40 / 105
本編
38 夢の中身とチョコアイス
しおりを挟む
あー苦い。苦い苦い、血生臭い!
「何をそんなに勢い込んでやってんだ」
「てつのせいだよもお!」
「は?」
念入りに歯を磨いてこれでもかと口を濯いで。三回くらい繰り返して、やっと落ち着いた。
「……いや、もう一回やるか?」
「だからなんだってんだ」
四つ脚をだるそうに動かして私の後ろに回る。そして伸び上がるようにして肩に手を置かれた。というか寄りかかってるので、背中全面がもふっとする。
「あの、狭いんだけど」
コップを洗面台に置きながら、鏡に映るてつを見返す。大型犬に乗られる人は、こんな気分だろうか。
「で、どうした」
体勢を変える気は無いようなので、そのまま部屋に戻る。
「……また、あれ。同調だかでてつの夢を見たんだよ」
芽依が帰ってすぐ寝たから、別に寝不足じゃないけど。妙に鮮明な夢のおかげで、起き抜けの気分は悪い。
「人助けは良いとして、でっかい猿の首噛み切った時の味と匂いと食感……う゛ぇ」
「……俺が思い出すもんと別に、お前は何を視てるんだ?」
てつは肩から手を離し、一瞬で人型に。ベッドの脇で胡座になった。
「こっちが聞きたい」
「で、どんなだってんだ?」
知らぬ匂い、知らぬ足音、知らぬ気配。
まだ遠いが、妙に目立つ。
「まぁた弱そうなもんが」
どいつもこいつも飽きもせず、そんなに俺を苛つかせてぇか。
「……」
ふわっふわっした動きにとぼけた気だ。……ああ、いや。こいつは珍しい。
「人か」
だからなんだって話だが。こりゃあ、何もせずとも勝手に死にそう──
「はあ? おい……チッ」
駆け出す。
あのなよっちい奴、やっと気付いたか。あーあーそんな簡単に頭掴まれやがって。
「────、──っ!」
細い悲鳴。潰される前に、頭にかかったその無駄にでかい腕をもぎ取る。
「っぐぅ」
その拍子に手から外れ、人間は蛙が潰れたみてえな声をさせて吹っ飛んだ。
……死んじゃあいねえし、いいだろう。
「久し振りだなぁ?」
片腕になった猿野郎に、向き直る。
「……ひっ?」
今俺に気付いたってか? てめえの目の前から来たんだぞ?
「言ったよな? もう現れねえんなら、命は取らねえ」
もいだ腕は放る。こいつの肉は、不味くて喰えたもんじゃねえ。
「また来るってんなら、そん時ゃ殺す」
「あっ……え、あ……」
朱の噴き出す自分の肩と、俺とを見比べて、そいつは一歩引いた。
「ほお? ちゃんと二本に戻ってんじゃねえか。その足でどっか行きゃあ良かったのによ」
どいつから取ったんだか水掻きついて、細っせえな。右の太さと合わねえだろう。
「ぁ、ァああ゛!!」
「あ?」
逃げた。
「……はあ……」
ちょいと跳んで、首を噛み千切る。勢い余って肩まで裂けた。
「ゥヴぉェッ……苦っ……」
口の中のものを吐き出す。と、後ろの気が揺れた。
「ぅ……」
吹っ飛んだ人間は緩慢な動作で起き上がり、辺りを見回す。そんで俺と目があった。
「おう、気付いたか」
「っうわあっ?! っづう?!」
驚いて仰け反って、後ろの木に頭を打ちつける。
「いっだあ……」
「……で、お前、動けるか」
「……へ……?」
近付いて問いかける俺に、顔を上げる。乱れた長い髪の間から覗く目は、痛みか恐怖か、水か張っていた。
「ここは俺の山だ。どっから来たか知らねえが、とっとと……聞いてんのか」
きょろきょろきょろきょろしやがって。
「あっいえ! ……もしや、助けて下さったのですか」
「はぁん?」
「先ほど、何者かに頭を掴まれまして、そのままぎりぎりと締めてくるものですから「あーこれ死ぬなー」と思っていたのですが」
そいつは細くて白い指で、俺の後ろを示す。
「あの者がそうですよね? という事は、僕はあなたに助けて頂いたのかと」
「……てめえを助けた訳じゃあねえ。あいつを殺った結果そうなっただけだ」
「なるほど。という事はやっぱり、僕が助かったのはあなたのおかげという事ですね!」
そいつは何度も大きく頷いて、素早く姿勢を正すと頭を下げた。
「ありがとうございます!」
なんか面倒くせぇぞコイツ。
「……」
「……あの……」
少し耳を反らし、眉間に皺が寄るてつ。なんだか身構えてしまって、問いかけの声が小さくなる。
「……知らねえ、覚えがねえ」
今度は耳がしょげ、それでいて牙を向く。膝に置いた手の指を、とんとんとんとん……。
あーえー、困惑してる?
