上 下
5 / 105
本編

5 日常の中で

しおりを挟む
 冷静になって考え直してみれば、バラバラになった身体を取り込むとか、当たり前のように言われてた気とかいう言葉について、憑きものやら鬼やらエトセトラエトセトラ………説明して欲しいものが沢山ある。そもそものてつ自身についても、意味不明な事柄ばかりなのだ。
 てつと遭遇した以降急に起こり出した意味不明ファンタジー現象も、てつと遭遇したから起こったのか、偶然の重なりか。可能性は低いが、私が知らなかっただけであれらは当たり前という場合もある。それはそれで別の問題になってくるけれど。

「あーあんずおはよー」
「おはよう、芽依めい
「今お昼なんて珍しー」

 あれからなんとか大学へたどり着き、講堂でお昼を食べていた私に話しかけてくるのは『大間芽依おおまめい』。背中まであるふわふわとした茶髪が目を引く、可愛らしい感じの学友だ。

「来るまで色々あって、時間ギリギリになっちゃった」
「へー何あったのー? いつも余裕あるのに」

 なんと言えば良いだろうか。

「……変質者に遭遇して……」
「え゛っ」

 上手い返答で無かったとは思うが、固まるほど驚かないで欲しい。
 芽依は少し目を泳がせながらも、会話を続けようとしてくれる。

「……そっか。あの、大丈夫だった?」
「うん、撃退出来たから大丈夫」

 購買で買った梅おにぎりを食べながら、さてどう会話を路線変更させようかと考える。芽依は優しい子だ。加えて勘がいい。対して私はごまかすのが下手なのだ。このままでは私が墓穴を掘るのが先か、芽依が何かしら気付いてしまうのが先か。

──こいつはお前の知り合いか?
「ゴフッ」
「?!」

 急な語りかけに飲んでいたお茶を噴きそうにる。そのおかげで別の驚きを芽依に与えてしまった。

──どうした?

 声の主はもちろん、てつだ。
 道中、これから人のいる場では出来るだけ声を出さないでくれと言ったら、こんなテレパシーもどきを始めた。そんなのが出来るのかとびっくりしたら、何故か本人も同じように驚いていた。やってみたら出来た、そんな偶然の発見らしい。ただし難点として、私はこのテレパシーもどきが出来ないので、私からてつへは直接反応を示さないといけない。

「あはは、ちょっと咽せちゃった」
「杏……ほんとに大丈夫……?」

 友人の気遣いはありがたい。が、何ともやるせない。

「大丈夫大丈夫。あ、講義始まるよ」

 教授が講堂に入ってきた。芽依はこちらを気にしつつも、話し始めた教授の方を向く。
 この教授の話は長く、あちこちに飛びがちだ。しかも先輩情報によれば、その取り留めもない話からテストが作られるらしいので、聞き漏らしは出来ない。必修科目でなければここまで真剣に聞かないだろうエピソードを、ノートにとっていく。

──しっかしこんな集まって何をしてんだ? 坊さんの説教でも無さそうだしよ。

 みんな講義を受けているのだ。大学生になってまだ1ヶ月、やる気のある人が多いのだろう。大学内でも広めの講堂らしいのだが、席はほぼ埋まっている。という説明をしたいのだが、声を出すのは憚られるので応えられない。

──あー……他のやつがいる所じゃあ、なるべく喋らねえっつってたか。

 思い出してくれてありがとう。今はとにかく、いつも通りに午後の授業を終えたい。
 それからはてつも喋らなくなり、私は教授の話に集中する。そうしていると、昨日の夜からの出来事は夢だったんじゃないかと思えてくる。時折潜めた声で芽依と喋ったり、和歌の話を聞いていたはずがいつの間にか火山の形成について話している教授に首を傾げたり。
 沢山の人で講堂の空気が少し籠もり始めたが、今の時期はまだ冷房は入らない。窓を開けられたりしないだろうかと考えていると、

