女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師

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3 キスさせて

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 どうしよう、と言われた。どうしよう、そーちゃん、と。

『ごめんなさいって言ったら泣いちゃったんだ。そんで、どうしたら泣きやんでくれる? って聞いたら、付き合ってって』

 だから、付き合うことになったんだけど、どうしよう、どうすればいいかな、そーちゃん。
 不安そうな顔と声。圭介のほうが、今にも泣きそうだった。
 奏夜も不安にかられてしまって、周りに相談する、という選択肢が頭から消えた。
 二人だけの相談会は、付き合うことになったからには、ちゃんと付き合っていこう、という着地をする。ちゃんと、が、何を意味するのかもわかっていないまま。
 それから、数ヶ月。
 お別れした、と、告げられた。下校途中、家が近所の奏夜と圭介、二人だけになる、家まであと少しの時に。
 彼女と別れた。一緒にいてもつまんないって言われて、それなら、お別れしようって。
 俺から言ったと口にした圭介は、ぼろぼろと涙をこぼした。
 慌ててハンカチを出して、震えている圭介の手に持たせて目に当てさせて。

『……お別れ、辛いよな』

 何を言えばいいかわからなくて、俯いて泣く圭介の頭を撫でながら、考え考え出した言葉。

『辛いな、うん。頑張ったよ、圭介』

 別れが辛いものだと、それだけは知っている。
 交際の別れと死別は違うような気もしたけれど、『別れ』であることに変わりないと、その時の奏夜は思った。
 辛いよな、頑張ったよ、と、圭介が泣き止むまで声をかけ続け、頭を撫で続け、圭介を家に送り届けてから家に帰った。

(……それから)

 それから確か、一ヶ月しないで「告白された」とかで彼女ができたんだよなぁと、奏夜は遠い記憶を辿りながら、車窓から見える街の明かりに目をやる。
 付き合って、別れて、泣いて。そんな圭介を慰める。少しすると圭介はまた告白されて、彼女ができて。今度は上手くいくといいなと思うのに、「別れた」と連絡が来る。
 中学に上がる頃には、サイクルのようなそれに慣れ始めてしまっていた。

 なんで別れちゃうんだろう。

 最初の頃に持っていた、純粋な疑問。

 なんでみんな、圭介とうまくいかないんだろう。圭介、良い奴なのに。すっごく良い奴なのに、なんで?

 疑問は解消されないまま、時だけが過ぎていく。
 高校に入る頃になると、恋愛経験皆無な奴が疑問に思っても無駄なのかも、なんて考えるようになってしまって。自分にできることをしよう、泣いてしまう圭介に寄り添うくらいなら自分にもできるから、と思い込んで。
 そうして、サイクルを受け入れて。当たり前にさせてしまった。
 どこか辛そうに笑う圭介を目にするのが、当たり前に。

(……当たり前に、しちゃいけなかった)

 圭介は彼女を大事にする。少なくとも、奏夜の目には大事にしているように映っている。
 遊び癖もないし、浮気をしただとかも聞いたことがない。彼女が同じ学校の子──もしくは先輩、後輩──なら休み時間などにできるだけ顔を合わせるようにしているのを見ていたし、他校の女子でもマメに連絡を取り合っているらしかった。
 デートなんかもしっかりこなし、誕生日や好きなものも忘れたりしない。
 圭介から直接聞いたことはないものの、ベッドの上でも凄いのだとかなんだとか、そういう話も耳にしたことがある。
 だというのに、長続きしない。大学に入ってからも、もうこれで、五人か六人目なはずだ。

(なんでうまくいかないのか……)

 圭介が辛そうに見えるのも、奏夜にとってだけらしいのが、また悩みの種だった。
 恋愛経験が皆無な自分だけでは、圭介の力になりきれていないから。そんな思いで、友人たちや圭介の姉である百花にそれとなく相談したこともある。
 圭介次第すぎる、と言ったのは紫苑。一応誠実なお付き合いみたいだし、と言ったのは彼女持ちの雅人。お前過保護だよな、と言ったのは智樹。本人が一番わかってるんじゃない? と言ったのは百花で、「アンタがいれば闇落ちはしないと思う」と付け加えられた。
 なるほどわからないし、なんだか物騒だ。
 圭介のアパートの最寄り駅で電車を降り、改札を出てすぐ、圭介へ到着のメッセージを送る。

『あと一駅』

 そんな返事へ了解のスタンプを送り、スマートフォンを仕舞う。

(……最近の)

 最近の圭介は、輪をかけて心配になる。
 学部は違っても同じ大学だし幼馴染だしと、時間が合えば昼を一緒にしたり、分野違いのレポートを手伝ってもらったりもしていたので、それなりに顔を合わせていた。彼女がいない時期の休みに、一緒に遊んだりもした。
 夏季休暇の頃までは、時々辛そうでも、まだ元気に見えていたのだ。
 その日は家族水入らずでしょと、母の命日から少し日をずらして仏壇に手を合わせてくれた、優しい幼馴染。
 ありがとな、と言ったら、笑ってくれた。
 彼女と別れたばかりだったのに。その、別れたばかりの圭介へ会いに行ったら、いつもの通りに涙を見せたのに。
 その時は、どこか気の抜けた笑顔を見せてくれたのだ。
 それが、今や。

「────」
「っ!」

 そーちゃん、と呼ばれた気がして、パッと声がしたほうへ振り向く。
 目に入ったのは、改札から数歩の所で立ち止まり、所在なさげな顔でこちらを見つめる背が高くて若い男。
 サラサラだった明るい茶色の髪は少しぼさついていて、顔の血色は良いとは言えない。前に見た時よりも肉が薄くなっている頬と、長くなった前髪が作る影で暗い雰囲気を纏っているように見える。
 のに、それでもなお、美少年と美青年を掛け合わせたような顔の美しさは損なわれておらず、長い丈のコートで隠しきれないほど──逆に際立っているようにも見えるくらいに──スタイルの良さも相変わらずだった。
 今にも壊れてしまいそうな、ヒビだらけのガラス細工。
 それが今の圭介を表すのに相応しいと思えてしまうほどに、彼のはらんでいる危うさは外へ滲み出ていた。

「圭介」

 名前を呼び、五歩もない距離を駆け足気味に詰める。

「……そ、ぉちゃん……」

 十六センチある身長差のせいで、顔をのぞき込むように見上げることになるが、気にしてはいられない。
 明るい茶色の虹彩と視線が交わると、圭介は顔をぐしゃりと歪め、震える口を開いた。

「……そーちゃんだ……」

 泣き笑いのような表情で確かめるように呟かれた言葉と同時に、圭介の両目から涙が落ちる。
 奏夜は圭介の頭へ両手を伸ばし、髪の毛をくしゃくしゃとかき回した。

「そうだよそーちゃんだよおら帰るぞ」
「ん……」

 圭介と肩を組むように左腕を回し、半分引きずるようにして駅を出る。
 圭介が実家暮らしだった頃は、人通りの少ない駅前のコンビニ近くで相手をしていたことも多かった。だが、この駅は歓楽街が近く、午後九時を過ぎた今でも結構人がいる。
 人のいない所で思いっきり泣けるようにと、こうして圭介をアパートまで引きずっていくのにも少し慣れてきた。

(いや、だから慣れちゃ駄目なんだって)

 夏季休暇もそろそろ終わりという頃、圭介は影を背負うようになっていた。その頃はまだ、少し暗いな、程度だった。それが今はもう、恐らく誰が見ても危なく思うほどに淀んだ何かを纏っている。
 どうにかしたい。圭介の助けになりたい。圭介は大切な──大切で大好きな幼馴染だから。
 駅から徒歩十分の距離を、いつもより歩みが遅い圭介を連れて倍以上の時間をかけて歩いていく。圭介を慰めて、癒やして、それで、それで、と、内心であれこれ考えながら。

「圭介、アパート見えてきたぞ」
「ん」
「圭介、階段上るから腕外すぞ」
「ん」
「圭介、鍵出せ」
「ん」

 ん、しか返事をしない圭介をアパートの二階の部屋まで連れてきて、後ろに背負っていたリュックから鍵を取り出す様子を斜め左後ろから眺める。

「……そーちゃん、今更なこと、聞いていい?」

 鍵穴に鍵を差し込み、回す。抜いた鍵を持ったままドアノブに手をかけた圭介は、ドアへ顔を向けたままそんなことを言ってきた。

「今更なこと?」

 どういう意味だ、という声を出しながら、圭介を見上げる。

「うん、今更。……なんでそーちゃん、いっつもこうやって会いに来てくれんのかなぁって」
「なんでって……」

 未だにドアへ向いたままの圭介の背中を眺めながら、改まった質問へ考えを巡らせた。

「……お前を、一人にさせたくない、から、かな」

 奏夜の言葉に反応するようにピクリと肩を揺らした圭介へ、続きを話していく。

「お前、別れたばっかで不安定だろ。そんな奴を一人にさせたくない」
「……一人にさせたくないの、なんで?」

 ドアノブをゆっくり回した圭介が薄く扉を開けたのを見ながら、よくわからない質問に答える。

「心配だから。不安だから。最近のお前は特に心配。……まぁ、俺のワガママだよ」
「……ワガママ、かぁ……」

 どこか噛みしめるように言った圭介は、ドアを半分開けたところで奏夜へ振り返った。

「じゃあさぁ、そーちゃん」

 明るい声で自分の名を呼ぶ幼馴染は、楽しそうに口の端を持ち上げ、悲痛そうな眼差しを向けてくる。

「俺のワガママ、聞いて」
「え?」
「キス、させて」


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