「前のさ、人が出て来た夢の話、覚えてる?」
これが単なる私の妄想だったら、こんな考えなくていいんだけど。そんな訳もなく。
「あ?」
「てつの名前を藍鉄ってつけた人の。今日視た、てつが助けた人、その人だと思う」
てつの目が、まん丸になった。
「……ああ、ああそうだ。そんな話もあった……」
「忘れてた?」
「わす……いや、ああ?」
おおおお、こんがらがった感じが見て取れる。てつは首を捻って頭を振って、耳を掻いて足を組み直す。
「前より良く視えたんだけど……戻った記憶の方には、無い感じで……?」
一頻りこんがらがって気が抜けたのか、てつは溜め息を吐いた。
「ねえな、さっぱりだ」
「……あの人、長いまっすぐな黒髪の、あれは、袴? と──」
「今は良い」
「ア、ハイ」
若干重めに言われた。具体的にイメージ出来れば、何か思い出せるかと思ったんだけど。
「一応言うが、俺が殺った奴の話もいらねえぞ」
「は、ああ! 逆に思い出しちゃったよ! ……おぅぶっ……」
無いはずの生暖かさが口内に広がる。
「ぐ……やっぱり、もう一回みがく……」
「……おぉ……?」
ちょっと、呆れた声出さないでくれます?
「で、今もいるの?」
「いるの」
講義が終わり、周りが騒がしくなる。ものを仕舞いながら芽依が、声を潜めて聞いてきた。
「……問題、ないんだよね?」
そして軽く首を傾ける。と、今日は下ろしてるゆる巻きの髪が、ふわりと揺れた。
「うん、大丈夫。ただ……」
「ただ?」
左側、芽依の方へ体を向けながら、
「食費が心配になりそう……」
朝ご飯の光景を思い出し、私は少し黄昏た。食べられるようになったからと、一応二人分用意したんだけど。
「いっぱい、食べるの?」
「いっぱい食べるの。それはもう気持ちの良い食べっぷりで」
朝ご飯は綺麗に……食べ方は置いといて綺麗に全部食べて。そして足りないと、あるだけ集めだし、
『もう無理、無理、駄目、止まれ、怖い』
家中の食べ物が半分以上無くなった所でそれは終わった。全て食い尽くされるかと思った。
なんでか雰囲気で「喰えるかどうか」判断がつくらしい。そんで家にあるものは大体「喰える」し、口に合うようで。
『……まあ、久方振りだからな。あんまり喰わねえ方が良いか』
『……』
不満げに言ったてつの尻尾を、思いっきり握ってやった。
『あ? なんだ』
抗議は通じなかった。
「いやそれダメじゃない?」
真面目な顔をした芽依に、力強く首を縦に振る。
「だよね!」
これらの朝の諸々含め、連絡はしてあるけど。すぐその返信が来る訳じゃないし、てつは良く分かんねえ的な顔をするし。
同じ考えを示されると安心する!
「黙って聞いてりゃあ、言いたい放題だな」
呆れたような、低く響く声。
「っ……?!」
「え?! あ!」
芽依は驚いた後にすぐ私のお腹に目をやった。けど、私は一瞬、頭が真っ白になった。
「は……な、な!」
「なんだ、拙いか? 芽依はもう知ってんだろ?」
そ、それはそれ! これはこれ! 講堂で喋っちゃ駄目!