──言うだけ言っとくが、妙な気がこごってきてる。

 またなんだか不穏な事を言う……。

──呑まれる程のもんじゃねえから大丈夫とは思うが、一応気ぃつけろ。

 なにやら忠告してくれたようだ。この場大学内で何かが起きているのは気掛かりだが、差し迫った危険は無いらしいので、一応安心する。
 教授の話に意識を戻すと、自身の子供の頃の話をしていた。鍵っ子だったので寂しい思いをしていたそうだ。果たしてこの話はテストになるんだろうか。

「ね、ね、これテストになるかなー?」

 芽依も同じように思ったらしい。

「ならない気もするけど、そう思わせて振り落としで出してくるかも?」
「わあやだぁ」

 2人で笑い合う。結局、この講義もその後も何事も無く終わった。てつに乗っ取られていた反動とやらもその頃には無くなり、私は胸をなで下ろした。



「でもほんと、杏そういうの鈍いから気をつけなよー?」

 受けるべき講義も終わった私達は、芽依のバイトの時間まで微妙に間があるということで、大学近くのコーヒーチェーン店に来ていた。
 芽依は季節限定の苺の商品を飲みながら、心配そうな顔を向けてくる。

「うん、ありがとう。……そんな鈍いかな、私」

 終わったと思っていた変質者の話は、芽依には相当引っかかっていたらしい。ちなみに私はチョコ系を飲んでいる。いつも思うが、この店の商品はドリンクというよりもスイーツの方が近いと思う。

「鈍いよ? ナンパされて囲まれても、ただの道案内だとしか思わない程度には鈍いんだからね?」
「その節はお世話になりました……」

 その話を出されると弱い。
 駅前で芽依を待っていた時、六人組の男に道を尋ねられた。この店の場所を教えて欲しいと言うから、一緒に調べて場所を特定したのだ。場所が分かった六人はとても喜んで、お礼にとご飯に誘われた。このぐらいでと断ったがなかなか諦めてくれない。じりじりと迫られなんだか少し怖くなってきた時に、「あー! いた! ほらアキラクン待ってるよ!」と声が聞こえ手を引かれた。いつの間にか着いていた芽依が一芝居打って助けてくれたのだ。その後に、私の身に何が起こっていたのかも教えてくれた。
 あの時、芽依が助けてくれなければあのまま押し切られていただろう。

「ほら、なんか事件起きて……ちょっと待って何これ……。ここって杏のアパートの近く、だよね……?」

 スマホの画面を向けられる。ネットニュースのページが開かれていて『十人に歯型らしき痕、目撃者はおらず』という見出しが出ていた。場所は私が住んでるアパート近くの商店街。てつと遭遇したのと反対方向だ。

「なにこれ……」
──なんの話だ?

 数時間ぶりのてつの声。私は不自然にならないよう気をつけながら、ニュースの文面を読み上げる。

「午前7時半頃、通学途中の女子学生3人が急に腕に痛みを覚える。見ると、腕に歯型のような痕が付けられていた。その後も同様の出来事が計6件報告されており、現在警察が捜査中……。全然知らなかった……」

 伝わっただろうか?
 てつは元からなのか記憶喪失の関係か、字が読めないらしい。そうでなければテレパシーもどきに筆談などで応えられるのだが。多分今も、私の目を通してスマホは見えてるんだろうが、そこに書かれた記事は読めていない。

「その、変質者……噛みついてきたりしてないよね……?」

 芽依に不安そうに言われ、私は慌てて頭を振る。

「えっあっそれは大丈夫、うん。そんな事されてないから」

 変質者もとい巨人とは、ちょっとしたバトルを繰り広げただけだ。

──歯型なあ……味見でもしようとしたのか?

 味見とかさらっと言わないで欲しい。というか│これも《・・・》てつと関係あるものなんだろうか。よく分からないものは何でもてつと結び付けてしまいそうだ。

「でもこれも怖いね。芽依の言う通り、気をつけるよ」



 店を出て、芽依と別れる。芽依と違って、私はバイトはしていない。晩御飯を買って帰るか、自炊をするか考えながら駅までの道を歩く。そういえば昨日コンビニに寄ろうとしたのは、冷蔵庫の中身が無くなって来たからだった。

──なあ、さっきの話なんだが。つーかもう声出していいか?
「!」

 スマホを出して耳に当てる。そして小声で言う。

「ちょっと声はまだ待って。ここ人多いから」
──これ、なんか面倒くせえんだよなあ。しょうがねえ。

 心なしか、頭に響く声が疲れているような……。テレパシーもどきをするのは結構大変なのかも知れない。

「まあ、駅降りたら大丈夫だと思う。それで、何かあった?」

 通話を装い、私はてつに話しかける。

──さっきの歯型の話なんだが、どんな歯型か分かるか?
「それは載ってなかったな……何か思い当たる事とかあるの? というかやっぱり関係ありそうなの?」
──いや、分からねえ。人を喰う奴はごまんといるが、噛みつくだけってのはあんま聞かねえからな。
「もしかして、何か思い出したりしてる?」
──思い出し……てんのかこれは? そういうもんだっつうのは知ってた感じだが。

 そうなると、あの事件がいたずらでないなら、てつの知らない化け物がそこにいるかも知れないという事か。

──でだ、それはお前の寝床の近くなんだろう?ちっと探ってみたんだが、妙な動きをするのがいてな。
「……」
──それがこっちに、昼間っから溜まったまま散らねえ凝りに向かってきてる。
「…………」
──つうだけだ。
「だけって!」

 思わず大声を出してしまった。周りの数人がこちらを見る。

「それどうすんの。噛みつきの被害がこっちに移ってくるって事?」
──それとこの妙なのが同じかは分からねえが、このまま凝りに突っ込んで吸収するってんならそれは確実に力をつける。脅威になるかの見極めはしておいて損はねえ。

 見極めって。そんな高みの見物気取りで大丈夫なのか。だけど、聞いてしまったものを無視して帰る気にもなれない。

「……何かあったら任せられるの? 私は使い物にならないし」

 今は夜とはいえまだまだ人が動く時間だ。当然大学内にも人がいる。もし、その『妙なの』が脅威になったら、それを止められるのはてつだけなのだ。私は何が出来る訳でもないどころか、足手まといになるだろう。

──問題ねえよ。余程の事がない限り、そこまで大物にはならねえだろうしな。

 一瞬、通報でもしようかと思ったが、した所で動いてくれないだろう。いや動けないだろう。芽依に言われたばっかりなのになあ。

「じゃあ、戻るよ」

 選択肢は一つしかない。私は回れ右をして、来た道を戻っていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ガールズバンド“ミッチェリアル”

西野歌夏
キャラ文芸
ガールズバンド“ミッチェリアル”の初のワールドツアーがこれから始まろうとしている。このバンドには秘密があった。ワールドツアー準備合宿で、事件は始まった。アイドルが世界を救う戦いが始まったのだ。 バンドメンバーの16歳のミカナは、ロシア皇帝の隠し財産の相続人となったことから嫌がらせを受ける。ミカナの母国ドイツ本国から試客”くノ一”が送り込まれる。しかし、事態は思わぬ展開へ・・・・・・ 「全世界の動物諸君に告ぐ。爆買いツアーの開催だ!」 武器商人、スパイ、オタクと動物たちが繰り広げるもう一つの戦線。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

最弱能力者が最凶の組織に狙われる?!

key
キャラ文芸
この世には能力がある。 目を赤く光らし身体能力を上げたり、 炎を操ったり1部の天才の噂は神をも従えるだとか。 そして、今や無能力者と言われる一般市民は とても肩身の狭い生活を強いられた。 能力者には強さによるランク付けが行われて、 A〜Fまで決められていた。 僕は世にも珍しいFランク能力者だ。 僕の能力は「鍵を操る能力」 僕は最弱能力者である。

虐げられた無能の姉は、あやかし統領に溺愛されています

木村 真理
キャラ文芸
【書籍化、決定しました!発売中です。ありがとうございます! 】←new 【「第6回キャラ文芸大賞」大賞と読者賞をw受賞いたしました。読んでくださった方、応援してくださった方のおかげです。ありがとうございます】 【本編完結しました!ありがとうございます】 初音は、あやかし使いの名門・西園寺家の長女。西園寺家はあやかしを従える術を操ることで、大統国でも有数の名家として名を馳せている。 けれど初音はあやかしを見ることはできるものの、彼らを従えるための術がなにも使えないため「無能」の娘として虐げられていた。優秀な妹・華代とは同じ名門女学校に通うものの、そこでも家での待遇の差が明白であるため、遠巻きにされている。 けれどある日、あやかしたちの統領である高雄が初音の前にあらわれ、彼女に愛をささやくが……。

おんぼろ寺の黄泉川さん~三途の川の守り人~

小牧タミ
キャラ文芸
彼氏にフラれ家を追い出された悠香(はるか)は、母親の勧めで親戚が営んでいるという旅館に赴いた。 心と体を癒そうとわくわくしながら向うが、 悠香を待っていたのは、ぼろぼろの何ともいえぬ廃寺だった。しかも悠香を迎えたのは超絶美形だが愛想の欠片もない男性だった……。

少女、途中下車の旅

金剛愛宕
キャラ文芸
 朝風さくらは青春18切符で東海道本線を上っていた。八時二十七分、名古屋駅の三番線に5312F列車が入線してきた。浜松行きの新快速だ。  車内は席が殆ど埋まっていて、数人は立っているような状態だった。席を探した彼女は、やがて一つの空席を見つける。  八時二十九分、名古屋駅を出発すると彼女は時刻表を広げた。それを見た隣の少女が彼女に話しかけてきた。それは、出会いの瞬間だった。  話に実際に出てくる指定席は作者が乗車した・する予定の座席です。JRの制度や旅情をテーマに女の子が旅をします。不定期更新

護堂先生と神様のごはん 護堂教授の霊界食堂

栗槙ひので
キャラ文芸
考古学者の護堂友和は、気が付くと死んでいた。 彼には死んだ時の記憶がなく、死神のリストにも名前が無かった。予定外に早く死んでしまった友和は、未だ修行が足りていないと、閻魔大王から特命を授かる。 それは、霊界で働く者達の食堂メニューを考える事と、自身の死の真相を探る事。活動しやすいように若返らせて貰う筈が、どういう訳か中学生の姿にまで戻ってしまう。 自分は何故死んだのか、神々を満足させる料理とはどんなものなのか。 食いしん坊の神様、幽霊の料理人、幽体離脱癖のある警察官に、御使の天狐、迷子の妖怪少年や河童まで現れて……風変わりな神や妖怪達と織りなす、霊界ファンタジー。 「護堂先生と神様のごはん」もう一つの物語。 2019.12.2 現代ファンタジー日別ランキング一位獲得

ヤンデレ男の娘の取り扱い方

下妻 憂
キャラ文芸
【ヤンデレ+男の娘のブラックコメディ】 「朝顔 結城」 それが僕の幼馴染の名前。 彼は彼であると同時に彼女でもある。 男でありながら女より女らしい容姿と性格。 幼馴染以上親友以上の関係だった。 しかし、ある日を境にそれは別の関係へと形を変える。 主人公・夕暮 秋貴は親友である結城との間柄を恋人関係へ昇華させた。 同性同士の負い目から、どこかしら違和感を覚えつつも2人の恋人生活がスタートする。 しかし、女装少年という事を差し引いても、結城はとんでもない爆弾を抱えていた。 ――その一方、秋貴は赤黒の世界と異形を目にするようになる。 現実とヤミが混じり合う「恋愛サイコホラー」 本作はサークル「さふいずむ」で2012年から配信したフリーゲーム『ヤンデレ男の娘の取り扱い方シリーズ』の小説版です。 ※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています。 ※第三部は書き溜めが出来た後、公開開始します。 こちらの評判が良ければ、早めに再開するかもしれません。

処理中です...