕事を再開する。
 この状況に慣れるのが先か、答えを見つけられるのが先か。
 余計に分からなくなった気もするが、今は仕事を片付けなければと、シェリーはペンを走らせた。

 fin
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