──はぁ……わあったよ……。
出てきた割に、てつはすぐ引いた。頭に響く声に、だらりと力を抜いた狼の姿が浮かぶ。
「……はぁ……」
「杏、今の……」
小声になる芽依に、こっちも小声で返す。
「うん……てつです……もう喋んないから大丈夫……」
辺りの騒めきに紛れたらしい。てつの声ややり取りに、反応した人はいなさそうだった。
「芽依ー! サッキー! ご飯行こー!」
少し遠くの、出入りのドアから声がかかる。
「あ、うん行くー!」
ババッと鞄にものを仕舞い、呼ばれた方へ足を向ける。
「芽依も行こ」
「うんまあ、行くけど」
「もうてつは引っ込んだし、平気平気」
芽依はちょっとだけ溜め息吐いて、
「そんな軽く……」
呆れた顔をしながら立ち上がった。私はそれに向けて、にやりと悪い顔をする。
「あのね、秘策があるんだよ。今思い付いたんだけど」
──秘策ぅ?
「?」
「またおんなじ事したら、チョコアイスはあげない」
──は、てめえ!
「なにそれ」
歩き出しながら疑問符を飛ばす芽依に、説明する。
「朝、冷凍庫のものも出す羽目になって、チョコアイスに目を付けられたんだ。それがとっても美味しかったみたいでさ」
私のご褒美アイスだったんだけどね。そんな事言う前に一口で食べられたよ。
「もっと欲しいって言われたけど……これだと買えそうにないなあ」
──そんなんが脅しになると思ってんのか?
じゃあいらないんだ? ……おやあ? 返事が聞こえませんね?
「……楽しそうだね……」
「え? そう?」
「なんとなく、秘策が効きそうな感じは伝わった」
「なに? なんの話?」
呼んでいた三人と合流する。
「好きなアイスの話ー」
「チョコミント! 断然チョコミント!」
最近はよくこのグループでご飯を食べる。
「あ、私も結構好き。あのスッとするの良いよね」
「そう、それが良いんだけどそれだけではないんですよ……まだそこはチョコミントへの入り口……」
「ハニトーバニラ乗せ」
「それハニトーが主体じゃない?」
皆でわいわいと食堂へ。今日は午後一の講義が無いから、ゆっくりご飯を食べれる日だ。
そして座学系をもういっこ受ければ、後はバイトに向かうだけ──
ではあった、んだけど。
「何をそんなに勢い込んでやってんだ」
「てつのせいだよもお!」
「は?」
念入りに歯を磨いてこれでもかと口を濯いで。三回くらい繰り返して、やっと落ち着いた。
「……いや、もう一回やるか?」
「だからなんだってんだ」
四つ脚をだるそうに動かして私の後ろに回る。そして伸び上がるようにして肩に手を置かれた。というか寄りかかってるので、背中全面がもふっとする。
「あの、狭いんだけど」
コップを洗面台に置きながら、鏡に映るてつを見返す。大型犬に乗られる人は、こんな気分だろうか。
「で、どうした」
体勢を変える気は無いようなので、そのまま部屋に戻る。
「……また、あれ。同調だかでてつの夢を見たんだよ」
芽依が帰ってすぐ寝たから、別に寝不足じゃないけど。妙に鮮明な夢のおかげで、起き抜けの気分は悪い。
「人助けは良いとして、でっかい猿の首噛み切った時の味と匂いと食感……う゛ぇ」
「……俺が思い出すもんと別に、お前は何を視てるんだ?」
てつは肩から手を離し、一瞬で人型に。ベッドの脇で胡座になった。
「こっちが聞きたい」
「で、どんなだってんだ?」
知らぬ匂い、知らぬ足音、知らぬ気配。
まだ遠いが、妙に目立つ。
「まぁた弱そうなもんが」
どいつもこいつも飽きもせず、そんなに俺を苛つかせてぇか。
「……」
ふわっふわっした動きにとぼけた気だ。……ああ、いや。こいつは珍しい。
「人か」
だからなんだって話だが。こりゃあ、何もせずとも勝手に死にそう──
「はあ? おい……チッ」
駆け出す。
あのなよっちい奴、やっと気付いたか。あーあーそんな簡単に頭掴まれやがって。
「────、──っ!」
細い悲鳴。潰される前に、頭にかかったその無駄にでかい腕をもぎ取る。
「っぐぅ」
その拍子に手から外れ、人間は蛙が潰れたみてえな声をさせて吹っ飛んだ。
……死んじゃあいねえし、いいだろう。
「久し振りだなぁ?」
片腕になった猿野郎に、向き直る。
「……ひっ?」
今俺に気付いたってか? てめえの目の前から来たんだぞ?
「言ったよな? もう現れねえんなら、命は取らねえ」
もいだ腕は放る。こいつの肉は、不味くて喰えたもんじゃねえ。
「また来るってんなら、そん時ゃ殺す」
「あっ……え、あ……」
朱の噴き出す自分の肩と、俺とを見比べて、そいつは一歩引いた。
「ほお? ちゃんと二本に戻ってんじゃねえか。その足でどっか行きゃあ良かったのによ」
どいつから取ったんだか水掻きついて、細っせえな。右の太さと合わねえだろう。
「ぁ、ァああ゛!!」
「あ?」
逃げた。
「……はあ……」
ちょいと跳んで、首を噛み千切る。勢い余って肩まで裂けた。
「ゥヴぉェッ……苦っ……」
口の中のものを吐き出す。と、後ろの気が揺れた。
「ぅ……」
吹っ飛んだ人間は緩慢な動作で起き上がり、辺りを見回す。そんで俺と目があった。
「おう、気付いたか」
「っうわあっ?! っづう?!」
驚いて仰け反って、後ろの木に頭を打ちつける。
「いっだあ……」
「……で、お前、動けるか」
「……へ……?」
近付いて問いかける俺に、顔を上げる。乱れた長い髪の間から覗く目は、痛みか恐怖か、水か張っていた。
「ここは俺の山だ。どっから来たか知らねえが、とっとと……聞いてんのか」
きょろきょろきょろきょろしやがって。
「あっいえ! ……もしや、助けて下さったのですか」
「はぁん?」
「先ほど、何者かに頭を掴まれまして、そのままぎりぎりと締めてくるものですから「あーこれ死ぬなー」と思っていたのですが」
そいつは細くて白い指で、俺の後ろを示す。
「あの者がそうですよね? という事は、僕はあなたに助けて頂いたのかと」
「……てめえを助けた訳じゃあねえ。あいつを殺った結果そうなっただけだ」
「なるほど。という事はやっぱり、僕が助かったのはあなたのおかげという事ですね!」
そいつは何度も大きく頷いて、素早く姿勢を正すと頭を下げた。
「ありがとうございます!」
なんか面倒くせぇぞコイツ。
「……」
「……あの……」
少し耳を反らし、眉間に皺が寄るてつ。なんだか身構えてしまって、問いかけの声が小さくなる。
「……知らねえ、覚えがねえ」
今度は耳がしょげ、それでいて牙を向く。膝に置いた手の指を、とんとんとんとん……。
あーえー、困惑してる?
「前のさ、人が出て来た夢の話、覚えてる?」
これが単なる私の妄想だったら、こんな考えなくていいんだけど。そんな訳もなく。
「あ?」
「てつの名前を藍鉄ってつけた人の。今日視た、てつが助けた人、その人だと思う」
てつの目が、まん丸になった。
「……ああ、ああそうだ。そんな話もあった……」
「忘れてた?」
「わす……いや、ああ?」
おおおお、こんがらがった感じが見て取れる。てつは首を捻って頭を振って、耳を掻いて足を組み直す。
「前より良く視えたんだけど……戻った記憶の方には、無い感じで……?」
一頻りこんがらがって気が抜けたのか、てつは溜め息を吐いた。
「ねえな、さっぱりだ」
「……あの人、長いまっすぐな黒髪の、あれは、袴? と──」
「今は良い」
「ア、ハイ」
若干重めに言われた。具体的にイメージ出来れば、何か思い出せるかと思ったんだけど。
「一応言うが、俺が殺った奴の話もいらねえぞ」
「は、ああ! 逆に思い出しちゃったよ! ……おぅぶっ……」
無いはずの生暖かさが口内に広がる。
「ぐ……やっぱり、もう一回みがく……」
「……おぉ……?」
ちょっと、呆れた声出さないでくれます?
「で、今もいるの?」
「いるの」
講義が終わり、周りが騒がしくなる。ものを仕舞いながら芽依が、声を潜めて聞いてきた。
「……問題、ないんだよね?」
そして軽く首を傾ける。と、今日は下ろしてるゆる巻きの髪が、ふわりと揺れた。
「うん、大丈夫。ただ……」
「ただ?」
左側、芽依の方へ体を向けながら、
「食費が心配になりそう……」
朝ご飯の光景を思い出し、私は少し黄昏た。食べられるようになったからと、一応二人分用意したんだけど。
「いっぱい、食べるの?」
「いっぱい食べるの。それはもう気持ちの良い食べっぷりで」
朝ご飯は綺麗に……食べ方は置いといて綺麗に全部食べて。そして足りないと、あるだけ集めだし、
『もう無理、無理、駄目、止まれ、怖い』
家中の食べ物が半分以上無くなった所でそれは終わった。全て食い尽くされるかと思った。
なんでか雰囲気で「喰えるかどうか」判断がつくらしい。そんで家にあるものは大体「喰える」し、口に合うようで。
『……まあ、久方振りだからな。あんまり喰わねえ方が良いか』
『……』
不満げに言ったてつの尻尾を、思いっきり握ってやった。
『あ? なんだ』
抗議は通じなかった。
「いやそれダメじゃない?」
真面目な顔をした芽依に、力強く首を縦に振る。
「だよね!」
これらの朝の諸々含め、連絡はしてあるけど。すぐその返信が来る訳じゃないし、てつは良く分かんねえ的な顔をするし。
同じ考えを示されると安心する!
「黙って聞いてりゃあ、言いたい放題だな」
呆れたような、低く響く声。
「っ……?!」
「え?! あ!」
芽依は驚いた後にすぐ私のお腹に目をやった。けど、私は一瞬、頭が真っ白になった。
「は……な、な!」
「なんだ、拙いか? 芽依はもう知ってんだろ?」
そ、それはそれ! これはこれ! 講堂で喋っちゃ駄目!
──はぁ……わあったよ……。
出てきた割に、てつはすぐ引いた。頭に響く声に、だらりと力を抜いた狼の姿が浮かぶ。
「……はぁ……」
「杏、今の……」
小声になる芽依に、こっちも小声で返す。
「うん……てつです……もう喋んないから大丈夫……」
辺りの騒めきに紛れたらしい。てつの声ややり取りに、反応した人はいなさそうだった。
「芽依ー! サッキー! ご飯行こー!」
少し遠くの、出入りのドアから声がかかる。
「あ、うん行くー!」
ババッと鞄にものを仕舞い、呼ばれた方へ足を向ける。
「芽依も行こ」
「うんまあ、行くけど」
「もうてつは引っ込んだし、平気平気」
芽依はちょっとだけ溜め息吐いて、
「そんな軽く……」
呆れた顔をしながら立ち上がった。私はそれに向けて、にやりと悪い顔をする。
「あのね、秘策があるんだよ。今思い付いたんだけど」
──秘策ぅ?
「?」
「またおんなじ事したら、チョコアイスはあげない」
──は、てめえ!
「なにそれ」
歩き出しながら疑問符を飛ばす芽依に、説明する。
「朝、冷凍庫のものも出す羽目になって、チョコアイスに目を付けられたんだ。それがとっても美味しかったみたいでさ」
私のご褒美アイスだったんだけどね。そんな事言う前に一口で食べられたよ。
「もっと欲しいって言われたけど……これだと買えそうにないなあ」
──そんなんが脅しになると思ってんのか?
じゃあいらないんだ? ……おやあ? 返事が聞こえませんね?
「……楽しそうだね……」
「え? そう?」
「なんとなく、秘策が効きそうな感じは伝わった」
「なに? なんの話?」
呼んでいた三人と合流する。
「好きなアイスの話ー」
「チョコミント! 断然チョコミント!」
最近はよくこのグループでご飯を食べる。
「あ、私も結構好き。あのスッとするの良いよね」
「そう、それが良いんだけどそれだけではないんですよ……まだそこはチョコミントへの入り口……」
「ハニトーバニラ乗せ」
「それハニトーが主体じゃない?」
皆でわいわいと食堂へ。今日は午後一の講義が無いから、ゆっくりご飯を食べれる日だ。
そして座学系をもういっこ受ければ、後はバイトに向かうだけ──
ではあった、んだけど。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
旦那様、愛人を作ってもいいですか?
ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。
「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」
これ、旦那様から、初夜での言葉です。
んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと?
’18/10/21…おまけ小話追加
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる