112 / 117
第三章 生誕祭
十話
しおりを挟む
プツェンは茶目っ気たっぷりに言って、舌まで出し、てへっと笑った。
「魔力感知の上手いお前だ、ここに着く前から気付いてたんだろ? で、素知らぬ顔をして俺達にカマかけでもしてやろうと、そんな考えだったんだろう?」
ソファの背に凭れたヘイルは呆れ顔で腕を組み、浅く溜め息を落とす。
「さすが我が弟。そこまでお見通しってワケね」
プツェンはうんうんと頷き、ヘイルへまた顔を向けた。
「で、いつそれが分かったの? ヘイルとアイリスさん──人間の魔力が同質って事は、今までの常識がひっくり返るわよ?」
「結構前だ。アイリスが都に来て、数日の間だな」
「あら、そんなに前から」
(……え、……えっ?)
どうしてそんなに、するすると話が進むのか。自分とヘイルの魔力の話は、避けるべきものじゃなかったか。
アイリスの中にまた疑問が増える。
と。
「アイリスさん。私はね、人間にそれほど抵抗がないの。だから、そんなに心配しなくて大丈夫よ?」
「えっ、は、……はい……。……え?」
プツェンがこちらを向き、ニコッと笑みを向ける。今度はその笑みに、裏は感じられなかった。
「……アイリス、こいつはな、昔、俺達と一緒に祖父から、……人間の話を聞いていたんだ。だから都の長達の中でも、話が分かる方なんだ」
ヘイルは苦い顔をしながら、そう説明してくれる。
「そ、そうなん、ですか……」
「ああ、だから、俺とアイリスの魔力の関係がバレても、そんなに問題にはならない。安心していい」
眉間を揉みながら、ヘイルは言う。
「あら、失礼しちゃう。私だって人間に興味があるの、あなたも知ってるでしょ?」
「……まあ……」
「まあって何よ、まあって」
プツェンは頬を膨らませ、けれどすぐに、優しい顔になってアイリスに向き直る。
「アイリスさん、こんな弟だけど、よろしくね」
「えっ、は、はい……こちらこそ……?」
「それと、私も人間の話を聞きたいわ。良いかしら?」
「あ、それは、はい。私で良ければ」
「アイリス、流されるなよ。こいつは自分の興味関心でどんどん動く。相手を丸め込めるのも上手い」
「ちょっと、酷くない? 私はただ話を聞きたいって言っただけなのに」
「……」
また頬を膨らませるプツェンに、ヘイルは姿勢を正し、向き直り、
「──で、本当の目的は何だ? プツェン」
と、低い声で問うた。
「……もー。相変わらずキツイ目をするわねぇ」
プツェンは紅茶を一口飲み、ふぅ、と息を吐いてから、
「お忍びで羽を伸ばしに来たのも本当。アイリスさんに会いに来たのも本当よ。……で、ヘイル。あなたの懸念するところは……あるっちゃあるけど、ないっちゃない。そんなところかしら」
プツェンは小首を傾げ、口には笑みを佩き、その瞳を細めて。
「生誕祭について、何か連絡は受け取ってる?」
と、今度はそんな事を聞いてきた。
「生誕祭? ……いや? 特に何も聞いていないが……。……何か、あるのか」
ヘイルがその切れ長の目を眇め、一段低い声で問う。
「んー、それがね、風の噂、よりは正確なところから聞いた話だけど」
プツェンはそんなふうに前置いて、
「アイリスさんを生誕祭の祝の席に呼ぶ話が、出てるらしいの」
「……はあ?」
ヘイルは眉間にシワを寄せ、
「は、……え、どうして……?」
ブランゼンは顔を驚きに染める。
「……それ、出どころは言えないって事?」
シャオンの声も低い。
「ええ、出どころは言えない。だって今はまだ、これはあくまで〈噂〉だから。けど」
プツェンは口元に、右手の人差し指を立てて。
「ここだけの話。マーガントが動いているって、聞いたわ」
「……あいつか……」
ヘイルは眉間にシワを寄せたまま、また腕を組む。
「何を企んでる? あいつは」
「さあ? ただ」
プツェンは真面目な顔になり、
「人間嫌いのあの竜が、生誕祭という特別な祭典にわざわざ人間を呼ぼうとするなんて、何があるか気になるでしょう?」
声を落としてそう言った。
「……」
室内に、静寂が満ちる。
「…………、……ぁ、のぉ…………」
そこに、とても小さな声が、とてもとても控えめに、響いた。
「……すみません、その……」
おずおずと訊ねたアイリスに、周りの視線が集まる。
「生誕祭って、どのような祭典なんでしょうか……?」
「魔力感知の上手いお前だ、ここに着く前から気付いてたんだろ? で、素知らぬ顔をして俺達にカマかけでもしてやろうと、そんな考えだったんだろう?」
ソファの背に凭れたヘイルは呆れ顔で腕を組み、浅く溜め息を落とす。
「さすが我が弟。そこまでお見通しってワケね」
プツェンはうんうんと頷き、ヘイルへまた顔を向けた。
「で、いつそれが分かったの? ヘイルとアイリスさん──人間の魔力が同質って事は、今までの常識がひっくり返るわよ?」
「結構前だ。アイリスが都に来て、数日の間だな」
「あら、そんなに前から」
(……え、……えっ?)
どうしてそんなに、するすると話が進むのか。自分とヘイルの魔力の話は、避けるべきものじゃなかったか。
アイリスの中にまた疑問が増える。
と。
「アイリスさん。私はね、人間にそれほど抵抗がないの。だから、そんなに心配しなくて大丈夫よ?」
「えっ、は、……はい……。……え?」
プツェンがこちらを向き、ニコッと笑みを向ける。今度はその笑みに、裏は感じられなかった。
「……アイリス、こいつはな、昔、俺達と一緒に祖父から、……人間の話を聞いていたんだ。だから都の長達の中でも、話が分かる方なんだ」
ヘイルは苦い顔をしながら、そう説明してくれる。
「そ、そうなん、ですか……」
「ああ、だから、俺とアイリスの魔力の関係がバレても、そんなに問題にはならない。安心していい」
眉間を揉みながら、ヘイルは言う。
「あら、失礼しちゃう。私だって人間に興味があるの、あなたも知ってるでしょ?」
「……まあ……」
「まあって何よ、まあって」
プツェンは頬を膨らませ、けれどすぐに、優しい顔になってアイリスに向き直る。
「アイリスさん、こんな弟だけど、よろしくね」
「えっ、は、はい……こちらこそ……?」
「それと、私も人間の話を聞きたいわ。良いかしら?」
「あ、それは、はい。私で良ければ」
「アイリス、流されるなよ。こいつは自分の興味関心でどんどん動く。相手を丸め込めるのも上手い」
「ちょっと、酷くない? 私はただ話を聞きたいって言っただけなのに」
「……」
また頬を膨らませるプツェンに、ヘイルは姿勢を正し、向き直り、
「──で、本当の目的は何だ? プツェン」
と、低い声で問うた。
「……もー。相変わらずキツイ目をするわねぇ」
プツェンは紅茶を一口飲み、ふぅ、と息を吐いてから、
「お忍びで羽を伸ばしに来たのも本当。アイリスさんに会いに来たのも本当よ。……で、ヘイル。あなたの懸念するところは……あるっちゃあるけど、ないっちゃない。そんなところかしら」
プツェンは小首を傾げ、口には笑みを佩き、その瞳を細めて。
「生誕祭について、何か連絡は受け取ってる?」
と、今度はそんな事を聞いてきた。
「生誕祭? ……いや? 特に何も聞いていないが……。……何か、あるのか」
ヘイルがその切れ長の目を眇め、一段低い声で問う。
「んー、それがね、風の噂、よりは正確なところから聞いた話だけど」
プツェンはそんなふうに前置いて、
「アイリスさんを生誕祭の祝の席に呼ぶ話が、出てるらしいの」
「……はあ?」
ヘイルは眉間にシワを寄せ、
「は、……え、どうして……?」
ブランゼンは顔を驚きに染める。
「……それ、出どころは言えないって事?」
シャオンの声も低い。
「ええ、出どころは言えない。だって今はまだ、これはあくまで〈噂〉だから。けど」
プツェンは口元に、右手の人差し指を立てて。
「ここだけの話。マーガントが動いているって、聞いたわ」
「……あいつか……」
ヘイルは眉間にシワを寄せたまま、また腕を組む。
「何を企んでる? あいつは」
「さあ? ただ」
プツェンは真面目な顔になり、
「人間嫌いのあの竜が、生誕祭という特別な祭典にわざわざ人間を呼ぼうとするなんて、何があるか気になるでしょう?」
声を落としてそう言った。
「……」
室内に、静寂が満ちる。
「…………、……ぁ、のぉ…………」
そこに、とても小さな声が、とてもとても控えめに、響いた。
「……すみません、その……」
おずおずと訊ねたアイリスに、周りの視線が集まる。
「生誕祭って、どのような祭典なんでしょうか……?」
0
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる